第四十九話 思いもよらぬ宝
出立の準備や各所の掃除などで他の者たちが忙しなく動いている中、俺はひとり東屋でぼーっと夕暮れを見つめていた。
俺自身の荷物はほとんどが槍王国を出立した際にパッキングされたままで、金貨や個人の持ち物と下着が入ったリュック以外は開くことがなく、準備といっても一瞬で済んでしまったからだ。
他の場所の掃除や売却品の積み込みを手伝うと申し出たが、それも丁重に断られてしまった。
「それにしても……、ゆっくり日没を眺めるなんて何年振りだ?」
日が沈んだ直後の空には一面に羊雲が広がり、地平線の向こう側にある西日を受けて燃えるように真っ赤に染まっていた。
そのため地上の景色の全てが、薄ピンク色に染まっているようにも見えた。
「本当に綺麗……、ですわね?」
気が付くとラルシュもいつの間にか東屋に来ていた。
風にたなびく金髪も、雲に反射して心なしかピンクブロンドに見え、この時ばかりはラルシュがずっと大人びて見えたことで、俺の動悸は否応なしに高まっていた。
「巫女様がこんな時間に外をうろついていて良いのか?」
思わず彼女が『凄く綺麗だ』と思ってしまったテレ隠しか、俺は自分の思いとは反対の言葉を口にしてしまっていた。
「私もシェンファと同じく『お手伝いは不要です』と言われて追い出されましたもの。
でも……、やっぱりシェンファってちょっと意地悪よね? 私も『ツンデレ』と言われた意味が、最近になってやっと分かりましたわ」
その言葉をどこで知った? いや、そもそも俺はそんなこと……、ラルシュに言ったか?
アルシェからはよく言われていた気がするが……。
『一年半前の別れの前日、しっかり言ってましたわ。素直じゃないところと、そういうところがシェンファはダメダメなの』
ここで思わずアルシェから突っ込まれてしまったが……、悪いけど全然覚えていないぞ?
しかも彼女から思いっきりダメ出しされてしまったし。
「ふふふ、前にも言いましたが私は負けませんよ。いつもは『ツン』なシェンファがあんなに取り乱して、そして私に甘えて『デレ』るなんて、あの時は少しキュンとしましたもの」
「……」
いや……、あの時の話は頼むからヤメてくれ!
アルシェを失ったと思って取り乱し、ラルシュの膝に縋って泣いていたことは今の俺にとって黒歴史に等しい話だ。
それに俺は『デレ』た訳ではない。無意識に縋り付いたんだ!
「それに今日の打ち合わせは凄く参考になったし、シェンファが眩しく見えたもの……」
「俺が? 何かしたか?」
「段取りを次から次へと決めつつ必要な指示も的確だったし、後でお話したウェントス商会長も驚いていらっしゃったわ」
「……」
いや……、内心では俺も必死だったんだよ。
他に抜け漏れがないか、この先の旅でどうしようかなど色々と考えながら……。
「あの時以来、私には『女神さま』の声が聞こえなくなりましたけど、シェンファは今も?」
「いや……、俺もない」
これは嘘だ。ついさっきもアルシェは俺にダメ出ししてきたばかりだし。
ただ女神という設定は助かるな。
「彼女は……、俺をこの世界に導いてくれただけでなく、あの時はまだ何も知らなかった俺にラルシュを守るよう導いてくれた。俺が困った時には声が聞こえて救いの手を……」
うん、嘘は言っていない。
俺が困っていなくても登場することはあるし、基本的に呼べば答えてくれるけどね。
「うん、以前にも『まだ言えないことがある』って言ってたものね。それを無理に聞くつもりはないの。
ただ私もシェンファとは……」
そう言ってラルシュは再び俺の指に触れ、それが無意識のまま指と指が絡まり、真っすぐに見つめる彼女の瞳に、俺は吸い込まれそうに……。
まずい! 俺もこのままでは……。
だが真近に迫ったラルシュの瞳に、俺が気付いていなかったものが映っていた。
「!!!」
無意識ラルシュを抱き寄せようとした俺は、一瞬で固まってしまった。
何故なら目の前には、目のやり場に困った様子で、オタが気まずそうに立っていたからだ。
「お、おう、どうした?」
いかん、動揺して声が裏返ってしまった。
ラルシュもここでオタの存在に気付いたのか、慌てて身を引いて真っ赤になって俯いていた。
「いや、ボ、ボクはシェンファを探してたら東屋だろうと言われて……、声を掛けようを思ったら姫様も居たのに気付いて……」
オタも秘密の会合に招くようになって以降、ラルシュの提案でシェンファという俺の名前もオタに伝えている。もっとも……、オタには俺が転生前にこの世界で名乗っていた名前だと言っており、今は神魔シェンファのせいで、本当の名を言えなくなっていることも含めて伝えている。
「き、気にするな! それで何かあったか?」
「ちょっと……、ね。ボクの一存でヴェント商会に発注したものがあって、それの事後承諾というか何というか……」
何かオタは少し言いにくそうにしているが、何が言いたい?
もしかしてラルシュが居るから気を遣っているのか?
「必要と思った物なら何でも手配してもらって構わないさ。それで何を?」
そう言うとオタは大きなため息を吐いた後、意を決したように俺とラルシュを指さした。
正確には俺の右手首と彼女の右腕だったが……。
「以前にボクの『推し』も、隠れて付き合っていた彼とペアのリングをこっそり身に着けていていたのがバレて、盛大に炎上したことがあったんだ。二人もさ……、実はみんな気付いているんだけど、これはボクしか言えない事だと思って……」
「あ……」
迂闊だったな。
俺もラルシュが力を得たこと、アルシェとそのまま繋がれていたことに浮かれていたのは否めない。
だが冷静に見れば、今の俺たちはギリギリを攻めて喜ぶ秘密のカップル状態なのか?
しかも例えが見事にオタらしいな……。
「それでボクの一存で似たような腕輪を全員分、ヴェント商会に発注したことをシェンファに報告しに……、ね」
ナイスオタ!
あの一件でオタとは真の友達になって以降、結構頼りになることが少しずつ分かっていたが、これはファインプレー級の判断だ。
「シェンファ、今思ったのだけどオタさまにも独自の予算を預けたほうが良いのではないかしら?」
「!!!」
そうだ! 予算を預けるのもいいが、オタ自身が宝の山を持っているんじゃないか?
以前にアルシェが思いついた作戦を使えば……。
オタはいつも肌身離さず、俺がオタと名付けた元凶でもあるアニメキャラの缶バッチが並んだ『痛バッグ』を背負っている。
「オタ、そのバッグの中に入っているもの、見せてくれないか?」
そう言った瞬間、オタの目が輝いたような気がしたが……。
いや……、俺は『大きいお友達』に加わるつもりも、コレクションに興味を持った訳ではないからな。
そんな俺も思いを他所に、オタはひとつひとつ大事そうに取り出して説明を始めた。
「……」
ずっとラルシュは不思議そうに見ていたが、地下アイドルとのチェキアルバムを見せられた時は、盛大に引き攣った顔をしていたのは言うまでもない。
そしてオタの持ち物は……、出るわ出るわ、俺とは大違いだった。
・スマホ 2台
・ミラーレス一眼 1台
・タブレット 1台
・モバイルバッテリー 3台
・双眼鏡 2台(折り畳み+普通)
・チェキプリンター 1台
・チェキフィルム 2箱(40枚)
・チェキアルバム 2冊
・硬質カードケース 20枚
・自撮り棒(長・短) 2台
・ステンレスボトル 1個
・折り畳みイス 1脚
・推し活用うちわ 2個
・推し活用タオル 2枚
・アクリルスタンド 多数
・LEDペンライト 4個
・電池式LEDライト 2個
・充電式LEDライト 1個
・サイリウムライト 20個
・各種電池 多数
・USB 4個
・缶バッジ&キーホルダー多数
・その他収納グッズ
オタ……、やっぱり君は本物だわ、それも俺より遥かに格上の。仲間と呼んだことを今更だけど謝る!
それにしてもオタは……、これだけの物をいつも持ち歩いているのか?
「ボクはあの日、推しの声優に会いに行く途中だったんだ。結局大雪でミニライブも撮影会も中止になったけどさ……」
なるほど……、それでこれかい!
「うん、折角の機会なのに、暗いとちょっと見にくいよね?」
途中で真っ暗になってきたので、オタは無造作にLEDライトを付けて傍らに置いたけどさ……、いいのか?
そんな貴重なものホイホイ使って。
「なぁ……、電池が切れたらマズイんじゃね?」
「うん、でもこれは充電式だから」
いや、それは答えになっていないぞ! 充電式だからこそ、切れたら終わりじゃないのか?
そもそも電化製品はこの世界では無用の長物、モバイルバッテリーも切れたら終わりだからな。
かくいう俺のスマホも、完全に沈黙して久しいし。
「ふっふっふ、違うのだよ。ボクには最終兵器があるのだよ」
なんかオタ、テンション上がっているのか、変な口調になっているぞ?
そういってオタは、痛バッグの背の部分から薄いケースを取り出した。
「これがあるからね、ボクはこの世界でもずっと推しに会える(再生できる)のさ」
「マ、マジかよ!」
思わず俺も、隣に居たラルシュがびっくりするほどの大きな声を上げてしまったが、それぐらいのインパクトがある代物だった。
それもそのはず、誇らしげにオタが保護ケースから取り出したのは、超薄型の小型ソーラーパネルだったからだ。
「これなら充電し放題じゃね?」
「いつでも貸してあげるよ。ボクの持ち物は既にフル充電できているからね」
いや……、こんな事態は想像していなかったよ。
違う意味でもオタは凄ぇな。
「あの……、魔道具(LEDライト)は分かるのですが、これらは凄いものなのですか?」
「「凄いものだよ!」」
いかん……、オタと思いっきりハモってしまった。
ソーラー充電ができるのであれば、無用の長物と思っていた電化製品も話は別だ。
「これを売れば凄い額になるんじゃね?」
「い……、嫌だ! 絶対に……」
即座に拒絶かよ! この世界で大事に持っていても何の役にも立たないぞ?
あ! もしかして……。
「オタ、俺が言ったのは充電器や『推し』に関するものじゃないよ、例えばコレとかコレ、向こうで簡単に買い直しができて、誰でも手に入れられる物とかさ、それに……」
ここでやっとオタは折れてくれた。
そして俺の作戦を聞くと大いに盛り上がり始めた。
さて、ここからは明日のヴェント商会との話だ!
話に付いて行けないラルシェだけは少し不安顔っだったが、俺とオタは肩を組んで意気揚々と寄宿舎に戻ることになった。
まぁ……、夕食後に改めて三人で話し合いをした際、思わぬ困難とひと騒動あったんだけどさ。
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明日(9/02)は、【メシアが残した遺物】をお届けします。
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