第四十八話 出立に向けて
イスカリオテ神官長との会談のあと、俺たちは直ちに動き始めた。
先ずは会談の最後に追加で依頼をして、ヴェント商会に対する聖域内への通行許可証と女神イザミ神殿の関連施設(俺達の駐屯場所)への立ち入り許可をもらった。
戻ると直ちにラルシュ了承を得た上で、俺は幾つかの指示を出した。
「フェイヤ、聖都に出てヴェント商会のウェントス商会長を探し、俺から大至急かつ重要な商談があると言って引っ張って来てくれ。彼らが此方に入る許可証も発行してもらったので預ける」
「はっ!」
フェイヤも俺の遣いでヴェント商会には何度か出向いており、ウェントス商会長とも顔見知りだ。
任せて問題ないだろう。
「サドレス、フェイヤの引き連れてきた兵たちも含めて、全員の武器防具を改めて確認してほしい。
魔王軍と戦えるレベルの装備でないものは全て買い換える! 今はそれが一気にできるチャンスという視点で、支払いは気にせず戦力強化だけを優先して調べてくれ」
「はっ、厳しく調べさせていただきます」
そう、魔王軍と戦うともなれば、武器や防具などの装備品も万全を期さなければならない。不安がある武器や防具は命に関わるからね。しかも本人だけでなく仲間にも危険が及ぶ。
サドレスが厳しくと言ったのも、敢えてそう言った理由を含んでいた。
「オタ、オリジナル魔法に必要な資材で追加が必要な物はないか? 有ればその洗い出しとアレ(火薬)を製造したプロセスや証拠の隠滅を頼む」
「ふっ、いよいよ……、なんだね?」
そう、いよいよだ。
そもそもだけど俺たちは、一日も早くここを出る事を目指して来た。
そしてオタの握る秘密、火薬に関する事は全て隠し通さないといけない。俺たちの安全のためにも。
「その他の全員には、出立の準備と移動で必要となる物資の洗い出し、そして借りていた宿舎を含め各所の大掃除を始めさせてくれ」
「「「「「はっ」」」」」
俺たちは聖都を出るために聖都に滞在している事は、常日頃から兵たちにも言い聞かせてある。
彼らも常に出立を意識しているはずだ。
◇◇◇
その日の午後にはフェイヤに案内されてウェントス商会長がやって来たので、それを機に再び主要者を集めて会合を開いた。
「既に皆には周知してあるが、巫女様は聖王猊下の依頼を受け、不審な事件の捜査と各地に散った『風』と合流するため聖都を出る。出立は可能な限り早く、だ。
なので各位はそれに必要なものを準備期間を含め、ここで意見を述べてほしい」
そう言って俺は全員の顔を見回した。
この会議に参加していたのはラルシュにオタ、サドレスにフェイヤとウェントス商会長、最後にラルシュの身の回りを世話している三人の女性のうち代表する一人だ。
彼女たちはフェイヤが連れてきたのだが、ラルシュの身の回りの世話だけでなく、既に色んな場面で活躍してくれている。
日々俺たちが食べる食事も、食材の手配から調理までの全てを彼女たちが担っており、毎朝、毎夜の美味しい食事は全て、彼女らの恩恵だ。
それに加え……。
「皆様が臭いと姫様にもご迷惑をお掛けします!」
そう言っていつしか、ラルシュの世話のついでに兵たちの衣服や寝具の洗濯まで担ってくれるようになった。
もちろん彼女たちだけでは賄いきれないので、フェイヤの配下が交代で彼女らの指示のもとで働いており、今や兵たちも日頃から何かと世話になっている彼女らには頭が上がらないそうだ。
「では……、先ずは編成だが基本的に全員を騎馬か馬車二台に分乗させ、随行させる荷馬車は一台のみ。
必要な数だけの馬、馬車と荷馬車も神殿側で用意してくれるから心配しなくて構わない」
「では我らが往路使用した、シオンさまがご用立ていただいた馬車はいかがしますか?」
サドレスの言う通りだな。すっかり忘れていたが、そんな事もあったな。
さて……、どうするかな?
「差し支えなければ、適正な価格でヴェント商会が買い取らせていただきますが?」
それが一番助かるか?
ただ、俺が用意したものであっても決定権は今の俺にはない。
「では馬車の引き取りをヴェント商会に託す、それででよろしいですか?」
敢えて俺はラルシュに確認し、彼女が頷くのを見て更に追加の確認事項に言及した。
「ではそのように。あと俺からもこの件で質問だが、そもそも馬に乗れない者は居るか? それなりに長距離を移動することになるが……」
ラルシュやサドレスたちは勿論問題ない。
オタは……、乗れるのか?
そして最も気になるのはフェイヤたちで、しかも女性が三人も居るからな。
「我らは全員、此方に来てからと言うもの乗馬の訓練も受けております! もちろん巫女様にお仕えする女性たちも含めて、です。なので行けます!」
フェイヤの言葉を聞きサドレスを見ると、当然ですと胸を張っていた。
その辺もちゃんと考え、これまでも準備が進められていたと言うことか?
オタもここはちゃんと頷いていたし。
さて、ここから先は次の課題だ。
「出立に当たり必要な武器や防具などの装備品だが、一括してヴェント商会に調達を任せたいが?」
「それはありがたい話ですが、我々を通せば多少は値段が高くなってしまうこともありますが?」
それは当たり前だ。間を挟めばその分マージンを取られるのは、商取引でも当然のことだ。
だが、マージン以上のメリットも大きいからな。
「構わない、逆にしっかり商売してくれ。対価が上がる分は商会を通す意味を優先したいからね」
もちろん俺の言った意味とは……。
商人だからこそできる多方面からの仕入れ、生産者や販売している各店舗への交渉力だ。
そして今回の場合、商会の名誉にかけて集められる商品は目利きの上で厳選してくれるだろう。
逆に俺たちが個別に店を回った買った場合、交渉は素人だし足元を見られて吹っ掛けられる場合もある。
なので一概に『高い』とは言えないんだよな。
この辺りも聖都に来て以降、彼らと付き合いを深める過程で十分に理解できた。
「因みに今回の調達に関する支払いは全て神殿が対応してくれるので遠慮なく、この意味を理解してもらうとありがたいな」
「なるほど、では我がヴェント商会の総力を挙げて務めさせていただきます。量にもよりますが基本的に明日一日いただければなんとか……」
ほう、明日一日でやり遂げると言うのか?
今回の話を聞いて商人の面子をかけてもやってみせると言う話なのか、来る日に備えて既に準備を進めていたのか?
多分だけど両方だろうな。
「で、発注の方だが、サドレスの目利きによる確認の結果はどうだ?」
「はい、厳しめに判断した結果、装備品で必要とされる物は全て此方に書き出してあります」
俺は彼が差し出したリストに目を通した。
俺が言い含めていたこともあるが武器については八割方、防具についてはほぼ全員が交換か。ははは、それなりに遠慮なくいったな。
ただ……、それでいい。彼らが使用する武器や防具には耐用年数があるし、サドレスたちの防具は歌舞伎町での戦いでそれなりに損耗していたからな。
「フェイヤたちには申し訳ないのですが、魔王軍と戦うとなるともう少し上の品質の武器防具がないと心許ないかと。それと……、本来は必要ないのですが、彼らのうち十五名には剣の他に我らの予備として短槍を装備してもらいたく」
「それは構わないが、その意図は?」
「はい、フェイヤたちも形式上は槍王国から派遣された兵となりますので……」
そういうことか、確かに槍王国出身の兵が短槍を持っていないとおかしいな。
彼らも移動中は予備の武器を身に着けて運搬する役目を担う訳だ。
「フェイヤは構わないか? あと女性たちにも護身用の武器と装備を持たせたいが?」
「構いません。ただ女性用の武器や装備はどのようなものが良いか、私には全く見当も付きませんが……」
そうだよな。俺だってそれは想像が付かない。
ならばプロに任せるだけだ。
「基本的に主任務は護衛ではなく巫女姫様のお世話をする者たちだ。その前提を踏まえてヴェント商会にて見繕ってもらうことは可能かな?」
「もちろんです。それと今回の買い付けで不要となった武器や防具は、全て買い取らせていただきます。
もちろん、こちらは融通の利く査定をさせていただきます」
そう言ってウェントス商会長が意味ありげに笑ったが……、その意図は明白だ。
神殿が支払う装備品の対価はそれなりの値段になるが、俺たちに戻ってくる売却品の価格には色を付けてくれる……。暗にそう言っているのだから。
「では救世主様の準備と必要な物資はどうですか?」
「こ、この紙に書いたものが揃えば……。他の準備は撤収を含めて整っているので……」
そう言ってオタはおずおずと用意していたとみえる仕入れリストを差し出してきたが……、よく見るとそのリストは全てこちらの文字で記載されていた。
いや……、オタはたった一年半で読み書きまで習得しているのか? オタの地頭の良さは半端ないな!
俺は驚きつつもリストをそのままウェントス商会長に回した。
「ふむ……、量は保証できませんが、なんとか一両日中には確保できるでしょう」
「で、できるのですか! ボクらはかなり苦労して……」
オタが驚くのも無理はない。
個人でせっせと市場に通って買い集めるのと、それなりに優秀な商人を介して買い集めるのでは全く違うからな。
「では次に旅をするのに必要な物資だが……、各自取りまとめたものをウェントゥス商会長に」
「はい、それは私の方で集約しております。こちらを……」
そう言ってリストを差し出したのは、フェイヤの連れてきた女性の代表者だった。
俺も後で聞いた話だが、ラルシュは彼女たちに文字や算術だけでなく、貴族(王族)に仕えるのに必要な知識を、この一年近くで暇を見つけては教え込んでいたらしい。
「なるほど……、問題ありませんが、私の方で必要と思われる物は追加してもよろしいでしょうか?」
「うん、問題ない。その辺りは任せたい?」
旅慣れているという点では商人たちが一枚上手だからね。
旅の途中で調達可能もの、そうでないものなど考えた上で対応してくれるだろう。
「後は……、それなりの服だな。基本的には武装で移動するが、巫女様の一行だ。それなりの場に出なくてはならない場合もある。女性たちは最低二着、男性は最低一着は公式の話出て侮られない程度の衣服は用意したい。あと巫女様のものだがが……」
「私は問題ありませんわ。神殿を脱出したあと、槍王国から改めて荷が届きましたもの。逆に少し整理しようかと思っているぐらいですわ。サイズと使用目的が合うものなら、女性の皆様に差し上げるつもりでしたが、不要なものは売却したいと思います」
ははは、以前の逃避行では資金もなく着替えさえ苦労したものな。
師匠からも槍王国から追加資金と荷物が送られたと聞いていたし、ラルシュに限って言えば心配ないか。
「承知しました。巫女様のお召し物なら箔が付きますので、それなりのお値段で引き取らせていただきます。
他の方々の服は縫製が間に合いませんので出来合いの既製品となります。あとは実際に試着していただく必要もあるのですが……」
「では明日の午後、交代で向かわせる形で構わないか? 一応それぞれの身分と大まかな体形やサイズを書き記した一覧を今日中に預けておく。サドレスとフェイヤは救世主様の分も含めて取りまとめ、女性については巫女様に取りまとめをお願いしたいが?」
「「はっ!」」
「問題ありませんわ」
これで大まかな準備は整うか?
俺は大きな息を吐いて全員を見回した。
「他に皆から何かあるか?」
「我らからは一点、聖域内への武器の持ち込みは審査が厳しく、皆様が出立で聖域を出られた折に聖都の一角でお渡しすることになると思います。発注された物資の積載もその折に……」
だよな……、その点は失念していた。
個人が携行する程度なら通れるだろうが、数十人分の装備品となると通過を拒否されるか、叛乱を疑われて大事になりかねない。
「ではそこまで携行する武器以外の売却品は、同じく売却する馬車に積み込んでおくとするか?」
「では我らで明日の午後までに、それらの積み込み作業も進めさせていただきます」
うん、これなら大丈夫そうだ。
皆の段取りの良さもあるが、商会を介したことで一気に決まりそうだな?
「では……、これまでの状況を踏まえて出立は明後日の朝、そう神官長には報告しようと思いますが巫女様のご意向はいかがですか?」
「問題ありませんわ。私は大して準備もないので今日のうちに神官長に届け出ておきます」
あ……、そうか。神殿からの同行者も居たんだっけ?
そっちの準備の事情を全く度外視していたな。
ただ彼らは『引っ越し』ではなく『出張』だから、大した準備は必要ないだろうけどね。
「因みに各自の所持品や携行品の整理は?」
彼らは既に一年半、フェイヤたちでも一年近く住み着いていたからな。
それなりに身の回りの品々も多いだろう。
「その辺りは抜かりなく。食器や調理器具だけ処分に困っておりますが」
「それもお預かりしますよ。念のため売却で持ち出しする品々を乗せる荷駄は、明日の午後までにお届けします。あの通路を通れるサイズなので、それなりの台数は用意したく思います」
「それはありがたい。その点もヴェント商会の厚意には感謝したい」
「明日の朝には買取品の査定に当たる者を派遣し、その場でお支払いさせていただきます。
なのでお手持ちの品々で不要な者はどうか我々に……」
「「「おおおっ」」」
出張買取サービスか……、それは有難いな。
さて、これで大体の話はまとまったな。
「最後に二点、皆には伝えておきたい。一点目は、今後も必要な物資は現地調達とするが、資金は巫女様が神殿側に交渉してくれたので何も心配しなくていい。皆の臨時俸給も含めて、だ。旅立つに当たり先に当面の間支払う予定のものは、明日の午後に先渡しする予定だ」
「「「なんとっ」」」
これもラルシュと事前に決めていた話だ。
俺も巫女一行への資金として金貨五千枚を託されているし、ラルシュも槍王国から資金を送られているからね。
「私からもひとつ、手数料はいただくことになりますが金貨五枚以上なら、ヴェント商会がお国までお届けすることも可能です」
ははは、そんなサービスもやっているのか?
家族が聖王国に住まうフェイヤたちはまだしも、サドレスたちは特にありがたいだろうな。
「そして二点目、これが最後だ。この話はこの場に居る者以外は他言無用にしてもらいたい」
そう言って俺は敢えて間をとって全員を見回した。
敢えて神官長が言ってくれた内容だから、それなりに『何か』あるはずだ。
「俺たちは公式には東の隣国に向けて出立する。そのため一旦は東に向かうように動くが、途中で一気に方向を変えて最短距離で南の隣国に入る。ヴェント商会からは以前の話通り、専属の案内人を付けることができるか? これは公の同行者としてもらって構わない」
「もちろんでございます。であれば……」
そう言ってウェントス商会長は懐から出した羊皮紙をテーブルに広げた。
もちろんそれは画伯謹製のものとは比べ物にならない、聖王国の状況が詳細に描かれた地図だった!
「東に進むにも南に進むにも、先ずは聖都を出て北に進み、一度は第二の都市カインに入る必要があります。
そこで今後は東に進み、途中から間道を抜けて南に転じることが最善かと。この間道は利用する者も少なく、聖都から見れば皆様は途中で消えたことになります」
そう、これだよこれ! 商人を味方に付ける最大のメリットはこの点なんだよな。
地図が存在しない聖王国の移動は、基本的に主要街道に限られているが、そうなると目立つし時には大回りしなくてはならなくなる。
「そうなると我らの案内人や最終的な物資の積載は、敢えてカインで行う方がよろしいかと……」
「うん、その辺りの采配は任せる形で、巫女様も問題ないですか?」
「ええ、よろしくお願いします」
これで全てがまとまった。
あとは明後日の出発を待つだけだ。
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明日(9/01)は、【思いもよらぬ宝】をお届けします。
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