第四十七話 舞い込む凶報
神龍の宝玉による加護を受けたラルシュは、その日より巫女として驚くべき急成長を遂げていた。
特に彼女の放つ『祓い』の力は強烈で、指導役となっていた神聖魔導士が思わず腰を抜かすくらいのものだった。
それに加え水系統の魔法(水魔法に氷魔法)は、神聖魔導士曰く世界の頂点たる南風すら一蹴するほどのものらしい。
『うん、彼女は本来の力を取り戻しただけでなく、今はシェンファと深~く魂が繋がっている効果と、直接神龍の加護を受けているんだもの。歴代最強の巫女と言っても過言ではないわ』
ところで派手に『やらかした』アルシェさん、貴方の弁明は何も聞いてませんが?
何もなかったことにして平常運転かよ!
ただ幸いなことに、ラルシュは『あの事』について何も聞いてこない。
まぁそれはそれで、俺にとっては不気味なのだけどさ。
「巫女様はもう、この神殿で学ばれることは何もありません。我らがお教えできることも全て、遥かに凌駕されておりますので……」
以前はラルシュに対し当たりの強かった神聖魔導士の女性も完全に白旗を上げ、彼女に対して敬意を以て接するように変わっていった。
もうラルシュは、自身の不甲斐なさに悩むことも、落ち込んで泣くこともない。
ただ……。
「私は相手が強大と分かっても引きませんよ? そもそも魔王に挑もうとするような巫女ですもの。相手が女神さまだって……」
時折ラルシュは訳の分からないことを言い出すようになった。
そもそも女神って誰だ?
そんな人物に俺は全く心当たりがないぞ?
◇
そんなある日……。
俺とラルシュはイスカリオテ神官長から呼び出しを受けた。
「どうやら西風殿が加わっていただいたお陰で、巫女様も救世主様も大いに成長されたと伺っています。
ですが、良い話ばかりではないようで……」
何だ? 俺たちが何かやらかしたか?
そんな報告は受けていないし、俺たち三人も細心の注意を払っており、まだ全ては見せていないはずだが?
「実は……、連絡が付き此方に向かっているはずの、次代の北風が消息絶ちました。どうやら刺客に襲われたとの話もあります。また次代の東風と南風とも連絡が途絶えてしまい……」
「神官長さま、それは魔王軍でしょうか?」
そう尋ねたラルシュも浮かない顔をしていた。
本来なら彼らが参戦し、俺たちは万全の準備を整えたうえで魔境に近い諸国を回って研鑽を積み、最終的に魔王軍と対峙する予定だったからだ。
「それは分かりません。未だにアメノ神殿と北の剣王国は魔王軍の支配下にありますが、東や南の国に進出した形跡はないのです」
「魔王軍が単独で刺客を送ることなど、あり得るのでしょうか? そもそも次代の『風』を担うほどの者なら、腕もそれなりと思うのですが」
「西風殿の仰る通りです。次代を期待された者たちは経験こそ劣りますが、技量では先代を凌ぐと言われた者たちばかりです。通常の刺客であれば撃退できて当然のこと。更に言えば、魔王軍に属する者が単独で潜入したとしても人の住まう世界では異質、存在はすぐに露見するはずなのですが……」
「神官長さま、お願いがあるのですが……」
ラルシュはそう言って俺にも視線を送ってきた。
もちろん俺は無言で頷いた。
「私たちで東風と南風を迎えに出たく思います。万が一すれ違ったとしても、巫女一行となれば足跡は残ります。
彼らであればそれを辿って合流することもできるのではありませんか?」
ラルシュの言葉に神官長は意外な顔をして驚いていた。
そのあと、大きく微笑んだかと思うとゆっくりと頷いた。
「実のところ私も聖王猊下から打診を受け、そのように動いていただくよう巫女様にお願いしようとしておりました。そのためこれは私の独り言ですが、『巫女様のご提案』ではなく『聖王猊下のご依頼に応じて』と動かれるのが最善かと思われます」
なるほどな……。
聖王の依頼に応じて巫女が動くともなれば、大義名分の下で怪しまれることなく聖都を出られるし、依頼した聖王側は巫女に便宜を図らなくてはならなくなる。
なかなか意味合いの深い独り言だな。
「であれば聖王猊下のご依頼ともなれば、我らも否やとは言えません。早速出発の用意を整えたく思います」
ここで俺は、先ほどのラルシュの提案は『無かったこと』にして、神官長の話に応じた。
「ご出立の規模はいかほどに?」
「巫女様、救世主、そして西風の私に随行する兵は三十五名、あとは案内人として信頼できる縁のある商人を連れて行きたく思います」
俺の言った商人とは、もちろんヴェント商会だ。
聖都を訪れて以降、俺は商会を率いるウェントス商会長とも何度か顔を合わせており、今も食料や日用品など、俺たちが必要とする物資の調達は彼らを通して行っている。
「承知しました。おそらく神殿からも連絡員と、護衛と称した監視役が同行することになるでしょうが、ご迷惑をお掛けしないよう人選には注意するつもりです。こちらについてご承諾いただけますか?」
ははは、やっぱりこの神官長は話せる男だな。
神殿からの随行者を『護衛と称した監視役』と言い切るところも面白いし、以前には問題のあった神聖槍騎士たちを直ちに出禁にした点からも、ここら彼に任せて大丈夫だろう。
俺はラルシュに頷いてみせた。
「その点については承知しましたわ。それに当たり、神殿からの私たちへの『ご助力』を期待してよろしいのでしょうか?」
「もちろんです。ご要望があれば何なりと仰ってください」
ははは、ラルシュもしっかり成長しているな。
以前に俺が『頭を使って持っている奴らから出させろ』と言った言葉を実践しているようだ。
「ではお言葉に甘えて……、そもそも任務の内容から考えて迅速な移動が必要でしょう。護衛に付く兵士たちにも万全の体制を整えてあげたいと思っております。何より神殿から派遣いただく連絡員の方や護衛の方にも、不便や失礼があってはいけませんので……」
ははは、成長したラルシュの言葉には、しっかり『おねだり』が入っているよな。
迅速な移動 これはすなわち騎馬や馬車を指している。
万全の体制 これは武具や必要物資の調達を指している。
失礼のない これも意味が深い。同行者の経費もこちら持ちとなれば、相応の金銭が必要となることを示唆している。
この言葉に神官長はにっこり笑った。
まるでそでらも想定内であるかのように……。
「承知しました。移動に適した目立たない馬車を二台と荷馬車を一台、そして乗馬を必要とする護衛の兵には、人数分の馬をこちらで用意します。武具防具と物資なども必要数を調達していただき、それらの支払いも神殿側が責任をもって行いますのでご安心ください。そして……、こちらをお預けします」
そう言って彼が机の上に置いたのは、例の商業組合で預け入れされた金貨を示す『証』であった。
心なしか俺の持っている者より高価そうな金属のプレートで、しかも付属している棒の数も多い。
「必要な経費や現地での支払いはこちらでご用立てください。必要な符丁はここに記載しております。
聖都の商業組合には金貨二万枚ほどが預けられており、大きな宿や店であれば、プレートを見せるだけで便宜を図ってくれるでしょう」
ははは、金貨二万枚って二十億円相当じゃないか!
俺の持っているのがゴールドカードとすれば、このプレートは最上位のブラックカードか?
「こちらは本格的に魔王軍と対峙されるまでの、暫定的な繋ぎのものです。巫女様の大任に対して些少な金額過ぎて我らも心苦しいのですが……」
巫女ってこんなにも優遇される立場なのか?
些少と言っているが、それにしては莫大すぎる金額の気がするが……。
『そうねぇ、本来ならこの十分の一も出ないわよ。シェンファたちの作戦勝ちと言いたいところだけど、この神官長も普通じゃないわ。本来ならアメノ神殿と、その一部であるここの女神イザミを祀る神殿を管理していた大神官なんて、全く融通が利かない上に物凄いケチだって有名だったもの』
なるほどな。この辺りは神殿の胸先三寸、つまりイスカリオテ神官長の厚意だ。
そのケチ大神官が行方不明で助かったよ。
だがアルシェはどうして俺の考えることが分かったんだ?
『ふふふ、私は今やシェンファと彼女の魂の繋がりを結んでいる存在よ。はっきりは分からないけど、大体の考えていることは分かるもの。今も彼女はシンファに教えられたことを思い出しながら、必死に頑張っているみたいで、凄く健気で可愛いわ』
ってかさ……、勝手に心の中を覗くのはマズイだろ!
俺もちょっと『怖っ!』ってなって、鳥肌が立ったぞ!
『なによ、怖いって失礼ね。いいのよ、私と彼女は特別だから』
何が特別なのかは分らんが、今後は考えることも気を付けないとな。
俺だって基本的には健康的な男だからな。
『私は彼女と違ってオトナですからねっ。そういう事もちゃんと弁えていますよ~だ』
ははは、そのセリフだけ聞いたら、アルシュとラルシュ、どっちが大人か分からないよな。
まぁ俺はそんな『ちょっと抜けている』アルシェも好きなんだけどな……。
『もう……』
あれ? 『好き』も伝わったのか?
アルシェが急に大人しくなったぞ。
「ところで最後に一点だけ神官長のお心内をお聞かせ願いますか?」
ここで俺はアルシェとのじゃれあいを止め、ちょっとだけ探りを入れてみることにした。
もし俺の思惑通りだったら、この神殿を出たあともイスカリオテ神官長だけは繋がっていたい。
「私に答えられることでしたら」
そう答えた神官長は微笑をたたえながら、ただ目だけはこの先に紡がれる俺の言葉を警戒するような素振りだった。
「私が思うに、イスカリオテ神官長だけは終始一貫、我々に好意的でいらっしゃると感じました。他の方々が我らを異物、悪く言えば使い捨ての駒とも思える態度で臨まれていたのに、です」
そう、この点は明らかに温度差があり、俺たちも不思議に思っていた。更に今回の『神殿としての配慮』だ。
不思議に思って当然だ。
ここで俺は一歩踏み込んだ発言に進んだ。
「それは何故でしょうか? それが分かれば我らはこの先でも、神官長の『ご期待に沿えるよう』動くことができると思うのですが……」
そう、俺の『探り』のポイントは最後の言葉だ。
あくまでも神官長の味方として、彼の厚意に対し報いるべく動きたいとの意思表明だからね。
「ははは、これは中々答えにくいご質問ですね。ですが……、私は皆様に大いなる興味と関心を抱いております。
ひとつ、魔王軍が迫りくる中、神殿の者たちも全て逃げ出したなか最後まで門を守ろうとされた巫女様の勇気に。
ひとつ、本来なら時が満ちて居ないにも関わらず、見事に召還を成し遂げられた巫女様のお力に。
ひとつ、これまであった理を打ち破り、この世界で絶対的な強さの魔法を行使して見せた救世主様に。
ひとつ、全く無名であったにもかかわらず、かつてない速さで試練を乗り越え西風となられた方に。
ひとつ、猛々しいだけでなく、かと言って浮世離れしているでもなく、兵たちの信奉篤き方の心意気に。
このような方々こそが、幾たびも悲劇を繰り返す淀んだ世界を、新しい流れに変えてくれるのではないかと期待し、私のできる範囲でお支えしたいと考えております」
なるほどな、彼なりに思うところがあっても、見るべき点はちゃんと見ている訳か。
しかも今の現状を快く思っていないと思える言い回しもある。
まぁ、ちょっと何を言っているか分からない不思議な理由も含まれているけどさ。
ここで俺は更に一歩、踏み込むことにした。
「では我らもご期待に沿えるよう、ひとつ面白い符丁を定めませんか? 出立後にいただくご連絡の文面に『女神イザミのご威光』と入っていれば、それは神官長の意向も文面に等しい。仮に『神々の恩寵』と記されていれば、神官長のご意向は書かれている内容と真逆であると……」
俺の提案に神官長は一瞬だけ驚いた様子だったが、その後で大きく頷いたあと笑った。
ただこれは、俺にとっても少し危険な賭けであった。
大前提として俺の提案は、彼に神殿への裏切りを使嗾している訳ではない。あくまでも俺たちは神官長の意思を優先する、そう言っているだけだから、咎められた際の最後の逃げ道だけは残している。
だが……、俺の賭けに対し予想すらしなかった斜め上の回答が来た。
「ははは、西風殿は中々面白く、かつ食えないお方ですね。承知しました、私個人の考えから申し上げると東に向かえば『神々の恩寵』があるでしょう。南は『女神イザミのご威光』があらんことを願っております」
「「!!!」」
いきなりかよ! ただ、そういうことかなのか?
俺はその言葉を聞いて深く一礼した。
「なるほど……、了解しました。我らの目的地は秘匿すべきことです。そのため出立後の状況の変化や、様々な事情により目的地を偽ることも、途上で密かに変更することもありましょう」
「それがよろしいかと。これは『神々の恩寵』には含まれない内容ですが、『女神イザミのご威光』によって貴方がたを助けることもあるでしょう」
そう言って神官長が差し出したのは、神殿で発行する公文書に使用される特別な羊皮紙だった。
一目でそれと判るよう、特別な焼き印まで押してあるが、そこに文章は何も書かれていない。
「中には融通の利かない者もおりましょう。そんな場合はこれをお使いください。いちいち神殿にお伺いを立てていても時間の無駄、ならば予めそういった『指示があった』ことにすれば良いかと」
ははは、えらく怖い話だな。
この羊皮紙があれば俺たちは勝手に神殿の命令を偽造できるんだぞ?
「アメノ神殿が陥落した際、管理する公文書やこういった書面も数多く消失しております。これらの話は私も与り知らぬことです」
「ありがとうございます。いただいた『お守り』は厳重に保管し、万が一の際だけに使用させていただくことお約束します。では我らは……」
そう言って俺たちは席を立った。これで俺たちは晴れて敵地を脱し、仲間の救出という大義名分を掲げ見知らぬ国へと旅立つことが決まった。
少々慌ただしい出発ではあるけどさ……。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/31)は、【出立に向けて】をお届けします。
どうぞよろしくお願いします。




