第四十六話 神龍の宝玉
聖都に到着した早々から色々とあったが、大筋は良い方向にまとまりつつあった。
俺は日々変わらず、黎明の時間に起きだすと一人で個人の技を磨く修練を続けているが、毎回ラルシュも早朝にもかかわらず寝室を抜け出し、タオルと水袋を持って黙ってそれを見ている。
なんか、部活のマネージャーみたいな感じになっている気がするが……。
何日か経つとそれはサドレスたちの中で『公然の秘密』となっていたようだが、それも仕方のない話だと思う。
なんせ寝ずの番が彼女の寝室の前にいるのに、毎回気付かれずに抜け出せる訳がない。
「我々は何も見ておりませんし、何も知りません。もっとも……、我らよりシオン様の傍らにいらっしゃる方が安全というものです」
そう言って笑っていたけどさ、それでいいのか?
もちろんこの話はオタも知っているし、時折オタもやって来ては俺の修練をぼーっと眺めている。
ただ彼の目的は修練が終わったあとに東屋で行われる『秘密の会議』に参加するためだが、少しでも参考にしたいと言っては、修練の始まりから見ているんだよね。
次第に筋トレとかも参加するようになり、俺の傍らで見よう見まねで短槍を振るうようにもなった。
「ボクも少しは救世主らしく、そして本来の特技を誤魔化すためにも努力しないと……」
そんなことを言い出して、あの日以降は『賢者』を名乗ることを止め、兵たちにそう呼ぶことを禁止してしまったぐらいだ。
「今日は会合がないので、ボクはこれで……」
ただオタも変に気を遣っているのか、修練が終わるとさっさと自室に帰ってしまう日もある。
ってかさ、俺の『自主規制』のためにも、オタがブレーキ役で居てくれた方が安心なんだけどな……。
そして今日も……、オタはさっさと帰ってしまっていた。
「それにしても……、悔しいですわ」
そう言ってラルシュは、二人きりになった東屋で、テーブルに肘をついて顔を支えながら大きなため息を吐いた。
今の彼女が悩んでいることはひとつ。
「昨日も上手くいかなかったのか?」
「シェンファもオタさまもどんどん強くなっているのに、私だけが足を引っ張っている状態ですもの。
これではいつ聖都を出れるか分かりませんわ」
そう言って沈んだ顔をしていた。
彼女も日々、イスカリオテ神官長より唯一出入りを許された神聖魔導士の女性から、魔法の指導を受けているのだが……、相変わらず成果がイマイチだったからだ。
『うーん、こればっかりは当然の事としか言いようがないわ。だって彼女は……、形だけとはいえオタさんと魂の絆を結んじゃっているもの』
アルシェが以前に言っていた通り、オタとではデバフ効果によってラルシュは弱くなり、本来の力を発揮できていないからだ。
「こうやってシェンファと繋がっていると簡単にできちゃうことが、一人だと全くできないの」
そう、近頃のラルシュは簡単に手を握ってくるが、理由は魂が惹かれあっているからだけではない。
初めて抱き合って以降、俺と触れ合っている時に限り彼女の周囲には無数の六花が顕現し、朝日にキラキラと輝いている。
こうなると彼女は、目的とされた以上の力を顕現させることができていたからだ。
『今の状態が巫女として救世主と絆を結んだ、彼女本来の力なのよね……』
ため息交じりの様子で発せられた、アルシェの言葉が俺の脳裏には空しく響いた。
こればっかりはどうしようもない話だからね。
「本来なら時が満ちるまでに四年あるんだ、俺たちは前に進んでいると考えてあまり焦るなよ?
そうなると人は、余計に本来持っている力を発揮できなくなるし」
「うん……」
この日はずっとラルシュを励ますことに終始したが、俺にはもうひとつ思い当たることがあった。
実は前日の秘密会合で、初めてオタの本名を知ったからだ。
統野讃持
これがオタの名前だったが、伝承のひとつに依れば、瀬織津姫との相性は最悪の名前だ。なんせオタの氏名には『持統』と『鸕野讚良』の文字が込められている。
本当かどうかは不明だが、彼女は瀬織津姫の存在を封印したといわれる説さえ囁かれている。
もっとも伝承自体がが真実かどうか不明だし、これも単なる偶然なのか、それともオタが有名な女性天皇の血を引く末裔なのかは分からない。
ただ仮説が正しければ、オタはラルシュや俺の加護をガリガリ削る力を持ってしまっている。
俺は部屋に戻ってからも、その事をずっと考えていた。
「なぁアルシェ、オタはラルシュと魂の絆を結び世界を渡ったと聞いたが、俺はどうなるんだ?
そもそも魂の絆って何だ?」
『正式には神殿で行う儀式だけど、簡易的に巫女の資格がある者なら、召喚者と共に創成神イザギに誓約することで成立するわ』
そうすると腑に落ちない点もある。
まず俺のこと、そして俺とラルシュのことだ。
「俺は誰とも誓約を結んだ記憶はなく、この世界にやって来たが?」
『ま、まぁ……、私とシェンファは既成事実が先行してた、事実婚のようなものだから……』
おい、言葉だけ聞くと凄く不穏に聞こえるぞ?
何か俺が常識を破って、とても悪いことをしているみたいじゃないか!
「なら俺とラルシュが繋がっている場合のみ、彼女の力が顕現するのは?」
『これも既成事実みたいなものね。本来は違う糸で結ばれた二人の魂が、直接触れ合って共鳴しちゃったもの。ただ、誓約の制約を受けているので、実際に繋がっている時にしか力は発揮できないみたいだけど……』
なんかこれも穏やかじゃない表現だよな。傍から見れば、俺が間男みたいじゃないか!
凄く不本意な気持ちにさせられるのは、気のせいじゃないよな?
「ならラルシュはこのまま……」
『いくら頑張っても何も変わらないと思うの……』
それは何としても避けたい話だ。
彼女は俺にとっても欠くことのできない存在だし、いち早くこの敵地を出て禁忌の謎も解明したい。
もちろん、面と向かって急かすことは絶対にしないけどさ。
『私がシェンファの魂と融合しているように、彼女にもシェンファとの繋がりが必要なのだけど……』
あ、いや……、ちょっと待て!
俺とラルシュは同じく龍神(瀬織津姫)の加護を受けているんだよな?
なら直接繋がっていなくても、その加護を媒介して……。いや、そもそもデバフの呪いを打ち消すモノがあれば……。
「あの玉だよ!」
『えっと、それってシェンファが最後に拾ったアレ?』
確かに俺はあの玉の『連れて行って』という声を聞いたし、触れた瞬間に玉は大きく輝いてその存在を示していた。
もしあれが神龍の一部であれば、加護を受けているラルシュの力は増幅されるし、デバフの『呪い』も『穢れ』の一部だと考えれば?
そう思うと俺はリュックの中に大事にしまっていた澄んだ水色に輝く玉を取り出した。
「これをラルシュに持たせるのはどうだ?」
『うん、もしそれが神龍の一部だったら、神龍の加護を持つ『あの子』とシェンファに共鳴して……、いけるかも!』
俺は嬉しさの余りそのまま部屋を飛び出していた。
◇◇◇
この日は珍しくラルシュは朝食会場に姿を見せなかったが、俺は『大事な話がある』と言って彼女を宿舎の地下室へと呼び出した。
本来なら明日まで待って東屋でもよかったが、万が一大きな光を発すると外では目立ってしまう。
「シェンファ……、どうしたの?」
そこで見たラルシュの顔は早朝にあった時と違いどこか沈んでおり、泣きはらした跡が残っていた。
やはり……、相当に思い詰めているみたいだな?
「俺と一緒にこの玉に触れてくれないか?」
「凄く……、綺麗。見ていると吸い込まれそうになるわ」
そう言ってラルシュはおずおずと玉に触れた瞬間だった!
「えっ?」
「あっ!」
物凄い勢いで俺と彼女の中を何かが駆け抜けると、視界が真っ白になった。
だが……、目の前にラルシュが居ること、彼女とひとつに繋がっていることを強く感じ、その息遣いや高まる動悸の音まで俺に聞こえる気がした。
『我が加護に連なる者たちよ。器に魂の欠片を注ぎ新たなる絆とせよ』
それは……、以前に迷宮の最下層で聞いたことのある、厳かだが優しい女性の声だった。
呆然としている中でも、俺とラルシュの中の『何か』が、手を置いた玉を起点に互いに行き来しながら響きあっている感覚が続いた。
「シェンファ……、聞こえた?」
「ああ、ラルシュも聞こえたんだな。魂の欠片って……、何だ?」
『仕方がないわね、私が二人を繋いであげるわ』
「えっ、誰なの?」
いや……、ラルシュにもアルシェの声が聞こえたのか?
だが、アルシュの言った言葉はどういう意味だ?
『貴方たち二人に、私たちの未来を託すわ。これからはずっと……、二人を見守っているから』
「おい、どういうことだよ! それじゃあまるで別れの言葉じゃないか!」
「シェンファ……、いったい何が? 誰と話して……」
ラルシュは不安の声を上げていたが、今はそんなことはどうでもいい。
アルシェが居なくなる不安、それが俺にとって耐えきれないほどの衝撃だった。
「頼む、行かないでくれ! ずっと俺と……」
『どうか『この子』のことはお願い、ね。私の願いも……、叶え……、て……』
消え入るようなアルシェの声と共に、俺たちの視界がひときわ明るく塗りつぶされたあと、何もかもが聞こえなくなったような不思議な静寂が訪れた。
『器に魂の欠片は満たされた。これによって新たな絆は結ばれ、二人を護ってゆくことじゃろう』
俺の願いも空しく、厳かな声が響き渡ったが、叫び続ける俺の声にアルシェが応じることはなかった。
「待ってくれ! 俺は、俺は……」
そう繰り返しながら、いつしか俺は涙を流して我を失い、大きく取り乱していた。
アルシュを失うことが、とてつもない痛みとなって俺の胸を突き抜け、心には大きな穴が開いてしまったような気持ちにさせられる。
俺はこんなにもアルシェを……。
そんな思いが何度も行き来し、自身の軽率な行為を深く後悔した。
そして……。
気付くといつしか光は収まり、俺は床にへばり付いて泣いていた。そんな俺の頭と背中を、ラルシュが優しく撫でていた。
ふと顔を上げると、俺の手首にはいつの間にか美しく水色に透き通った腕輪が、そしてラルシュの二の腕辺りにも似たような腕輪があった。
『大丈夫よ、私は消えてないわ』
「!!!」
『あのツンデレのシェンファが、私のためにここまで泣いてくれるなんて……、嬉しくてジンとしちゃったの。なので何も言えなくなっちゃったけど、私は二つに分かれた『神龍の宝玉』の一方に宿っただけで、今もシェンファの腕輪のなかにちゃんと居るわよ』
「……」
いや、頼むからさ、こんなドッキリはもう止めてくれよ!
ただ……、さっきもそうだったが、今のやりとりもラルシェに聞こえていたりしないのか?
『ふふふ、今はシェンファだけに話しているから大丈夫よ。でも今後は、『この子』とも繋がっちゃったから、話そうと思えばどちらにも話せるわよ。もしシェンファが他の女の子に気を取られたりしたら、私は彼女に告げ口しちゃうからね』
「はい……、その時は是非お願いしたいですわ」
「え?」
『あああああっ』
「申し訳ありません。お二人の会話をずっと盗み聞きしているものどうかと思って……。でも、私も負けませんわ!」
いやさ……、これまでもアルシェの『やらかし』は多かったけど、今回のは超ド級っだぞ?
口では『俺だけに』とか言ってながら、全部ラルシュに筒抜けじゃねぇか!
それにラルシュの最後の言葉、「私も負けませんわ」とはどういう意味だ?
初夏で本来は蒸し暑いはずの地下室のなか、俺とラルシュは触れても居ないのに、これまで見たことのない大きさの六花が、俺たちの周囲には無数に煌めいていた。
この日より俺との絆に加え、神龍の宝玉を身に着けたラルシュは覚醒する。
本来期待されていた巫女の力以上のものを発揮して……。
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