プロローグ4 雪の中に舞う鮮血
咄嗟にゼロスと呼んだ男に駆け寄ろうとして、無様にすっ転んでしまった俺は、頭の中に響いていた『妖精さん』の言葉を無視して立ち上がると、再び前を向いて状況を確認した。
「ボ、ボクに何をする気だ! は、離せ、離してください、お願いします!」
俺が転んでいた隙に、円陣の中から短槍を抱えた男が二人こちらにやって来ると、さっき俺の立っていた位置にいた男を無理やり引っ張っていった。
「お、おい! お前ら……」
呆然として俺が叫んだ中、彼は円陣の中に引き込まれた。
これ迄の経緯で(と言っても大した説明も受けていないが)門の向こうにお帰り願う者たちは、少女と槍に胸を貫かれた男、そして俺の傍に立っていた男を無理やり抱え込みながら、その三人を必死に守って戦っている。
ただどう見ても、一方的に追い詰められて防戦一方だった。
『違うっ、違うの! 貴方たちが探していた救世主はこっちなの!』
頭の中で『妖精さん』は必死になって声を上げて意味不明なことを叫んでいたが、救世主が誰を指し、そもそも何で救世主なのか全く理解できなかった。
ただひとつ確実に言えるのは、このままでは彼らは門まで辿り着くことすらできないことだ。
手負いとなった負傷者と、二人の足手まといを抱えているだけでなく、ここ数分の戦いで既に守る側の人数自体が減っていたからだ。
白く雪が降り積もった大地を鮮血で赤く染め、身動きひとつせず横たわっていた者たちは既に四人、それ以外の者たちも各所に傷を負っているように見えた。
一方で禍々しい漆黒の鎧を身に纏った者たちは十名ほどしか居なかったが、誰一人として倒れていない。これだけ見ても力の差は明らかだった。
『お願いよシェンファ、彼女を守ってあげて!』
「無茶言うなよ、あんな奴らを相手にどう戦うんだよ!」
『どちらも強引に此方の世界に渡ったせいで、異なる世界の理に阻まれて半分も力が出せていないと思うの。大丈夫、今の貴方ならきっとできるわ』
簡単に言うなよな。『君ならできる』ってか?
俺にとっては、捨て石にされる者に対してよく言われる、決まり文句のフラグにしか聞こえないぞ。
「はぁ? 俺は武術の心得も、そもそも武器を扱ったこともないんだぞ? あんな中に飛び込んだら瞬殺されるだけじゃないか!」
『戦う術は貴方の身体が、いえ、魂が覚えているはずよ。私が貴方の『記憶』を導くから……』
また訳の分からん話を言っていやがる。そもそもだけど、あの悪夢の記憶か?
睡眠学習でそんな事ができるのなら世話ねぇよ!
そんな思いとは裏腹に、俺の心の奥底に潜む何かが『何としても彼女を守れ!』と強く告げていた。
「くっ!」
そんなことを考えているなか更にもう一人、彼女らを守っていた男が鮮血をほとばしらせて倒れるのが見えた。
「くそっ! 俺はどうすれば良いんだよ!」
そう叫んだとき、いきなり目の前に、いや、俺自身から何かの光が湧き出たような気がしたあと、フラッシュバックのように訳の分からない記憶が、超速再生されながら頭の中を駆け巡った。
あまりにも早すぎて映像や音声の意味は全く分からない。
だが……、自分自身に『何か』がリロードされているような、とても不思議な感覚だった。
「¢ω$、⊂ο~Ч¢≠!」
(ゼロス、槍を貸せっ!」
俺は唐突に意味の分からない、いや、頭で理解しているが言語としては理解していない、不思議な言葉を叫んでいた。
「!!!」
胸を貫かれた男はまだ生きているようで、膝立ちになっていた。
彼は俺の言葉に対して、意味ありげな視線を送って頷くと、ずっと手から離さず身体を支えていた短槍を投げつけた。
「させるかよ!」
短槍を受け取った俺はそう叫ぶと、左右から襲い掛かって来た者たちに対処するため、短槍の石突きを蹴り飛ばして穂先を縦に半回転させると、その勢いのまま左側の敵に向かって振りぬき、次いで身体を短槍ごと回転させて右側の男が突き出した槍を受け止めていた。
次に別の方角から繰り出された斬撃を受け流しつつ、槍を跳ね上げて急所突き、直ちに穂先を引き抜いて短槍を手離し、身体だけを回転させて突き出された槍を回避した。
そこで短槍を持ち替えると大きく踏み込み、円陣に斬りかかろうとしていた者の刃を下から掬い上げた。
「!!!」
防御に徹して円陣を維持する者たちが驚くなか、そのまま彼らの前に躍り出て敵対者の間に割って入っていた。
これら全てが一瞬の出来事であったが、実のところ当の俺自身が一番混乱していた。
「ど……、どうして俺が短槍を使えているんだ? しかもこの動き、俺はどうやって?」
そう、短槍が使えたことだけじゃない!
今の俺の足さばきや身のこなし、身体の動きが全てが本来の俺のものではないからだ。
全てが無意識に、いや、正確には何かに操られているような感覚で、身体が勝手に動いている。
しかも、だ。俺は躊躇なく襲ってきた奴の急所を突いていた。俺は……、人を殺した、のか?
「お、俺は……」
『出来て当然ですわ! シェンファは剣も槍も『並ぶ者なし』とまで言われた英雄ですもの。まぁ……、私からすれば、今のシェンファはまだ全然ダメダメですけど』
「この期に及んでダメ出しかよ!」
いや、色んな部分で疑問はあるが、今はこんなボケツッコミをしている場合ではない。
俺はゼロスと呼ばれた男たちの仲間に向き直った。
「Φ|Λ∞Δ≦! □◎▽ΦΛ≧¥▲×~#$ИΣ§!」
(直ちに引け! お前たちの使命を忘れるな!)
そう言って門の方角を指した俺は、彼らの退路を確保すべく門との中間地点に走り出た。
片や彼らも行動に移っていた。
ゼロスに縋り付いて泣き叫ぶ少女に対し、ゼロスは首を振って兵たちに何かを命じた。それに応じて兵たちは少女を引き剥がし、併せて情けない抗議の声を上げていた男を担ぎ上げると、撤退すべく動き始めた。
「…………………」
今の俺の前に立ち塞がっているのは、ゼロスに槍を投げ付けた男だ。
何かの言葉を発しているようだが、俺には全く意味が分からなかった。
『シェンファ、気を付けて! 彼が魔将ゼノス、他の雑魚とは違うわ!』
いや……、そんな事前情報は聞きたくなかったな。
これまで相手した奴らが雑魚だって? 必死でなんとか打ち払って数を減らし……。
「な、何でだよ!」
目の前に対峙する敵には注意を払いつつ、ふと先ほど俺が居た位置に目をやると、倒したはずの奴らは再び起き上がって俺に槍を向けていた!
どう言うことだ?
そもそも、こんなのアリかよ!
奴らは明らかに何か変だった。通常の人(生物)であれば致命傷となるはずの一撃を受けても平然としていたし、俺から深い斬撃を受けたはずの箇所からは出血すらしていなかった。
『彼らは既に死んでいるの。だからもう命を失うことはないの……』
「無理ゲーかよ! そんな相手をどうやって倒すんだよ?」
『この世界では完全に倒すことは無理かも。でも……、足を砕けば再び立ち上がれるまで時間がかかるはずよ』
「はいはい、親切なアドバイス、涙が出るぐらい嬉しいよ」
もちろん、悲しすぎて涙が出そうなぐらいって意味だけどね。
それでも俺は反射的に飛び出すと、撤退しようとする一団に襲い掛かった二体に割って入り、穂先ではなく石突きで足を砕くよう攻撃に出ていたが……。
「お前ら馬鹿か? 死にたいのかっ! さっさと逃げろ!」
この時に俺が思わず声を掛けたのは、門から来た者たちではない。
たまたまこの場に居合わせた野次馬たちだ。
彼らは命すら危険な状況にも関わらず、スマホを向けて夢中で動画を撮影していた!
その被写体として、俺を含めて……。
正直言って今の時代には、ここまでリアルな戦いは存在しないだろう。
俺だって見たことがないし、そんなものを見たい奴は沢山いるはず。
だが……、それを撮影することで命と引き換えにするのは、どう考えても馬鹿としか言いようがない。
「何をしている! 早く逃げろ!」
そう言いながらも俺は、次々と襲ってくる敵に向かって必死に短槍を振るっていた。
相変わらず俺の身体は勝手に動き、自分でも信じられないような斬撃を次々と繰り出していた。
まるで夢の中で見た『彼』のように……。
「±⊂>×≦!」
(早く行け!)
今度は門から来た彼らにそう言ったのち、再び魔将ゼノスと呼ばれている奴に対峙した。
何故か奴は、ゼロスに槍を投げつけて以降は、ずっと戦いを傍観していた。
「…………………」
再び奴が何かを言うと、俺に足を砕かれて倒れていた二体を除き、他の七体は奴に対し一礼したあと後退し、俺との間に距離をとった。
それはまるで、俺と奴との戦いの邪魔をしないように配慮し、『場』を開けているかのような動きだった。
そして……、奴はゆっくりと手にした短槍を構えた。
「ちっ!」
奴が構えたと思った瞬間だった。
目にも止まらぬ速さで踏み込み、突き・払い・殴打の三連コンボのあと、更に身体を捻って足蹴りまで食らわせてきた!
接近戦を得意とした短槍の強みを生かした、スピードだけでなく速度の割にとても重い斬撃……。
俺はなんとか突きをかわしたものの、払いで危うく手にした短槍をもぎ取られそうになり、体制を崩したところに追い込みを掛けるべく、続けざまに放たれた殴打と足蹴りで……。
元居た場所から数メートルほど吹き飛ばされていた。
「初見だったら完全にやられていたな……」
奴の初撃を受けただけで俺の呼吸は大きく乱れ、短槍を持つ手は衝撃によってジンと痺れていた。
いや待て! 今さっき俺は何と言った?
俺にとってこれは初見であり、そもそも短槍を持つこと自体が初めてだぞ?
なのにどうして俺の身体は、この攻撃を予想できたかのように動いたんだ?
いや、戦いの中で俺は何を考えているんだ!
だが奴は思いも寄らぬ行動に出た!
撮影していた野次馬の一人が、無意識に奴の視界に入ってしまったようで、目にも止まらぬ速さで移動すると短槍を水平に薙ぎ払った。
野次馬の一人が悲鳴を発する間もなく真っ二つに両断されると、ほとばしる鮮血が雪の中に舞った。
他の二人は、恐怖に顔を歪めてへたり込んだ。
「くそっ!」
俺は無我夢中で奴の前に飛び出すと、意識を無にして身体の動きを本能に任せ反撃に転じた。
奴が放ったものとは違う、俺の身体の記憶に任せた三連撃を。
「…………………」
俺の反撃を受けた奴は、不思議なことに何故か動揺しているかのようだった。
完璧に防がれたと思ったが……、何故だ?
「§≠<¥×……」
(懐かしい……)
いや……、死人がしゃべれるのかよ!
今度は俺が思いっきり動揺させられる番だった。
「£§≠±@≧#&~+@=?」
(其方はこの技をどこで?)
「有難い睡眠学習のお陰さ!」
もちろん俺にはそう答えるしかない。俺だって訳が分からないんだから。
だがその時だった。
この戦いの場に新たな変化が訪れた。
街の喧騒すら圧するほどの、けたたましいサイレンの音とともに。
血の惨劇を、より赤く彩ることになる新たな変化が……。
最後までご覧いただきありがとうございます。
プロローグは0から5まで、本日午前9時までに一気に投稿いたします。
本編は7/15日より、毎日10時に公開する予定です。
今後ともどうぞよろしくお願いします。




