プロローグ3 血に染まった雪景色
今朝がた見せられた変な夢と、意味の分からないおかしな言葉、それが何を告げたかったのかは分からない。
ただひとつ言えるのは、明確に幻聴まで聞こえるようになった今の俺は、もう完全に『壊れてしまった』ということだ。
そんな思いもあってか、バイトの準備を整えて電車に乗り込んだものの、いつ暴走するかもしれない自分自身に怯えて目的地の駅で降りることができず、山手線に乗ったままただ都内を周回していた。
そして、二週目の周回に差し掛かろうとしていたとき……。
「お客様にお知らせいたします。本日の降雪の影響により山手線は外回り、内回りとも全線で運転を見合わせます。この電車は次の新宿駅までの運転で回送となります。
なお、運転再開の目処は立っておりません。お急ぎのところ……」
「マジかよ!」
こんな所で止まったら、もう帰ることもできないじゃん。
今日はホント朝から最悪だな。
周囲の各所からも不満の声が上がっているなか、俺もこの先でどうするか考え始めた時だった。
『シェンファ! マズいわ、門が開いてしまったみたいなの!』
「は?」
俺の脳裏に響き渡ったのは、これまでとは全く違った、どこか切迫した様子の『あの声』だった。
しかも頭の中に響く声は、よどみなくはっきりと聞き取れる。
『お願い、あの子を止めて! でないと二つの世界が繋がったまま、大変なことになっちゃう!』
「だ・か・ら、どこのどなたですか? 宛先を間違っていませんか~」
何故か無性に腹が立ったし、自分自身が壊れたと自覚している今、まともに取り合う気にもなれなかった。
『貴方を混乱させていることは謝るわ。でも、一刻も早く彼女たちを向こうの世界に返し、門を閉ざさないとダメっ。魔将ゼノスが、彼女たちを追って此方に来ちゃう! 何の罪もない人たちが殺されるのよ!』
「はいはい、それは一大事。ファンタジー小説の読み過ぎとか、ですか?」
まぁ、かく言う俺自身もそうだけどね。
家族や友人との交わりを絶った俺にとって、唯一の楽しみだったし……。
でも『魔将』って何だよ、ネーミングもチープ過ぎないか?
『私は、あ・な・た・に言っているの! シェンファ、いえ、この世界では確か……、シ・オ・ン・さんに、ね』
「そ、それは言うなっ!」
そう、世の中のシオンさんたちには申し訳ないが、俺には『中二っぽい』響きに聞こえる史音と言う名前が好きではなかった。
いや、正確には忌み嫌っているとまで言っても良いぐらいだ。
『貴方がこう呼ばれるのを嫌っているのは知っているわ。だから敢えて言ったの。お願いだから機嫌を悪くしないでね。でも、これで貴方に言っていると分かってもらえた?』
「少なくとも……、ね。それで、俺に何をしろと?」
俺は大きく溜息を吐くと、俺の頭に住み着いたと思われる『妖精さん』に応えた。
それ自体が、既に俺が相当なところまで『壊れている』証拠だと自覚しながら……。
『貴方がずっと夢に見ていた世界、あれは私たちの未来にあった現実なの。
その世界から、本来なら此方に来ちゃ行けない人たちが来ちゃったの。このままだと、魔王の差し向けた邪悪な者たちを引き込んでしまう……』
「えっと、肝心なことが抜けているぞ。『どこに』来たんだ? 『どうやって』追い返せばいい?」
ってかさ、そもそも魔将の次は魔王かよ!
やはり『妖精さん』と同じくファンタジー世界の話じゃねぇか!
しかも未来の話を過去の俺が夢に見ること自体、ストーリーとして破綻していないか?
これも俺が、ラノベを見すぎたせいか?
やっぱり俺はもう、完全に『壊れている』んだよな?
『歩いてもすぐよ。ここより北東、多くの人の情念が渦巻いている場所』
情念ね……。男と女とお金にまつわる情念と言えば、ひとつしかない。
ましてここは新宿だ。
「それって、歌舞伎町か? 方角的にはそうだよな……」
『お願い、急いで! 彼らが来ちゃう! 行ってみればすぐ分かるわ』
「取り敢えず行くだけだぞ? 行って何かがあって初めて、『妖精さん』の言葉を信じてやるよ」
俺はそう言うと、東口の改札を出て走り出した。
いや……、積雪で滑る足元に気を使いながら、少し早歩き程度で……。
◇◇◇ 新宿 歌舞伎町
突然出現した異形の門、その扉が開け放たれた暫くのちに、門からはこの世界に似つかわしくない姿をした者たちが、ゆっくりと周囲を窺いながら進み出た。
「@&≒……、@&≒×Ч×≧Λ§≧」
(ここが……、異界の地なの?)
「ー、@≧&<#Иξ±+△$Σ≧=$Ч?」
(で、この先我らはどうするのですか?)
「&、&≒$≧∈!」
(さ、探すのよ!)
「+△⊂≠ー、=¥∈△Ч?」
(どうやって、でしょうか?)
全く答えることが出来なかった巫女姫を見て、ゼロスは再び大きな溜息を吐かずにはいられなかった。
思わず浮かんだ『やはりこの先は、何も考えておられぬのか?』という言葉を飲み込んで……。
「Δ、Δ+▲●И±#Чο◎$! ΦΨ%……」
(ひ、一目見れば分かります! 多分……)
そうは言っても、この一角だけで相当な人数の人々が往来している。
それだけの中から救世主として選ばれるべき一人の人物を探し出すのは、まさに至難の業としか言えない。
ましてこの世界に、どれほどの人間が住んでいるかさえ分からないのだから……。
そんな彼らはもちろん、こちら側の世界にとっては異質な存在であった。
「おい、見ろよ! この寒いのに外人のコスプレ集団だぞ?」
「本当だな。でもゴツイ男たちばっかで……、あ、めっちゃ可愛い女の子も交じっているぞ!」
「どこの国からだ? 話している言葉が全くわからんぞ?」
「いや、そもそもだけどこの場所に門なんか有ったか?」
異変に気付いた周りの者たちも、徐々にゼロスたちの一団を野次馬となって取り囲み始めた。
それを見たゼロスは危機感を抱き、仲間内だけに聞こえる小さな声で命令を発した。
「全員、短槍構え! 巫女姫さまを中心に円陣を組め! 間合いに入った者は遠慮なく柄で叩き出せっ」
彼の指示で二十名の兵士たちが一斉に動くと円陣に変化し、手にもっていた短槍を半回転させて柄の部分を前に突き出した。
野次馬たちに無言の圧を加えるために……。
だが、彼らの反応は違った。
「お! なんかショーが始まるのか?」
「あの槍捌き、ちょっとカッコいいよね?」
「せっかくだし俺、動画撮っておこうかな。別に……、撮ってもいいよね?」
彼らの動きを勘違いした野次馬の一人が、おもむろに前に進み出るとスマホを彼らに突き出して撮影を始めた。
「!!!」
それを見た兵の一人が、逆袈裟切りのように右下から左上に振りかざした短槍の柄でスマホを叩き落すと、そのまま流れるような動作で柄を回転させ、石突部分で男の腹部目掛けて突き放った。
「ぐえっ!」
無警戒だった男は、腹部に受けた強烈な一撃で倒れこみ悶絶した。
「な、何するんだよ!」
「警察だ、誰か警察を!」
「あいつら、容赦なく武器を使ってくるぞ」
事態は一気の混乱し、彼らの周囲では野次馬が大きく騒ぎ始め、逃げ去ろうとする者、逆に騒ぎを聞き駆けつけようとする者たちで混乱し始めていた。
◇◇◇
雪の積もった道を進み、やっと歌舞伎町まで到着した俺だったが、一角で何やら騒ぎが起きていることに気付いた。
慌てて近づいてみると、中心に凛とした美しさを持つ金髪の美少女と、それを取り囲む珍しい短槍らしき物を持った者たちがいた。
『彼らは怯えているのです。あの子を守ろうと必死になって……』
「ならどうすればいい? 俺だってあんな殺気だった奴ら、大人しくさせることはできないぞ?」
『門が開いたことで私も貴方と直接会話することができたわ。今の貴方ならきっと言葉も……、ダメっ! 彼らも此方に!』
言葉の最後で彼女の上げた悲鳴に、俺も改めて彼らの後方、不思議な門らしきものが現れた一角を見た。
「!!!」
そこからは漆黒の禍々しい感じのする鎧を着た何者かが、次々と出現し始めていた。
そして次の瞬間……。
「がっ!」
「げっ!」
「ひぃぃっ!」
「いゃぁぁっ!」
野次馬の輪から離れ、門の近くで様子を見ていた二人の男性が、新たに出現した者たちによって一刀のもと切り倒され、飛び散った鮮血は雪で真っ白だった地面を赤く染めた。
彼らの周囲にいた女性たちは悲鳴を上げると、恐怖のあまり腰を抜かして雪の上にへたり込んだ。
「ひっ、人殺し!」
「逃げろっ!」
「た、助けてっ!」
悲鳴を上げながら逃げ惑う人々のなかで、門から現れた二つの異形な軍団は激しくぶつかり、血で血を洗う戦いを始めていた。
人々の絶叫、激しい斬撃が交わされる音、そして……、飛び散る鮮血は真っ白な大地を赤く染め続けていく。
「Δ▲&◎~◎■ο≠≠、■%ω!」
(姫様を守りつつ、門へ!)
一人の男が突出し、襲い掛かる敵に対し獅子奮迅の活躍で短槍を振るうなか、彼らは円陣を固く維持しながら短槍を突き出し、中心の美少女を守っていた。
そして再び門の方向に移動するかに見えたが……。
俺の視線は、敵の目を引き付けるように短槍を振るって戦う、まだ十代半ばとも思える若い男の姿に釘付けとなった。
「相変わらず見事な槍捌きだよな。もっとも、俺の知る彼には、まだほど遠いが……」
この俺の言葉は無意識に出たもので、心なしか胸が熱くなるような気持ちにさせられていた。
『当然です、シェンファが知っている彼は、更に研鑽を積んで西風の称号を得た、未来の彼なんですから。何より異界では、本来の力を振るうことも……、それよりも彼女たちを早く、門の向こうへ!』
いや、俺は何を言っているんだ?
俺が彼を知っているだと?
そんなことはあり得ない!
俺の頭の中に棲む『妖精さん』は、そんな俺の言葉に対して何故、まるで当然のことのように受け返してくる?
しかもその回答は俺の理解を超えている。
何よりも増して俺は今、何をしている?
こんな危険な状況になっても、周りで恐怖に顔を歪めて逃げ惑う人々の中で、どうして平然と突っ立っていられるのだ?
「た……、助けて!」
自分の置かれた状況と、この混乱の中で落ち着いている自分自身のことが理解できず、呆然と立っていた俺に一人の男性が腕を掴んできた。
彼は恐怖に怯えてまともに立てないのか、まるで生まれたての小鹿のように足をガクガク振るわせていた。
一瞬だけ俺は、彼が背負っていた特徴的なバッグに目がいったが、今はそんな事態ではない。
「何をしている? 助けを求める前に、早く逃げろ!」
そう言うと彼の手を振り払い、再び戦いの場に視線を移した瞬間だった。
「!!!」
「¢ω$! △¥ω|!」
(ゼロス! 後ろだ!)
無我夢中だった俺は、自身でも訳が分からない言葉を叫んでいた。
だが……、俺の言葉は逆効果だった。
俺が警告を発した相手、短槍を振るってひとり奮戦していた男は、驚いた顔で俺の方に視線を向けてしまった。
その瞬間……、彼の後方から投げつけられた槍に胸元を貫かれて地面に倒れ込み、同時に、勢いよく彼に向かって走りだそうとした俺は、積もった雪に足を取られて盛大にすっころんでしまった。
俺が咄嗟にゼロスと呼んだ男に、悲鳴を上げながら駆け寄った純白の軽装鎧に身を包んだ少女は、男に縋りつく傍らで、先ほど俺が声を上げた場所で足を震わせながら立っていた男を指さし、何かを叫んでいた。
「●≠Φ! 〇≧Δ+∈! ≠Иー<ー!」
(見つけた! あの人よ! 連れてきて!)
『だ、駄目よ! 違う、違うのー!』
転倒した俺の頭には、妙に狼狽した『妖精さん』の声が響き渡っていた。
この出来事が、俺たちの運命を大きく捻じ曲げる始まりとなった。
そしてこれが更に大きな誤解とすれ違いを生み、皮肉な未来を生じさせることになる。
最後までご覧いただきありがとうございます。
プロローグは0から5まで、本日午前9時までに一気に投稿いたします。
本編は7/15日より、毎日10時に公開する予定です。
今後ともどうぞよろしくお願いします。




