プロローグ2 二つの世界に舞う白雪
雪の降りしきる日、新たな縁に目覚めた男と対をなす人物、彼女もまた異界の地にて、自身の新らたな運命を切り開こうと苦闘していた。
本人たちに待ち受ける、残酷な未来を知らぬまま……。
◇◇◇
数百年の長きに渡って繁栄と衰退を繰り返してきた大陸諸国は、神聖歴818年になって滅亡の危機に瀕していた。
それは……、五十年から百五十年の周期を経て、幾度となく『魔境』と呼ばれる魔物たちの棲息する地域に降り立ち、周辺諸国だけでなく世界を滅ぼさんとする『魔王』によるものではなかった。
今回の魔王との戦いでも、ルリエラポルト聖王国は盟主として、周辺にあった十二か国に連合国を組織させ戦いに臨ませていた。
それらの諸国で編成された軍は、一進一退を繰り返しながらも懸命に魔王軍と戦い、彼らの侵攻を押し留めていたからだ。
苦しい魔王軍との戦いに耐える人々には希望があった。
今はただ持ちこたえることができれば時が満ち、十二年に一度しか開かれないと言われる『異界の扉』を開くことが可能となるからだ。
神聖歴824年に訪れる『蜜月』になれば異界の扉を開くことができる唯一の存在、巫女と呼ばれる力を持った者が神託によって選ばれ、今はアメノ神殿にて『その日』に備えた研鑽の日々を送っている。
魔王軍を押しとどめ、この世界の理を無視した力を持つと言われた世界を渡る者、救世主を招き入れるその日まで……。
それは世界の人々の願いであり、唯一の希望でもあった。
だがそこに、これまでの歴史では現れることのなかった第二の魔王、『神魔シェンファ』が世界に降り立ったことで状況は一変した。
神魔シェンファは、僅か一年で魔王とその軍を魔境にて打ち滅ぼすと、神聖歴817年、突如として人類を滅ぼす目的のもと、貴下の魔将たちを率いて十二か国に侵攻を始めたからだ。
その軍は精強で攻勢は苛烈を極め、更に配下の魔将たちは猛り狂うだけの魔物と違い、戦いに勝利するための理と知恵を伴っていた。
そんな彼らは今、魔境の周辺にある国々には目をくれず、十二の国を壁として取り囲まれるように中心に存在した、ルリエラポルト聖王国だけを目指して真っすぐに軍を推し進めていた。
◇◇◇ 神聖歴818年 ルリエラポルト聖王国外延部 アメノ神殿
本来の魔王軍、既に神魔シェンファによって滅ぼされた魔王との戦いであれば、ルリエラポルト聖王国は遥か後方にある安全地帯のはずだった。
だが、神魔シェンファの軍は定石を無視して軍を進め、今や聖王国の外延部にあるアメノ神殿にまで達する勢いであった。
このアメノ神殿には特別な役割があり、主神として祭られていたのは、イザミと呼ばれる女神であった。彼女は生と死を司る神と言われ、その影響力は異界にも及ぶものとして崇められていた。
そんなポルト神殿には、失ってはならない人類最後の希望、異界へと通じる扉である『召喚の門』がある。
そして今、激しく雪が降り注ぐなか、神魔シェンファの配下の一人、魔将ゼノスが率いる軍は防衛に当たった十二国の連合軍を蹴散らし、アメノ神殿を攻略せんと兵を進めていた。
「姫さま! どうか姫さまも急ぎ避難してください! 神官たちは既に逃げ出しています。防衛に当たっている十二か国連合軍も、あまり長くは……」
迫り来る魔王軍を前に、この神殿に仕える者たちは既に全員が逃げ出していたはずだった。
一人の例外を除いて……。
「そんなこと、ゼロスに言われなくても分かっているわよ! でも……、彼らが居なくなった今しか、禁書を見るチャンスはないの!」
そう言って『姫さま』と呼ばれた女性は、神殿内で厳重に封印が施され、本来であれば一国の王女である彼女ですら閲覧が許されない、禁書の数々が収められている部屋にこもったまま、一向に出てこようとしなかった。
彼女の護衛であるゼロスは、毎度毎度のこととは言え、大きなため息を吐かずにはいられなかった。
いつもそうだ。
この姫さまは自身の身の危険すら顧みず、考えなしに思ったことを行動に移してしまう。
しかも今は、禁忌とされたことを平然と破っているのだから……。
「それが今、必要なことなのですか?」
「これが今、必要だからよ。そもそも神殿を奪われたら、もう二度と見られなくなるもの。それ以上に……、門を魔王軍に奪われたら、そこで私たちの勝ちは無くなるのよ?」
「ですが……、間もなくこの神殿は落ちます。そうなれば門は敵の手に渡り、我らは二度と……」
「だ・か・ら、使えなくなる前に、使うしかないでしょ? もう少しで全て読み終えるから、大人しくそこで待っていなさい!」
そう言われてもゼロスは気が気ではなかった。
彼女は自分たちの、いや、この世界の希望となる巫女を継承している身なのだから。
言い伝えによると、女神イザミより祝福を受け、巫女の素養を持った人物が生まれるのは百年に一度程度でしかない。
巫女として『ラ・アルシュ』の名を受け継いだ彼女を失えば、この世界から希望が消えてしまう。
「奴らはこの神殿の価値を知っているのよ! だからこそ周辺の国には目もくれず、真っすぐにここを目指し攻めて来たのよ!」
この言葉を最後に、中からの返答は途絶えた。
一方、部屋の外で待機するゼロスと20名の兵士たちは、途方に暮れるしかなかった。
「ゼロスさま……、いかがしますか?」
「姫さまの性格だからな。一度言い出されたらもう……。口惜しいことながら、道理は姫さまにあるのも事実」
そう、ゼロスは渋々ながら分かっていた。
一見すると無茶苦茶な事を言っているように見えるが、そもそも門を失えば彼女の役割も潰えてしまう。
人が魔王に勝利するには巫女と門、この二つの存在が不可欠なのだから。
ただ同時に今の彼女の試みや努力も、時が満ちていない状態では、おそらく無駄な努力になるであろうことも分かっていた。
そして……。
遂に姫さまと呼ばれた少女が部屋から出てきた。
興奮に目を輝かせながら……。
「ゼロス、今から門を開くわ!」
その言葉にゼロスは耳を疑った。
そんなこと、できるはずがないからだ。
「ですが……、そもそも時が満ち『蜜月』となるのは六年も先、それまで此処に居座られるおつもりですか?」
「もうっ、十二年に一度なんて誰が決めたのよ! 今の状況でそんなに待っていられる訳もないでしょ」
「ま、まさか姫さまは……」
ゼロスと呼ばれた男が不安に駆られ絶句するなか、少女は笑って舌を出した。
「今やっちゃえば良くない?」
「ですが……、時が満ちていなければ召喚もできません!」
このゼロスの言葉に、少女は不敵な笑みを浮かべて胸を張った。
「ふふふ、『招く』ことができなくても『繋ぐ』ことはできると分かったの。なら私たちが直接異界に向かい、連れてくれば済む話じゃないない? 召喚門としては使えないけど、転移門としてなら……」
彼女は禁書を読んだことで何かしら、確信に近いものを得ている様子だったが、ゼロスは彼女に危ない橋を渡らせる気は一切ない。
そもそもの話だが今や彼女は、何重にも禁を破ろうとしていることは明らかだ。
「ダメです! 異界に干渉するのは禁じられています! そんなことをすれば、此方の世界に何が起きるか分からないのですよ!」
召喚の門は、この世界と異界を繋いで『招き入れる』ためのものであり、門を通って異界に出ることなど、そもそも可能かどうかも分からない。
まして此方の世界から異界へ侵入することは固く禁じられており、そもそも『召喚』ですらリスクを伴うものだとされていた。
『召喚に当たっては当事者となる『巫女』は、異界の者と死ぬまで切れない魂の繋がりを持つことでやっと、この世界からすると異物である『召喚者』を招き入れることができる』
彼らの知る伝承でも言い伝えられており、召喚を行った歴代の巫女も全てその運命を受け入れ、そして殉じていったと記録に残っている。
「このままだと私たちは滅んでしまうの! だったらできそうなことは、ここで全部試すだけよ。無理やりでも異界から、救世主さらって来ることを含めて、ね」
『この姫様ときたら、無茶苦茶だ……』
思わずゼロスは目眩がしそうな気持ちになった。
異界から無理やり連れ去られた者が、この世界を救うために命懸けで戦ってくれると思うのか?
常識に疎く無鉄砲で楽天的で思慮が足らず、思い込んだら一歩も引かない強情なお姫様を見て、ゼロスは大きな溜息を吐いた。
「ですが……、時の満ちはまだ半ば、異界に接続し門を開くには、命を失うほどの膨大な力が必要と聞きましたが?」
「ふふふ、幸いなことに今日は大雪よ。私は女神イザミさまから水の加護を得た巫女、そして私に刻まれた紋章は六花よ。向こうと此方で雪の六花が共鳴してくれれば、一時的にだけど私は膨大な力を振るうことができるもの」
そう言うと彼女は、自身の力の根源を示す象徴でもある、雪の結晶にも似た六花の胸飾りを誇らしげに見せた。
だが、彼女の自信には根本的な裏付けが欠けていたことに気付いていない。
「門を繋ぐ向う側の異界にも、共鳴すべき六花(雪)があるとは限りませんが……」
そう言ったゼロスの言葉が聞こえていないのか、都合の悪いことは全て聞き流しているのか、少女はただひたすら、召喚の門が配置されている神殿の奥へと勝手に進んでいった。
「どうお諫めしても無駄か……。まぁ、それを期待するのも無駄だし、万が一にでも開くことはないだろう。
そうなれば我儘三昧の姫さまも、諦めて避難してくれると期待するしかないか?」
ゼロスはひとり小さく呟くと、今の自身にできることを進め始めた。
「護衛の部隊はここと向こう、神殿の入り口付近に潜み、侵入を試みる奴らを食い止めて時間を稼げ!
守り切れんとなれば撤退することを許可する。無理に死守しようとして無駄に死ぬことは許さんぞ!
中に入った我らは、別の道から撤退するので直属部隊二十名は私と共に殿下をお守りする。行けっ!」
彼は少しでも長く時間を稼ぐよう兵たちを配置すると、改めて配下の二十名を引き連れて神殿の最下部、召喚の門があると言われた場所へと走り出した。
「たとえ奴らが神殿に侵入したとしても、この入り組んだ迷宮のような順路を抜け、最下部まで来るのは簡単ではない。その隙に、思い通りにならずしょげる姫さまを連れ、脱出する事が今や唯一残された……」
彼が呟いたのは、この先でこ行動予定だ。
守備を任せて配置した兵たちには申し訳ないが、撤退する彼らが敵軍の目を引き付けている間に、彼らは絶対に失ってはならない人物と共に、別の出口から避難する。
脱出が遅れた今となっては、それしか退路は無いように思えていた。
しかし……、そんなゼロスの思惑とは全く違う方向に事態は進む。
神殿の迷宮最下層にある、召喚の門まで辿り着いたゼロスは、自身の目を疑った。
「ま、まさか!」
地下水を引き込み階段状に水の流れと池を作っていた最下部は、灯された明かりで白と青の幻想的な世界を作り出し、その中のひときわ大きな池の水面には、白亜の壮麗な門が佇立していた。
そして……、本来なら固く閉ざされ開くはずの扉が左右に大きく開け放たれ、その先には真っ白に霞む異界の雪景色が広がっていた。
「ひ、開いたわよ。想像以上に力を消耗しちゃったけど……、ね」
そう言って荒い息を弾ませながらも、誇らしげに立つ少女の姿を認めたとき、彼もまた覚悟を決めるしかなかった。
「さぁゼロス、行くわよ! 私たちの手で、救世主を無理にでも引っ張ってこないと!」
そう言って先頭を進む少女に続いて、まるで苦虫を嚙み潰したかのような表情をするゼロスは、何度も首を傾げながらその後に続いた。
ここに……、二つの世界かつまこ時は交錯し、ねじれた世界がひとつの、いや、全く新しい歩みを始めた。
強引に結ばれた二つの世界では、奇しくも白雪が舞い、大地を無機質に染めていたなか……。
最後までご覧いただきありがとうございます。
プロローグは0から5まで、本日午前9時までに一気に投稿いたします。
本編は7/15日より、毎日10時に公開する予定です。
今後ともどうぞよろしくお願いします。




