第四十三話 嫉妬の果てに……
俺は宛がわれていた神殿脇にある宿舎に戻ると、改めて全身に水を浴びて汗を流し、何事もなかったかのように身なりを整えるたあと、二本の短槍を背に掛けて外に出た。
本来なら予備の短槍は宿舎に置いてきても良かったが、ゼロスの短槍も失ってはならないものだし、万が一の事態は避けなければならないからだ。
何故ならここは決して味方である場所ではなく、敵地であるからだ。
そして食堂に定められた一室に入ると、既にラルシュを始め多くの兵たちが食事を摂っていた。
昨日の晩餐で兵たちから、ここでの食事のしきたりについても聞かされていた。
どうやらラルシュの指示で、食事はみな同じ内容のものを、同じ場所で食べるように決まっているらしい。そのため誰もが同じものをテーブルを囲んで食べていても驚かずに済んだ。
「シオン、一緒に朝食を食べましょう♡」
一番奥の大きなテーブルに座っていたラルシュが弾んだ声で呼びかけると、彼女と同じテーブルに座っていた者たちは一斉に席を立とうとしていたが……。
いや……、それはマズイだろう。しかも他の者も、頼むから変な気を使わないでくれ!
ラルシェはまるで後ろめたいことなど全くないように、満面の笑みで俺を迎えようとしているし……。
今朝の一件があるので、俺は余計に照れ臭かったのだけど、どうして彼女は振り切れたように大胆になれるんだ?
「誰も席を立たなくて構わない。そのまま、そのままで!」
慌ててそう言ったあと、俺はラルシュのそばに行くと努めて冷静を装って話し掛けた。
「いや……、皆に変な気を使わせても悪いからな。声を掛けて貰ったのは凄く嬉しいけどさ。俺は後で打ち合わせもあるから、食事が終わったら隣に行くよ」
そう言ってセルフサービスの食材を器に取り分けると、ひとつだけガランとしていたテーブルに座った。
「よう、昨日はゆっくり話せなかったが、中々頑張っているそうじゃないか、後でゆっくりと話を聞かせてくれないか?」
そう言って話し掛けたが、オタはチラッと俺を見ただけで黙々と食事を進めていた。
もしかして昨日の日中は存在を忘れていたし、晩餐の時に彼は話し掛けたそうにしていたのに、ずっと兵たちに囲まれて話せなかったから拗ねているのか?
少し悪い事をしたかな?
この一年半、神聖騎士たちのイジメに近い訓練にも耐え抜き、オタなりにずっと頑張っていたそうだし……。
俺は色々と考えを巡らせていたが、先に食事を終えたオタが席を立ち上がる際に、やっと重い口を開いた。
「このあと、修練場で待っているよ。ボクの力を今こそ見せる時だからね。どちらが相応しい者であるかを掛けて、ボクはお前に宣戦布告する!」
「はぁ? オタ、お前は……」
俺が唖然としていたのを嘲笑うかのように不敵な笑みを残すと、オタはそれ以上は何も言わず去って言った。
「どういう事だ?」
『あちゃー、私も気付かなかったけど……。もしかして今朝のこと、オタさんに見られちゃったんじゃない?』
「いや、マジか……」
『マジよ、だって昨日までオタさんは、ずっとシェンファを目線で追っていたし、話し掛けたそうにしていたもの。それが一晩でここまで変わるとは思えないわ』
マズいな。人目に付かないよう注意していたつもりだったが、途中からはずっと意識がラルシュに向かっていたからな。
最後に念のため周りを確認したが、それまでは無防備だったことも否めない。
『私が妬いちゃうぐらい仲睦まじかったわよ。ホント、私の存在をすっかり忘れているぐらいに、ね』
いや、今更になって嫉妬かよ!
あの時は最後に『唇を奪うのよ!』って俺をけしかけていたのに……。
魂は惹かれていたものの、アルシェという存在にも心惹かれている自分を自覚していたからこそ、俺は最後まで一線だけはを守っていたのに。
「くっ、人の気も知らずに……」
『ふーんだ、それは私の台詞よ。『あの子』だからこそ私も辛いのを我慢して応援していたのよ!
シェンファのリア充、女たらし!』
何だよ! 頼むからアルシェまで拗ねないでくれ!
しかもリア充とは失礼な! 俺はずっと彼女居ない歴=年齢だし、それとは対極にいる存在だぞ。
それにアルシェにリア充なんて言葉を教えたのは誰だよ!
ダメだ……、対人スキル皆無の俺は、更にレベルの高い女心なんて全く理解できないぞ?
どうやったら機嫌を直してくれるんだ?
「シェンファ、さっきから頭を抱えて……、何かありましたか?」
心配そうな顔をして覗き込む、いつも俺に対して素直で真っ直ぐなラルシュが、ちょっと天使に見えてしまった。
「いや……」
そう言って辺りを見回すと、食堂には誰の姿もなかった。
「シェンファが『食事の後で私と打ち合わせ』と言ったものだから、どうやら皆が気を遣って急いで食べて出て行ってしまったようなの」
あ、それでシェンファか……。
いつの間にかラルシュからシェンファと言われるのも普通になってしまったな。
「どうやら今朝のこと、オタに見られていたみたいなんだ」
「まぁっ!」
そう言うとラルシュは、口元を手で抑えながら真っ赤になって立ちすくんでいた。
どうやら彼女も朝からずっと何事も無かったように振る舞っていたが、ただ演技のスキルが俺より上だっただけのようだ。
「オタはラルシュを賭けて、俺に宣戦布告して来た」
「ど、どうしましょう……」
既に彼女も巫女と救世主は魂が惹かれ合うことを知っているだろう。それがオタとではなく……。
そうなると間違って連れて来てしまったオタに対し、罪の意識に苛まれているのは当然のことだ。
だからこそ、今朝は俺を『心から頼れる相手』と言って泣いていたのだ。
今も彼女は不安そうな、縋り付くような目で俺を見つめてきている。
それに対し俺のできることはひとつ。
先ずは彼女に優しく笑い掛けた。そして……。
「堂々と宣戦布告して来たのはまだ救いがあるさ。拗ねて遁走されたり、面従腹背されたら困っていたけどさ。俺も誠意を持ってオタには話してみるよ。『槍で語らう』ことになるかもしれないけど、他意はないから心配しなくていい」
そう言って強がってみせたあと、俺は席を立って修練場へと向かおうとしたが、再びラルシュが話し掛けてきた。
「私も一緒に、オタ様にお詫びを……」
「それは止めておいた方がいいな、そうなればきっと更に惨めな気持ちになる。今は俺を信じて待っていてくれるか?」
仮に俺がオタの立場だったらそう思う。
オタと俺も、言ってみればずっとボッチの似たもの同士だ。なので何となく気持ちは分かる。
オタは自分の存在意義を賭けて、俺に挑んできたのだろう。ならば俺は、それを正面から受け止めるしかない。
俺はまだ不安そうな顔をしているラルシュの頭をひとしきり優しく撫でると、笑顔を見せて修練場に向かって走り出した。
◇◇◇
『さっきのシェンファは合格ね。自分も追い込まれているのに、一番に『あの子』を気遣っていたもの。それがあの子にも伝わったと思うわ』
いや……、追い込んでくれた一人は、かく言う君なんだけどな。
まぁ、アルシェの機嫌が治ってくれたのは何よりだ。
『でも優しいのはあの子と私にだけ、じゃないとダメよ。誰にでも優しいのは、嫌いなところにもなるの』
女心って……、複雑だな。知らんけど。
まぁいい、取り敢えず一つ目の危機は脱した。あとはオタか。
「分かった、助かるよ」
そんなやり取りをして修練場に辿り着いた時、その中央にはオタが腕を組み仁王立ちになって俺を待っていたが……、何かオタのキャラらしくないよな。
「よく来たな。今朝ボクは、お前への憧れを捨てた。今は二つのことを争う敵同士だ。
救世主として魔王を倒すのは賢者か槍騎士か、そしてボクの巫女を守るのはどちらか」
「ははは、正直に言わせてもらうと今までお前を見くびっていたよ。それは素直に謝ろう。
お前も……、ずっと苦労してきたし、人一倍努力してきたんだよな?」
これは俺の素直な気持ちだ。
おのオタがここまで男らしくなっているとは思っていなかったし、奴なりに地獄を見て耐え抜いてきたことが窺える精悍さがあった。
「今更おだててもボクの気持ちは変わらないし、前みたいに口車に乗せられはしないよ。ボクは……、実力でお前を打倒し巫女に相応しい男になったと証明してやるんだ!」
口車? 俺はオタを騙したつもりは……、あるか。
でもそれは、オタがこの世界で生き延びられるように言った方便だし、奮起させるつもりで言った言葉だけど、それを言われれば耳が痛いな。
『きっとオタさんは、シェンファが救世主に取って変わると思っているのよ』
「オタ……、戦う前に一つだけ言っておく。俺はお前と巫女を守る立場、これだけはどうあっても変わらない。だが、魔王は恐ろしく強いぞ。今の俺でも瞬殺されるぐらいに、な。先ずはお前の覚悟と努力の成果を見せてくれ」
そう言うと俺は、背負っていた二本の短槍を鞘ごと大地に突き刺し、訓練用の短槍に持ち替えた。
これは刃を引いて先端も丸く加工されており、斬撃や刺突ができないようにされたものだ。
「ふん、終わった後も同じようなことが言えるのかな? そんな物を使っていても、ボクは一切容赦しないよ?」
『シェンファ、ちょとおかしいわ! 周囲の空間に幾つもの揺らぎがあるもの。気を付けて!』
アルシェの警告で俺も気付くことができた。
注意して見ないと分からないが、オタの周囲の空間が微妙に揺らぎ、背景が時折歪んで見える!
そう言えば……、オタは本来なら理の違う世界から来た者として、使えるはずのない魔法が使えるんだったか?
だが俺や魔王、そして奴自身にも魔法は無力だぞ? 奴もそれを聞かされているはずだが……。
「ふふふ、これを喰らってまだ立っていられるかな?」
今やオタの周りだけではない。オタと俺の対峙する間に無数のごく小さな空間の揺らぎが生じ、まるで曇りガラスを重ねたかのように視界がぼやけ始めた。
『シェンファ……、ちょっとマズイかも。こんな魔法、見たことがないわ」
アルシェの切迫した声とともに、俺自身も漠然とした不安がどんどん大きくなって、それが爆発する一歩手前に来ているような緊張感に苛まれた。
そして俺はこのあと、本来なら通用しないはずの魔法攻撃を受け、オタの恐ろしさを垣間見ることになる。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/26)は、【賢者の実力】をお届けします。
どうぞよろしくお願いします。




