第四十一話 二人だけの再会
まだ夜が明けきらぬ黎明の中、俺は一人西風の短槍を持って神殿の裏庭に出ると、そこで修練を始めた。
これは人目のつかない場所で毎朝繰り返していることだが、昨晩行われた歓迎の宴のお陰で、まだ全員がぐっすり眠っているはずだ。
いつもならサドレスたちも交代で巫女の寝所の外に立ち、寝ずの番をしているらしいが、昨日だけはラルシュから強く言われて全員がしこたま酒を飲んでいたからね。今晩の担当者たちも彼女の寝室の前で、短槍を抱えたまま眠っていた。
彼らは皆、久しぶりに心から笑える宴席だと言って喜んでいた。
それには幾つかの理由があった。
第一に、昼間の試合とそれに至る経緯の話が原因だ。
「そもそも神聖騎士の奴らは、『選定』と言っては巫女様や賢者様に疑惑の目を向け、日々無礼で横暴な振る舞いを……」
「奴らは訓練と称し、まるで賢者様をいたぶる様に無慈悲な訓練を……」
なるほど、予想通り神殿は味方ではなく、ラルシュやオタはずっと耐えてきたのか……。
それを聞いた時に俺は少し心が痛んだ。
ただ俺も、師匠の元ではポキポキ棒を持たされて、無慈悲な修行の日々を送っていたけどね。
「それに対しシオンさまのあの言葉、俺たちは胸がすく思いでしたよ!」
「それに偉そうにしていやがった奴らが、今日の試合ではあの醜態だ。槍王国出身の者として、西風の名誉を守ってくれたシオンさまの雄姿、涙が出るほど嬉しかったです」
「是非我らにも明日から修練を! シオン様と同じ修行を我らにも!」
いや……、いいのか?
あのポキポキ棒の修練って地獄だぞ? 毎日十人を相手に、良いように打ちのめされるんだからな……。
第二に、そもそもの再会だ。
「我らも最大五年はお目に掛れないと覚悟しておりました。こんなにも早く……、それが何より嬉しいです!」
「まさか西風を継承されて戻って来られるとは、これでシオンさまは名実ともに我らの主です!」
「あれ以降は姫様も変わられ、我らにも大変良くしてくださいます。これも全てシオンさまのお陰と……」
ははは、それは何よりだ。
元よりラルシュには罪はなかった。ただ知らないというだけで、あの時はゼロスを欠いて不幸が重なっただけだからね。
話を聞いていると彼女も十分に成長し、配下の者たちにも気遣いができるようになっているらしい。
「実は我らは、巫女様にお仕えするにあたり正直にシオンさまとの出会いを告白しました。それを巫女様は……、共に罪を背負うと仰っていただき、善行を積むことで我らの業を払い清めていただけると……」
このフェイヤの告白に、元山賊だった男たちは一斉に突っ伏して泣き始めた。
その様子をラルシュは温かい目で見守っていたが、彼女も成長したんだな?
俺にとってはその話が一番嬉しかった。
「我らからもご報告を。あの時の十五名に加え独り立ちを希望したこの二人と、何かと目端の利く女性を三名、巫女様の身の回りのお世話にと連れて参りました」
「巫女様のご配慮で、我らの家族も巡礼者から正式に聖王国の住民として暮らしていけるようになりました! 何と言ってお礼を申して良いか……」
なるほど、最初は二十名と聞いて数が合わないと思ったが、そういう裏があった訳か?
フェイヤの指示でまだ少年と呼べる容貌の者が二人、世話係に任命された若い女性が三人ほど挨拶にやって来ていた。
「あの冬は初めて、誰もが飢え死にせずに乗り切ることができました。一言お礼がいいたくて……」
「私たちはシオンさまのお陰で、家族を食べさせるために身売りせずに済みました。今は巫女さまに本当によくしていただき……、毎日が夢のようです!」
フェイヤたちが山賊になったのも、そこまで切迫していたからか?
だからといって肯定できる話ではないが、少なくとも彼らは救われて更生したわけだ。
第三に、この女神イザミ神殿の大神官代理を務める、イスカリオテ神官長が良い意味で変わり者だったからだ。
彼は俺を聖都の入り口から案内してくれたが、普通なら神官ですらそんな役目は引き受けないらしい。
あの試合の時の様子を見ても、どうやら他の神殿関係者とは一線を画しているらしい。
そもそもだが、本来ならこの神殿を統べる大神官は、アメノ神殿を魔王軍が攻略したときから行方不明で、そのため神官長が代理として統括していることを、この時になって初めて知らされた。
そんな彼はフェイヤたちが訪れた時も……。
「見習いに格落ちした巫女の世話など、下賤の者たちで十分でしょう」
神殿側にはそう言って、いつのまにか彼らを丸め込んでしまったらしい。
「あの方のお陰で、息が詰まるここの暮らしもなんとかやって行けております。時折言葉では手厳しいことを仰いますが、裏では今日のように……」
そう、今回の宴がささやかなものから豪華な宴席へと変化したのも、彼の意を受けた神殿からの差し入れがあったからに他ならない。
まだ安心はできないが、俺は彼の評価を改めることにした。
これらの理由もあって宴席は大いに盛り上がり、そのお陰で俺はラルシュとオタとはまともに会話すらできない状態だったが、これからまだ時間は十分にある。
『賢者』の話も後でじっくりと聞かないと……。
そんな思いで宴席を十分に楽しんだ後、皆は眠りに就いていた。
◇◇◇
外に出た俺は先ず身に沁みついた筋トレから始め、型の素振りを一通り行い、敢えてゆっくりと連続技の動きを確認し、最後は目を閉じていつもの締めに入った。
俺の想像の中では神魔シェンファが、短槍を持って俺と対峙している。
そこで俺は、最後に師匠とやりあった戦いで記憶に焼き付けた、師匠の見せた神魔シェンファの攻撃を防ぐ短槍捌き、それを忠実にトレースしていた。
あの槍捌きを自身の物とするために……。
奴と戦えば今のままでは絶対に負ける。
そう思えるほどの圧倒的な実力の差があると自覚しているからだ。
そして最後に……。
大きく息を吐いて集中すると、師匠の見せた十一連撃を再現できるよう思いっきり短槍を振るった。
「ふぅ……」
全身が汗だくになるほど集中して槍を振るったあと、ふと気づくと無邪気に手を叩いている者の存在に気付いた。
「シェンファって本当に凄いね! びっくりしちゃった。ここまで短槍で風を切る風圧が届いていたわ」
「ラ、ラルシュ、いつからだ?」
アルシェはもしかして気付いていたが、敢えて気遣っていたのか黙っていたな?
そういえば修練の時はいつも、アルシェは敢えて何も言わず無反応だったしな。
「うん、なかなか寝付けなくて窓を開けたら、シェンファが短槍を振るっている音が聞こえて……。
多分最初の方からかな?」
ということは……、かれこれ一時間以上も黙って見ていたのか?
邪魔にならないよう気を遣い、薄暗い中で気配を消していたのか、全く気付かなかったぞ。
「昨日は……、かなり手加減していたのね?」
「どうしてそう言える?」
「だって……、短槍で風を切る音が全然違うもの」
「ははは、流石に槍王国のアルシェ姫だな? それに気付くとは……」
「迷宮の第二十五層……、たった一年半でやり遂げたんだ?」
この問いかけに答える前に俺は周囲を見渡した。
此処では先ほどのラルシュのように誰かが見ている可能性もある。
「あの先の東屋で話せるか?」
「うん、ずっと話をしたかったんだからね。その前にこれを」
そう言ってラルシュが差し出したのは、汗を拭うタオルと喉を潤す水が入った革袋だった!
い、いつの間に……。
俺は驚いてラルシュを見つめ返した。
「ふふふ、私も成長したんだから。頑張っている人に私ができることをする。これは『誰かさん』が教えてくれたことよ」
そう言って笑うラルシュは、思わず抱きしめたくなるほどいじらしく思えたが、もちろん思いとどまった。
誰かが見ている可能性もあるし、そもそも俺は今とても汗臭い。
それを口実になんとか自分を制御して汗を拭い、喉を潤しながら東屋へと歩き始めた。
一年半振りの再会だったが、あの時とは大きく違い再会の喜びは非常に大きなものだったのは否めない。
あの時の俺は、まるで互いが磁石のようにラルシュに吸い寄せられそうになっていたし、アルシェの注意がなければ、俺は彼女を抱きしめて迎えていたかもしれない。
今だってその衝動はある。まるで、離れていた時間を取り戻そうとするかのように……。
以前にアルシェが言っていたこと、巫女と救世主は魂が惹かれあうという言葉の意味を、心だけでなく全身で感じていた。
それはおそらく、ラルシュも同じ気持ちなのかもしれない……。
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明日(8/25)は、【魂の惹かれ合う者たち】をお届けします。
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