第四十話 不言不問の誓い
行きがかり上で神聖槍騎士と試合することになった俺だが、ちょと疑問に思うこともある。
そもそも向こうの世界で俺は、脳筋でもなく好戦的でも無かった。喧嘩を売ることもなかったし、行きがかり上で喧嘩を買うことだって一切無かった。
俺の中に何かが入って『壊れた』せいか、それとも世界を渡って『異形のモノ』となった影響で感情が振れやすくなっているのか?
迷宮の最下層で読んだ創世神話にあった女神イザミの『呪い』、その影響なのかもしれない。
いや、それよりも今は目の前の試合だ!
「サドレス、悪いが訓練用の短槍を用意してくれないか?」
「おや、西風殿はお優しいことですな? それとも、打ちのめされてご自身が傷付くのがお嫌かな?」
神聖槍騎士の男はニヤ付いた顔で、これ見よがしに自身の短槍を振るっているけどさ……。
これはお前のため、だったんだけどな。ならば是非もなし!
「誰か、俺の替え馬にある短槍を……」
「どうぞ此方に!」
俺が言いかけた時には、一人の兵がゼロスの短槍を持って恭しく両手で捧げてくれた。
ははは、手回しが良いな。
いや……、この男の顔は見たことがある!
「あの時の御恩、片時も忘れておりません。フェイヤと申します。どうかご存分に……」
ははは、俺に『兄弟』と語りかけてきた山賊の首領か。
今は良い面構えになったな。
「助かる、また後で話を聞かせてもらうが、巫女様はお前たちの働きぶりに感謝していると手紙にも書かれていたぞ」
「もったいないことです」
俺はゼロスの短槍を受け取ると、ゆっくりと神聖槍騎士に向かって歩いていった。
もちろん今回は師匠から譲られた西風の短槍は使わない。あれを使ったら威力が凄まじ過ぎて、奴を殺しかねないからだ。
「ははは、西風殿は用意周到ですな。事前に負けた時の理由をご用意されるとは」
「ごちゃごちゃ言わずにさっさと始めろ。口撃だけでは俺は倒せんぞ」
ここで俺と奴は、試合が始まる前に短槍の穂先を交錯させた。
「不言不問の誓いを」
「不言不問の誓いに応じる」
「両者の誓い、確かに見届けました」
これは槍騎士独特のものだが、これから始まる戦いに関して『結果の如何に関わらず恨み言を言わず、例え死んでも一切の罪に問わない誓い』となる。
これで殺されたら単に死に損となるんだけどさ、何故かそれを見届ける者として、あの神官が立会人の役を引き受けていた。
「せいっ!」
「……」
神聖槍騎士は殺気を込めて槍を構えていたが、俺はただ無言で奴の挑発を流していた。
構えだけである程度の実力は窺い知れたが、大言壮語するだけあって並みの槍騎士以上には使えるようだった。
「言葉だけでなく、さっさと掛かって来いよ」
俺がそう言った瞬間だった。
奴の口角が微妙に上がったと思うと、思い切った踏み込みの後の突き・薙ぎ払い・上段からの叩きつけの三連撃を放って来た。
だが……、遅すぎる!
突きは身体を捻りながら短槍の柄を滑らせて躱し、薙ぎ払いも俺が柄を回転させて弾き飛ばし、最後の叩きつけはそのまま受け止めてやった。
「何だと?」
そう呟いた奴の目の前には、上段からの攻撃を受けきった俺が、短槍を回転させて繰り出した穂先が突き出されていた。
「勝負あったと思うが?」
「と、届いておらぬわ!」
いや、届いていないのではなくて、寸止めしただけなのだけどな……。
やはり決定的な斬撃や打撃を受けないと納得しないのか?
その後も奴はそれなりに多彩な攻撃を放って来たが、それを俺は全て受け流すと、石突きや柄の部分で強かな逆撃を加えていった。
「がっ!」
「ぎっ!」
「ぐっ!」
「げっ!」
打たれる毎に短い悲鳴を発した奴は、身体の至る所に打撲を受けていったが、それでも意地があるのか必死に食らいついていた。
なので仕方なく、俺は手首を蛇のごとくくねらせながら奴の短槍を絡め取ると、無防備になった胴を回転しながら大きく払った。
「ごぁっ!」
最後の攻撃で奴は短い悲鳴を上げ、無様に吹き飛んだが、他の神聖騎士たちは青ざめた顔でそれをただ呆然と見ていた。
にしても、見事な悲鳴の五段活用だったな。
「それまで!」
ここで立会人となった神官の裁定が下った。
そして俺に向き直ると、初めて笑顔を見せた。
「ま、まだ……、だ」
立会人の神官はよろめきながら立ち上がった奴に向き直ると、侮蔑するような目で見据えて言い放った。
「貴方は何も理解していませんね? 西風様が敢えて寸止めで槍を引かれたのは五度、そして直撃した攻撃も敢えて刃先を使わずに打撃とされたのも五度、本当の闘いなら既に貴方は十回ほど、致命傷となる斬撃を受けていたのですよ?」
「!!!」
いや、この神官、どうやら武術の心得もあるのか?
思いっきり手を抜いていたが、正確に言えば寸止めしたのは八回だった。ただ少なくとも彼の眼には五回ほどは見えていたということになる。
場違いな立会人として名乗り出たことはあるな。
「さて、これで西風様の実力は我々の知るところとなりました。今後は救世主の訓練も安心してお任せできるというものです。御一同も異存はありませんね?」
ん? 彼の物言いはどちらかと言うと俺たち側に寄っている気がするが?
それに先ほど初めて見せた笑顔といい……。
「いや、我らは……」
「私は異存ない」
「私もです」
「では、まだ納得されていない方のみ、今度は剣と短槍での勝負といたしましょうか?」
「い、いや、そこまでは……」
「待てっ!」
神聖剣騎士はそこで引き下がったが、負け裁定をされた槍騎士の方は未だに納得していないようだった。
「貴方は既に敗者です。何も語る資格はありませんよ」
取り付く島もないほど冷徹な一言だった。
だが……、神官と神聖騎士では、立場は神聖騎士の方が上のはずでは?
「私は聖王猊下より最終判断を任された『裁定人』として申し渡します。今の戦いについても報告してよろしいのですか? なお、これ以上の戦いを望まれるのであれば全て『私戦』と断定し、神殿の定めによって無用な争いを望む者には厳罰を下すことになりますが?」
「くっ……、神官長の裁定に、従う」
あれ? てっきり俺は若いから彼は単なる神官と思っていたが、神官長だったんだ?
聖王宮でも列の最後尾に立っていたから、俺はてっきり……。
「ではさっさと帰りなさい。今後は巫女様の訓練に必要な神聖魔導士以外は、この領域に立ち入ること禁じます。また、全ての者に秘密の通路を使用することも禁じ、双方の違反者には厳罰を与えます」
やっぱり秘密の通路はあったんだな。
神殿側の者だけが利用できる……。
厳しく言い渡された彼らは、悄然として俺が通って来た『本来の』通路を通って戻っていった。
そして……。
俺は小さなため息を吐いて、後ろを振り返ると……。
「凄い、凄い、凄い! シェン……、シオンは本当に強くなったんだね? あの神聖槍騎士、ゼロスより強かったのよ!」
まるでじゃれつく子犬のようにラルシュが寄ってきたが……。
だから不味いって! しかもまたシェンファって言いかけていたし。
「これも我が師シーファンの教えの賜物ですよ」
俺はじゃれつかれないよう、敢えて片膝を付いてそう答えた。
ってかさ、今は人目もあるし姫様なんだからさ、少しは慎みを持ってくれよ……。
「え? お爺ちゃんがシオンの師なの? ゼロスだって、ううん、私の知る限り誰も弟子に取ろうとしなかった人なのに……」
不思議なことにラルシュもアルシェと同じく、師匠のことを『お爺ちゃん』と呼ぶんだな?
ってか師匠、俺が初弟子なのか?
といってもまともに稽古を付けてもらったのは最初に槍で語った時と、迷宮を攻略し終えた後の二回だけだったけどね。
それ以外はポキポキ棒で延々と絶望的な修練を課されていただけの気がする。
「もうシオンが居れば出発できるかもね。『賢者さま』も新たな力を得たみたいだし……」
は? 賢者って誰だよ?
まさかオタ……、そう言えば全く存在を忘れていたな。
視線を遠くに移した先には、大喜びしている兵たちの脇で複雑な表情をしているオタが立っていた。
性懲りもなく病気を再発させたみたいだが、ラルシェが言った『新たな力』って何だ。
俺の中にはちょっとだけ不安の影がよぎった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/24)は、【二人だけの再会】をお届けします。
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