第三十九話 一年半振りの再会
聖王との謁見が終わったのち、やっと本来の目的である巫女一行に合流する許可が降りた。
ほっとした気持ちで大広間を出ると、あからさまに安堵の表情を浮かべた兵から片手で短槍を受け取り、再び若い神官の案内に従って移動した。
「巫女様がいらっしゃる神殿は?」
「はい、お手間をお掛けして申し訳ないのですが、女神イザミを祀る神殿は聖域の最も端、聖都との門の近くにございます」
ならもう一度、入り口近くまで戻ることになるのか?
もっとも、中央神殿の近くと言われたら、それはそれで嫌だったけどさ。
「巫女様の一行にはそもそも神殿に関わりのない者たちもおりますので、できる限り外界に近いほうが良いとの配慮もありますので」
ははは、ものは言いようだな。
ラルシュの一行にはサドレスを始めとするゼロス配下の兵たちや、俺が送った者たちもいる。
神殿側からすれば、そういった神殿に関わりのない不浄の者たちを、できる限り遠ざけておきたい意図もあるのだろう。
「ひとつ聞いていいか?」
「私に答えられることなら何なりと」
神官は少し警戒するような表情で答えたけどさ、ここは是非とも答えてほしいんだけどね。
俺はできる限り呑気な様子を取り繕って言葉を続けた。
「先代の四風は全て魔将ゼノスに討たれたと聞いたが、北風・東風・南風もまた次代の継承者は決まっているのか?」
「はい、そのように伺っております。中央神殿から巫女様のもとに参集するよう、指示が飛んでいると聞いております。ただ北風だけは、そもそも国が魔王軍の占領下にあるため、連絡が付いているかどうかも、私では分かりかねますが……」
となると……、次代の彼らこそが、悪夢のなかでシェンファと共に行動していた四風か?
既にゼロスは亡く、代わりに俺がその位置におり、北風も同行できるか怪しいものになるのか……。
「到着は?」
「早ければひと月後かと……」
なるほどね。師匠から聞いた話も併せて考えると、先代が討たれたのが一か月ほど前、そこから慌てて招集している感じか?
「因みに今後俺たちは、あの門を通って聖都には自由に行き来できるのか?」
「はい、巫女様御一行には特別な許可証を発行されております。ですが聖域内では、許可された場所以外の出入りは、厳に慎んでいただいております」
良かった。巫女の神殿と関連施設しか滞在できないのであれば息が詰まりそうと悩んでいたからな。
それに今頃は聖都に入っているヴェント商会との連絡手段も課題だったが、これも俺が自由に外に出ることができれば解決する。
そして暫く歩いたのち、聖域と聖都を隔てる隔壁が目前に見えるようになった地点で道を外れ、小さな小道に入った。
「巫女様の神殿に通じる道はこちらのみ、なので出入りは必ずここを通っていただくことになります。
既に西風様の乗馬もここを通ってお届けしております」
そう説明された道の道幅は極端に狭く幅二メートル程度、道の左右には入り口や窓のない三階建てと思える建物の無機質な白い壁が延々と奥まで続いており、まるで裏路地みたいな場所だった。
なるほど……、この建物で意図的に巫女の居場所を隠し、出入りを規制し逃げ場を防いでいるのか?
これだけ見ても神殿側が好意的でない様子が見て取れる。
「巫女様のご苦労が偲ばれるな」
「はい、馬車も通ることが叶いませんので、食料や必要な物資は全て手運びとなります。そのためお世話する者として、神殿には関わりのない兵も最大五十名に限って門を出入りできるよう、特別に配慮されている訳です」
俺は違う意味で嫌味を言ったんだけどね。通じなかったようだな。
本来なら巫女は一国の王女、ならば数百名の護衛が居ても不思議ではない。だが神殿はそれを許さず、もっともらしい理由で五十名だけを聖域に入る許可を与えている訳か。
きっとラルシュも色々と苦労しているんだろうな?
「再会したら頑張ったことに少し褒めてやるか?」
俺は前を歩く彼には聞こえないよう、小さく呟いた。
もっとも……、どうやって褒めて良いかは分からないけど。
『あの子は褒めれば伸びる子ですわ! 日頃は厳しいことばかり言っても、時には優しく褒めてあげる。ツンデレこそ一番のご褒美よ』
いや……、アルシェ。そのたとえは少し違う気もするが……。
「で、褒めるときにはどうやれば良いんだ? そもそも俺は、対人スキルも対女性スキルも全然だぞ?」
『そんなことわ分かってるもん。ちょっと嫌だけど……、優しい言葉を掛けて頭を撫でてあげれば一発よ!』
いや、それってチョロ過ぎるんじゃないか? 誰かと同じで……。
悪い男に騙されないかと、ちょっと心配になるぞ?
そんな会話をしながら二百メートルはあった曲がりくねった狭い路地を抜けると一気に視界は開け、そこには隔壁に覆われた神殿と幾つかの建物が見えた。
「あの先に……」
俺は心の中で不思議に逸る気持ち抑え、神官の後ろをゆっくりと歩いていった。
◇◇◇
俺は案内に従って神殿の方に進むと、その中にはちょっとした人だかりができていた。
見たところ五十名にも満たない数だと思うが、もしかして彼らは?
「シ、シオンさま!」
神官の後ろから歩く俺の姿をみた兵の一人が大きな声を上げた。
やっぱりそうだ、ゼロスの部下だった兵たち、それに……。
「おおっ! シオンさまが到着されたぞ」
「シオンさま! 我らは一日千秋の思いで……」
「シオンさま、お待ちしておりましたぞ!」
頼む、シオンの連呼は止めてくれ!
今はそれなりに慣れて来たが、それでも連呼されると心のHPが削られていく……。
サドレスを始め見知った兵たちは歓喜の声を上げたのち、左右に散会して膝を付いて道を開け、更にその後ろには二十人近い兵たちが平伏していた。
そしてその先には……。
驚いた様子で口に手を当てた少女が、陽光を浴びで抜けるように輝く金髪を靡かせていた。
「シェ……、シオン!」
こらラルシュ、思わず第一声でシェンファと言い掛けたな?
頼むから人前でその名を呼ばないでくれよ。
彼女は満面の笑みを浮かべたかと思うと、兵たちが開けた花道を通って一直線に駆け寄って来た。
『シェンファ、マズいわ! このままだとあの子……』
うん、分かっている……。
彼女は嬉しさの余り俺の胸に飛び込んで来ようとしているが、それを人前でさせてはならない。
彼女は王女であり巫女であり、かつ、今の俺の立場からすると主筋なのだ。
俺は一瞬でその考えを巡らし、手遅れになる前に彼女に向かって片膝を付いた。あくまでも彼女の自制を促すために……。
「巫女ラルシュさま、再びお目に掛かることができて光栄です。今は晴れて槍王国の西風として、今後は巫女様の護衛を務めさせていただくことになりました」
(待たせたな。俺もやっと大手を振ってラルシュの護衛ができるようになったよ。それと、頼むから慎みを持ってくれ!)
飛び込む手前で肩透かしを食らったせいで、ラルシュは一瞬だけ頬を膨らましたが、彼女も周りの状況を改めて理解したようだ。
「シオン、ずっと待っていましたよ。晴れて西風となったことも嬉しく思います。今後は共に大義のため戦いましょう」
(せっかく再開できたのに、それだけですか? 私がどれほどシェンファの言葉を頼りにして、ひとり頑張ってきたかも知らずに……。ずっと再会できる日を心待ちにしていたのに、あんまりですわ)
言葉とは裏腹に、ラルシュの瞳を見ると彼女の言いたいことは何故か手に取るように分かった。
そして俺のなかの『何か』が、彼女との再会を喜び大きな衝動となって震えていることも……。
「ははは、西風は兵たちだけでなく、既に巫女まで手懐けるいらっしゃるようだな。この先での戦いで大任が控えているというのに、結構なことで……」
「!」
お前こそ少しは空気を読めよ!
何で一年半ぶりの再会に無粋なチャチャを入れて水を差すんだ!
しかもお前たちが何故この場に居る!
言葉を掛けてきたのは聖王宮でも俺に口を挟んできた神聖槍騎士、そしてその周りで冷笑を浮かべていたのは同じく神殿に居た神聖剣騎士と神聖弓騎士に神聖魔導士だった。
だがおかしくないか?
俺は彼らより先に宮殿を出た後、一直線にこの場に向かったはずだ。なのに彼らが先にここに居ること自体がおかしい。考えられることは……。
俺を案内して来た神官に視線を移すと、彼は困惑したような表情だった。
つまり、俺たちには教えられていない道が存在し、この場所に通じているということだ!
おそらく彼らは聖王宮での意趣返しをするため、わざわざこの場にやって来たと?
「ご苦労なことだな、わざわざ先回りしてまで俺たちに何の用だ? それとも戦いにも出ない神聖騎士は、いつも暇を持て余しているのか?」
「「「「「!!!」」」」」
俺の言葉には当の四人だけでなく、サドレスたちもまた一様に驚いた顔をしていた。
そして少なくとも四人のうち二人、あの時に茶々を入れてきた二人の神聖騎士たちは額に青筋を立てていたけど、そもそも俺の知ったことではない。
「ぶ、無礼な!」
「我らとて救世主を訓練する役目あってこの場に居るだけのこと。増長しおって!」
「アルシェ……、良いか?」
『うん、どうやら彼らは本来の序列を見失っているみたいだし……。今の言動だけでも『あの子』に対して悪意が感じられるわ』
俺はアルシェからお墨付きをもらったため、改めて態度を明らかにした。
今度は聖王の御前でもないし遠慮する必要もない。
「お前たちは誤解しているようだな? 特に槍騎士! お前の態度は目に余る」
「な、何だと!」
「まず大前提として、お前たちが代わりを務めていた救世主を訓練する役目は終わった。正式な西風として俺が到着し、他の風たちも聖王猊下の招集を受けて聖都に参集する途上だ」
「ふん、身分卑しき成り上がり者風情が! お前たちが誇りとする四風も、魔王どころか魔将ゼノスに三人懸かりで挑んでも返り討ちにされる体たらくではないか!」
はい、お前はもう完全にレッドカードね!
俺をけなすのは構わない。だがお前は既にラルシュの名誉を汚し四風の名誉まで貶めたのだからね。
「ははは、大層な笑い話だな。聖王国での序列によれば、この場で最高位は大神官と同等の巫女様だぞ?
それをお前は『巫女』と呼び捨てにし、『手懐ける』と上からの物言いをしたこと、理解しているのか?」
「そ、それは……」
奴らとてそんなことは知っているはず。
だが俺のような田舎者が、公にされていない序列まで知っていると思わなかったのだろう。
何よりもラルシュは、これまでもそんな奴らの無礼にずっと耐えてきたのだろう。奴の茶々にラルシュは唇を噛みしめながら震えていた。それを思うと余計に腹が立った。
「ちなみに『伯』家から出た西風なら神聖騎士長と同等だが、お前は神聖騎士長が卑しき身分だと言っているのか? たかが神聖騎士程度が増長するにも程があろう!」
「ぐっ!」
もちろん無礼をたしなめただけでは許さないからな!
この先でお前には更に屈辱を噛みしめてもらう。ずっとラルシュが耐えてきたことも含めて……。
「俺の腕に不安があるなら、その身体で知ってもらっても構わないぞ? そうすれば安心して大任を俺たちに任せられるというもの。もっとも、口先だけで戦うのが怖いと言うのであれば、遠慮してやってま良いが?」
『もうシェンファって容赦ないよね。でも……、ちょっとだけ気持ちよかったけどさ』
ってかさ、俺自身はまだ人間ができてないんだよな。それは自覚している。
それに俺の中にある『何か』もまた、怒りに震えているしな。
「是非もなし! 我ら神聖槍騎士の誇り、貴様の身体に叩き込んでやるわ!」
『あちゃー、やっぱりそうなったわね。シェンファ……、殺したり大怪我させちゃだめよ?』
俺は到着早々、一年半の修行の成果を披露することになったが……、俺は悪くないよね?
奴らに見えないようにサドレスたちがガッツポーズしているし、ラルシェも満面の笑みでいるしさ。
こうして俺は、神聖槍騎士と思いがけず試合をすることになった。
試合を、殺し死相いにしないよう、心せねばな。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/23)は、【不言不問の誓い】をお届けします。
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