第三十七話 対面に臨む思惑
聖王宮へと続く階段は、その蹴上一つ一つが通常より高く、階段一段の高さは30センチ近く、踏み面の奥行は50センチ程度あった。何気なく段数を数えたが72段!
段数自体は日本の神社仏閣にもある段数だが、問題はその作り、登りにくい一段当たりの高さだ。これはではまるで、敷居を高くして階段を登ってくることを拒否しているようにも思えてしまう。
その階段を上り終えると、左側の聖王宮へと続く門に案内され、そこで控室のような一室に通された。
ただそこはあまり格の高い部屋ではないことは、ゼロスの実家の応接室を見た俺にとって明らかだった。
「聖王猊下は常にお忙しい御身です。こちらで暫くお待ちください」
そう言ってここまで俺を案内してくれた神官は部屋を出て行ったが、『どれぐらい』待つとは一切言われなかった。
まぁ……、俺みたいな木っ端の存在は、半日待たされても当然という扱いなのだろうな。
「なかなかの『もてなし』だよな?」
『うん……』
「まぁ、盛大なもてなしを受けた方が、却って気が引けるし不気味に感じるけどな。そうなると今の俺にはちょうど良い冷遇といったところか?」
『多分……、この後はシェンファを見定めるように対応してくると思うわ。色んな意味で……』
「非礼があれば『やっちゃって』も構わないんだよな?」
『それは……、時と場合によりけりよ。今までとは違うからね。今はシェンファも槍王国の体面を背負う立場だもの、『やっちゃうべき』場合と『やっちゃダメ』な場合、ちゃんと見極めなきゃだめだからね』
「不自由な立場だよな? そういう意味でもアルシェ、頼むぞ……。以前に話していたことに加え、政治や慣習を始め常識の分からない俺には、アルシェだけが頼りだ」
『うん、分かっているわ。シェンファは此方の礼儀作法、まして王族への接し方なんて知らないものね。
全ては私の言うとおりにやっていれば問題ないわ。それと私が『やっちゃって』と言うまでは我慢してね』
いや、俺だって言葉の勢いで言ったものの、相手が相手だということは理解しているつもりだぞ?
そう簡単に暴走するつもりは無いけどな。
そう考えた後、大きなため息を吐いた。
「それにしてもこの国こそが俺たちの戦場……、色々と厄介そうだな?」
『うん、そもそも聖王国だけは特別なの。王国といっても元々は聖域の管理者、兼、全国の神殿を束ねる存在だったのだけど、いつの間にか十二国の盟主になっていたもの』
「そもそもだけど、聖王は王なのか? それとも神官なのか?」
『どっちも正解よ。各神殿には様々な役職の神官がいるけど、聖王は全ての神殿を束ねる頂点の存在なの。なのでシェンファの言う『ラスボス』はぴったりかもね』
アルシェの説明によると神殿のヒエラルキーはこうだ。
最高神祇官:聖王の別名であり全ての神殿を統括する頂点
聖域神祇官:公爵待遇 聖王国にある複数の神殿、又は中央神殿を統べる頂点で、数名が存在する
広域神祇官:侯爵待遇 聖王国以外で一国にある神殿全てを統べる頂点で、12名存在する
大神官 :伯爵待遇 聖都以外の神殿を統べる頂点で、聖王国の貴族出自でないとなれない
神聖騎士長:伯爵待遇 神聖騎士の頂点にあり四名が存在
神官長 :子爵待遇 神殿運営の中枢にある者たちで、十二国出身の貴族階級が上り詰める最高位
神聖騎士 :子爵待遇 神聖騎士は槍・剣・弓・魔導士がある
神官 :男爵待遇 神官以上は出自が貴族の家でないとなれない
神官補 :待遇なし 貴族の出自でないものがなれる最高位
神職 :待遇なし 神殿に仕える者たちの一般職で、役職によって更に階位がある
『基本的に巫女は特別な立場だけど、階位でいえば大神官と同じよ。巫女の護衛となる四風は出自によって神聖騎士長か神聖騎士のいずれかに相応する立場になるわ。シェンファは伯の家の者となるから、多分神聖騎士長かな?』
「基本的に大神官から神祇官クラスが秘密を握っていると?」
『うん、それに各国の国王とその周辺も……、かな? もっとも、国王といっても知っている範囲は狭いと思うわ』
「そうか……、先ずは奴らがどう出てくるか、様子見だな」
どれぐらい待たされるかは分からない。
俺は逸る心を押し殺し、対面の時が来るのを待っていた。
◇◇◇ 聖王宮 謁見の間
シェンファが待機室で待たされているころ、聖王宮では一足先に聖王に謁見する者がいた。
彼は聖王の左右に居並ぶ神祇官や大神官、神聖騎士たちの最も後方で跪いて深く頭を下げていた。
「イスカリオテ、其方の目に西風はどう映った? 直答を許されておるゆえ、遠慮なく申すがよい」
神祇官の一人からそう言われた男は、改めてゆっくりと顔を上げた。
優し気に見える秀麗な眉目に似合わない、強い意志の宿った瞳で真っすぐに前を見た。
「腕には相当の自信があるのでしょう。噂を確かめるべく探りを入れてみましたが、敢えてそれを否定することはありませんでした」
「ほう、それではそれなりに使える、と言うことか?」
男は神祇官の問いに神妙に頷くと、その後で笑顔を見せた。
「戦いでは使える者であるかと。ですが所詮は辺境に育った田舎者であり、分別に欠けたところはあるでしょう。この先、我らが意のままに操れるよう、躾けておく必要はあると思われます」
「使える者でなくては困るわ。先の四風の失態を挽回させねばならんからな」
そう言って吐き捨てたのは神聖騎士長の一人であった。
失態とはもちろん、三人掛りでも魔将ゼノスに叶わず命を落とした、先代の四風たちのことであった。
「そうだな、奴らが気付く前にアメノ神殿は取り戻させねばならん、時が満ちる『その日』までに……」
神祇官の言葉に居合わせた者たちは無言で頷いた。
何に『気付く』前なのか、それは彼らの中では暗黙の了解とされているものだ。
「それで……、巫女と救世主の状況はどうなのだ? 引き合わせたのち、すぐさま奪還に向かわせるべきか?」
ここで初めて、最も高い位置に座っていた聖王が口を開いた。
この質問は若い神官ではなく、左右に並んだ者たちに向けられたものだった。
「はっ、巫女についてはまだ未熟。期待された『穢れ』を払う力は不十分です。今少し修練が必要かと……」
そう答えたのは、巫女の指導役として任を受けていた二十代半ばとも思える見目麗しい神聖魔導士の女性だったが、彼女は見た目だけでその地位に辿り着いた者ではない。
事実として彼女も、四風のなかで魔法を得意とする南風、それにも劣らぬ力を持っていると言われ、相応の矜持を抱いていた。
「神聖魔導士エイルよ、其方の指導が手緩いのではないか?」
「では貴方が担当した救世主はどうなのですか? 魔法はそれなりに使えると聞き及んでおりますが、槍も剣も全く使い物にならないと聞いておりますが?」
「くっ……」
「猊下の御前であるぞ、二人ともやめんか!」
「「はっ」」
そう制したのは神祇官の中でも聖王に次ぐ地位であった聖域神祇官の一人だった。
彼らは先ほど言い争っていた二人が恐縮して頭を下げた姿を一瞥すると、笑みを浮かべて話し始めた。
「猊下、いかがでしょう。我らとて気は急きますが、先ずは招集している新たな四風、南・北・東の到着を待ち、その後は様子を見つつ神殿奪還の任を与えるというのは?」
「それで、使い物にならなかった場合は?」
「新たなる巫女が神のご意思によって降臨されることでしょう。得体の知れぬ救世主は巫女と共に……。これも新たな西風にはうって付けの役目かと……」
「ははは、新たな四風の中でも西風だけは正統な嫡流でもなく身分卑しき者、であればまとめて……、か?」
「はい、正しき血統こそが何よりも……」
「では、処分する役目と処分される役目、この二つの大任を担うべき男を見定めるとするか?」
「御意」
このあと、控えの間には謁見を促す使者が走った。
そして、どちらもが待ち望んだ謁見が始まる。この先に続く因果の発端となる出会いが……。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/21)は、【謁見と隠された任務】をお届けします。
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