第三十六話 聖都ルリエラ
国境を越えて最初の町を出発してから四日、その後も大きなトラブルもなく東へと進み、以前にラルシュと別れた地点に戻ってから、今度は北へと進路を変えた。
そこから一日ほど進むと聖王国第二の都市カインに入り、更に北に五日ほど旅をしてやっと聖都ルリエラに入ろうとしていた。
もちろん聖都に入る際は、今回の旅で学んだことをちゃんと実践するよう努めた。
まず旅の途中でほぼ同行者となったヴェント商会に依頼し、中央神殿に先触れを出してもらった。
次に聖都に入る時は、アルシェのアドバイスに従ってゼロスの短槍は袋にしまって替え馬に繋ぎ、西風の短槍を袋から出すと、これ見よがしに背に掛けていた。
その効果はてきめんだった。
聖都に入るにもそれなりに審査があるようで長い行列ができていたが、俺には神殿からの出迎えが入り口の手前で待っていた。
「新たな西風様のご到着、我らも心待ちにしておりました。これより先ずは中央神殿がある聖都の内奥へとご案内させていただきます」
神官服を着た若い男が恭しく跪き、ここから先は俺を案内してくれるようだった。
そのため俺は列に並ぶこともなく、審査を待つヴェント商会一行と別れて先に聖都の中へと入った。
入口の城門を抜けて初めて訪れた聖都は、計画的に建てられたと思える建物が整然と並び、街の各所は訪れた巡礼者で非常に賑わっており、一見すると洗練されて活気のあるような街に見えた。
だが同時に、身分と教義に縛られた抑圧された場所であることも直ぐに分かった。
何故なら神官服を着た案内人の若い男が混雑した雑踏を歩くと、誰もが道を開けてまるで花道を作るが如く行動していたからだ。
神官の男は人々の行動を疑問に思うこともなく、むしろ平然として歩みを進めている。
それに対し道の両側に避けて道を譲った人々の目には、かつて夢で見たような喜びの顔や歓喜の声はない。
多くの者たちは道を開けると、目を伏せて頭を下げながら立ち止まっていたが、その表情は一様に硬く少し怯えているようにも見えた。
この事からも明らかに厳格な身分の区分けと、それに応じた上下関係のルールが定められているように見えた。
「失礼ですが、西風様は聖都を訪れるのは初めてでしょうか?」
そんな様子を見た俺は怪訝な顔をしていたみたいで、若い神官から質問を受けた。
やばいな、何か顔に出ていたか?
そう思った俺は直ちに言葉を取り繕った。
「ああ、役目上ずっとフィシス伯家の管理する特殊な場所に居たのでな。殺伐とした町での田舎暮らしと修練に明け暮れる日々だったため、ここまで人の多い場所、そして煌びやかな場所は少し落ち着かないぐらいだ。特に私は傍流の出ゆえ戦うことしか知らぬ無骨者、王都に顔を出すこともなく作法に疎いこともあって……」
うん、この辺りは事前にアルシェと相談して決めた伏線で、丁度良い機会だから先に話しておいた。
どうせこの神官も俺たちの監視役、俺の一挙一投足は全て聖王の耳に入ることだろうし、俺の不自然な挙動もこれで少しは誤魔化せるだろう。
「ですが武では並ぶ者のない結果を残されたとか? 槍王国から早馬の知らせを受けた際、聖王猊下もいたくお喜びでした」
やはり彼まで話は行っているみたいだな?
まぁ脳筋の田舎者とでも思ってもらえた方が、俺としては有難い。
「いやいや、まだまだ至らぬ部分は多い。作法に関して失礼や不適切な部分があれば、どうか気兼ねなくご指摘いただきたい」
「……」
ははは、顔には出していないが明らかに何かを思っているな?
うん、これでいい。
そんな会話をしているうちにいつしか、厳重な警備のなされた、殊更威圧的な門の前に辿り着いた。
その門の両端は外壁よりも高く重厚そうな内壁が左右に伸びて聖都を分断しており、警備は外にあった門より遥かに厳重に思えた。
「これより先が中央神殿となります。先ずは聖王猊下にご挨拶を……」
「承知した」
ってか、いきなりラスボスとのご対面かよ!
どうやら向こうも手ぐすね引いて待っていたようだな?
『ちょっと嫌な奴だけど、シェンファは思ったことを顔に出さないよう気を付けてね』
アルシェの言葉で俺は改めて覚悟を決めた。
◇◇◇
ひとたび門を抜けて中央神殿と呼ばれた領域に入ると、そこは更に別世界だった。
建物は全てが眩しいぐらいの白を基調としたものが整然と立ち並び、まるでエーゲ海のサントリーニ島やミコノス島のように美しかった。
もちろん俺も比較元の実物は見たことがないが、写真や動画を見て『いつかい行きたい』と思っていた場所のひとつだった。そういう意味では地下神殿を見て思いを馳せたパムッカレも同様だ。
人通りは驚くほど少ないのに街路は広く、石畳は同じサイズの石が整然と敷き詰められており隙間は白い漆喰で埋められていた。
「折角だからこんな景色、スマホで写真ぐらい撮っておきたかったな……」
俺はごく小さな声でそう呟くと、その後で大きな息を吐いた。
思わず出た言葉だが、そもそも無理な話だ。こちらに来て一年半、既に充電は切れているし、そもそも明らかに異界の物分かる代物を、おいそれと人前で取り出すことなどできない。
『それって……、景色を写し取る不思議な魔法道具よね?』
知っているのかよ!
そもそも何でアルシェはスマホの存在を、いや、その機能すら知っているんだ?
「お、おい……」
「どうかされましたか?」
そう言って案内に前を歩いていた神官は、怪訝な顔をして立ち止まっていたが……。
いや、君に話し掛けたわけではないんだけどね。
「この道の左右に分かれた先に見えるのが中央神殿なのか? 幾つもあるように見えるが……」
俺は何とか取り繕って、アルシェとの会話とは全く違う質問を口にした。
確かにここは中央神殿という割に、幾つもの神殿があちこちに建っているように見えたからね。
遠目に見えるそれぞれの神殿は、外周に大理石と思える白い柱が立ち並んでおり、その姿はパルテノン神殿を彷彿とさせるようなものだった。
それだけではない。
オベリスクのような四角柱状の白いモニュメントまで見える。創世神話は日本神話に近いものがあったが、この一帯の街並みや建物は思いっきりギリシャやローマ、エジプトのミックスのような気がする。
「槍王国とは文化が違い戸惑われたことでしょう。もともと聖域と呼ばれた聖王国は、神々が住まう場所とされたものでした。ゆえに建物も地上世界とは全く異なっておりまして……」
下賤の世界とは違う、特別な場所とでも言いたいんだろうな。
それに槍王国の建物は朱を基調とした色鮮やかな木造建築だったが、こちらは白で統一された石と漆喰の建造物ばかりだしな。
「世間一般ではこの一帯を称して中央神殿と言われておりますが、中央神殿は世界を創成された最高神イザギを祀る聖域の中でも、最も権威の高い神殿を指しております。他の神殿もそれぞれが異なる神を祀るもので、この聖域の各所に存在しております」
「その中央神殿に聖王猊下はお住まいなのか?」
「いえ、猊下は中央神殿の左手前にある聖王宮で執務に就かれ、右手前にある聖殿でお暮しです」
そう言って男が指差した街路を真っすぐ進んだ先の左手に高台には、聖王宮らしきものが、右手の高台にも階段状に建築されたひときわ大きな建物が見え、更に斜面を登った先にはひときわ大きな神殿らしきものが見えていた。
「あの一番上に見えるのが本来の中央神殿か?」
「はい、本来の中央神殿です。神殿の最上階には、それはもう美しい庭園が整えられており、我々は『天上の庭園』、『神々の庭園』、『太陽の庭園』のどと呼んで讃えているのです。人々が住まう世界では最も高みにある場所として……」
それってさ……、天上の神々の空中庭園ってか?
洒落かよ!
いや、最も神聖な天空の陽光の降り注ぐ場所、そっちが正しいか?
「中央神殿で祀られている最高神は……、創成神イナギだよな?」
「はい、仰る通りです。聖域にある八百万の神々の中で、最も権威があり尊い存在です」
ここだけは向こうの世界と違うか?
日本神話での最高神は伊邪那岐命から生まれた天照大神だからな。
ただ、その関連があるのは確かなように思える。
ここで俺は再び遠くに見える中央神殿をじっと眺めた。
内部の区画に入るまで気付かなかったが、聖都のなかでも聖域とされたエリアは山の中腹にある緩い斜面に沿って構築されているらしく、中央神殿の遥か先にはマッターホルンのような岩山が、万年雪で白く彩られたピラミッド型の尖った山頂を見せていた。
「確かに、ここから見ると神々しい眺めだな……」
これは思わず出た俺の本心だ。
別に神殿を崇拝している訳でもなく、此方の世界の神々への信仰もないが、どこか凛とした感じの『何か』を感じさせるような風景だった。
「はい、この聖域は今も強く神々の力を留めている領域です。神の護りがあるため魔王とて立ち入ることは叶いません」
なるほど……、彼らは下界で何があっても自分たちの安全は確保されていると思っている訳か。
なので自分たちの『利』のために魔王の存在を生み出すことも厭わず、むしろそれを逆用して権威を高め『利』を貪っていると……。
創世の神々が聞いたら呆れ返る話だよな。
「俺はこのあと何処に?」
「先ずは聖王宮にて聖王猊下より謁見を賜り、新たな西風が着任された旨の報告を」
「それは了解した。で、その後は巫女と?」
「はい、巫女様が研鑽を積まれている女神イザミの神殿にご案内させていただきます。西風様といえど、イザミ神殿とそれに付属する施設、それら以外への立ち入りは基本的に禁じられているとお考え下さい」
なんか……、色々と窮屈な生活になりそうだな?
まぁ元より聖都に長居する気もさらさらないけどな。
「了解した。それにしてもこうも神殿が多くては、慣れない者は迷いそうだな?」
「初めて中央神殿を訪れた方は皆さまそう仰います。ですがたとえ迷って知らずに入ったとしても、他の神殿に立ち入られた場合は大きな問題となりますので……」
ちっ、予め釘を刺されたか……。
ここまで厳重に各神殿への出入りを統制するからには、何かを隠しているのは間違いないな?
おそらく禁忌が隠されているのは中央神殿だと思うが……。
そんな遣り取りをしているなか、いつしか目の前の道は横幅が数十メートルもある幅の広い大階段にぶつかっていた。
その階段のを登れば、左手には聖王宮、右に聖王殿が威容を誇っていた。
さて、これより対面か……、頼んだぞアルシェ。
俺は緊張から身体が少し強張るのを感じながら、一歩ずつ石段を登り始めていた。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/20)は、【対面に臨む思惑】をお届けします。
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