第三十四話 国境での通過儀礼
俺はフィリス伯家が守る迷宮の町を出発し、先ずは以前に訪れたルリエラポルト聖王国との国境を目指して進んだ。距離にして三日、一度は通った道なので往路と比べ気軽な旅といえた。
『シェンファ、念のためだけど国境の町で準備しておいた方が良いことが二つあるわ。先ず一つはアレを預けることね。いろんな意味で……、聖王国は特殊だから』
ああ、そう言うことね。
出るのは簡単だけど入るのは大変、そして神殿への喜捨という名目で賄賂が横行する国だったな。
そのためアルシェのアドバイスに従って、指示された商業組合の看板を掲げた少し敷居の高そうな建物に入った。
「本日はどのようなご用件ですかな?」
そこではまず、頭の上からつま先まで品定めされるような視線に晒され、無礼ではないギリギリの範囲の高圧的な態度で迎えられたが……。
『シェンファ、私の言うとおりに名乗った後にお爺ちゃんの槍を出して』
え、どういうこと?
まぁポーラスでの商人との交渉もあるし、俺は素直にアルシェの言葉を真似した。
「私は槍王国で新たな西風の任を受けた者だ。この度は巫女姫さま護衛の任を受けて聖王国への旅の途上、この先で巫女姫さまが必要とされる資金の一部を預けに来たのだが……」
そう言ったあと、袋に収めて背中に架けていた短槍を取り出し、これ見よがしに見せた。
「何なら西風たる槍の証、其方の身体に馳走しても良いが?」
「はひっ! こ、これは……、た、大変失礼いたしました。何なりとご用件を伺わせていただきますので、ど、どうか応接の間へ、さ、どうぞっ!」
なんだよその笑ってしまうぐらいの手のひら返しは!
俺の口上については胡散臭げに聞いていたのが、短槍を見た途端に腰を抜かさんばかりに驚き、男は劇的に態度を変えやがった。
『まぁ先代も先々代も西風は伯家の当主だもの、普通なら使いの者が先触れで来るし、大勢の共を連れてそれなりの格好で来るものだもん……』
ははは、確かに俺は単騎で唐突に訪れたし、旅装は師匠が最低限妥協できるレベルのもので、使われていた素材は最高級らしいが華美を嫌った比較的目立たない服装だったからな。
ただそれ以降は、まるで最上級の顧客を扱うようなもてなしを受け、預け入れは無事に完了した。
そこで俺は、店を出るなり聞きたかったことを確認した。
「アルシェ、言われた通り何も質問しないようにしたが、コレに何の意味があるんだ?」
五千枚の金貨(といっても神聖王国大金貨四枚に各国共通大金貨十枚)を預け入れた代わりにもらえたのは、意味の分からない刻印がされた名刺サイズの金属プレートと、右端に開けられた穴にリングが通されており、そこに繋がれた大きさや素材の異なる小さな金属棒が三本だった。
『プレートには商業組合の人しか分からない秘密の暗号が刻まれていて、シェンファの名前や身分、さっき決めた合言葉と預けた金額の総額と預けた場所が記載されているの』
「ならこの棒は何だ?」
『それも組み合わせで暗号になるみたい。預けた金額に対する残高を示しているらしいの。今は満額の金貨五千枚を示しているみたい』
なかなか面白い仕組みだな。
引き出すときにこのプレートに書かれている内容と合言葉を照合し、引き出せる残額をこの棒で照合する訳か?
「ならこれで安心して国境を越えられるな?」
『うん、多分……』
何だ、ちょっとアルシェの歯切れが悪いが、他にも何か問題があるのか?
そういえば商業組合でも『失礼がないよう国境までお送りします』と言われたが、大仰になるのが嫌で断ったけど……、不味かったか?
国境の手前では大勢の者たちがごった返しており、審査を受ける列が延々と続くなか、憔悴した様子の者たちが奥から次々と引き返していた。
「ここに……、並ぶのか?」
『ううん、この列は事前に許可を受けていない人たちが並んでいる列よ。ほとんどの人が追い返されるだけ……。許可を持っている人と、巡礼者が並ぶのは別の列なの』
ちっ、ここに並んでいる数百人の人々は、延々と待たされた後にただ追い返されるだけなのか?
やるせない話だな。
そんな思いのなか馬を降りて行列を横に見て進むと、国境を隔てる隔壁が左右に伸びている中央に大きな門が二つ並んでいた。
一方は前回出るときに通った門で比較的静かだったが、俺たちが進む先にある門は違った。
人々の行列の先には厳重な柵が施されており、兵士たちが槍を構えて居丈高に何かを叫んでいた。
その脇には数十人が並んでいた巡礼者用の入り口と、商人らしき一行しか並んでいない、事前に入国を許可された者が通る専用の入口があった。
「ここで、用意したアレを使えば良いんだよな?」
『うん、念のため……、ね』
そんなやり取りをしている中、前に並んでいた男が兵士と二言三言会話した後、大層に飾られた箱に男が金貨を入れると柵が開き、その男に率いられた三台の馬車と人員がゆっくりと国境を越えて行った。
結局は……、許可があっても『お布施』をむしり取る訳か?
その様子を見て大きなため息を吐いていたところに、俺の番が来た。
「入国に当たり許可証を拝見させてもらおう」
数人の兵士が俺を取り囲むと、何やらニヤニヤ笑っている。
嫌な顔だな。体の良いカモがやって来たとでも思っているのか?
「これを……」
そう言って俺は、予め師匠が用意してくれた槍王国発行の正式な許可証を見せた。
一瞬だけ確認した兵のこめかみがピクリと動いたようだが、それだけで素直に許可証を返してくれた。
「書状は問題ないので入国を許可する。なお入国に当たって神殿への感謝を示す相応の『お気持ち』はここに」
そう言ってさっきの箱を槍の穂先で指し示したけどさ……。
お気持ちってさ、要は金貨を要求しているんだよな?
しかも相応って、どれだけふんだくる気でいるんだ?
俺は予めアルシェの指示に従って用意した金貨の袋から、十枚だけ金貨を取り出すと箱の中に入れた。
さっきの男もそれぐらい投入していたのを見ていたしな。
向こうは商隊一行、俺はただ一人だ。『気持ち』としては十分過ぎるだろう。
そして渋々首を縦に振った男の合図で、槍を構えた兵士たちが道を開けると柵が開かれた。
だが……。
柵の先で馬に乗った男が俺に槍を突き付けて来た!
「その槍は『男』の階位を示しているようだが、それにしては『感謝』が足らぬのではないか?」
『あちゃー、やっぱりこうなったわね』
「どういうことだ?」
『多分だけど彼は国境を管理する神聖槍騎士よ。神聖槍騎士なら立場はたぶん子爵だから、槍王国で言うと『子』の立場ね。やっぱり予定通り袋ごと置いていくしかないかも……』
そう、アルシェが言っていた『事前準備』のもう一つは、予めぼったくられても構わない準備だった。
事前に金貨十枚とそこに更に金貨十枚と銀貨や銅貨を入れ、それが全てと思わせる袋を用意することだった。
俺は無言で用意していた袋をこれ見よがしに取り出して前に差し出すと、奴はそれを穂先で拾い上げて手元へと引き出した。
そして中身を確認すると不機嫌な顔をした。
「槍王国の『男』ともあろう者が神殿への感謝がたったこれだけか? 入国したければ背中に架けた短槍と替え馬を置いていくことだな」
そう言って奴は、手にした槍で背中に架けていた西風の短槍をゴンと小突いた。
それと同時に、俺の中で何かがブチッと切れた気がした。
「(やっちゃって)いいよな?」
『う、うん……』
「この短槍を所望されるとは、是非もなし! 西風の証たる短槍を望むこと、それは公的に認められた西風への挑戦と心得た! 神聖槍騎士であればその資格も十分!」
そう言って俺は師匠の短槍を覆いから外すと、これみよがしに彼らに見せつけたのち、三度ほど大きく振り回した。
「ヒッ、ヒィッ!」
これを見た奴は、驚きのあまり乗っていた馬からずり落ちた。
何だよ、全然使えないのかよ?
『神聖騎士ってみんな、家柄で決まっちゃうからね。少しは使える人もいるけど、西風に挑戦しようなんてお馬鹿さんは誰も居ないわ』
いや、ここに居るぞ?
そもそも俺は師匠から西風を示す短槍の逸話を聞かされていた。
頂点に立つ西風は常に挑戦者を受け入れなければならない定めがあること。
西風に挑戦し戦いに勝った者は、強者の証である西風の短槍を手に入れることができる、と。
『本来なら槍王国では事前に挑戦者の資格を定め、それ以外の挑戦は禁じておるのじゃが……。前段の話だけが各地に広まっておってな。向こう見ずな男や礼を知らぬ馬鹿共が挑戦してくるのじゃ。故に西風の短槍を見せるのは必要な時だけ、些事に巻き込まれぬように、な』
今回の俺はこの話を逆用した。
西風の短槍を所望すること=西風に挑戦することだと。
「ここに居並ぶ者たちよ、当代の西風として皆には証人となってもらいたい! 我は神聖槍騎士殿の挑戦を受け、西風の名を賭けて一戦仕る! 勝負は苛烈ゆえ死者が出た場合の証人として、この死合いを見届けてほしい!」
そう言ったのち、三度ほど短槍を大きく振り回した。
もちろん師匠の短槍は特製、重量だけでも常人には扱えない代物であり、風を切る音や生じた風圧は半端なかった。
「い、いや! お、お待ちを、暫しお待ちを! ご、誤解でござる!」
腰を抜かさんばかりに無様に地面にへたり込んだ奴は、真っ青な顔で必死に手を差し出していた。
俺は先ほどからずっと奴らの人々に対する酷い仕打ちを見せられていたので、内心意地悪くなっていた。
「ほう? 一対一ではなく全員で掛かって来られると? 是非もなし! その挑戦を受けて立とう!」
そう言って俺は、先ほど『お気持ち』を強要してきた兵士、そして槍を突き付けてきた兵士たち、一人一人に穂先を向け、殺気を発して見せた。
「ヒッ」
「いえっ、我らは!」
「ど、どうかお許しを!」
偉そうにしていた兵たちは全員、槍を捨てると見事なまでに平伏してみせた。
それを見た俺は、ガタガタと震える神聖槍騎士にゆっくりと向かっていった。
「も、申し訳ありません。決して、西風殿に挑戦した訳ではなく!」
「ほう、挑戦ではなかったと。では改めて……」
ほっとした様子の奴に、俺はトドメとも言える言葉を放った。
「たかが子爵風情が『伯』の証たる短槍に対し無礼な振る舞い、許されるとでも思ったのか!
我が家名と誇りを汚したこと、命を以て無礼を糺すのは我が使命でもある。覚悟はいいな?」
「あっ……」
奴はゼロスの短槍を見て格下と思い挑発した。
でも俺が『伯』家の者である証を見せたことで、やってはならない事をしたと自覚したようだ。
これも以前にアルシェから、爵位は各国共通と聞いていた故に言い放ったアドリブだけどね。
それに俺の身分は『伯』ではない。その養子だが継承権は持っていないからね。
ただこの世界の常識として、『伯』の家から出た西風ならば普通は『正伯』となるのが普通らしい。
この点は師匠からも『事実は異なるとしても、今後はそれ相応の振る舞いをするよう気を付けよ』と言われていたからね。きっと奴も俺の身分をそう勘違いしたのだろう。
「も、申し訳ありません! ご無礼については平にっ、平にお詫び申し上げます!」
そう言って奴は、完全に土下座状態となって詫びていたし、真っ青になった兵士たちもガクガク震えて主に習って平伏していた。
『シェンファ、そろそろ……』
確かにそうだな。行きがかり上とは言え、これ以上騒ぎを大きくするのも不本意だ。
なら最後に一言だけ……。
「よろしい、謝罪を受け入れる。だが一つだけお前たちに申し渡したい。聖域を守る役目は理解できる。だがお前たちの役目は何だ? 神殿の代理人として神を信奉する信者に便宜を図り、神殿の代理人として人々に対し、名誉ある行動で自身を律する必要があるのではないか?」
もちろんこれは、建前の話であって実際はそうではないだろうけどね。
ただ神殿の名誉、それを俺のような人間から指摘されれば、彼らも返す言葉はないだろう。
「先ほどから見ていたが、お前たちの態度は目に余る! 神殿の代理人として、貴賤に関わらず全ての民に慈愛を持って接することが道理であろう! 神は金貨によって恩寵を変えるのか?
そうでないと言うなら其方らの行いは神々の意思、中央神殿の意に反するものにならないか?」
それだけ言って満足した俺は、唖然となった彼らを振り返ることもなくゆっくりと国境を抜けていった。
◇◇◇
この日、ゼルフィス槍王国とルリエラポルト聖王国を結ぶ国境では小さな異変が起きた。
とある槍騎士が通過する際の騒動で、これまで兵士たちから酷い扱いを受けていた人々は、彼らの無様な姿を見て心の中で快哉の声を上げていた。
そして槍騎士が何事も無かったかのように通過した後、これまで居丈高に叫んでいた兵たちは意気消沈し、入国する資格を持たない人々にも若干ひきつった表情ながら、丁寧に接するようになったと言われる。
結局のところ金貨を用意できない者は入国を拒否されたが、少なくとも人々の心は救われた。
西風の称号を持つ、一人の槍騎士によって……。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/18)は、【行いに対する評価】をお届けします。
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