第三十二話 宴のあと……
俺が試練から戻った日、槍で語らった後に師匠から予想外の宣言がなされた。
それだけではない。予め準備が整えられていたようで、夜になるとフィリス伯家が主催する盛大な晩餐会が催された。
それは新たな西風の誕生に伴う任命式から始まり、それを祝う祝賀会、伯家に新たな一族が加わった祝い、西風が巫女の護衛に出立する壮行式など、様々な名目が一気に合わさったもので、式典で『飾り物』とされた俺は様々な人物から挨拶を受けて目まぐるしく忙しかった。
お陰でこの世界では初めて見た豪勢な晩餐も、ただ眺めているだけで全く口を付ける暇もなかった。
「宴の主役なんて碌なものじゃないって誰かが言っていたが、本当にその通りだな」
俺自身は師匠と話す機会もなく、ずっと意味の分からない社交辞令に付き合わされていたが、そもそも俺自身がこの世界の常識を知らない。
『シェンファは私の言うとおりに振舞っていれば大丈夫よ。ふふふ、それにしても私がシェンファに『常識』を教える日が来るなんて……、なんだかとても楽しいわ』
何故かアルシェは上機嫌だった。
ただ俺はアルシェに言われた通りの会話や所作を、淡々とこなしていただけだ。
結局、俺自身は師匠とサシで話せる機会を狙っていたが、それは訪れなかった。
それでもなんとか、俺の元へ挨拶に来た守備隊長を通じ、師匠に伝言を託すことだけはできた。
◇◇◇ 晩餐の後
念願だった師匠とサシで話す時間が取れたのは、その日の深夜になってからだった。
案内された部屋で師匠は、俺を見て意味ありげに笑った。
「それで……、我が息子は何か思い出したことでもあったのかの?」
ははは、やっぱり師匠は鋭いな。
敢えて思い出したこと、と言っているのは第二十五層で俺が見た『夢』の話、その続きと理解しているからだ。
あの時は『槍で語らう』ことになって、その後はうやむやになってしまったからね。
「まず大前提のお話ですが、最下層の門は魔境との接続は絶たれました。師匠にはそれが意味する危険をご理解いただけると思いますが……」
「いずれ……、迷宮内の魔物は掃討され、第二十五層に辿り着く者が増える、そうなると……」
はい、その通りです。
これまでは数百年のなかで十人も訪れていなかったこと、そこには必ず西風の任を受けた『それなり』に道理の分かった者が訪れていた。今後はこの前提条件が大きく崩れてしまう。
「はい、最下層に通じる秘密の階段も発見される日が来るでしょう。それが何年、何十年、何百年先になるかは分かりませんが」
「そうなるとどうなる? お主が言いたいことはまさか……」
「はい、最下層にある転移門の存在が明るみに出ます。そうなれば槍王国だけの問題ではなくなるでしょう。これが一つ目」
そう、転移門が聖王国以外にあることが知れれば、ただ事では済まなくなる。
そもそも門の存在は、何者かの意思によって封印されていたからだ。
「そして更に重要なことは、何者かが転移門の存在を意図的に隠していたこと、本来ならこの転移門を守護していた神龍を、何者かが悪意を持って封じていたことです」
「お主はどこでそれを……」
俺もこの話は知っていた訳ではない。
石板を読んだことと、実際に封じられた神龍を見て知っただけだ。
俺はまず、持ち帰った創成神話の記された二つの石板を師匠に見せた。
「こ、これは……」
読み進めるうちに師匠の顔は青ざめ、石板を持つ手は震え始めた。
それを見て俺は確信した。
石板に書かれていた内容は、この世界の人間、それも上位に位置する師匠のような者ですら知らされていない事実が記されていると……。
アルシェの立場は知らないが、彼女も石板に書かれていたことを全て知っていた訳ではなさそうだし。
「お主は……、どえらい物を持ち帰ったようじゃな……」
でもこれはまだ序章、ここから先がトドメとなるんだよな。
それを見せる前に俺は、もう一度師匠を試すことにした。
「ここからは私の独り言です。なので師匠といえどご質問には答えかねます」
そう言ったとき、師匠の目がすっと細くなった。
一瞬で部屋の空気は氷のように冷たく張り詰めたものに変化した。
「槍王国の西風を含め、聖域とされた聖王国を取り巻く国には重い枷が付けられたのでしょう。
魔法が主力となるこの世界で、ひたすら武技を磨くことの意味とは、何であったかと考えたのですよ」
「……」
師匠は黙ったままだ。
だが……、その目は獲物を射抜くように鋭く殺気に満ちていた。
「ひとつは救世主を支え魔王を倒すこと、そしてもう一つは、救世主を殺すこと。そのために魔法が効かない両者を倒せるよう、ただひたすら武技を極めることが三国に課せられた」
「!!!」
やっぱりな。この点に関しては師匠も知っているようだ。
それが師匠の家に課された、重い枷であることを……。
「俺は魔王を倒すため巫女を支え、そのついでに救世主を支えます。ですが魔王を倒した後は、巫女の意思を最優先して彼女を助け、その身を守ることだけに全力を傾けます」
「お主は……、これを見た上でそれを言い切るのか?」
「はい、俺は絶対に『堕ち』ませんよ。そのためにも巫女と合流した後はまず、この世界の真実を解き明かした上で魔王と対峙します」
「真実……、じゃと?」
ここで俺は三枚目の石板を取り出し、師匠の前に置いた。
そして敢えて師匠に笑ってみせた。
「この三枚目を読まれるかどうかは、師匠のご意思に任せます。ただ言えるのは、こういった真実を解き明かし、俺は巫女とだけ、解き明かした謎を共有します」
「それに救世主は含まれぬのか?」
残酷な話だが今の時点では、オタにはそれを話すことはできない。
自身が破滅の道を歩んでいること、自分を滅ぼすために魔王と戦えなんて、今の時点で言える訳がない。
「できるかどうか分かりませんが、救世主が魔王とならない手段、それを探して参ります。救世主を救うことは巫女を救うこと、俺はそう思っていますので」
「ふふふ、其方は儂が考えている以上の器じゃったな。ついでに我ら綿々と受け継いできた『枷』を解き放ってくれると言うのか?」
そう言って笑った師匠からは殺気が引いた。
そして目には、涙のようなものが滲んでいた。
「これを読んだ後も、いえ、読んだからこそ以前に師匠に誓った言葉は変わらない。敢えてそれを今、俺は師匠に誓わせていただきます」
「ふふふ、ならば儂も……、真の意味で其方の共犯とならざるを得ないようじゃな」
ポツリとそう言った師匠の言葉には、とてつもない覚悟と重みがあるような気がした。
下手をするとこの世界の道理に反することになりかねないものだからだ。
そして師匠は三枚目の石板を手に取った。
「くっ……」
読み進めるうちに師匠は苦悶の声を漏らした。
これまで断片的に受け継がれてきた『枷』の全容を、この時点で理解したからだろう。
「これを……、其方はどうするつもりじゃ?」
「師匠に託したく思います。写しは取らせていただいてラルシュさまとは内容は共有しますが、本体の管理は師匠にお任せします。ただ……」
「ただ?」
そう、俺には気になることがある。
そもそも悪夢の中の話で正しいかどうかは分からない。だが、槍王国の国王は少なくとも味方ではない。
あの時に西風ゼロスが、心を押し殺して苦渋の決断した経緯もある。
「この件に関して、槍王国は巫女の味方ではない、そう断言します。なので槍王国の上に立つ者を信用いただかない方が良いかと……」
「ほう? 儂も槍王国の意思のひとつ、そうは思わなんだか?」
うん、それは道理だけどね。それでも『違う』と感じる場面は何度もあった。
決め手は俺を『渡り者』と知りながら、師匠は知らぬ振りを貫き庇護してくれている。
俺が絶対に『ラルシュを守る』と誓った時から……。
「俺も人を見る目はあると思っていますので」
「ははは、儂を計りおったか? ずっと其方を見定めておったつもりが、儂も其方から見定められておったのじゃな?」
「さぁ……、私は夢の中で見たことを、独り言で話しているだけですので」
そう言うと師匠は大きく息を吐いた。
そして俺を真っ直ぐ見つめて頷いた。
「分かった、これからも姫さまを頼む。不幸な運命の枷から解き放ってくれ。そのことが唯一、儂の心残りでもあった。其方と同じ血脈を受け継ぐ者として、な」
「はい、そしてこれは俺からのお願いですが、残り十の門、そこにも禁忌が隠されていると思います。
それを解き明かすため、陰ながら助力をお願いしたく……」
「やれやれ、我が弟子……、いや、我が義息は飛んでもないモノを託してくれたものじゃな。
できる範囲のことはする、じゃが、何ができるかは約束できんぞ?」
「はい、私にはラルシュさまの味方が、少なくとも我々以外に居ると分かっただけでも大きな成果と考えています。お願いしておきながら何ですが、決して無理はなされにように。
まずは味方が存在すること、これが一番大事なことです」
そう、下手に動かれてフィリス伯家が無くなって……、いや、師匠が命を落とす事態になったら目も当てられない。
味方は存在することに意義があるんだから。
この日俺は、やっと本来の目的を達したこと、この世界で味方を得れたことに満足して眠りに就いた。
これまでとは違う、天蓋付きの豪華な寝台で、温かく柔らかな寝具にくるまれて……。
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明日(8/16)は、【旅立ち】をお届けします。
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