第三十話 試練のあと……
迷宮に入って五日後、俺は予定された試練と予定に無かった試練を乗り越え、なんとか地上に戻ることができた。
正直言って予定になかった試練は、『乗り切った』と言うよりも『助けてもらった」が正しいが……。
ともあれ第一層から地上に出ると、久々に拝む太陽の光がことさら眩しく、その温かさを有難く感じていた。
「おおっ、槍騎士シオンさまが休息に戻られたぞ! 縄梯子の用意を!」
城壁の上ではある兵士の命令一下、他の兵たちが慌ただしく動き回って縄梯子を下してくれたけどさ……、別に俺は休息に戻った訳じゃないぞ?
そんな思いもあったが、俺は縄梯子に手を掛けるとゆっくりと上り始めた。
そして城壁の上まで辿り着くと……、十名以上の兵たちが整列し、隊長と思しき者が前に進み出た。
「お疲れさまでした! ご休息の用意は整えております。ここ最近は出現する魔物の脅威も大きく、ただお一人での試練挑戦、さぞ苦労されたことと思います」
「確かに、な。聞いてたより魔物の層は厚く低階層でも難敵が多かったな。因みに、俺が入って何日経った?」
「は、ちょうど五日目に入ったところです。我らもそろそろ、一度迷宮を出でご休息されると思っておりました」
「そうか、察しが良いな? ただ……、俺は休息に戻ったのではなく、試練を達成して戻ったんだけどな」
「そうでしょう。我らもここ最近は殊の外苦労を……、い、いや……、今なんと?」
なんか話が食い違っているみたいだな。
そもそも彼らが師匠から何を聞かされているか知らないけどさ。
「我が師の申し付けに従い、第二十五層まで行って『証』を持って戻って来たばかりだ」
「に、ににに、二十五層ですと!」
「ま、まさか! 絶望と極みをたったお一人で?」
「そ、そんな……、有り得ない!」
「一体どうやって?」
驚く隊長の後ろでは、兵たちも口々に疑問の声を上げて猜疑の目を向けてくるけどさ、どういうこと?
俺は何も嘘は言っていないぞ?
『だってそもそも、一人で絶望の階層を切り抜けること自体が有り得ない話で、たった五日で極みと隔絶の階層を制覇して戻ってくるなんて、普通なら有り得ない話だもの』
アルシェ……、だ・か・ら・『その手の話』は先にしてくれ!
本当に頼むよ。
それを知っていれば俺も、違った形で返答をしたんだからさ。
まして最後は最下層から一気に第一層に戻れたし、仮に二十五層から戻ったとしても二日分以上は短縮できていたんだから。
「ちゃんと第二十五層で『証』を持って帰って来たぞ? 早速だが師匠に報告したいと思うが?」
「「「「「おおおおおっ!」」」」」
結局俺は、大歓声に送られて迷宮を囲った城壁を後にした。
なんか……、『シオンさま万歳』とか、『我らの英雄シオン槍騎士様!』とか、『新たな西風の誕生に敬意を!』とか、後ろで色々と叫ぶ声が聞こえたけどさ。
◇◇◇
俺は師匠の屋敷を訪れると、今回はこれまで通されたことのない一番豪華で広い、応接室のような部屋に案内された。
部屋に入ると師匠は俺に背を向けたままで、壁に掛けられた二本の短槍をずっと眺めていた。
「先ずは無事で戻って何よりじゃ。儂も今、先触れを聞いて二人を安心させてやっていたところでな」
二人? 誰のことだ?
一人は多分ゼロスだろう。何故なら架けられていた二本の短槍のうち、下の段にあったのは見覚えあるゼロスの短槍だったからだ。
もう一本は……、俺が託された師匠の物と同じく輪が三本、だが、真ん中の輪は師匠の物と同じく銀の地に金の筋が三本、一番上は銀の地に金の帯が施された師匠の物と違い全面が金地の輪だった。
これって……、当代の西風の短槍か?
そう考えていた時、師匠が振り返った。
「あたら若い者たちが老いぼれより先に逝ってしまったわ。武門の家に生まれた定めではあるものの、息子や孫には惨いことをしたと思っている」
そう言って笑った師匠の顔は、今までに見たことのない悲しみを湛えた笑顔だった。
それに対して俺は、どう言葉を掛けて良いか分からなかった。
今の師匠の言葉が意味する出来事を理解した。
当代の西風である師匠の息子の短槍が、ゼロスのものと共に飾られていること、それは即ち二人とも逝ったことを意味している。
そう理解した俺は二本の短槍の前に進み出ると、片膝を付いて祈りを捧げていた。
「残された希望は其方のみ、頼むぞ」
この師匠の言葉は俺にとって何よりも重く感じた。
俺は無言で頷くと、修練で習った通りに斜めにした短槍を胸に当て、騎士の誓いで答えていた。
「さて……、ここからはゆっくり話を聞かせてくれんか?」
そう言った師匠に応じ、俺は先ず席に着く前に第二十五層から持ち帰った『証』をテーブルの上に置いた。
「念のため確認したい。証があった場所には何と刻まれていた?」
「一言一句覚えていた訳ではありませんが、『苦難を乗り越え隔絶の先に辿り着いた強者よ。その証として神龍の鱗を一枚持ち帰るべし』だった気がします。既に十枚弱の鱗が持ち去られていたかと……」
「ふむ……、これでは認めざるを得ないな。もちろん儂が、ではなく槍王国として公式に、だ」
「それにしても師匠には一杯食わされましたよ。本来なら絶望の階層は槍騎士単独では踏破不可能、それを超えた先の極みと隔絶の階層まで一人で行かされたのですからね」
これは俺のちょっとした抗議だ。
暗に『無茶振りにも程度があるでしょう』と師匠に言いたかった。
「ほっほっほ、じゃが其方はやり遂げた。しかも過去の誰もが成しえなかった五日間という短期間で、な。
正直言うと今回の試練は、儂自身の『賭け』でもあったのじゃ」
「実力を推し量るという?」
「儂は其方を信じた。信じたが故に『伯』の家として其方を信じると決めた。じゃが……、信じるに相応しい、いや、期待に応える実力があるかは、まだ未知数じゃった。
じゃが今となっては、誰も其方の実力を疑う者は居ない。これで儂は、政治的にも其方を盛り立て守ることが可能となった」
「私を守る……、ですか?」
「そうじゃ。出自の分からぬ怪しさ満点の其方でも、誰もが西風と認めざるを得ない実力を示した。
武門の国である槍王国でこの意味は大きいぞ。これで王都の口さがない輩や神殿も、其方を西風と認めざるを得ないだろう」
なるほど……、この国では実力を認めさせることが一番、そう言う話か?
槍王国が認めた西風となれば、大手を振ってラルシュたち一行にも加われる。
そしてその称号が、神殿から余計な詮索や猜疑の目を受けとめる盾となってくれる訳か。
「それで……、迷宮の中はどうであった?」
そうだな、この報告は気を付けなくてはならない。
俺は言葉を選びながら話し始めた。
「事前に(アルシェから)聞いていた迷宮の情報と実際は、大きく異なっていましたよ。なんせ第一層からいきなり、黒狼八匹と魔狼の群れに襲われましたからね」
「!!!」
「下に進んでも、本来ならば更に下の階層に居るべき魔物が襲って来ましたよ。迷宮の内部では、全体的に魔物が上層部へと移動しつつあった、そう言えるでしょうね」
そう、俺はここで敢えて過去形で表現した。それに師匠が気付くかどうかは別にして。
最下層の転移門は既に魔境との接続を絶たれている。なのでこれ以上、迷宮の魔物たちの力が増すことはない。
「ほう……、『あった』のじゃな? 何故そう言い切れる?」
あ、やっぱり気付いたか。
ならば今度は俺の方が惚けるしかないな。
「ここから先は俺の独り言です。本来なら魔法士や援護の者を含め、数人から数十人で攻略すべき第二十五層を、たった一人で攻略したのです。その際に、どうやら恐怖で幻覚を見てしまったようで……」
俺はそう言って笑いながら前置きした。
出発前の師匠の独り言の真似をし、ちょっとだけ意趣返しの今も込めて……。
「第二十五層に辿り着いたあと、俺は変な夢を見たんですけどね。本来なら祭壇に右手には禁じられた下層に通じる階段がありますが、実は左手にも隠された階段があって、それは地下の不思議な場所に通じるものらしく……」
「ほう、その夢の中で其方はどうしたのかの?」
ここで師匠の目つきが変わった。
どうやら地下神殿の存在自体は知っているようだな?
「夢の中の俺は、何かに呼ばれたかのようにその階段へと誘われました。そして階段を下りた先には、見たこともない荘厳な地下神殿が広がっておりまして……。正に夢だからこその荒唐無稽な展開でして」
「それで、夢の中で其方は何を見た」
「詳しくは覚えておりませんが、地下神殿にはアメノ神殿にしかないはずの『何か』が存在し、どうやらそれが魔境から魔物を誘き寄せていたようで……」
「!!!」
ここで師匠の表情が明らかに変わったが、これはあくまでも夢の話で、そもそもが独り言だからね。
俺は構わず続けた。
「浅い階層で本来なら現れない魔物が出現したのも、どうやらこの『何か』が原因だったようですね。
ですが、今はもう魔境とは繋がっておりません」
ここまで話すと師匠は首を振って大きく息を吐いた。
その表情は既に何かを達観したかのように思えた。
「うむ……、途方もなく壮大な夢であったな。どうやら其方は儂の想像以上、いや、遥かにそれを超えているようじゃ。もちろん良い意味で、じゃぞ。じゃが腑に落ちん点もある。何故儂に夢の話をした?」
「これは独り言です。師匠に話したつもりもありませんし、恥ずかしくて荒唐無稽な夢の話を他でするつもりもないですからね。ただ……」
そう、俺がここまで話したのには理由がある。
それが無ければたとえ師匠と言えど黙って押し通すつもりだった。
「夢の中で魔境を抜けてやって来たある武人と戦い……」
「ま、まさか魔将ゼノスか!」
俺が話しかけた言葉は師匠が挙げた驚きの声で強引に中断された。
実際は魔将ゼノスではなく、さらに上のラスボスである神魔シェンファ(が憑依したもの)だけどね。
「くっ! 奴め、ここまで……」
俺が肯定も否定もせず無言で頷くと、師匠は表情を歪めて苦悶の声を上げたが、どういうことだ?
「我が孫ゼロス、そして我が息子で西風であったゼフルも奴の手に掛かった……」
あ……、そう言うことか。
やはりもう一つの短槍の持ち主は当代の西風、ゼロスの父君だったのか。
「それで……、お主は打ち勝った、と?」
「いえ、夢の中で散々な目に遭いましたよ。そこで俺は改めて自身の未熟を思い知りました。
俺が生きて帰れたのは神龍の加護のお陰です。奴は魔境へと戻り、今後は戻ってくることが叶いません。
そこで改めて師匠にお願いです。奴に打ち勝てるよう、更なる修練を授けていただきたく……」
そう、実のところ俺は習練中も最上位クラスとの組手は経験していない。
そしてまだ、決定的に何かが欠けていると自覚させられた。
「ほっほっほ、中々に面白き内容の夢であったな。では目覚めに槍で語らうとするか?」
反応早っ!
まさかいきなりこんな展開になるとは思ってもいなかったが、俺自身が望んだことでもある。
俺と師匠はそのまま中庭に出た。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/14)は、【西風の継承】をお届けします。
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