第二十八話 隠された謎と創世神話
白龍が水泡となって消えたのち、地下の神殿には滝から水が流れて落ちる音と、早瀬を流れる水のせせらぎ、ただそれらの音だけが染み入るように響き渡っていた。
俺は暫くの間、呆然と白龍が消えた早瀬の辺りを見ていたが、やっと覚悟が決まった。
今回は何もかもが疑問だらけ、それを確認するには知りたくないことにも一歩踏み込まなければならない。
だが……、どうするかな。どう話をすれば良い?
「先ずはアルシェ」
『はい……』
やっぱり返事にも元気がない。
さっきまで取り乱して泣いていたアルシェを、ここで追い込むのも可哀想に思えてきた。
なので俺も極力気を遣って話すようにした。
「答えたくない事は『内緒』で構わない。これを大前提として質問する。さっきの男は誰だ?」
『……』
なんか浮気を糾しているようで、変な感じだな。聞き方が不味かったか?
ただアルシェは、あの男の姿を認識した時から様子が変わり酷く動揺していた。
奴がただ者ではない事は確かだし、それなりに重要人物なのは俺でも理解できた。
「シェンファと呼び掛け続けていたのは……、俺に、じゃないよな?」
『……』
またダンマリか。
明らかに文脈からして俺に向けて話していたとは思えない。
「これだけは言っておく。どんな答えが返ってきても俺はアルシェを信じている。これは今もこの先も変わらない」
『……、シェンファってさ、ズルいなぁ〜。なんか、私の気持ちが見透かされているようで悔しい』
そう言ってアルシェはやっと通常通りの様子に戻った。
声色だけは……。
『器は『あの人』とは違うわ、でも中身は……』
凄く中途半端な表現だが、あの砕け散った男は俺が尋ねた者と別の人物であり、中身は別人が操っていたということ、そう理解することができた。
「憑依していたってことか? あの短槍捌きには俺も心当たりがあるんだけどな」
あそこまで見事なまでの短槍捌きは『彼』以外あり得ない。俺が繰り出す短槍の技は、自分の中に潜む『彼』からの借り物だが相手は本物だ。
現時点での力量の差は絶望的であるとしか言いようがない。
『中身はもう一人のシェンファ……、神魔シェンファよ。どうやらここの転移門を介して、本体がある魔境から精神体を送り込んでいたみたい』
ってかさ、魔王ってそんなことも出来るのかよ!
それじゃあ違う意味で不死と言えるし、本体を隠したまま永遠に戦うことも、逃げることも出来るじゃん!
おっと、それよりも大事なことがあった。
「いずれ俺たちが斃さなきゃならない相手、で良いんだよな?」
本来アルシェは、俺が『彼』を斃すことを願ってこの世界に導いてきた。だが、実際に対峙して良く分かった。
おそらく『彼』はアルシェにとって特別な存在なのだ。だからこそ彼女は、神魔となった彼を斃してほしいと願っている。
『うん……、それは間違いないし、私が存在する理由でもあるもの』
存在する理由?
ちょっと重すぎる理由じゃないか?
ただ俺は、どうしてもアルシェに聞きたい事の核心部分を聞くことができなかった。
そもそもあの悪夢は一体何だったんだ?
俺が見た悪夢の先、アルシェと彼はその後どうなったんだ?
今のアルシェは、あの夢に出ていたアルシェなのか?
あれは……、俺とラルシュの未来とでも言うのか?
ならば今のアルシェは一体何者だ?
そんな考えに囚われていた時、俺は改めて首を振った。
俺は俺、彼は彼、全くの別物だし、あの悪夢と現実は既に違う道を歩んでいる!
ゼロスは既にこの世に無く、ラルシュによって召喚(拉致)されたのは俺では無くオタだ。
『シェンファ……』
「アルシェ、無理しなくていい。今は俺も混乱しているし、一つ一つ捻れた糸を解いていけばいいさ。
アルシェが俺の味方だと確認できたので、俺は安心しているのだから」
『ふふふ、そう言う優しいところも変わらないなぁ。シェンファはいつも……』
だがもう一方の謎はここで解決したい。
龍神が最後に残した言葉を頼りに、俺は早瀬となっている部分の水面から突き出た石を飛び移り、対岸に渡った。
そして、奥の壁沿いの一角には龍神の言葉通りに小さな祠があったが、その中の四メートル四方の空間の中には何も無かった。
だが俺が祠の中に入ると、キン! と言う音がしたと思うと石造りの床の一部が抜け、その中には三枚の石板が収められていた。
『多分……、シェンファが中に入ったことで封印が切れたのね』
「俺? 俺は何もしていないぞ」
『例えば魔法で封印してたとして、魔法の効かないシェンファが入れば魔法(封印)は消滅するわ』
「そうか、この封印は俺のような者が来ないと解けないようにされていた訳か? 一体何のために?」
『それは、この中に書かれているんじゃない?』
それから俺は、アルシェの助けを借りながら石板を読み進めた。
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創世神話①
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かつては何もなく、ただ混沌だけが広がっていた世界に、ある日一対二柱の神が降り立った。
この二柱の神は手にした矛で世界を掻き回すと、混沌は二つに分かれ、そこから大地とそれ以外が生まれた。
創造された大地の要に降り立った二神は、更に十二の大地を創造して連結したが、それがこの世界の始まりである。
二柱の神々は、この新たなる世界に住まう者として、我ら『ヒト』種だけでなく、獣や鳥、魚や昆虫、植物などあらゆる『命』を持つ者たちを創造され、最初に神々が創造された場所、聖域は命を謳歌する者たちで溢れた。
このとき世界には『限りある命のなかで、新たな命を生み出すために雌雄が交わり、次の世代に命を継承しやがて死を迎える』という摂理が生まれた。
だがある時、二柱の神々ののひとり創世の女神イザミは、新たな命を生み出す際に大きく傷付き、それが元で自らも摂理に従って命を落とすと、死者たちが住まう世界へと渡った。
女神イザミを失ったもう一柱の神イナギはこれを大いに嘆き、再び女神イザミを取り戻すべく理の違う死者の世界である、黄泉の国とこの世界を繋いだ。
その結果、この世界には黄泉の国に繋がる場所として、魔境という摂理の相容れない新たな大地が生まれた。
歓喜した神イナギは黄泉の国への入り口となる魔境への転移門を、聖域の西と魔境の手前に作り、その二つの門を介して愛する者が住まう死者の国へと渡った。
黄泉の国にて女神イザミを見つけ出し、歓喜した神イナギは、妻を再び生者の世界へと連れ戻そうと試みる。
最愛の妻を取り戻した神イナギは、黄泉の国がら戻る途中で喜びのあまり、妻である女神イザミが出した条件を忘れてしまった。
『魔境を出るまでは決して私の姿を見ないでください』
そう固く戒めていた女神イザミとの約束を破ってしまった。
そこで神イナギが見たものは……、死者となり全身が腐敗し、見るも無惨な恐ろしい姿に変わり果てていたかつての妻、女神イザミの本当の姿だった。
約束を破ったうえ、恐ろしい姿に変わり果てた女神イザミを見た神イナギは、恐怖のあまり妻を捨てて逃げ出したが、これに激怒した女神イザミは、黄泉の軍勢を率いて神イナギを追った。
神イナギは異界である黄泉の国に接続した魔境を抜け、聖域へと戻る転移門を通過したのち、出口側の門を巨石で塞ぎ女神イザミと死者の軍勢を押し留めることに成功した。
これに怒り狂った女神イザミは黄泉の軍勢で魔境を満たし、接続する門の手前で言い放った。
『今後は黄泉の国より『背理』の軍勢が攻め入り、魔境を拡大します。これにより貴方の世界に生きる人々を1日に1,000人殺し、生者の住まう世界を滅ばすでしょう』
これに対し神イザギも応じた。
『ならば私は、日々1,500人の命を誕生させ、この『摂理』で満たされた世界を永遠に存続させよう』
これが、この世界に『摂理』と『背理』が存在する始まり、そして魔境とヒトの住まう世界が相容れない理由の始まりとなった。
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「……」
読み進めるうちに俺は絶句するしかなかった。
これってさ……、まんま日本神話の話じゃん!
伊邪那美命が女神イザミで、伊邪那岐命が神イザギって……、名前も殆どそのまんまだし。
魔境や転移門の話だけはちょっと違うけど、転移門を黄泉比良坂と考えることだってできる。
『シェンファ、どうしたの?』
「いや、この石板に記された神話ってさ、俺の国で語り継がれている神話にそっくりなんだよな」
『えっ?』
ただ、似たような話は他でもある。
直接神々が対象となった話ではないが、ギリシャ神話のオルフェウスとエウリュディケの話だって似ている。
『こっちの世界とシェンファの世界、意外と関りがあったのかもしれないわね』
もうひとつの可能性としては、古の時代に渡って来た『渡り人』が神話を伝え、それが後の為政者(神殿)によって都合よく融合されたか……。
それが神殿にとって『都合の悪い』部分と共に、闇に葬られてきたのか?
俺は一旦考えるのを止め、二つ目の石板に目を通した。
そこには更に驚くべき事実、あの神龍が言いたかった本当の意味が記されていた。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/12)は、【創世神話と新たな禁忌】をお届けします。
どうぞよろしくお願いします。




