第二十七話 深淵に蠢くもの
遂に俺たちは第二十四層の階段を降り、最終目的地である第二十五層まで到達することができた!
アルシェが言っていた通り、ずっと日の当たらない地下にいたせいで正確な時間は分からないものの、体感時間では四日前後しか経っていない気がする。
階段を降りてゆっくり周囲を見渡してみると、これまでの階層と比べ、第二十五層は雰囲気が大きく異なっていた。
小部屋と小部屋が通路で連結された迷路のような構造とは異なり、ただ何もない広いスペースが広がっているだけで、その最奥には祭壇らしきものがあった。
「いや、これって……」
祭壇の前まで進んだ俺が、思わず呟いてしまったのには訳があった。
この階層、いや、祭壇の前だけは魔石が埋め込まれているのか、まるで篝火が焚かれているかのように明るく照らし出されていた。
そして……、何より祭壇に祀られていたのは俺の良く知るもので、俗にいうドラゴンを指す竜ではなく、日本の神社でも見たことのあるスマートな体躯の龍神だったからだ。
『ゼルフィス槍王国は水の護りの国、なので守護神は龍神なの。あれ? 言っていなかったけ?』
「聞いてなかった。ってか、アルシェの『言い忘れ』はいつものことだけどな」
『そうだっけ? まぁ……、これで言ったことになるし後は証を持って地上に帰りましょ』
切り替え早っ!
まぁ天然だし仕方ないか?
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苦難を乗り越え隔絶の先に辿り着いた強者よ。その証として神の鱗を一枚、地上へと持ち帰るべし
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祭壇の石碑に書かれていた通り、俺は祀られていた龍神を注意深く見ると、その鱗が十枚弱ほど欠けていた。
ってかさ、いつからこの試練が始まったか知らないが、単独や集団を含めて過去に十組も『証』を持ち帰っていないのか?
そんな事を考えつつ俺は、先ずは日本式に二礼二拍して祈りを捧げたのち、短槍の先で丁寧に鱗を一枚剥がし取ると懐中にしまった。
そして更にもう一度深く頭を下げていた時だった。
『我に連なる者よ、どうか我を邪悪な戒めより解き放ってもらえぬか?』
俺の脳裏にはアルシェと違う、威厳のある不思議な女性の声が響き渡った。
同時に周囲を見渡したが、もちろんだが俺以外には誰も居なかった。
「アルシェ、今の声は何だ?」
『え? 私は何も言っていないわよ』
それは分かっている。
ということはさっきの声は、アルシェには届いていないということか?
同時にガコンという音がしたかと思うと、祭壇の左側には新たな階段が現れた。
右側には元からあった第二十六層へと繋がる階段があるが、それとは目的地が違うのか?
『だめよシェンファ、これより下は深淵よ。行ったら帰って来れなくなるわ』
アルシェが散々頭の中で叫んではいるが、俺はどうしても行かねばならない、そんな頭の中から湧き出る衝動を抑えることができなかった。
そして……、俺が階段に一歩足を踏み入れた瞬間、目の前の景色がぐにゃりと歪み一瞬だけ平衡感覚が無くなると、次に目の前の景色が一変した。
◇◇◇ 試練の迷宮 最下層
気付くとそこはどうやら、地底の奥深くにある巨大な鍾乳洞、それを利用して作られたと思われる広大な空間で、厳かな雰囲気をもつ神殿らしき場所だった。
「す、凄い景色だな……」
最も奥の大地の裂け目からは大量の地下水が滝となって流れ落ち、滝壺からは早瀬となって水の流れを作ると、更に奥の真っ暗な地中へと流れていた。
その周囲では支流が至る所で小さな水の階段を形成しており、それはまるで秋吉台の鍾乳洞にある百枚皿の規模をとてつもなく大きくしたような、いや、ネットで見たことがあるトルコのパムッカレのような、水と石灰棚が作り出す青と白に彩られた幻想的な景色が広がっており、水流が溜まった場所の脇では真っ白い鍾乳石が、巨大な石筍となって地上から天井に向かい至る所で伸びていた。
「なんとなく……、あの神殿に似ているか? 向こうは人の手が加わった地下神殿だが、こっちは天然の地下神殿と言っていい美しさがあるな……」
思わずそう言って大きな息を吐いたとき、俺の視線の先には自然美に調和するように建てられた白亜の門が早瀬の水流の中に立っていた。
そして……。
「ちっ! ここにも」
門がある早瀬の向こう岸には、亜人たちが群がっていた!
その数……、パッと見ただけでも数十体にも及んでいる。
『シェンファ、門の先、下流のほう!』
「!!!」
アルシェに言われた場所を見たとき、俺は一瞬だけ硬直してしまった。
神々しい光を放つ白龍が鉄鎖の戒めを受けて大地に横たわり、その身体の各所には杭が打たれて大地に釘付けにされていた。
「な……、なんてことをしやがる!」
俺は一気に体温が上昇するのを感じると、無我夢中で駆け出していた。
俺を突き動かしている怒りが何であるが、それは理解できなかったが、抑えようのない憎悪が俺の体の中を突き抜けていた。
『ダメ、シェンファ! 先ずは……』
アルシェの叫びを無視し、足場となった石を蹴って早瀬を渡ると、向こう岸に屯していた亜人たちに斬りかかった。
「ギャッ?」
「ギギッ!」
「グエッ!」
不意を突かれた蜥蜴や鰐顔をした亜人たちを五~六体切り捨てると、その後に反応して来た十数体が一斉に剣や槍を突き立てて来た。
だがこのパターンは修練で嫌と言うほど経験している。
突き出された槍や剣の穂先を短槍で受け流しつつ、一体の懐に潜り込んで盾としつつ石突きで付き、反対の一体を穂先で突き、身体を回転させると同時に周囲に居た数体を力任せに薙ぎ払った。
今度は元来た早瀬に移動すると、小さな岩場に立ち、追ってきて流れに足を取られ動きが鈍った亜人たちを次々に斬っていった。
これなら数の不利は気にしなくても済むし、足場の悪い場所での立ち回りも散々修練を積んできた俺は、平地と変わらず自由に短槍を振り回すことができた。
突然出現した敵に奇襲を受け、亜人たちは敵わぬと見たのか、算を乱して上流にあった白亜の門に向かって逃げ出し始めたが……。
『うそ! そ、そんな……』
アルシェが狼狽した声を上げたとき、俺は改めて亜人たちが逃げ出した先を見つめた。
『ど、どうして……、ここに……』
亜人たちが逃げた先には、漆黒の禍々しい鎧を纏った男がひとり立っていたが、アルシェはその男を見て酷く動揺しているようにみえた。
「数で勝るというのに激高して敵に乗せられ、戦って不利となれば恥じる事なく背を見せて逃げ出すとはな……、度し難いとしか言えんわ!」
男はそう吐き捨てると剣を抜き放ち、一気に亜人たちの中をすり抜けざま、目にも止まらぬ斬撃で二十数体を切り捨てていった。
「!!!」
何だよ! あの半端ない強さは?
不意を突いたとしても、一気にあの数を斬ることは俺だって絶対に無理だ。
俺は全身から『直ちに逃げろ!』と沸き起こる声を必死に押し殺し、異常な強さを見せた男に向かって短槍を構えた。
『ダメっ、シェンファ! 今はまだ早いわ!』
どういうことだ? 今はまだ?
アルシェは何を言おうとしているんだ?
混乱する俺を嘲笑うかのように、男は剣を肩に担ぎあげたまま無防備に、そしてゆっくりと歩み寄って来た。
「フフフ、少しは使えるように成長したか? このような場所で『我が依り代』と出会うとは、思っても見なかったぞ」
成長だって? 依り代って何だよ?
俺の頭は一気に混乱した。
『お願い、もう止めて!』
アルシェは『誰に』、『何を』話しているんだ?
俺は立ちすくんだまま、一歩も動けずにいた。
「どれ、久々に短槍を振るってみるか?」
男はそう言うと剣を鞘に収め、傍らで彼が斬り捨てた亜人が持っていた短槍を拾い上げ、その感触を確かめるように振り抜いた。
「くっ……」
以前より成長したからこそ分かる。
奴は俺よりも格上、俺が敵う相手ではないことが……。
「やってみなきゃ分からないさ」
俺は師匠から託された短槍を強く握りしめると、機先を制するため走り出して俺の身体が覚えている三連撃を奴に放った。
だが……。
師匠から預かったチート級の短槍を振るったにも関わらず、男は見事に受け流して力を逃がすと、カウンターの攻撃を繰り出して来た。
嘘だろ? 師匠だって初見では防ぎはしたものの、槍が折れるまでは反撃すらきなかったんだぞ?
何故だよ……。
奴がカウンターで突き出した石突きによって、俺は盛大に吹き飛ばされながら、未だに信じられない思いでいた。
「未熟者め、そんな借り物の技で俺に通用するとでも思ったか?」
『お願い、シェンファ! 止めてぇっ!』
泣き叫ぶようなアルシェの声が聞こえたが、俺には訳が分からなかった。
俺が止めたくても、向こうは俺を殺す気でいるんだぞ?
再び立ち上がって彼と向き直ったところに、今度は奴から攻撃が襲って来た。
身にも止まらない速さと苛烈さ、そして普通の短槍を使っているはずなのにとてつもなく重い斬撃が変化自在に襲ってきたことで、俺は全身が傷だらけになってしまった。
この頃には俺も既に意識的に戦う術を放棄し、無意識に『彼』の力を借りても防戦一方となっている。
「不甲斐ない奴め」
『やれやれ、不甲斐ないことだわ』
同時に二か所から俺の醜態に呆れる声が聞こえたが、もう一つは何か温かさを感じる声だった。
『其方が受け継ぐ血に流れる力、少し借りるぞえ』
そんな声が聞こえた瞬間、俺の全身が何かと繋がるような感覚のあと、ごっそり『何か』を持っていかれた気がした。
そして……。
この地下の至る所に目でも確認できるような大きな雪の結晶、無数の六花が現れると強く輝き始めた。
そしてこの地下空間は、どこか暖かい、それでいて何かを洗い流すような清浄な光に包まれ始めた。
「くっ、まさかこれほどまでに力を残しておったとは……。まぁ良い、次は二人揃って我が下へ尋ねて来るが良いわ、其方らの運命に従って、な」
奴が身に纏っていた禍々しい漆黒の鎧が六花の結晶に包まれて白く凍り付く過程で、男から霞のような『何か』が抜けると、早瀬にあった転移門の中へと消えていった。
それと同時に、これまで圧倒的な強さで短槍を振るっていた男は、まるで抜け殻の様に大地に倒れこむと、衝撃を受けた氷の塊のようにバラバラに砕け散った。
『どうやら予想以上に力を使ってしまいましたね。こちらの分身も、もはや……』
その声がすると共に、白龍の姿は徐々に虚ろとなり、まるで水が弾けるかのように泡となって徐々に消え始めていた。
「待ってくれ! 貴方はまさか……」
『最後の力で魔境との接続は絶ちました。古の時代より私に託された『祓い』はもはやこれまで。
あとは我らの加護を受けた二人に、この世界の行末を任せますよ』
俺の問いかけに答えることもなく、いつしか白龍は数万もの水泡となって消えいった。
『最後に……、貴方の疑問は私を戒めていた場所にある祠、それを見れば……、少し、は……』
この言葉を最後に白龍は水泡となり、早瀬の中に消えていった。
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