第二十六話 二十五階層までの道のり
ひとしきり眠って休息を取ったのち、俺は保存食として保管してあった干し肉と、穀物を挽いた粥を食べて再び動き出した。
これまでアルシェに聞いた迷宮の前提は忘れ、ここから先は第十六階層レベルの魔物が出る、そう覚悟を決めながら……。
そして俺たちは順調に、第八層まで進んでいた。
「どうやら休憩所で書いてあったことは正しいみたいだな」
第六層以降は導きとなる篝火もなかったが、俺たちが迷わず進めたのには理由があった。
第五層のセーフティーゾーンには迷宮攻略の鍵が残されていたからだ。
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兵を気遣い、休養を取らせる配慮のできぬ者は指揮官たる資格なし。これを戦場でも忘るるなかれ。
第六層は左・右、次は右・左、その次は右・右・左、第七層はその逆で第八層はまた逆、それより先も一階層毎に交互に代わること、しかと身に刻み込め。
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そう記した石板が、入り口となる鉄扉の上にあったからだ。
つまりこれは、率いた兵たちに休息すら与えず、ただ我武者羅に下層階へと目指す者は道に迷い自滅する。それを教えているかのようだった。
確かに師匠も出発前に、『五層ごと、新しい階層に入る前には必ず、階段に注意せよ。そこにある安全な場所で休憩を取るように』と言っていたけどさ。
まさかあの休憩所を意味していたとはね、もうちょっとマシなアドバイスが欲しかったよ。
幸いにも俺は『アルシェ』という導き手が居たから良いものの……。
「それにしてもこの『魔石』って、便利な代物だよな?」
実はこれも出発前に師匠から渡されたものだ。
暗闇の中でも発光するこの魔石は、進む先に数個転がしておけば進路上の視界は確保できる。
ただ面倒なのはイチイチ拾い上げては先に転がすことを繰り返さなくてはならないことだ。
『そうね、普通は迷宮の入り口で借りるものなんだけど、お爺ちゃんがシェンファに渡したのは特製だもの』
「もしかして……、これのことか?」
篝火のない第六層に進むに当たり、俺はアルシェの指示に従って一つだけ紐の付いた台座に据えられた魔石を後方に置き、紐の先端を腰に結わえていた。
そのため車輪の付いた台座は俺の5m後方からコロコロと付いてきている。
『うん、普通なら前衛と後衛で役割を決めて前後を照らすの。でも一人だと後ろが真っ暗になっちゃうでしょ?』
確かに……。傍から見れば少し情けない格好だが、贅沢は言っていられない。
『シェンファの居た世界には魔石って、無いんだよね?』
「無いな。そもそも魔物も居ないし魔法もないからな」
まぁその代わり蓄光石や夜光石はあるし、放射性の物質を含んでいるものの中には自然に光る石もあると聞いたことがある。
この魔石も本来は魔力を込めることで半永久的に光らせることができるらしいが、今の俺には充電のできない畜光石としてしか使えない。
「本来の攻略にはパーティを組み、そこに魔法士が必須ってことだよな?」
『でもその代わりに、シェンファには私がついているわ』
「はいはい、感謝しているさ」
『あっ! また『はいはい』って言ったぁ~。それって全然感謝していないってことじゃない!
もう、シェンファっていつもツンデレだよね』
アルシェ、頼むから今は緊張感のない痴話喧嘩みたいな話は止めてくれ。
それに俺はアルシェに『デレ』たことはないからな。
向こうの世界の言葉を好んで使っいるみたいだが、いつもどこかズレているんだよな。
◇◇◇
それからも通常よりも強敵とされる魔物たちを蹴散らしながら先へと進むうち、俺はあることに気付いた。
意識して繰り出す俺の短槍が、いつしか無意識の『彼』が繰り出す技とシンクロしつつあることを……。
彼の武技が自分のものになりつつある感覚が高まるたびに、戦いの難易度は増しているにも関わらず、何故か体感では楽になっていった。
そして……、第九階層まで進んだ際、これまでで最も難敵と出会った。
『シェンファ、あれはウェンカムイ! 気を付けて。物理攻撃と魔法攻撃を併用してくる大物よ』
ウェンカムイって……、それはアイヌ語じゃね?
もしかしてこれも、古の時代にやって来た『渡り人』の名残りか?
俺の目の前に立ちはだかったのは、体長三メートルを超える超大型の熊に似た『何か』だった。
それが熊と決定的に違うのは腕、いや、前脚が左右に三本ずつあるからだ。
『灰色の毛並みと茶色の斑だから、風魔法と地魔法を使ってくるわ!』
アルシェの言葉通り、俺を見て笑ったように表情を変えた奴は先制攻撃を放って来た。
右の前脚三本を大きく振り払った瞬間、もの凄い風圧の塊が襲って来た!
「シャァッ!」
俺は気合を込めて短槍を上から下に振り抜き、奴の放った魔法を切り裂いた。
魔法は効かないと言われていても、本当の意味で殺しに来ている奴から魔法を浴びるのは、これが初めてだ。
だから緊張感が半端ないし、そもそも半信半疑だったこともあるしね。
もちろん奴の放った魔法は、俺に切り裂かれたのではなく直撃する瞬間に消え失せた。
だが奴からすれば短槍によって切り裂かれたように見えたかもしれない。
一際大きな雄たけびを上げた奴は、次に左の前脚三本を振り抜いたあと右の三本を振り払った。
「!!!」
顕現した鋭利に尖った石槍が風圧によって目にもとまらぬ速さで俺に迫ったが……。
今度は俺が水平に短槍を振り払うと、再びそれらは霧のように消え去った。
「???」
奴はまるで感情でも持ち合わせているかのように不思議な顔をし、一瞬だけ呆然となったが次の瞬間、猛烈な勢いで突進して来た。
俺はギリギリのタイミングで右へと身体を捻ってかわす瞬間、短槍で奴の左前脚を切り払った。
そして立ち位置が入れ替わった瞬間、奴は後ろ脚で立ち上がると五本となった前脚を大きく広げた。
俺はこの瞬間を待っていた。
熊型なら急所は頭部と延髄に心臓、だが頭部は固いし一発で致命傷を与えるのは銃弾でも難しい。
脊髄や延髄も後ろに回り込む必要がある。
だけど俗に言われる『アバラ三枚目』、心臓はガラ空きになっている。
「せいっ!」
気合を込めた突きは奴の胸部深くに突き刺さり、一瞬静止したあとで大きな音を立てて崩れ落ちた。
『シェンファって……、凄いね。ウェンカムイって倒すのが大変な魔物なんだよ? それを一撃で……』
いや……、それは違う。
俺は本やラノベの知識から、熊の急所や口先だけの知識を知っていたからだ。
その後も俺は、初めの頃よりも実戦慣れして身体が思うように動くようになったこと、『彼』の動きや技が自身のものとして馴染み始めたこと、魔法攻撃の無力化などで無双と呼べる状態に入っていた。
思わず、『俺TUEEE』て勘違いしそうになるほどに……。
◇◇◇
強敵を倒した第九層から俺の快進撃は続き、第十層と第十五層のセイフティーゾーンで休息と睡眠、補給を行ったのち、第二十層まで到着した。
此処で改めて睡眠を取った翌日、遂に俺は『隔絶の階層』とも呼ばれた第二十一層に入った。
『やっぱりシェンファは凄いわ。本来ならパーティを組んだ人たちでもここまで来るのに最低でも十日はかかるものなのよ。なのに四日で来ちゃうんだもん』
「ははは、惚れ直したか?」
『もう、私は最初からシェンファ一筋よ』
いやアルシェ……、それは違うだろ?
以前に最愛の人がいるって言っていたじゃないか?
そういう意味では最初から二筋が正解ではないのか?
『でもちょっと不思議』
「何が不思議なんだ?」
『これまではずっと先の階層の魔物が出現したけど、何故かこの階層に出るはずの亜人たちはずっと出てこないもの』
あ、そっちか。
てっきり俺は二股の話かと思ったら、いきなり話が飛んでいたのか?
アルシェは時々そういうところがあるよな。
「一気にまとめて出てくる可能性もあるんじゃないか? 流石に人並みの動きと知恵のある敵が一気に何十人も出てきたら、俺だって厳しいぞ?」
修練でも散々一対十の組手はやらされたから、その程度の数なら今の短槍があればなんとか対処できる。だがそれ以上、正直言って二十人を超えたら地の利を選ばないと相当厳しい戦いとなるだろう。
ただ半面、相手が武器を使ってくるいうことは修練に準じた戦いになるので、身体に染み付いた動きができて『やりやすい』点もあるが……。
そして俺はその後も亜人と出くわすこともなく、目的地である第二十五層まで辿り着いた。
そこで予想外のことに出くわすことになる。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/10)は、【深淵に蠢くもの】をお届けします。
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