第二十五話 試練の真意
俺はひたすら襲ってくる黒狼や魔狼を短槍で斃しながら先を急いだ。何故ならアルシェがさっき何気なく言った言葉が引っ掛かったからだ。
取り急ぎ第二波、第三波と立て続けに襲ってきた魔物を排除し、第二層へと降りる階段へと辿り着いた。
「なぁアルシェ」
『はい♡』
「さっき『ヤバイ』って言っていたこと、覚えているか?」
『うん……。私の知っている本来の迷宮より、出てくる魔物の強さが上がっているの。本当なら第一層は単体の黒狼しか襲ってこないはずだもの』
「それって……、この国の短槍使いたちが警戒している『氾濫』が近いってことか?」
師匠たちがこの地に駐屯する本来の目的、それは魔物の氾濫を食い止めることだ。
その危険が目前に迫っている兆候と言えなくもない。
ってかさ、そうなったら俺の試練の難易度も爆上がりってことじゃないか!
『本当なら定期的に大規模な討伐を行って、魔物の数を減らしているはずなの。でも今は……、魔王シェンファの軍が聖域の北にあるアクイロス剣王国を滅ぼし、アメノ神殿も占拠しているでしょう。なので槍騎士も殆ど防衛戦に出払っているんじゃないかしら……』
こっちにまで手が回らないってことか?
だから師匠は、最終試練にかこつけて掃除を俺に依頼したと。
その期待を込めて、自身の短槍を俺に託したと……。
「ちっ、師匠も食えない人だな」
『まぁ……、お爺ちゃんにとっては、槍王国を守ることが全てに優先するしね。シェンファを全面的に信じる代わりに、その力量にも期待しているのじゃないかしら?』
「ありがた迷惑な話でもあるけどな。それでだ、簡潔で構わないから迷宮に出る魔物の種類と分かる範囲で構わないから特徴を教えてくれ。今更……、だけどな」
『分かったわ、本来なら第五層で出てくるものが第一層で出てきちゃったから、魔物に関しては第六層以降から説明するわ。第六層から出現するのは……。そもそも迷宮は大きく六つの階梯があって……』
アルシェが説明してくれた概要は、簡単にまとめると五層単位で出現する魔物とレベルが大きく変化するようだった。
◇克己の階層(第一層~第五層)
基本的に出現する魔物は黒狼と魔狼のみだが、下層に行くほど単体での攻撃から集団による攻撃に変化し、難易度は上がる。
己を知り、己を鍛え、恐怖に打ち勝つことができた者のみが到達できる階層。そのため単独・集団の如何を問わず、第五層まで到達した者には槍士の称号が与えられる。
◇試練の階層(第六層~第十層)
第六層からは単体でより強い魔物が出現し、下層に進むほど集団になって襲ってくる。
本来であればこの階層を単独で突破できて初めて、槍騎士を名乗ることができる。
◇絶望の階層(第十一層~第十五層)
第十一層からは魔法攻撃を主体とする魔物が出現し、リーチの差から槍騎士は己の力の絶望を知る。
この階層以降は、槍騎士といえど遠距離攻撃を得意とする魔法士を随伴することが不可欠となる。
◇極みの階層(第十六層~第二十層)
魔法攻撃、物理攻撃の双方を得意とする魔物や、それぞれの得意分野を補い合う形で複数の魔物が出現して襲って来る。
最上位の槍騎士でも単独で到達不可能とされる領域で、通常は卓越した魔法士との連携によりなんとか踏破できる。ここを踏破できた者は当代の西風への挑戦権を得る。
◇隔絶の階層(第二十一層~第二十五層)
魔境に棲まう知恵を持った亜人が出現し、肉体だけでなく武器や魔法を使用して襲ってくる。
その強さは魔王軍でも中核をなす程のものであり、二十五層に至るには隔絶した腕を持つ槍騎士が、優秀な魔法士の支援を受けて初めて到達できるといわれる。西風を継承した者のみが到達できると言われた領域。
◇深淵の階層(二十六層~)
魔物が発生する根源があると言われているが、その詳細は不明。
伝承では古の時代、救世主と巫女、四風だけが二十六層以下に入ったことがあるとされている。
「いや……、これって」
『うん、多分だけどお爺ちゃん、シェンファには相当期待しているし覚悟を決めていると思うわ』
この無茶ぶりのどこが期待なんだ?
師匠は何の覚悟を決めているんだ?
アルシェの話を聞いて分かったが、これでは俺は『死んで来い』と言われて送り出されたに等しいぞ?
『今思えば『第七段階』の修練って、シェンファに魔法が効かないことを確かめるだめだったと思うの。
そうでもなければ単独で二十五階層なんて言うはずがないもの』
「ありがたい期待だな……」
師匠が自身の短槍を俺に託したこと、それは既に『伯』の家が俺を支援するという意味か?
俺がラルシュの護衛に相応しい者として、誰もが納得できる理由を持たせるための無茶振りか?
諸般の怪しい事情、俺が渡り者であることは敢えて腹の中に飲み込んで……。
「決して楽はさせてくれないようだな」
『うん……』
一通り納得した俺は、更に下へ進むべく第二層を駆け出した。
◇◇◇
第二層を進むうちに、いつしか襲ってくるのは黒狼の集団ではなく、上位の魔狼の集団に代わっていた。
そして第三層に至ると本来なら第六層以降に出現するはずの魔物、想像以上に『固い』魔物が出現し始めていた。
『シェンファ、右の通路から新手よ!』
「ちっ、忙しいな」
大きな息を吐いて俺は、急所を刺して斃した『固い』魔物から短槍を抜いて構え直した。
そう、今対峙している巨大な蜥蜴は、そもそも二メートル以上の体躯に加え全身が固い鱗に覆われていた刃が通りにくい。
倒すには首下の急所一点を正確に貫く必要があったが、そもそも這いずり回る奴らの首下を貫くのは容易ではなかった。
俺はポキポキ棒で相手の標識を正確に射貫く訓練を思い出しながら、奴らの前足の重心が動いた隙を狙って薙ぎ払い、バランスを崩して腹を見せた瞬間に急所を突くことを繰り返した。
「狼の次はトカゲか、この分だと熊や虎も早々に出て来そうだな。厄介なのは……、姿を隠せるという蟷螂か」
そんな俺の独り言は、正にフラグだった。
第五層に差し掛かった頃には、彼方の世界で銃を持っていても絶対に相手にしたくないような獣が、輪を掛けたような強さと凶暴さで遅い掛かってきたからだ。
「くっ、キリがないな。流石に連戦は厳しくなってきた、か……」
この頃になると一戦ごとに息が上がってしまっているのを自覚せざるを得なかった。
もう何連戦したか、それすら分からないぐらいになっていたし。
そもそもだが、相手は俺より遥かに大きく、その一撃は重く受け流さないと俺が吹き飛ぶぐらいだ。
幸い師匠の短槍は、その重量から振り回すと破壊力は半端ないが、普通の短槍なら折れていても不思議ではない。
「ここでもポキポキ棒の修業が役に立つとはな……」
大きな息を吐きながら、短槍に負担のない動作で巨大な虎型の魔物の攻撃をいなすと、懐に潜り込んで刃先を合わせて首筋を深く斬りつけた。
師匠の短槍の穂先は、日本で言えば名刀の類に数えられるものだろう。
あれだけ魔物を突いたり斬ったにも関わらず、刃こぼれひとつなく脂で切れ味が落ちることもなかった。
『シェンファ、第六層に通じる階段の上に隠し部屋があるわ、そこまで頑張って』
ん? それって師匠が言っていた、五層ごとに配置されているセーフティーゾーンみたいなものか?
ありがたいな。
「どれぐらいの距離だ?」
『小部屋を二つ抜けた先!』
分岐路がある小部屋は20mから50mぐらいおきにある。なので二つ先なら距離にして約100mか?
俺は一気に駆け抜けるべく動き出したが……。
「!!!」
俺の身体は、全力疾走にに入ろうとした直前で無意識に急制動を掛けていた。
実はここまでは、この一年に渡って修行した俺自身の力で戦っており、『彼』の力は借りていない。
だが、この時は無意識に俺の中の『彼』が行動に出ていた。
いつの間にか俺は、流れるような自然な動作で目の前の何もない空間に向かって短槍構えると、一気に大きく薙ぎ払った。
その瞬間……。
絶叫とも思える耳障りな音が廊下に響き渡ると同時に、ドサッと音がして何かが落ちた。
よく見ると俺の腕より長い巨大な鎌の形をした、蟷螂と思しきものの前脚である『たい節』と『けい節』部分で、両方の部位にある鋭い刃先は鈍い光を放っていた。
「やべぇな……」
俺は改めてこの迷宮の恐ろしさと悪辣さを思い知り、鳥肌が立つ思いでいた。
こんなので不意を突かれて刈られていたら、俺の胴体は真っ二つにされていただろう。
それに、薄暗いこともあってか、擬態していた奴の姿は全く見えなかった。
『うそ……、まだ第五層なのに……』
同様にアルシェも絶句していた。
彼女の説明でも、奴が出現するのは第十六層以降と聞いていたしな。
そんな事を考えている間に、俺の身体は勝手に動いていた。
短槍を激しく回転させて防御に入ると見せかけた瞬間、一気に踏み込んで『何か』が居る場所を薙ぎ払った。
そして少し痺れるような手応えとともに、大きな音がすると両断された全長三メートルはある巨大な蟷螂が石畳の上に転がっていた。
『シェンファ、気を付けて! 虫型は首を切っても両断してもしばらくの間は生きていることがあるから!』
アルシェのアドバイスを受けた俺は、そのあと何度か短槍を振るって奴を更に切り刻んでからその場を後にした。
もちろんもう不用意に走るようなことはしない。
石突きや穂先で壁や床、天井部分を突きながらゆっくりと進んだ。
そして遂に第六層へと繋がる階段に出た。
そこは一見すると普通の階段だが、階段の踊り場の壁には少しだけ突起として飛び出た足場が整然と並んでおり、そこに手と足を使って10メートル近くよじ上った先には、頑丈な鉄製の扉があった。
引き手を聞くと鈍い金属音を立てて扉は手前に開き、その中に入ることができた。
「ははは、本当にここはセーフティゾーンだな」
思わずそう呟いてしまったが、確かにあの突起を掴んで上ることができるのは人間ぐらいだろう。
しかも鉄製の扉は手前に開く、なので身体を支えながら引き手を掴んで引かなければならず、魔物にはそう言った動作が不可能なため入ることができない。
『ここには最低限の食糧と水、休息に必要なものが揃っているし安心して眠ることもできるわ』
「ありがたいな。この先にもこういった場所ああるのか?」
『うん、五層毎にあると言われているわ。でも、第十五階層より先は食料や水があるとは限らないの。
この分だと最近はあまり巡回できていないようだし……』
「まぁ……、それでも今はここで休めるだけでも有難いな」
そう言いつつ水で喉を潤した俺は、いつの間にか眠っていた。
まだ先は長い、二十五層までがとてつもなく厳しい試練であることを身に染みて理解しながら……。
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明日(8/9)は、【二十五階層までの道のり】をお届けします。
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