第二十四話 迷宮に蠢くもの
槍王国の迷宮へと通じる洞穴の階段を降りると、そこには第一層と呼ばれたエリアが広がっていた。
第一層に降りた場所は30m四方はある小さなホールのようになっており、各所で篝火が灯されたり蓄光機の様な物が薄暗く光っていたが、そこから先は幾つもの通路に分岐しており、一か所を除いて通路は暗闇に包まれていた。
『第一層から第五層までは定期的に警備兵が巡回して魔物を狩っているの。なのでシェンファ第五層までは明るい通路を選んで進めば道に迷うことはないわ。でも、魔物も明るい場所には餌が来ると分かっているから気を付けてね』
ははは、俺たちが餌ね。
道に迷うことがないのは良いにしろ、あまり嬉しくはない表現だな。
俺はアルシェに言われた通り明るい通路を選んで中へと進み始めたが、迷宮の構造は幾つかの小部屋が通路で連結されたような感じだった。
「それにしても……、この国で短槍術が発展したもの何となく分かる気がするな」
『どういうこと?』
「この迷宮だよ。長い槍は振り回せないし、かといって刀はリーチが短いため接近して戦う必要があるからさ。
それに比べ刺突に強い短槍なら、この狭い通路でも何とか取り廻すことができる。そして通路を抜けた小部屋でなら、大きく振り回しても十分に戦える」
迷宮の通路は狭く横幅が3メートル弱、高さは3メートル以下でしかない。
こんな場所で通常の槍を振り回すのは到底無理だし、剣では間合いが近く接近する必要も出てくる。
そういう意味でもこの迷宮で戦うには1.5mから2m未満の短槍が最適解なのだろう。
そして通路が接続する小部屋は5mから10m四方の広さがあり、短槍なら思いっきり振り回して戦うこともできる。
『シェンファ!』
アルシェが叫ぶと同時に俺は動いていた。
小部屋に駆け込むと接続している正面の通路に向かって短槍を構えた。
駆け寄って来る物音からして相手は複数、小部屋への入り口を俺が封鎖すれば向こうは数の利をいかせず、俺は十分な広さのある小部屋で振り回せる、そのように咄嗟に判断したからだ。
この時は俺自身、気味が悪いぐらいに冷静だった。
『黒狼よ! 連携して左右から襲って来るから気を付けて!』
アルシェの言葉を受けて、俺は少しだけ立ち位置を横にスライドさせて構えを変えた。
「二つっ!」
叫ぶと同時に、振り回した短槍の勢いに任せて先頭を駆けてきた二匹の巨大な狼に似た黒狼を一振りで切り裂き、勢いに任せて短槍を回転させると次は石突きで三匹目の頭部を叩き割った。
「五つ、六つ!」
今度は突きの二連撃で五匹目と六匹目を突き刺したが、六匹目は突進の勢いが重なり穂先が深く刺さってしまい、引き抜く間に右手から七匹目がすり抜けて小部屋へと躍り込んで来た。
俺は強引に短槍を握りしめたまま体を右回りに回転させ、突き刺さった穂先を引き抜くと同時に七匹目を叩きつけ、再び正面に向き直った。
「八つ、九つ!」
左側に躍り出た八匹目を逆袈裟で切り上げたあと、今度はひときわ大きな魔物に対し右上から左下へと薙ぎ払った。
「ふうっ……」
どれもこれも、あの十対一の組み手を散々やらされた俺にとっては、何でもない基本動作に過ぎなかった。
軽く息を吐いて呼吸を整えようとしたが、不思議と俺の呼吸はさほど乱れていなかった。
『凄い、凄いっ! 今のシェンファってまるで……』
アルシェは喜びのあと、しみじみと何かを言おうとしたが口を噤んでしまった。
また俺と『彼』を比較したな?
「今度は合格点がもらえそうか?」
『う、うん……』
アルシェは短くそう答えただけだったが、師匠が俺に課した『いじめ』のような修行も意味があったことを改めて思い知らされた。
「こいつらが魔物……、か?」
そう言って俺は改めてこれまで戦っていた相手を注意深く見た。
アルシェが黒狼と呼んだ狼型の魔物は、その名の通り全身が漆黒の毛皮に包まれており、大きさは狼の二倍程度、口は大きく裂けて禍々しい牙が並んでいた。
俺の知っている狼と比べると明らかに何かが違う、具体的には表現しにくい禍々(まがまが)しさを感じた。
そして九匹目は他の八匹と比べ明らかに体躯が大きく青みがかった黒の毛並みで、その体躯はまるで虎のような大きさと重厚さを感じた。
『小さいのは全て黒狼で最後の大きいのが魔狼よ。黒狼はいつも集団で襲って来るから囲まれたら厄介な相手なの。でも……』
「でも?」
『本当なら、第一層では黒狼が単体でしか出てこないはず。集団でしかも格上の魔狼を伴って出てくるなんて……、ちょっとヤバイかも』
「どういうことだ? 予想以上に強い魔物が出てきたってことか?」
『魔境に棲む魔物という点で考えれば、魔狼はそれなりね。ただ魔王軍の中では魔狼も小物の部類かな……』
ちっ、褒めておいて落とされた気分だな。
天然のアルシェは悪気なく言っているんだろうけどさ。
『ここの魔物には私たちとは少し違うけど命があるの。なので致命傷を与えれば斃せるわ。怖いのは命の無い、知性ある魔王の僕たち……』
「歌舞伎町に居たような?」
『うん、死人が魔王に導かれて『背理のモノ』として蘇った者や、魔境に棲息する亜人種が不死に変えられたものとか……。これらは短槍で斃すのが大変なの』
げっ、亜人種までいるのかよ。
それに命が無い相手だと向こうでも苦労させられたし、それが集団で襲って来たら……、ヤバイな。
『だから魔王軍との戦いには巫女が必要なの。『摂理の力』によって加護を受けた巫女は、『背理』によって書き換えられた法則を元に戻すことができるから』
摂理と背理か……。また訳の分からない話に飛んだぞ?
でも、それならば腑に落ちない点もある。
「それならどうしてラルシュは、向こうで摂理の力を使わなかったんだ? 襲って来たのは死人、背理のモノではないのか?」
『理由は二つかな。
ひとつ目は、そもそも理の違う世界では巫女自身も弱体化するし、此方の魔法や加護は意味を為さないの。
ふたつ目は、あの子はまだ六年後に備えて修行中の身だったの。なので力はまだ不十分だったと思う』
「なるほど……、そもそもの話だけど、『摂理』と『背理』って何だ?」
『摂理は人に限らず、命あるもの全てに当てはまる生命の法則かな。命あるものは必ず死を迎えることもそう。
それを捻じ曲げたり覆す力が背理で、魔王が魔王たる所以も背理の力を使えるから、そう言われているわ』
ぶっちゃけ反則技ってことだよな?
巫女はその反則技を打ち消すことができるってことか?
だから魔王を斃すには救世主だけでなく、巫女が必要となる訳か?
「それで……、この迷宮には背理のモノは居るのか?」
『居たら大騒ぎよ、そんなモノが溢れ出したら、今いる兵士だけでは絶対に守り切れないもの。
この迷宮は普通に魔境の中で棲息する命あるもの、それだけが存在すると聞いているわ』
「普通に……、ね。その普通にはどんな魔物が含まれているんだ?」
『さっきみたいに野生の動物が魔境の瘴気に侵されて変化したもの、植物や昆虫が変化したもの、魔境に適応して進化した亜人たち、かな?』
「ってことは人間も?」
『シェンファみたいに異界の人は瘴気の影響は受けないけど、此方の人は影響を受けるわ。多くが死んじゃうのだけど、一部の人は生き残ったとしても『人』ではなくなるわ。なのでこの世界では魔境は死者の国とされて、人が立ち入ることができないの。瘴気を浄化できる力を持つ巫女に守られている場合以外は、ね』
なんとなく……、色々とこの世界の理が見えてきた気がするな。
だからこそ人々は、魔王を討ったとしても誕生の根源となる魔境を排除することができない。
だからこそ神殿は、魔王を生む可能性のある『渡り人』の根絶を図る。
それでも魔王は度々誕生する。
『シェンファ、新手が前と後ろから……』
ちっ、今度は挟み撃ちかよ。
これはさっさと斃して先に進み、二十五階層を目指したほうがいいな。
だがこの時に俺は気づいていなかった。
アルシェとの会話で、既に忌まわしいフラグが立っていたことに……。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/8)は、【試練の真意】をお届けします。
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