第二十三話 最終試練
俺は師匠から言われた最終試練に臨むための準備を整えた。そして翌日、宿泊地として宛がわれていた兵舎を出る際、満面の笑みを浮かべた師匠から声を掛けられた。
「我が弟子、槍騎士シオンよ。餞別にこれを持っていくがよい」
そう言った師匠が片手で軽く投げた短槍を受け取った瞬間、俺は思わずバランスを崩して転びそうになってしまった。
何故って、師匠が軽く投げた短槍は見かけからは推し量れないほど重く、正直に言えばクソ重いと表現したいぐらいの代物だったからだ。
もちろん、ちゃんと意識さえしていれば俺もヨロつくことなく扱える。此方の世界での俺の膂力は、常人のレベルを遥かに超えているからだ。
だが……、腑に落ちないこともある。
師匠はこれを片手で俺に軽く投げて寄越した。
もちろん俺も似たような事はできるが、この世界の人間である師匠が簡単にできるような事ではないはずだ。
「師匠……」
「ほっほっほ、不思議に思うことはない。現在は西風の称号を受けておる息子のゼフル、孫のゼロスや奴の兄たちも『この短槍』を扱うことができなんだからな。どうやら儂だけは『特別』でな」
特別? どういうことだ?
失礼な話だが師匠はそれなりの年齢、老人がこれを持てば普通は腰を抜かす程度じゃ済まない代物だぞ?
「この短槍は儂が西風の称号を受けておった折に使っておったものじゃ。今となっては、ちと扱いに困る代物じゃが、な」
いや、あまり困っていたようには見えなかったぞ?
だが……、この短槍、重さだけでなく見た目も何かが違う。
基本的に実戦向けで派手な装飾もなく機能性重視のものだが、留金や穂先の接合部など、金属部分には細部までこだわったと思えるさり気ない装飾が施されていた。
そして柄の上部には、ゼロスの短槍より少しだけ目立つ装飾が三つ(ゼロスは二つ)、丸く柄を覆うようリング状に付いていた。
「どうじゃ、使えそうか?」
そう言われた俺は、試しに短槍を大きく振り回したのち、教わった幾つかの型に沿って鋭く斬り込み、最後は石突を蹴って穂先を回転させると目の前の宙を突いた。
「凄く良いですね。何よりも構え・留め・振り回し、どの動作を行うにしろ重量のバランスが緻密に計算されているので、思いっきり振り抜けます。
それにこの重さです、振り回せば風を切る音が段違いだ」
「ほっほっほ、それが分かるようになれば一人前じゃな」
そう言って軽快に笑ったあと、師匠の笑顔が微妙に変化した。
いつものアレ、眼だけが笑っていない笑顔に……。
「さて、此処から先は儂の独り言じゃ」
その言葉で俺は師匠の意図を察し、黙って頷いた。
おそらく本来なら聞いてはいけない類の話だと理解したからだ。
「公にはなっておらんが、我が家の祖先は『渡り者』であったらしく、儂にも少なからずその血が混じっておるらしい。そのためか、我が家系には異常な膂力を持つ者がたまに生まれてくる」
「……」
予想外の方向から来た爆弾発言に、俺は驚きつつも現代日本で得た知識からなんとなく類推することはできた。
それって劣勢遺伝子の隔世遺伝とか、先祖返りみたいなものだよな?
どっちかというと先祖返りが最も正しいのかもしれないけど。
「それ故に我が家は『伯』の家として槍王国の武門を預かり、この禁域の管理を委ねられた。
特別な家となって王家を守護し、王家にとても近しい位置にあるが、同時に『伯』より上位には決してなれぬと定められた家でもある」
それって……、渡り者の血を引いているからか?
王家に近い立場に居ながら、どれだけ功績を上げても出世する事はないと?
そう考えると俺は少し複雑な気持ちになった。
「我が弟子よ、そのような顔をせずとも良いわ。我らは武の道を極めようとする家、力を受け継いでおる事を誇りに思うこはあっても嘆く事はない」
ははは、師匠には何でも見透かされている気がするな。
色々と……。
「言ってみれば儂も其方と同郷の者の末裔……。おっと、これは失言じゃったな」
あ……、やっぱりバレてるよね?
特別な短槍を渡された事も含めて、その最終確認だったと思ってしまうのは俺の考え過ぎか?
「さぁ、私も師匠の独り言に対して、何も反応もできませんので」
「ふふふ、それで良い。其方は其方の進むべき道を行けば良い。姫さまを頼むぞ」
「はい、この槍に誓って」
「いやはや、すっかり『らしく』なりおったわ。我が目に狂いは無かったな。良いか、二十五層までじゃぞ。
それより先に進めば、命の保障はできん」
なんか、それってフラグですか?
二十五層より下に何があるんだ?
そのあと俺は、師匠よりこれから入る迷宮の簡単な説明を受けたのち出立した。
◇◇◇
兵舎を出た俺は練兵場の方角に向かい、それを通過した先にある分厚い壁に囲まれた一角へと足を進めた。
そこだけは常に兵士たちが緊張した面持ちで頻繁に出入りしており、何か特別な雰囲気を漂わせていた。
「槍騎士シオン様、お待ちしておりました。これより入り口にご案内させていただきます」
事前に通達を受けていたのか、壁の外側で待機していた守備兵が進み出ると一礼し、中へと誘ってくれた。
ただ彼は明らかに俺の持つ師匠の短槍を見た後、態度がより丁寧に変わった気がするが……。
壁の一角にあった階段を登って防壁の上に出ると、その幅は5メートルぐらいの分厚さがあり、そんな壁が一辺50メートルの正方形状に広がって迷宮の入り口を取り囲んでいた。
防壁の高さはおよそ20メートルぐらいはあるように見え、防壁の上では常に数十人の兵士たちが警戒の目を光らせている。更に城壁の上には、大型のバリスタが各所に据え付けられており、迷宮の開口部ただ一点に向けて発射体制が整えられていた。
「厳重……、だな?」
「はっ、我らの役目は奴らを迷宮の外に出さないこと、それが叶わずとも一時的に食い止めて時間を稼ぐことですので」
なるほど、ここが最前線の第一次防衛ラインとなり、それでも防げなければこの町ごと封鎖して戦う訳か?
「下に降りる階段は設けられておりません。なので申し訳ありませんが下までは縄梯子を使って……」
「ははは、気にしないでくれ。それで、迷宮への入り方は?」
敢えてそれを聞いたのには理由があった。
防壁で取り囲まれた中心には、地中へと続いていると思われる洞窟が口を開けていたが、そこは太い鉄格子で封鎖されていたからだ。
「はい、初めて来られた方は皆さまそう仰います。ですが、あの鉄格子は大型の魔物が出てくるのを防ぐもので、我らヒトや小物の魔物なら隙間をすり抜けることができます」
なるほど、そう言うことか。
近づいてみないと分からないが、格子の隙間はそれなりの広さがあるのだろう。
俺は彼に頷いて見せると、用意された縄梯子を伝って下へと降りた。
「なるほど……、やはり入口から先は異様だな」
開口部こそ一見すると何の変哲もない自然の洞穴に見えるが、中の様子を窺うと明らかに雰囲気が異なっていた。
下へと降りる通路は石作りの階段になっており、篝火に照らされた第一層までは敢えて人が二人並んで通れる程度の狭さに整えられていた。
「不思議だな、自然物と思っていたが敢えて人の手が加えられている跡があるし、以前に見たような雰囲気すら感じる」
『そうね、この狭さにも意味があるの。こうすれば一気に中から魔物が溢れ出すことはないし、大型の魔物は鉄格子に阻まれて直ぐには出れないもの』
「出口(魔物にとって)に蓋をして完全に封印すれば、どこから湧き出るか分からなくなるし、封印を破って溢れ出すまで状況は分からなくなる。なのでこうしているんだよな?」
『うん、そうだと思う。この迷宮も古の時代は神殿だったって噂もあるもの。なので作りはアメノ神殿と似ているかもね』
「アルシェは以前この中に入ったことが?」
『ちょ、ちょっとだけ……、ね』
またこれ以上突っ込むと『内緒』と言われそうな雰囲気だな。
ならば自然とボロを出してもらうよう話を切り替えるか?
「ところでアルシェ、師匠の短槍の装飾って、ゼロスのものと比べても少し違うよな?」
先ほどの兵士が大きく態度を変えたた件も、師匠の短槍を見てからだ。
その理由はおそらく、短槍の柄に付いている三つの輪のせいだ。
『一番下の銀色の輪っかは槍騎士を示す物でゼロスさんの槍と同じ物よ。真ん中の輪は身分を表すもので銀色の地に伯(爵)の家柄を示す金の筋が三本あるわ』
「ってか、ゼロスも同じじゃないのか? それに俺は貴族じゃねぇぞ?」
『三男だったゼロスさんは既に独立して槍騎士となり、男(爵)の当主になっていたもの。まぁ……、お爺ちゃんはシェンファがこの槍を持つに相応しい者だと、公式に認めたからじゃないかしら?』
そうなのか?
ただ槍を託すだけの意味ではなく、知らぬ間にそんな重いものを背負わされていると?
『一番上は槍騎士としての格を示すものね。西風の称号を得た人は金色の輪だけど、それに次ぐ立場の人って意味合いを示す印よ。多分だけどゼロスさんは『あの子』の護衛を優先して、この迷宮の二十五層には、まだ挑戦していなかったんじゃないかしら』
ってかさ、俺もまだ試練を達成していないぞ?
そんな前渡しみたいな称号をもらっても……、さ。
『ここに居る人たちは皆、実力主義で強い人には敬意を示しているの。なのでシェンファは今や彼らから尊敬される対象になった訳よ。まぁ同時に、腕に覚えのある人たちから挑戦されることも増えちゃうけどね』
それは……、遠慮したいな。
先ずは俺自身がどれだけ強いかも、自分自身が一番分かっていない。
これまではずっと『ポキポキ棒』しか持たされていなかったしな。
『あの厳しい修行をやり遂げたシェンファは今や、『孤高の独白槍騎士』って呼ばれているらしいし』
「おいっ! それって誉め言葉か?」
変わり者で人と交わらず、常にブツブツと独り言を言っている得体の知れない変人って聞こえるぞ?
確かに俺はボロが出ないように極力誰とも交わらないように努めていた。
気を付けてはいたが、アルシェと会話している姿を見られていたら、周りの人間はアルシェの声が聞こえないから俺が独りでブツブツ言っているようにも見える。
『そんなことよりシェンファ、もうすぐ階段を降りきるわ。低層階には小物しか居ないはずだけど気を付けてね』
確かにそうだな。
俺は自分の意識下でまだ実戦を経験していない。これまでは俺の中の『彼』に意識を預けていただけで、今回が俺にとっては初めての実戦だ。
俺は改めてこれから始まる試練と戦いに意識を集中した。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/7)は、【迷宮に蠢くもの】をお届けします。
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