第二十一話 転話③ 聖王国の影
かつては聖域と呼ばれた特別な地域、そこに点在した神殿が集まり一つの政体として成立した特殊な国家、それがルリエラポルト聖王国である。
聖王国の成立は謎に包まれており、建国されて以降は周辺にある12の国家の盟主として、絶大な影響力を保持していた。
聖王国内の各所に点在する神殿の中でも、最も権威が高いとされたのが中央神殿と呼ばれたものであり、それを擁する聖都ルリエラは多くの巡礼者が訪れる街として、一見すると豊かで洗練された美しさがあった。
だがその陰で、どこかしら抑圧的で窮屈さを感じにはいられない側面もある。
その理由のひとつは、聖都と呼ばれた領域の半分近くを中央神殿が占め、神殿への侵入を防ぐため物々しい隔壁が聖都の内部を分断していたことが挙げられる。
そのため隔壁向こうにある神殿側は、神殿関係者や一部の特別な立場の者たち以外は立ち入りを禁じられており、聖都を訪れた巡礼者も隔壁の外側に設けられた社から、遠くに見える神殿の一部を礼拝することしか許されていなかった。
もう一つの理由は物理的な分断だけでなく、神殿を絶対視する画一的な政治方針や、神殿によって定められた厳しい宗教的身分による序列だった。
ここでは俗世(他の十二国)の身分よりも聖王国独自の宗教的身分が優先し、神殿至上主義という、俗世とは異なる常識によって支配されていた。
そんな独自の秩序が街を統制し、訪れた人々に息苦しさを感じさせているとも言われている。
◇◇◇ 聖都ルリエラ
中央神殿の最奥には、一般の者はもちろん神殿関係者すら迂闊に立ち入ることのできない、神殿には似つかわしくない豪奢な一室があった。
そこは白を基調とした洗練された内装でありながら、無秩序に金をふんだんに使った家具や調度品が権勢を誇示するかのよう並べられており、見るものが見ればバランスの悪さを指摘せずには居られないほどのものだった。
そんな部屋の中で、声をひそめて話す者たちが居た。
「それで……、修行の成果はどうなのだ? 今回の『候補者』が世界を渡って来てから一年以上が過ぎたが、あ奴は使い物になるのか?」
「それが……、どうやら今回はちょっと『特別』でして……」
一段高い位置に座った者から問われたもう一人の男は、畏まりながらも少し言葉を濁して答えた。
密談のため敢えて燭台の数を減らしているのか、豪華な部屋の中は薄暗く互いの表情はよく見えない。
ただ答えた男の声色は単に恐縮するだけでなく、少し何かを含んでいるようにも感じられるものだった。
「ほう? 意外に……、期待しても良いと?」
「そう申し上げて良いものかどうか迷うところでして……」
「何を迷うと言うのだ?」
「先ずはひとつ、救世主として奴を見れば、特別に『弱い』のです。過去の伝承や記録と見比べても全く及ばないと言って良いほど適性が低く……」
「どっ、どういう事だ!」
壇上に座る男は苛立ちを見せながら尋ねた。
彼自身もある程度は問題があると予想していたものの、特別に『弱い』と言われれば当然のことではある。
「この一年というもの、候補者を鍛えるため神殿より遣わした監視役に剣、槍、弓などの指導を行わせましたが、報告によると全く使い物にならないと……。『渡り者』ゆえ膂力は抜きん出ておりますが、それも過去の救世主たちには及ぶべくもなく……」
「では……、そもそもが間違いであったと言うのか?」
「いえ、巫女曰く間違いなく力の一端を感じた故に招いたと……」
「だが……、そもそも前提として『時』は満ちていなかった。そこで召喚できたなど聞いたことがないぞ?
それ自体が可笑しな話と思っておったが、まさかとは思うが巫女は禁忌を犯して向こうの世界に渡って適当な者を選び、こちらに連れ帰ったのではないのか?」
「それはまだ断言できませぬ。そもそもの話ですが、たとえ巫女といえど禁忌に記された内容は知りません。
時が満ちていなくとも、あれが転移門となって世界を渡る術と……」
「待て!」
一人の男がそこまで話し掛けた時、一段高い位置に座っていた男は手を前に差し出して言葉を制した。
全身から殺気を漲らせて……。
「その先は言葉にせぬ方が其方の身のためだ。もちろん、この場には其方しかおらぬが、万が一に聞いていた者が居た場合は……」
それは、ぞっとするほど冷たい声だった。
聖王国で彼らほど高位にある者たちなら、隠匿された禁忌の内容を知る立場にある。それを踏まえた上で互いに暗黙の了解としていた話だが、それでもなお、おいそれと口に出せるような内容では無かったからだ。
「は、はい! これは私としたことが失礼いたしました」
「して、召喚に不都合があった場合はどうする?」
「もちろん候補者は巫女共々、『無かったこと』として直ちに処分いたします。神聖王国が未来永劫繁栄するためにも……」
「ふむ……、分かっておればよい」
ひとしきり殺気が収まったと感じた男は、安堵すると大きな息を吐いて言葉を続けた。
「わ、我らもその可能性も考え、奴を『特別な者』として監視し、召喚に至った経緯も厳しく詮議しております。アメノ神殿では二年ほど前にも、勝手に門を開いた不届き者がいたばかりで……」
「確かに……、な。あの狂人が『神託を受けた』など称して愚かな事をせずに済めば、恵まれた立場のまま生き永らえることもできたものを……」
「仰る通りですな。あの女も我らの手で『存在しなかった』ことにしております。これは今回の件も同様かと」
「それで良い。そもそもだが神託は『降るもの』ではなく我らが『下すもの』だからな」
「はい、我らが神に成り代わって世界を導くためにも」
「それにしても近年は訝しいことばかりよ。我らの予定になかった魔王が出現し魔王同士で相打つこと、痴れ者のこと、この度の救世主のことも含めて、な」
そう、本来なら同時代に魔王が二人も現れるなど、これまでの歴史には一切なかった。
それが二年前に確認され、当初は魔王同士が相争うのを聖王国では静観していたのだが……。
ただ彼らの口ぶりから一方の魔王が出現したことは、予定されていたものとも取れる。
「いっそ禁忌に従い、疑わしきは全て処分すべきか? 奴のことを災厄をもたらす『異形のモノ』と断じ、連れ帰った巫女共々廃棄した上で新たな……」
「恐れながら猊下、現時点でそれは早計にございます。召喚門があるアメノ神殿は未だに魔王軍の占領下にあり、その状況では『替え』の巫女を用意したとしても問題を解決できません。我らが動くとすれば、先ずはアメノ神殿を奪還したのちに……」
魔王軍の侵攻は苛烈なだけでなく、侵攻する速度も尋常ではなかった。
突出した彼らは十二か国連合軍が予想するより早く一直線に侵攻し、勝利し続けていた。その結果、前線とは程遠いはずのアメノ神殿すら彼らの手に落ちていた。
今は十二か国連合軍が魔境とアメノ神殿を結ぶ魔王軍の占領地を寸断し、最終的にはアメノ神殿の奪還に向けて一進一退の攻防を繰り返している最中であった。
「そもそもだが、神殿を奪還できる目途は立っておるのか?」
「今のところ魔王は魔境から動いておりません。配下の魔将たちであればそれも叶います。既に四風に対し、前線に出て奪還作戦の陣頭に立つよう命を与えておりますゆえ……」
「これは異なことを。既に四風の一角、剣戟の北風が魔将ゼノスによって斃されているではないか? 北風を欠いた状況で、短槍の西風・天弓の東風・魔導の南風ら三人で奪還できるとでも言うのか?」
「はい、そもそも北風が敗れたのは、無謀にも単騎で魔将ゼノスに挑んだ故です。三対一ならば遅れを取ることはないかと。十二か国連合軍も今は占領地の奪還よりも、我らが聖地の奪還を目的として動いておりますので、おそらくは……」
「それで敗れた場合、まして救世主が『紛い物』であった場合はどうするのだ?」
猊下と呼ばれた男より問われた高位の神官服をまとった男は、ここで冷たく笑った。
「我らにはまだ……、残された手段があります。我らしか知らぬ禁忌、このうち二つの封印を解き放つことも視野に入れるべきかと」
「それは……」
今度は猊下と呼ばれた男が言葉に詰まっていた。
それは彼らしか知らぬこの世界の秘密のうち、二つの真実を知らしめることになりかねないからだ。
「はい、今や背に腹を変えられません。我らが定めし巫女には代わりがいること、救世主を召喚する手段もまた……」
「できれば避けたい話ではあるが、な。この世界に住まう者たちに『真実』を気付かせるのは愚策、なによりも我らの拠って立つところを失いかねん。聖王国と神殿、その価値の根底が揺らいでしまうのでな」
巫女としての素養を持つ人物は、百年に一度の確立でしか生まれて来ない
その巫女を唯一、信託に依って見いだせるのは神殿を抱える聖王国のみ。
救世主を導くことが可能な召喚の門は、世界で唯一聖王国(ポルタ神殿)にしかない。
これらの事実は、この世界で彼らと神殿の存在を確固たるものにしている根本であった。
巫女を見出して召喚門から救世主を招けるのは聖王国のみ、すなわち世界を救えるのは聖王国のみ。
これらが聖王国を12国の盟主として他国の上に立ち、裏で世界を支配できている理由なのだから……。
「仰る通りでございます。そのために最善を尽くします。ですが万が一の際は、後から幾らでも口実を付けれるというもの。永遠に続く聖王国の繁栄のためにも……」
「ふむ……、では候補者の見極めは其方に任せるとしよう。良いな、我らの筋書きが狂えば……、直ちに次の手に移るがよい。時が満ちるまであと五年、それまでに今後進むべきの方針を定めるのだ」
「はっ、猊下の御心のままに……」
そう言うと男は恭しく頭を下げた。
◇
ここで報告は終わりかと思われたとき、先ほどの男は再び顔を上げた。
最初に見せた何かしら含みのある表情と共に。
「それともう一つ、あの候補者を『特別』と申し上げたのには他にも事情がございます」
「……、それはどういう事だ?」
「どうやら奴は一風変わった、いえ、この世の理にない魔法を行使できるようで……」
「なんだと! 救世主が魔法を行使するなど、これまでの歴史でも聞いたことがなく、そもそもだが禁忌に記された理に反するものではないか!」
猊下と呼ばれた男が動揺したのも無理はない。
これまで彼らが信じてきた『常識』を、根底から揺るがし兼ねない事態だったからだ。
『魔王に魔法攻撃は通じない』
これは魔王に限ったことではない。
この世界では歴代の魔王は全て向こうの世界より渡って来た者、即ち世界を渡る過程で『異形のモノ』となった者たちであり、理の違いによって魔法が通じないことからきている。
世界の理が違うために通じない魔法は、逆に言えば通じない故に行使することもまたできない。
それがこの世界で、彼らがずっと信じていた『常識』だったからだ。
ただこの常識ですら知っているのは一部の者たちにだけ、それも『魔王に(限って)魔法は通じない』と、形を歪めて伝えられた。
聖王国上層部と神殿、そして各国の王や上層部以外にそれを知らされるのは、ひとたび救世主と認定された者とそれを召喚した巫女、そして彼らに付き従って魔王と戦う任を与えられた、四か国から選りすぐり同行者だけだ。
これらの前提を踏まえ、聖王国を取り巻く国々には大きな使命が課せられていた。
『魔王を斃すことができる、物理攻撃(剣・槍・弓)に傑出した者たちを育め!』
実はこれには隠された目的もあった。
魔王だけでなく、それ以外の転移者や不要となった救世主でさえ物理攻撃で斃せる力を育ませ、いつでも切り捨てる際には尖兵とすべく、与えられていた厳命だった。
「そういう意味でも奴は『特別』と申し上げた次第です」
「そ、それで、どのような魔法を使うと言うのだ?」
説明を受けた者はこれまで淡々と聞いていたが、余りにも予想外の報告に際し身を乗り出さんばかりになっていた。
「それは……、どう考えても我らの理論の及ばぬ、とても不可思議なものであるため、今は内々に調査を進めております。ただ雷撃や衝撃を生む風魔法の破壊力だけで申し上げれば、魔法に傑出した南風すら凌ぐやもしれません」
「なっ……」
大前提として、彼らはオタの知る科学を理解できるはずがなかった。
オタ自身もMOSWに関する能力は、師恩の助言に従って神殿を警戒し秘匿していたため尚更だ。
そしてオタたちも知らない事情もあった。
そもそもの話、四風と呼ばれた各国選りすぐりの強者たちには、それぞれ役目があった。
一つ目は救世主一行の攻撃支援。
北・東・西の者たちは物理攻撃に特化し、魔王や救世主までも殺しうる力を持つこと。
南だけは魔法攻撃に特化し、魔王以外の者を相手に戦って露払いを務めること。
二つ目は救世主と巫女の監視と処断。
彼らの目から見て救世主と巫女が、この世界(神殿)の役に立たないと判断した時、神殿から抹殺命令が来た時、それぞれでこの二人を『無かったこと』にすることだ。
そのため引き合いに出された南風は、魔法に関しては世界の頂点と認められたに等しい。
だが説明でそれをも『凌ぐやもしれません』と言われたのだから驚くのは当たり前だ。
「そもそも『渡り者』が魔法を行使できるとは得ない話、いや……、何らかの事情があるに違いない!
これまでの不可思議な話の数々も含め、候補者への監視を魔王に準じる者として強めよ!
良いな、危険と判断した際は直ちに……」
「御意!」
実のところ、シェンファが心配していた以上に、ラルシュとオタは危うい均衡の上で綱渡りを余儀なくされていたのだが、そのことを彼らは知る由もなかった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/5)は、【転話④】をお届けします。
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