第二十話 転話② 夢想による無双
本来ならば不可能とされた世界で生み出したオタ自身のオリジナル魔法、僕だけの小さな世界《My Own Small World》を手に入れたオタは、その空間内で科学的な現象、物質の摩擦による発火や放電などの物理現象を操れるようになった。
そして彼は……、次の段階へと妄想を膨らませていった。
「そうだ! 『ボクだけの小さな世界』は頭文字を取って、MOSWと名付けよう。そして、次の段階は科学的により大きな事象への干渉だ。もっと強く、そしてもっと激しく!」
もちろんこの段階でオタが行使できたのは、魔法と呼ぶには余りにお粗末な科学的事象に過ぎなかった。
彼のMOSW空間で発動されたのはあくまでも通常空間で起こせる物理現象と同じ、摩擦による線香花火のような小さな火、静電気程度の電流と電圧しかない電気だったが、オタは諦めなかった。
「小さな火でも酸素と燃料を提供すれば大きな炎に、それがもっと集まれば爆炎になるんだ! 静電気も同じ、電池と同じように並列で電流を上げて直列で電圧を上げれば……」
オタらしい科学的思考で魔法を強化することを考え始めると、妄想と現代科学知識を取り入れた実験を延々と数か月ほど繰り返した。
そして彼は、次の段階として自身のMOSW空間を、新たな二つの形で運用することに成功していた。
ひとつ、MOSW空間の並列展開
これは小指の先ほどの小さな世界を、無数といえる数にまで並列起動することで、相乗効果によって威力を極端に高めること
ひとつ、MOSW空間内での事象干渉
これは展開した微細な空間を一気に最大まで急膨張させたり、最大から一気に微小空間に急圧縮することで得られる断熱膨張や断熱圧縮の効果を高め、急激な圧力変化による温度変化や衝撃波を生成すること
「ぐふふ、ひとつひとつは日常的に発生する一万ボルト以下の静電気でも、直列に百個繋げれば雷と同じ百万ボルト、あとは同時に並列に展開させてアンペアを飛躍的に向上させれば、雷撃魔法としては十分な威力に……」
そう呟いたオタは、本来であれば理の異なる世界で実現不可能なはずの、実用レベルでの火・雷・水(氷)・風・音という実に五属性もの魔法を行使する『渡り者』となっていった。
<火魔法>
可燃物を入れた空間(MOSW)を対象にぶつける瞬間に超圧縮し、断熱圧縮により点火した炎の集合体を火球として発生させること、同様の炎を平面的に並列起動させて並べ、炎の壁を生み出すこと。
<雷魔法>
摩擦により帯電した数千もの微小な空間(MOSW)を展開し、それを並列と直列に接続して電圧と電流を飛躍的に高め、それぞれの間に電解質の食塩水を満たした空間を用意して指向性を持たせ攻撃すること。
<水魔法>
予め水で満たした空間(MOSW)を急激に圧縮し、超高圧の水流を一方向に噴出するウォータージェットによる物理現象で、万物を穿つ(又は切断する)水流を発生させること。
<風魔法>
何の触媒も入れていない空間(MOSW)を攻撃対象の傍らで急圧縮(急膨張)させることによって衝撃波を発生させ、周辺の大気を媒介して大きなダメージを与えること。
<音魔法>
風魔法の原理と同様、規模を小さくした微細な空間(MOSW)を無数に発生させ、急拡大させることで衝撃音を発生させ、攻撃対象の戦闘能力を奪うこと。
◇◇◇
この時点で既に選定が始まって半年以上が経過していたが、オタの無双はまだ始まったばかりだった。
また、ちょうどこの時期になると、ラルシュ一行の専属の従者となるべく、新たに二十名の兵士たちが合流していた。
「我らはシオンさまの依頼を受け、巫女さまの盾となるべく推参いたしました。我らの命、そして家族の命を救っていただいたシオンさまの恩に報いるため、どうか、どうか犬馬の労を取らせていただきたく!
我らは命に代えましても巫女様をお守りすると、ここに誓約いたします!」
そう言って訪れた彼らは何を隠そう、元は山賊でありながらシェンファから見込みありと判断され、家族を養っていくための金貨を与えられて派遣された者たちであった。
「お前たちは……、シオンさまより依頼を受けて馳せ参じたと?」
取次に当たったサドレスも当初は怪訝な表情で彼らに応じた。
実のところ巫女様が救世主候補を連れて聖都に入ったとの噂を聞き、ここ最近では供を願う者の推参が後を絶たなかったからだ。
それに彼らとしても、迂闊に得体の知れない者たちを仲間に加えることは憚られた。
「はっ! 我が名はフェイヤと申します。恩人シオンさまより『ゼロスさまとの誓いを果たすため』とお聞きして……」
「なんと、ゼロスさまとの誓いと申したか!」
この話は本物のシオンと、姫様に同行した当事者である自分たちしか知らない話だ。
それであれば一度、姫様に紹介して判断を仰ぐべきとサドレスは考えた。
見たところ彼らは『にわか』の兵でもなく、実戦を経験したであろう精悍な顔つきをしており、身にまとっている鎧や装備も巫女の名を貶めるようなものではなく、それなりの装備で統一されていたことも理由のひとつだった。
「どうして貴方たちは、命の危険を冒してまで私たちに同行してくださるのですか?
できれば正直にお話ししてくださると助かるのだけど……」
対面したラルシュはまず彼らに真意を訪ねた。
現実問題として、今の彼女の供回りは僅か十五人しかおらず、この先で心許ないのも事実。
日々神殿からの悪意に晒されているなか、可能ならば信頼できる味方は少しでも多く欲しかった。
「はっ……」
一瞬の躊躇いの後、一行を率いたフェイヤと名乗った男は正直に全てを話した。
そもそも彼らは兵士として魔王軍と戦い、生き残った者たちであること。
命を懸けて戦ったにもかかわらず、国に残っていた家族は領主より非道な扱いを受けており、怒りと呆れ果てた結果、家族と共に住んでいた地を逃げ出し、聖王国へと流れ着いたこと。
だが聖王国でも不当な扱いを受け、家族は飢えに瀕し生きるために山賊へと身を落としたこと。
たまたま襲ったシオンによって命を許され、家族がこの国で生きる糧を与えられたこと。
「シオンさまは我らに、真っ当に生きる機会と、命を以て罪を償う機会を与えてくださいました。
身勝手な話だとは重々承知しており、巫女様の名誉を傷つけることになるかもしれません」
そこまで言うとフェイヤは涙ながらに平伏し、床に頭を擦り付けんばかりに頭を下げた。
そして、絞り出すように叫んだ。
「我ら全員、犯した罪の罰は甘んじて受けたいと考えております。ですが! その前にシオンさまのお言葉に従い、巫女さまの御前に参上しました」
フェイヤの後列に居た男たちも一斉に平伏すると、泣きながら言葉を絞り出すように続いた。
「我らに相応の罰を与えられても、何らお恨みすることはありません!」
「こんな我らの命でも、お役に立てましょうか?」
「我らの命を巫女様に捧げるため、参りました!」
それを見てラルシュは笑って大きく頷くと、息を吐いて覚悟を決めた。
「ふふふ、シオンさまらしいお話ですわね」
「で、ですが姫さま……」
彼らの正直過ぎた告白に、サドレスは戸惑いを隠せなかった。
果たしてこのような者たちを信頼できるのか、信頼して良いのだろうか、と。
「間諜や単に取り入るつもりだけの者なら、こんなにも自分に不利になることを話してくれないわ。
この方々は本当に、命を捧げるつもりで来てくれたことが良くわかりました。本当にシオンさまは……」
そこまで言うとラルシュは、優しい笑みを浮かべながら地面にひれ伏す彼らの傍に跪くと、驚く彼らの手を取った。
「貴方たちが犯した罪は、共に魔王軍と戦うことで償いましょう。私も共に罪を引き受けます。
幸い私の加護は水、貴方たちが心を新たにして人々に尽くせば、水は貴方たちの罪を洗い清めてくれるでしょう」
「は、はいっ! あいがとうございます!」
「わ、我らは命を賭して……」
「感謝を、巫女様とシオンさまには改めて感謝を……」
そしてこの日、巫女一行は新たに二十名の精鋭を仲間に迎えることになった。
◇◇◇
実のところ、何も疑う事なく、ただ忠実に懸命に手足となって動いてくれる彼らの参入が、オタの妄想をより拡大する契機となっていた。
「姫さま、今からボクが言う『もの』を、彼らに集めてもらうことは可能でしょうか?」
そう願い出たオタは、言葉も通じぬ見知らぬ世界では自身で収集できない、幾つかの素材の収集を彼らに依頼した。
食用には使用しない、ただ臼で細かく挽いた小麦粉
木灰や数種類の木炭
火山地帯から取れる特別な黄色い物質(硫黄)
特殊な条件下で長年放置された土壌
もちろん最後の二つについては、簡単に入手できるものではなかった。
前者は物理的な理由で、後者は体面的な理由で……。
だがフェイヤたちは黙々ととれをやり遂げた。
硫黄の採取は鉱物を取り扱う店から、果ては一か月ほど旅して直接火山地帯まで出向き採集が進められた。
硝石の元となる土壌は、嘲笑う人々に目もくれず、ひたすら屋内の納屋や家畜小屋、近隣の山中にある洞窟や時には便所の土壌までかき集め、それをオタの元に届けていった。
「ぐふふふ、今は笑っているがいいさ。ボクは現代科学の叡智を再現するだけ。ボクの空間(MOSW)とこれらの素材が融合した日には……、この世界の魔法を全て凌駕することができるんだ」
日々行われる厳しい訓練の傍らで、オタはせっせと硝石作りに勤しむ傍ら、簡単に入手できる素材を使って新たな高出力魔法を科学的に再現するよう研究を重ねていった。
妄想空間に高圧縮した水と、同じく別の妄想空間に用意した超高温度の火種を融合させて発生させる水蒸気爆発、小麦粉を満たした妄想空間を並列展開して火種を送り込み発生させる粉塵爆発、これらは根本となる妄想空間以外、全て科学の原理で発生するものだ。
そして……、未だ試行錯誤の火薬が完成した暁には……。
この頃になると神殿側がオタを見る目も、嘲笑から不気味な恐ろしさへと、大きく変化しつつあった。
理解できないことへの畏れと、警戒に……。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/4)は、【転話③】をお届けします。
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