第十九話 転話① 我が道を進む者
シェンファが槍王国でボロボロになりながら短槍の修行に勤しんでいたころ、聖王国の聖都、一般の者たちが立ち入りを禁じられた中央神殿の一角でも、同様にボロボロになって日々修行に励む者たちがいた。
巫女ラルシュが候補者を伴って聖都ルリエラに入った時は、聖都中の民から歓呼で迎えられ、神殿から下にも置かないもてなしを受けていた。
だが……、予め用意していた救世主召喚の話を伝えたところ、彼女たちに猜疑の目が向けられるようになった。
「やはりシェンファ(シオン)さまが言っていた通りね。ここには私たちの味方はいないってことね。今になって改めて思い知らされるわ」
もちろんそう呟いた彼女自身、召喚の経緯を語った話が矛盾していることは分かっていた。
そもそもの話だが、まだ『時』が満ちていない。
なのでたまたま召喚に成功したと説明しても疑われるのは当然だ。
アメノ神殿にて、混乱のどさくさに紛れて禁忌を見てしまったこと、その禁忌を破って転移門を開き世界を渡って候補者を強引に連れてきたことなどは、口が裂けても言えることではない。
こうなった以上、秘密を墓場まで持っていくと決め、彼女は孤軍奮闘していた。
そして……、神殿側が候補者を見定める過程に入った。
ラルシュには中央神殿の神聖魔導士が、オタには神聖槍騎士と神聖剣騎士、神聖弓騎士が付いて日々激しい訓練が行われたのだが……。
「ヒッ! ブヒィィィィッ!」
訓練の度にオタは、激しい攻撃を受けては奇妙な悲鳴を発して無様に吹き飛んでいた。
「あちゃー」
思わずラルシュはそう呟いて目を覆わずにはいられなかった。
ずっと以前から、『姫さまらしくない言葉遣い』と散々注意されて以降、封印していた言葉を思わず呟いてしまうほどに……。
『もしかして……、私はやらかしてしまったのかしら?』
その言葉は幾度となく彼女の脳裏に浮かんだが、その度に必死に振り払うよう努めてきた。
異界で雪の中に感じた直感、聖都に向かう途上でもシェンファが共に行動していた時にあった『とても強い気持ち』、何かに引き寄せられるような感覚は、彼と別れてから一切感じなくなってしまった。
『オタを守ってやってくれないか? それが結果的にラルシュを守ることになると思う』
それでも彼女は、別れの前夜にシェンファから言われたこの言葉だけを頼りに懸命に頑張り、オタを励まし続け、オタもまたそうされると目を輝かせて再び立ち上がった。
「巫女見習いラ・アルシュ、他の者を気遣っている場合ですか? 貴方もまた巫女として再選定を受けている立場なのですよ?」
そう言って彼女の指導役である神聖魔導士の女性は冷たく言い放った。
これも本来なら無礼極まりない話であった。
本来であれば巫女は王女であり身分では彼女らより格上のはずで、身分制度が異なる聖王国でも巫女は特別な存在だった。
ただ今のラルシュは疑わしき候補者未満を召喚したことで、神殿より一時的に公式の立場を『巫女見習い』に格下げされていた。
まして彼女も『あの時点』では、アメノ神殿にて六年後に救世主を召喚し、巫女として十分に力を発揮できるよう修行中の身であったから猶更だ。
そのような事情もあり、ラルシュもまた厳しい魔法の訓練を日々受けていた。
「私……、絶対に負けませんわ」
それからも彼女たちの苦難の日々は続いた。
そして選定が始まって四か月後……。
日々容赦のない訓練、いや、神聖騎士たちは冷酷な笑みを浮べて楽しんでいるかのようにオタをいたぶっていた。
そしてある日、神聖騎士の容赦ない攻撃を受けて大地に突っ伏していたオタは、傍らで魔法の訓練に勤しむラルシュの姿を初めて目の当たりにした。
「おおおおお! 凄いっ、本当に魔法少女だ。ボクの、ボクだけの魔法少女が……」
オタはそれを見て呆然と立ち尽くしたのち、誰もが予想もしなかった行動に出た。
自ら志願し、自身も通常の訓練を終えたあと、魔法の訓練を受けたいと願い出たのだった。
『愚かなことよ。理の違う世界ではいくら努力しても無駄というのに、な』
オタの存在に懐疑的だった神殿上層部は、薄ら笑いを浮かべてそれを許可した。
元より傲慢で自尊心が高く、選民意識の強かった四人の選定者(新聖騎士)たちも笑ってそれを受諾した。
そしてこの日よりオタには更に厳しい、訓練と名を冠した冷酷なイジメが始まった。
「先ずは魔法による攻撃を受けて、それを自身の身体に叩き込むのです!」
「ぶひっ、うあわぁぁぁぁっ」
「オ、オタさんっ!」
思わずラルシュが悲鳴を上げてしまうほど、彼女の魔法攻撃は容赦なかった。
だが……、理の違う世界から来たオタには魔法は一切通用しなかった。
「あ、れ?」
オタはそれに気付くと、一気に勢いを取り戻した。
無謀な突進を行い、魔法の直撃を受けようが彼は全く怯まなかった。
「ははは、ボクはやっぱり勇者だ! 姫様を守る運命に応じ、世界を渡った者だ!」
この日初めて、オタは選定者の一人である神聖魔導士に勝利した。
もっとも、事情を知る神殿の上層部からすれば、オタが魔導士相手に無双できたのも至極当然のことで、驚くには値しなかったが。
「そもそも魔法とは、この世界の神々より与えられし恩寵、それを体内の魔力に同調させ一点より波動として事象に共鳴させて放出することです。放たれる魔力の大小は本人の素養に大きく影響を受け、それを具現化させるのはイメージ力、各々の才能に左右されるのです」
このラルシュの説明にオタは違う受け取り方をした。
「魔力なんて訳の分からない話だけど、要は火を起こすなら日中は日の光を集中させたり、それ以外でも一点に摩擦を集中させれば火種はできるよね? それを更に大きくイメージして……」
イメージ、悪く言えば妄想はオタの独壇場だった。もちろんオタであるゆえに……。
仮に日本で『妄想力』という概念があれば、オタの力は国内有数だと自負するぐらい、その方面では自信をもっていたし、それもまた事実であったかもしれない。
「水魔法の原理は、魔力によって……」
「水は大気中にも水蒸気がある。それを一点に凝縮したり、水素を燃焼させて酸素を結合させれば水にもなるし、その過程で熱も生まれる。科学の実験でもできる話だけど、それをどうやってやるか、だよな?」
「雷魔法はちょっと特殊で、神々の……」
「そもそも雷って、巨大な電気の流れだよな? 積乱雲の中で氷の粒が振動や衝突する過程で摩擦が起き、そこでマイナスとプラスに帯電したものが分かれ、空気の絶縁耐力を超えて起きる放電現象に過ぎないさ。
問題はそれをどうやって再現するか、だよな?」
ラルシュの説明は話半分で聞き、オタは魔法をひたすら現代科学で確認された事象に置き換えては、独自のイメージを巡らせていた。
「あと電気ウナギの例もいいかな? 電気ウナギは筋肉細胞の帯電版を使い、微量な電力を直列に繋いで大きな電圧と電流を生み出している。そもそもだけど人間の体も生体電流で動いているし、細胞内のミトコンドリアを燃焼させて電気を生み、それをナトリウムやカリウムのイオンが……」
そんなことを考える中、あるひとつの結論に達した。
これまでの訓練でも、理の違う世界から来た自身は、魔力という訳の分からないもので魔法という物理現象を生み出せるとは考えていなかった。
「先ずは小さなもので良いんだ。ごく小さいなもので事象の発端となるものを作れれば……、一点だけ、一点だでいいから、それを実現する小さな世界、僕だけの世界が……」
そう呟きながらひたすら妄想を巡らせていたある日、遂に変化が訪れた。
妄想無双、現代知識を魔法に置き換える術、それを繰り返し考えているているうちに、オタは遂にこの世界、魔法という概念と魔力というエネルギーが存在する世界で、彼独自の世界を作り上げることに成功した。
僕だけの小さな世界(my own small world)と言う魔法を。
ごく小さな空間ではあるものの、彼がイメージした物理現象を科学的に発現できる空間。
それはほんの小さな事象しか引き起こせない、ごく小さな空間だったが、オタにとってはどうでも良かった。
「ははははは、できた! やった、やった! これでボクも、やっと勇者だ!」
この世界の何が彼に影響を及ぼしたのかは分からない。
だが、本質的にこの世界にとって招かざるべき者、召喚者とは違う意味での異物であった彼は、妄想と妄執の果てに新たな『道』を切り開くことに成功した。
それはよく言われる空間魔法の超劣化版、本来ならこの世界の魔法から見れば、取るに足らないレベルのものであった。
繋がる先は異なる次元でも何もなく、今いる世界の空間のキリトリでしかなく、維持できるのも数秒から数十秒程度。
加えてその大きさは、最大でもオタが人生の多くの時間を過ごした向こうの世界の自身の部屋、それと同じ程度の小さなものでしかなかった。
だがオタにとってはそんな事はどうでも良かった。
この『ボクだけの世界』を生み出した事に意義があったのだ。
絶叫しながら歓喜して転げまわったオタは、これより先で独自の道を進んで夢想、いや、無双することになる。
実にオタらしいやりかたで……。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(8/3)は、【転話②】をお届けします。
どうぞよろしくお願いします。




