第十八話 異なる世界の理(ことわり)
魔法による一方的な攻撃を受け、無理ゲーとも言える対戦を繰り返してある日、遂に俺にも反撃の機会が訪れた。
突風による攻撃と、火炎による攻撃を受けて巻きあがった砂塵や煙に隠れ、俺は師匠が派遣した魔法士たちとの距離を一気に詰めた。
『シェンファ! 無理しちゃダメぇっ』
アルシェの言葉が俺の脳裏に響いたときは既に遅かった。
視認出来ないはずの俺を狙った火球と石槍が、突如として砂塵のなかから現れると、俺の身体を直撃した。
いや、した……、はずだ、よな?
本来なら全身が火達磨になり、石槍に貫かれて身体がバラバラに引き裂かれているはずだった。
だけど俺はなんともなかった。
魔法で発生させた攻撃が俺の身体に突き立つ瞬間、薄氷が割れるような不思議な音を立てて消滅していたからだ。
その理由は推測できる。
以前にアルシェから理の違う世界、魔法が存在しない世界から来た俺やオタには、魔法による攻撃が一切通じないと言われていたのを覚えていたからだ。
ただ第八段階の修練に入って以降、それとは別のあることに気付いていた。
そもそもの魔法は通じないのかもしれない。
もちろんこれは先程直撃を受けるまでは半信半疑だったけどね。
半信半疑だった理由として、魔法によって生み出された『現象』そのものは通じなくても、その魔法によって誘発された物理現象は『入る』からだ。
それを俺は、これまでの魔法攻撃で理解させられていた。
例えば魔法で生み出された石槍の攻撃は通じないが、この石槍が大地を削って飛び散った岩石は俺に当たるとダメージを与えてきた。
飛び散った岩石自体は、魔法で生まれたものではないからね。
なのでまだ理の件に確信が持てていなかった俺は、ひたすら直撃を避けていた。そのため、直撃を浴びずに済んだ代わりに、副産物で発生した物理現象によってずっとダメージを蓄積させていた。
そして今回は、俺の油断と慢心で直撃を受けてしまった訳だが……。
『もう、シェンファはすぐ無茶をするんだから』
「でもさ、俺に魔法は効かないと説明してくれたのはアルシェだぞ?」
『そうよ、それが『あの人たち』にバレちゃうからダメって言ったの!」
あ……、そう言うことね。
そうなったら怪しまれるし、理の件を知っている者たちが見れば、俺が『渡り者』だと露見してしまう。
「でも、魔王はともかく『渡り者』に魔法が通じないことも禁忌だったりしないのか?」
『うん……、本来なら禁忌として知らないはず。知らないはずなのだけど、それについては各国の上層部なら知っているかもしれないの』
「それに師匠が含まれると?」
『お爺ちゃんの家は代々、救世主の護衛となる『西風』を輩出しているし、かく言うお爺ちゃんも先代の西風だし……。知っていて不思議はないわ』
「げっ、なら俺は、かなりのダメージが『入った』振りをしておいた方が良いか?」
『う、うん……』
ヤバいな……、取り合えずぶっ倒れておこう。
そう思って転がった瞬間、慌てて駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「大丈夫か!」
あらら……、師匠に続いて俺にぶっ放した魔法士たちも、真っ青な顔で飛んできちゃったよ。
ってかさ、そもそも訓練なのに当たれば死ぬレベルの攻撃をぶっ放すのもどうなんよ?
「あ……、なんと、か。まだ全身がフラ付いていますけど……」
寝転がったまま、俺がそう答えたが反応は様々だった。
「……」
「よ、良かった」
「ぶ、無事なの? ね……」
師匠は大きく息を吐いたあと表情を消して黙っていたけど、二人の魔法士はほっとした様子で胸を撫でおろしていた。
「取り敢えず……、これで第八段階は終了、そういうことじゃ。お主も今日はさっさと戻って休養するがよい」
それだけ言うと師匠は、踵を返し戻って行ってしまったけどさ、まさかそれだけなのか?
あれだけ血相を変えて駆け寄ってきたのに、無事だとわかると冷たくね?
師匠が立ち去り、俺が首を振って起き上ったのを確認した魔法士たちも、師匠の後を追って戻っていった。
そして、この場には俺一人が残された。
『おそらく……、お爺ちゃんは何か気付いたと思うわ。二人の魔法士は動揺していたから、多分何も気付いていないと思うけど……』
「やっぱ……、倒れていただけじゃダメだったか?」
『そうね、だって魔法の攻撃を避けたにしても、シェンファの周りが何の影響も受けてないもの』
そうだな、数十本の石槍の攻撃を受けたとすれば、たとえたまたま躱したとしても周辺の大地は抉れ、ズタズタにささくれ立っているだろう。それに火球が襲ったはずの俺の周辺は、焦げ跡ひとつ残っていないしな。
「マズイな……、正体がバレたか?」
『もう八段階も終了したし、シェンファは見違えるほど強くなったと思うわ……、このまま逃げちゃうのもアリかもね。ただそうすると、公式にあの子の護衛に就くことはできなくなるわね』
逃げても悪手か……。
ならもう、出たとこ勝負で知らぬ存ぜぬを通すしかないか?
「ちなみにこの世界には魔法無力化、アンチマジックシールドみたいな魔法なんてないよな?」
『ふふふ、そんな便利なものはないわ。強いて言えば天然でそれを備えているのが、シェンファのように異界から渡って来た人たちね』
やっぱりないか。仕方がない、もう開き直るしかないな。
そう考えて俺は立ち上がった。
◇◇◇
シェンファたちが思い悩んでいたころ、先に現場を後にしたシーファン(師匠)の後ろ姿を、慌てて追う者たちがいた。
「閣下! どうかお待ちください」
「閣下、私たちも改めてお尋ねしたいことが!」
血相を変えて追ってきた二人の魔法士たちに、厳しい表情をしたシーファンは足を止めた。
「そもそもですがこの訓練、通常のものとは大きく異なり過ぎていませんか? あやうく我らはあの者を殺しかけたのですぞ?」
そう、本来ならこのような戦場さながらの対魔法戦闘訓練など、実際に行われることはなかった。
そもそもリーチが全く違うし、遮蔽物のない平原での訓練は、受ける者の命に関わるからだ。
しかも訓練を受ける側は何の情報も与えられておらず、ただ的になるように命じられているとしか彼らには思えなかった。
「まさか閣下が、何も伝えられていないとは思いませんでした。なので私は牽制するするために……」
実のところこの二人は、視界が閉ざられていても的確に対象を見つけ出し、魔法による攻撃ができる能力を持っていた。
だがそれを知らないシェンファは、『見えていない』と思って視界が悪いことを幸とし、接近戦に持ち込むため、無防備にも一直線に突進したのだから。
ただその動きを、この二人はフェイントと思っていた。
なので牽制のため敢えて真正面から魔法を放ったのだ。知っている故に相手は直撃を避けるか、完全に避けることはできずとも、ちょっと吹き飛ぶ程度だろうと思って……。
だが攻撃は直撃した。
まるでその男が、全く何も知らないかのような動きをしていたせいで。
「ふぉっふぉっふぉっ、お力添えには感謝するし、そもそも訓練はこれで終わり。あ奴も魔法士の恐ろしさは身に染みたことだし、無事に生きておった。結構なことではないか?」
言葉こそ柔らかく笑っているようだが、シーファンの表情は全く笑っていなかった。
むしろこの場が戦場であるかのように、全身から緊張感を漂わせていた。
まるで『この件に関し、これ以上の議論や詮索は不要である!』と言っているかの如く……。
『それにしても姫様は、つくづく面倒事を儂に押し付けられるものじゃ。その役目は本来、ゼロスが担うものであったが……。まるで儂にも『腹を括って共犯者となれ』と言われているようじゃな』
シーファンはそう考えたのち、改めて大きな息を吐いてから覚悟を決めた。
そしてその瞬間、彼のの表情はいつもの好々爺さながらの外見に戻っていた。
◇◇◇
俺は言われた通り屋敷に戻って休養しようとしたが、改めて師匠から呼び出された。
やっぱり……、さっきの件だよな?
さて、どう取り繕おうか……。
「槍騎士シオンよ、本日よりお主は正式に槍騎士を名乗ることを許そう。本来なら色々と面倒な手続きもあるのじゃが、今は戦時ゆえに、な」
笑って俺に語り掛ける師匠の表情は普段通りだった。
どこか拍子抜けしてしまうほどに……。
「そこでじゃ、お主に改めて聞きたい。お主はアルシェさまを守るために力を付けたいと申しておったな?
その言葉、微塵の偽りもないと槍に誓えるか?」
あ、やっぱり来た。
一気に声のトーンが変わったし、『返答次第では殺すよ?』みたいな無言の圧をビシビシ感じる。
「我が師シーファン、そして誓いを交わしたゼロス殿、お二人に対し槍に誓って申し上げます。
私はラルシュさまが巫女として魔王と戦い、世界を救われることに対し、命を賭してお守りすると誓います。
ですが……」
「ですが?」
だからイチイチ殺気を込めるのを辞めてくれ。
老人とは思えないプレッシャーを感じるんだからさ。
「魔王を倒した暁には、これまでの役目ではなく、ラルシュさま個人をお守りすることに専念します」
そう言ったあと、俺は敢えて一息置いて師匠に笑い掛けた。
「たとえ師匠やこの世界の全てを敵にしても、ね。ラルシュさまが世界を『正しき』方向に導いてくれると、俺は信じていますから」
この言葉を伝えるに当たって、俺は敢えて口調と態度も変えた。
ここに至って師匠には、下手な嘘や中途半端な言い訳など通じないと考えていた。
覚悟には覚悟、ラルシュを守り俺の居た世界を救うためなら、たとえ師匠にでも槍を向けると言い切ったつもりだ。
そしてラルシュなら、真実を知れば俺の思いを知り協力してくれる。勝手な思い込みかも知れないが、何故かそう思える自信があった。
「……」
いや、どうして師匠は呆気に取られた顔をしているんだ?
さっき迄の鬼気迫る気迫は何処に行った?
「ははは、これは儂の見込み違いであったわ! もちろん良い意味で、じゃぞ。そうか……、儂に槍を向けてでも、お主は姫さまを守ってくれるか……」
師匠、どうしてそんなに嬉しそうにしているんだ?
俺は事と次第によっては師匠に槍を向けると言い切ったんだぞ?
「儂は長く生きたせいで余計な事を知りすぎた。それだけではない、正伯の家を率いるという立場、槍王国の武門を預けられたしがらみもあり、ままならぬ事も多い。なので……、儂に代わって姫さまを頼む!」
いや……、何でだよ! さっきまでは殺されかねなかった俺に対し片膝を突き、頭を下げているんだよ?
おかしくね?
「師匠、どうか立っていただき頭を上げてください。俺は個人の思いでそうすると決めただけです」
「ふむ、では儂も、お主の覚悟に相応するものを与えねばならんな。其方には此処の地下迷宮を単独で攻略する資格を与える! 見事に二十五回層まで赴き『証』を持ち帰れ」
いや……、どういうこと?
ご褒美が単独で危険なダンジョンを踏破する試練とか、そんなのアリか?
「槍王国にて次代の西風を担うと期待されたゼロスは、既に失われた。故にお主は我が息子、当代の西風に挑戦する権利を得て来い! 西風ともなれば待遇は神聖槍騎士以上、公然と姫さまに付き従うことができよう」
『やったねシェンファ! これで目的に大きく近づくわ。頑張ってね』
いや、その前にとてつもなくヤバい試練が控えている気がするんですけど?
俺……、大丈夫かな?
死なないよね?
俺はそっちの不安で一杯になっていたのは言うまでもない。
7/15日の連載開始より毎日投稿を継続していますが、頑張って9月一杯までは毎日投稿ペースを維持する予定です。ストーリー中、様々な疑念や矛盾を感じられることもあるかもしれませんが、この先で徐々に回収していくよう構成していますので、今後もお付き合いいただけると幸いです。
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明日(8/2)は、【転話①】をお届けします。
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