第十七話 七転八倒
ひとたび俺の師となった、ゼロスの祖父であるシーファン師匠の訓練は超過酷、まさにスパルタと言っても過言ではないものだった。
俺の回復力が異常に高かったこともあるが、目が覚めた翌日にはベットから叩き出されると、そのまま練兵場に連れていかれた。
そして……、文字通り七転八倒の日々が始まった。
○第一段階
始まりとなった第一段階の課題は、基礎中の基礎である筋トレと素振りだった。
槍騎士を目指す初級者たちに交じり、俺もひたすら朝から晩まで変わった筋トレと型(素振り)の練習を受けさせられた。
筋トレ自体はかなり楽(この後と比べれば)だったが、それでも筋力チートのあった俺にはそれに見合った負荷が掛けられ、ただひたすら根性でやり抜き、元々はインドア派だった俺は全身の筋肉痛で転げまわる毎日だった。
○第ニ段階
そして第二段階は、短槍を扱う上で必要となる、変則的な足運びの訓練だった。
これが結構難しく、体幹が鍛えられていない俺は複雑な足運びで足がもつれたり、定められた位置に足がいかずバランスを崩して盛大にすっころぶ毎日だった。
そして二か月が過ぎ、基礎体力と定められた動きが幾通りも身体に馴染んだころになると、次の段階に移る許可がもらえた。
もちろん時間配分は減ったが、筋トレと型の訓練は継続したままだ。
○第三段階
次の第三段階は、ただ一点を突き抜くだけ、突きに特化した訓練だった。
最初は毎日毎日、目標を真っすぐに射貫く訓練が続き、簡単だと思ったがそうではなかった。
慣れるたびに目標までの間に障害物が設けられ、本当に真っすぐ突き切らないと途中で槍(訓練用の棒)がつっかえ、手首や腕にダメージを受けてしまうようになった。
やがてそういった固定目標に慣れると、今度は目標が不規則に動くものに変わった。
次に、それらを足場の悪い一本橋や障害物の上に立ってやらされた。もちろん俺は、難易度の上がった訓練でバランスを崩し、日々盛大にすっ転んだのは言うまでもない。
○第四段階
「次の第四段階では、お主はこの訓練用の短槍を使い、全員の攻撃を防ぐことじゃ。反撃は許さんぞ、ただひたすら防ぐのじゃ。決められた円の中から出ることも許さん。時間内に全ての攻撃を防ぎきることができれば、次の段階に進むことを認める」
そう言って笑う師匠が鬼に見えた。正直言ってこの訓練が、俺にとっては最も過酷で大変なものだった。
それからは日々、一対十で行う対戦形式の訓練でボコボコにされたのは言うまでもない。
もちろん俺は一人で、相手は十人だ。
そもそも数で圧倒的に不利な上に攻撃を禁じられているため、ただ受け流すことしかできない。
そんな無茶な攻撃を受け、俺は日々サンドバック状態になって大地に転げ回った。
絶対に無理だ! これって虐めじゃねぇのか?
そう思う日々が続いたが、いつしか攻撃を受け流すことに慣れ始めてきた。
だが……、師匠は俺の想像以上に鬼だった。
「ほっほっほ、お主は今日からこちらの槍を使用するのじゃ。この槍は相手の攻撃を上手く受け流さないと簡単に折れるからの。せいぜい工夫することじゃ」
はぁ? 『こちらの槍』って……、ただの木の棒じゃねぇか!
そんなもので金属槍の攻撃を受け流せと?
その日から再び地獄に逆戻りした。
俺は木製の棒だけど向こうは訓練用とは言え、金属製の槍だからね。正面から攻撃を受けると、俺の木槍は見事に折れてしまった。
最初のうちは開始早々に俺の槍(棒)が折れ、それ以降は再びサンドバック状態になった。
対戦相手となった者たちも、手を抜くと立場を入れ替えて同じ訓練を受けさせられるらしく、俺の体の各社に付けられた標識を射抜くよう必死に攻撃してくるし……。
そうなると決められた砂時計が落ちきるまでの時間(約十分ぐらい?)、槍が折れた俺は半分近くになった折れた槍を使うか、身体だけで突き出される十本の槍を躱すことに終始させられた。
そのため制限時間が終わる前にボコボコにされ過ぎて、大地に横たわることも多かった。
「どうじゃ? 最初は無理と思ったことも、いつしか身体が覚えてできるようになるじゃろう?」
いや……、俺がいつ『できるようになった』と言ったんだ? そんな記憶はないぞ。
ただ、日々ボコボコにされながらも、何とか最後まで立っていること、当たり判定の急所を突かせないように成長しただけだ。
○第五段階
「第五段階はお主の反撃を許可する。互いに体の各所に標識を付け、射貫くことを目的に対戦を行う。ただお主には『特別に』この槍を授けよう」
そう言って渡されたのは、これまでの棒よりも更に強度の劣る、竹のような素材を縛ってつくった棒のようなものだった。
「お主が本気で攻撃すれば、この槍は簡単に折れるでの。工夫して戦うことじゃな。それに普通の木槍だと、お主が本気で繰り出した攻撃をまともに受けた者は、無事では済まん(死んでしまう)からの」
そう言ってから師匠はにっこり笑った。
この意味を考えた時、俺は震えた。これまでに何度もこの笑顔を見てきたからだ。
「もちろんじゃが、お主は一人で十人を相手にせねばならんぞ?」
いや師匠……、俺が死にそうなんですけど?
俺が死ぬことは……、考慮されていないんですよね?
当然のことながら俺の竹槍(竹棒)はポキポキ折れ、俺は自身の骨がポキポキ折られるような痛い思いをさせられ、幾度となく大地に横たわった。
それでも俺は頑張った。オタに啖呵を切った手前、俺もやり遂げなければならない。
そしていつの間にか月日は過ぎ、修行で一年近くを費やしたころになると、俺は第五段階の十人対戦でも勝てるようになっていた!
そんなある日……。更なる試練が訪れた。
○第六段階
「ここまでよく頑張ったの。力の加減調節や受け流しも習得し、もう槍を折ることもないじゃろう。
ここからが第六段階、戦いに於いて短槍の長所でもあり短所でもある部分を身になじませねば、の」
そう言って師匠から渡されたのは短槍ならぬ短棒、一メートル程度のポキポキ棒改だった。
もちろん改と言ってもアップグレードされたものではなく、ただ長さが短くなっただけで、それはもはや短槍とも呼べない代物だった。
「……」
は? これでどうやって戦うんだよ、リーチが全然違うし、まさかこれを刀みたい扱って戦えとでも?
「そもそも短槍の長所は懐に入って変化自在に戦えること、短所は長い得物を持つ者に対し懐に入る前に攻撃を受けることじゃ。戦の最中で懐に入って戦う術、身体と短槍(短棒)を一体化させた戦いかたを身に着けることじゃな」
……、言っていることは分かるけどさ、そもそもリーチが違う上に俺が持つのはポキポキ棒なんだぞ?
どうやれって言うんだよ?
俺の無言の講義も師匠は涼しい顔でかわし、再び地獄の訓練が始まりを告げた。
対戦は当然のようにリーチの差で、一方的に不利な戦いとなった。
しかも相手の十人は金属槍、俺は短いポキポキ棒だ。
最初に刀を使うようにポキポキ棒を振るった俺は、見事なまでに一方的に叩きのめされて大地を転げた。
だってさ、リーチの差で絶対に先制攻撃を受けるし、それを防ごうと下手に受けたらポキポキ棒は簡単に折れるんだから……。
だが……、ある日になって発想を変えた。
以前の段階でポキポキ棒を失ったあとの、ひたすら身を躱す訓練を思い出したからだ。
最初から身を躱すことを前提に間合いに入り、身を擦り合わせるよう接近戦に持ち込んでから短いポキポキ棒で相手の標識を突く、そうすると意外と上手くいった。
ただひたすら身を躱していた経験、受け流す経験、正面から戦わず竹棒で相手の槍を絡め取るような対抗策など、気が付けばこれまでの修練を全ていかすような立ち回りをすれば良いだけだ。
ひとたび懐に入った接近戦になれば、よりリーチの短い俺は有利に立ち回れるようになっていった。
だがこの頃の俺にはひとつ疑問があった。
この世界には魔法があると聞いた。だがこの場にいる者たちはひたすら肉弾戦特化で戦っている。
いいのか?
○第七段階
そして修練を始めて一年半近くになったころには第七段階へと移り、対戦する相手は同じ修練生ではなく、槍士や槍騎士へとグレードアップされていた。
もちろん使い手のレベルが上がると、これまでのセオリーは全く通じなくなった。
フェイントや連続技などを駆使して、攻撃自体のレベルを上げなくてはならなくなっていたし、防御もまた同様だ。
だが最初こそ散々打ちのめされたが、本物の使い手たちとの修練を重ねるうちに、いつしか俺にも本来の戦い方が身に付き始めていた。
この第七段階も卒なくこなせるようになったある日、俺は改めて師匠に呼び出された。
「ほっほっほ、最初は無様に転げまわっていたお主も、ついに第七段階まで達成できたの?
ここまでの修練でお主の技は、槍騎士としてどこに出しても恥ずかしくない程度にはなった。
だがお主にとって槍騎士程度の力では、まだまだ足らぬであろう?」
そうなのか?
修行を始めてからと言うもの、俺は一度たりとも本来の短槍を持たせてもらえなかった。
なので俺自身が、どれだけ成長しているのかは全く分からない。
「はい、これも我が師の導きのお陰と感謝しております。どうかこれからもご指導、よろしくお願いいたします」
「うむ、我らは肉体を駆使して己をひたすら高めること、それが我らの進む道と信じ専念して参った。
だが、この世界では違った戦い方をする者もいる。味方にも魔王軍にも、な」
そう言った師匠の後ろには、見慣れない顔の男女が立っていたが、どう見ても槍騎士やそれを目指す者には見えなかった。
今しがた師匠が言っていた『違った戦い方をする者』か?
「本来なら魔法はありふれたもの、ただ『使える』という点で見れば多くの者たちが行使できる。だが彼らは、それを戦う術へと昇華させた才ある者たちだ」
おおっ! やはり居たんだ?
俺はここ一年半以上、この城塞の中にこもりっきりで外界と隔離され修行に没頭していた。
なのでこの国の状況だけでなく、世界の動きからも切り離された生活を送っていたからね。
「戦いは状況に応じ、武器の持つ特性によって向き不向きがあるでな。じゃが、お主はそんな都合の良いことを言ってはおれんじゃろう?」
「はい、ご配慮ありがとうございます」
そうは言ったものの、これまで何度も見たその笑顔、とてもヤバイものとしか思えないんですが?
○第八段階
この日から俺は第八段階、対魔法戦闘を叩き込まれることになったが……、勝手が違い大いに戸惑うことになった。
なんせ向こうは遠距離や中距離から良いように攻撃してくるが、短槍(ポキポキ棒改)しか持たない俺はただ逃げ回り、直撃こそ受けないものの攻撃を浴びて吹っ飛んで転げまわることを繰り返した。
そもそもだけどさ、見通しの良い平地で肉弾戦オンリーの俺が、魔法士を相手に優位に立てる訳がない!
もしかして師匠は戦いの向き不向き、適材適所や相克を理解させるつもりか?
いや違う、どんな不利な条件でも食い破り、常識を超えた戦い方を見つけさせること、そんなような気がしていた。
そんな都合の良いことなんてある訳ないと思うが?
魔王との戦いは、そこまで理不尽なものと教えられているような気もし始めていた。
「おい! このままだとアイツ……、死ぬぞ?」
「そもそもあんな棒っ切れ一本で勝てると思っているのか?」
「この訓練、短槍では決して敵わぬ戦いがあること、それを教えるものと知らないのか?」
そんな声が囁かれていたみたいだが、俺はただ我武者羅に突っ込むことを繰り返していた。
どんな不利な状況でも戦いに勝つべく……。
そして事故は起こるべくして起こった。
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明日(8/1)は、【異なる世界の理】をお届けします。
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