第十六話 語り終えたあと
ゼロスの祖父と槍で語らったあと、次に俺が目を覚ましたのは見知らぬ部屋だった。
どうやら今の俺は寝台で寝かされているようだが、眠っている間、ずっと誰かが耳元で叫んでいたような気もするが?
「ここは……、どこだ?」
そう呟くのが精一杯で、誰かが部屋を出ていく気配がしたが、それを確認することはできなかった。
顔を横に向けようとしたが頭は痛むし、どうやら立ち上がることも覚束ないぐらい、全身が筋肉痛のような酷い痛みだった。
「ははは、これが俗に言う『見知らぬ天井』ってやつか? 俺自身が体験するとは思ってもいなかったけどな……」
『シェンファ、ごめんなさい。本当にごめんなさい……』
そうか、あれはアルシェの声だったのか?
気絶なんて生まれて初めてだよ。
アルシェは……、泣いて、いるのか?
『ごめんなさい……、私の配慮が至らなかったばかりに』
「泣かなくていいよ。変な慢心も全部吹き飛んだし、結果として俺も殺されなかった。今はちょっとスッキリしているかな?」
これも正直な気持ちだ。
こんな体たらくで魔王に勝とうなんて、おこがましいことが良くわかった。
オタには偉そうに『死ぬ気でやれ!』と言いながら、俺自身がこのざまだ。ホント……、ざまぁねぇよな?
「ほっほっほ、どうやた気付いたようじゃな?」
俺が起きたとの報告を受けたからか、最初に会った時と同じ笑顔に戻ったゼロスの祖父が部屋に入って来た。
なんとか首をひねって彼の顔を見たが、今度は本当の笑顔のようだ。
「お主は面白い男だな。あの四連撃、初見でまともに受け切ったのはお主が初めてじゃ。だが、お主にはまだ残念な所も多々ある」
いや、俺は最後まで受けきっていない。四撃目は無意識に俺の身体が後ろに飛んで、ダメージを減らしただけだ。
しかも初見ではないからね。アレンジはされてはいたものの、俺はあの攻撃を知っていたからだ。
悪夢の中でなら、ゼロスとの組手や訓練、そして……、殺し合いで。
現実の俺は魔将ゼノスとの戦いのなかで。
「いえ、『ご指導』で我が身の至らぬことを改めて思い知りました」
「ほう? 指導と申したか! 其方はますます面白いわ。では儂も指導らしく、其方の足りぬモノについて教えねばならんな」
気合と根性ですか? それはもちろんですけど。
そもそも俺には何もかもが足りていないと思っている。
「あの反撃はなかなか面白かったぞ? 其方が真に槍騎士であれば、儂が其方に代わってここで寝ていたであろうな」
ホントかよ?
俺はただただ必死で防戦一方、攻撃もことごとく跳ね返されたと思っていたのだが?
「今のお主に欠けているところは大きく四つ、それらが本来の技のキレを阻害し隙に繋がっておるな。
ひとつ、技の発想はいいが身体が全く付いていっておらんわ。今も身体のあちこちに無理がでておろう?
ひとつ、お主が繰り出す技には自身に『理』がない。何も考えておらん攻撃ゆえ、一つ一つの動作に無駄が多い。
ひとつ、お主には経験がない。そのため先を見越した動きや、虚実の駆け引きが全くできておらん。
ひとつ、お主にある恵まれた力、それが今は足枷になっておるな。ただ振り回すだけでは虚を突かれる。
まぁ、他にも気になる部分は多々あるが、主にこんな所かの」
ははは、思い当たる節が有り過ぎてぐうの音も出ないや。
全てを見透かされている気がするな……。
「才能なし、と言われている気がして耳が痛いですね。知らねばならぬこと、そう分かっていても自身の至らなさを改めて認識させられます」
「いやいや、正直言って恐るべき才能だと思ったぞ。戦ってみて儂も久しぶりに震えたわ。今のお主の力でも、並みの槍騎士であれば全く歯が立たんだろうな。だが同時に、その力は『借り物』のように見えたわ」
「借り物……、ですか?」
もの凄く的を射た表現に聞こえた。
かく言う俺自身にとっても訳が分からない話だが、戦っている時の俺は俺ではない。
何故か無意識に、何かに操られているかのように身体が勝手に動くだけだ。
「そうじゃ、借り物ゆえにお主の頭と身体が付いていっておらん。儂から見るとそれが不自然すぎて、逆に混乱するぐらいに、な」
「どのような部分が不自然だったのでしょうか?」
「簡単なことじゃ。先ほど儂が挙げた四つの点、それを逆に返せば良いだけの話じゃからな。
ひとつ、まったく基礎や身体ができていないのにもかかわらずあの動き、これは驚くべきことじゃ。
ひとつ、何も考えずにあれほどの技が繰り出せるのじゃ。この上で理が伴えば末恐ろしいわ。
ひとつ、経験の足らぬお主の攻撃は型通り、じゃが変幻自在に繰り出せるようになれば防ぐことはできまい。
ひとつ、お主の馬鹿力には恐れ入ったが、あれでは槍が持たん。力の加減と出しどころを覚えれば、お主の槍は無双となろう」
いや……、褒めすぎのような気もするが、俺の動きや槍捌きは、全て夢の中でシェンファと呼ばれた『彼』からの借り物なのだろう。
俺には何もない。
アルシェが何故俺をシェンファと呼ぶのか、それすらまだ理解できていないのだから。
だけど俺には……。
「久々に鍛えてみたいと思った逸材に出会ったわ。どうだ?」
え? まさか? 『どうだ?』って言われたら期待しちゃいますけど?
これって結果オーライってことですか?
「恥ずかしいお話ですが、ここを訪れた目的に『師』となる方を紹介いただきたい思いもありました。
今の私では『ラルシュ様』をお守りできません」
「ほっほっほ、姫の方も手紙でそれを願っておったぞ? だからこそ槍で語らったのじゃ。言葉巧みに姫を篭絡しただけの者であれば、その罪を命で贖わせるつもりじゃったが……。王家の恥は無かった事にする、それも我らの務めゆえ、な」
げっ! ラルシェが良かれと思って書き記したことが、逆に俺への疑念を深めていたってことか?
それはそれで、やるせない話だよな……。
ってかさ、この人……、場合によっては俺を殺す気だったのかよ?
「改めてお願いいたします! どうか師となって私に短槍の道をご教示ください」
「うむ! 向こうも時間が限られているようだし、死ぬ気で励めよ」
ははは、やはり俺がオタに言ったことがブーメランとなって帰ってきたな。
まぁ、元よりその覚悟だったけどね。
ただもう一つだけ、確認しておきたいことがある。
「ありがとうございます。懸命に務めさせていただきます。ところで、一点だけお伺いしたいことが」
「儂も腹は晒した。遠慮せずともよいぞ」
「師の言葉では巫女であられる『ラ・アルシュ』殿下を、『アルシェ』姫と呼ばれていたような気がしまして……」
言葉は似ているが、俺は二回ほどそれを聞いた。
聞き間違いなどではないと思う。だがそうなれば……。
「ほっほっほ、それは当然よ。そもそも殿下の本来の名は『アルシェ』、巫女となって『ラ・アルシュ』の名を神殿から賜ったのじゃからな。過酷な運命を受け入れられる覚悟の元、以降はそのように名乗られていらっしゃるようじゃ」
『えっと……』
アルシェは知っていたな?
なぜ黙っていた?
『だって……、たまたま同じ名前だったんだもん! あの子がそっちの名前を名乗ったらどうしようかと思ったけど、シェンファにとっては私だけが『アルシェ』でいたかったもの。結果的にアルシェの名前を独占できて嬉しかったし……』
まぁいいや。ちょっと納得行かないけどさ。
俺の方でもアルシェとラルシュで切り分けられて丁度いいし。
俺は一つの疑問が解決したが、更に大きな疑問へと昇華したことに大きな息を吐いた。
そんな時に師匠から唐突に質問された。
「ところでお主は一体何者だ?」
いや……、それはどう答えようか?
既に以前の問答で用意していた逃げ道は塞がれてしまっているしな……。
「……」
「沈黙で答えるか? ふふふ、王女殿下が書いて寄越した通りであったな?」
そう言って師匠は、改めて横たわる俺に彼女の手紙を読み上げ始めた。
『シオンさまが何者なのか、出自はどうなのかなど関係ありません。詮索することを固く禁じます。
どうか私の剣となり、盾ともなる方の道を絶たないでください。ひとつ言える真実、それはシオンさまが私にとって唯一の味方であり、巫女としてこの世界の未来を切り開くために不可欠なお方であることです。
それを阻むことは私だけでなく世界の敵、そう心得るようにしなさい。世界を救う使命を受けた巫女、槍王国第一王女として、このことは固く厳命します!」
「……」
ラルシュ、それでは怪しさ満点、却って詮索しろと言っているようなものだぞ?
しかも俺を『シオンさま』、『唯一の味方』などと書いたら、変な誤解を受けるじゃないか!
「なかなかに切実な言葉ではないか?」
いや……、それを分かった上で、さっきは敢えて聞きましたよね?
ラルシュはまだ真っすぐ過ぎて、彼らのように腹芸はできないと言うことか?
「おおっ、そうであったわ。王女殿下からはもう一つ、其方に関する依頼があったな」
「???」
余計なことを言って墓穴を掘りたくないが、俺には全く心当たりがない。
そして……、ラルシュが余計な疑念を招くような内容を書いていないか、それを願うばかりだ」
「其方より借り受けた金貨を返済するため、既に王都には遣いを出しておるでな。其方が巫女、王女殿下に立て替えてくれた金貨五千枚、それらを返済するため、王都から使者が来ることであろう」
はぁっ? そんな金額を立て替えていないぞ?
俺が彼らに用意したのは現金で金貨一千五百枚にも届かず、建て替えて支払ったのも数百枚程度だ。
勝手にラルシュが『良かれ』と思ってバカでかい金額に膨らませたから、余計に怪しまれたんじゃないか?
ここで俺は、師匠が何故『王家の恥』と言ったか、『無かったことにする』と言う思いに至ったか理解した。
これでは俺は、姫様を『ATM』扱いした不届き者じゃないか!
頼むから勘弁してくれ!
そもそもラルシュは金貨五千枚の価値、いや、その重みと与える影響を理解していなかったのだろう。
こういう部分はやっぱり『世間知らずのお姫様』としか言いようがない。
「聖都にも改めて使者が走り、相応の金貨を向こうにも送らせるつもりじゃ。王女殿下が泊まる宿にも事欠くようでは槍王国の恥だからの。その点も含め、其方には改めて礼を言わせてもらおう」
いや、それは置いといて……。この対処を誤ると不味いよな?
ホイホイ受け取ったらそれこそ最悪だ。
「私はラ・アルシュ殿下が今後も困らぬようにと、献上させていただいただけです。そちらは謹んで辞退させていただきます」
そうだ、そうしないと疑いは晴れないし、あの時に啖呵を切った俺が恥ずかしくなる。
俺はニヤニヤしている師匠に、きっぱりと断った。
「承知した。気持ちだけは受け取っておこう。じゃがこの先で巫女として戦われるにあたり、独自の軍資金は必要じゃろう。お主が辞退した金貨は今後、密かに巫女さまを支援するための資金として、お主に預けることになる。これは決定事項と思ってくれ」
「……」
どうやら俺は、一千枚ちょっとの金貨を五千枚に膨らませることに成功してしまったみたいだ。
そんな意図は全くなかったけどね。
そしてこれより本当の意味での死に物狂い、地獄の特訓が始まることになる。
俺たちの未来を切り開くために……。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(7/31)は、【七転八倒】をお届けします。
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