第十五話 槍で語るべし
槍王国に入って三日後、真っすぐゼロスの実家である正伯家に向かった俺は、気付けばいつの間にか屋敷の中に招き入れられていた。
確かにアルシェの言った通り、中に入るまではトントン拍子に進んだよ。
でもさ、なんで話の途中でこうなるんだよ!
俺の前では静かに、だが、裂帛の気合を込めたゼロスの祖父が短槍を構えていた。
そこからほとばしる圧は、かつて魔将ゼノスと対峙した時に勝るとも劣らぬものだった……。
俺は一体どうすれば?
◇◇◇
そもそもだが……。
俺はゼロスの実家である屋敷を訪れ、唐突に門を守る兵にゼロスの死と、最後を見届けた者として遺品である短槍を持参したことを伝えた。
慌てて屋敷内に報告に走った兵に続き、今度は執事らしき人物が現れ『旦那様がゼロスさまの最後の様子を聞きたいと仰っております』と言われて屋敷内に招かれた。
そこで中華風の外見には似合わない洋風の応接室に通されると、人の良さそうな笑顔を浮かべた初老の男性が待っていた。
「すまんな、先ずは孫ゼロスの最後を看取ってくれたこと、遺品である短槍を届けてくれたことに礼を言いたい。して……、そのためだけに我が家を尋ねられたと?」
「とんでもございません! これはラ・アルシュ殿下の願いでもありましたので……」
一応だけど褒美目当てで訪ねて来たと思われても嫌だからね。
修行目当てで来た俺は、ある意味では褒美目当てと言われても仕方ないのだけさ、ちょと気まずい思いになったため、早くもここで二番目の奥の手を出すしかなかった。
「こちらが殿下より託された手紙です、どうぞ」
「ふむ……」
俺が差し出したラルシュの手紙を受け取った老人は、静かに、そしてゆっくりと読み終えると大きな息を吐いた。
そして俺に向き直ると笑顔を見せた。
「ほっほっほ、王女殿下もなかなか……」
一見すると上機嫌な様子だったが、俺にはそうも思えなかった。
何故なら手紙を読んで以降、初老の男の目付きは鋭さを増し、笑っている今も目だけは笑っていない。
「不肖の弟子、我が孫ゼロスの最後を聞かせてくれんか?」
「は、はい」
ここで俺は慎重に言葉を選びながら話すことにした。
何故ならラルシュが勝手に転移門を開いたことは口が裂けても言えないからね。
姫様とゼロスは『とある場所』で追撃してきた魔将ゼノス率いる軍と出くわしたこと。
ゼロスは必死になって奮戦し、姫様らの退路を切り開こうとしていたこと。
それが仇となり、魔将ゼノスが投げた槍で致命傷を負ってしまったこと。
たまたま居合わせた俺は、彼らの退路を切り開くことに協力したこと。
死にゆくゼロスの最後の願いとして、姫様たちを守ると誓いを結んだこと。
言葉通り俺は姫様一向に合流して彼らを支えたが、逃げるのに手一杯で亡骸を持ち帰れなかったこと。
この過程で、ゼロス以外に五名の兵が命を落としたこと。
これらをできる限り言葉を選んで、用心しながら説明した。
「……」
ゼロスの祖父は黙って俺の説明を聞いていたが、話し終えるとゆっくりと目を開いた。
その時は既に彼の顔には笑みはない。
むしろ俺がたじろぐぐらいの殺気をほとばらせていた。
「礼を……、其方には改めて礼を言わねばならんようだな。アルシェ姫を救ってくれたこと、それはこの世界を救ってくれたことに他ならない。じゃが!」
いや、『じゃが』って何だよ!
それよりも増して『アルシェ姫』って誰だよ! 俺の聞き間違いか?
「不審な点が多すぎるな」
え? どういうこと?
何が不審なんだ? 俺は『どこで』を隠していたものの、何一つ嘘偽りは言ってないぞ?
「ひとつ! 其方はゼロスでさえ不覚を取った魔将ゼノスと対峙し、足手まといを抱えながら生き延びたことになる。たった一年で、魔将ゼノスによって各国を代表する多くの強者たちが命を落としたというのに、な! これを訝しいと思わぬか!」
いや……、あれは俺の体が勝手に……。
そして俺自身も、割り込んできた警察官たちの尊い犠牲のお陰と、時の理の違いから生まれた時差で、なんとか無事に逃げおおせたに過ぎない。
だが、それをどう説明する?
「ふたつ! 其方は短槍で魔将ゼノスや率いた配下と戦ったな? アルシェ姫の手紙にも獅子奮迅の働きと書いておったしな。じゃが……、短槍術はゼルフィス槍王国で発展した独自のもの、不思議なことにそれほどの腕前の者を、この儂が知らぬはずがない!」
『あああっ!』
げっ! アルシェ、その『あああっ!』って何だよ!
それにやっぱり『アルシェ』と言っているじゃないか。ラルシュ(ラ・アルシュ)じゃねぇのかよ!
それよりも短槍術がこの国独自のものなんて、先に行ってくれよ。
今さらお決まりの『あああっ!』は頼むからやめてくれ!
「みっつ! アルシェ姫の手紙はどう見ても本物と思えるが、書かれている内容には目を疑ったわ。
世間知らずで利かん気が強く、ゼロスですら手を焼いておった姫さまが、手紙では兵たちを労り、この先々まで配慮されている様子が窺えた! 其方……、姫をどうやって篭絡した?」
おいラルシュ、成長したのは良いが、その成長が不自然過ぎて俺が疑われているじゃないか!
って言うか、以前はどれほど酷かったんだよ?
「ろ、篭絡など……、有り得ません」
「ふん、手紙の中で其方のことを願う様子、まるで『思い人』への取り成し願うようであったわ!
そうなればお主が『無垢な姫さまを変えた』としか思えんが、覚えがあろう!」
「それは、教育的指導を少々……、兵たちの前で少しだけ厳しめに……」
「はぁ?」
確かに説教はしたし、馬鹿な行いは馬鹿と言ったし、上に立つ者として配慮が足らないって言ったさ。
でもそれを受け入れ、気付いて変わったのは姫様の器量だ。
俺が篭絡したなんてトンでもない話じゃねぇか!
「……、最初の二つにはダンマリ、三つ目には訳の分からぬことを……、この上は!」
そう言った瞬間、ゼロスの祖父は不敵に笑った。
まさか……。
「其方も槍騎士、ならば短槍で語るが良いわ! 儂が直接見定めてやるゆえ、な」
『あちゃー、やっぱり……』
アルシェさん? 『やっぱり』ってどういうことですか?
またアレですか? 本当に……、勘弁してくれよ。
『この人たち、基本的に武闘派な家系で『戦って初めて理解しあえる』なんて平気で公言するような方々なのよね……。ゴメンっ! 忘れてたけどお爺ちゃん、今は引退しているけど、かつては槍王国最強と言われた槍騎士だったのよね。ちょっとだけ……、ボコボコにされちゃうかも』
ちょ、ちょっと待て! 『忘れてた』で済む話じゃないぞ!
お爺ちゃんって呼称、槍王国最強の槍騎士とは釣り合わないじゃねぇか!
そして俺は、ほぼ無理やり中庭へと連れ出され、今に至っている。
◇◇◇
俺は槍王国最強の槍騎士と言われたゼロスの祖父を相手に、一歩も動けずにいた。
「ほっほっほ、遠慮は要らんぞ。木槍とは言え下手に油断したら死ぬからな?」
くそっ、何を笑っていやがる。年寄りの冷や水って言葉、知っているか? このバトルジャンキーめ!
そもそもだが、遠慮しているのではなく全く隙がないんだよ。俺の本能も、ずっと危険を告げる警鐘を鳴らし続けているしな。
「では……、死ぬなよ?」
そう言った瞬間だった。
あの時の魔将ゼノスが放ったのと同様の恐ろしい四連撃、いや、それ以上の攻撃が飛んできた。
目にも止まらぬ速さでの突き、だがその攻撃は突いたまま横にスライドし、躱した俺に襲い掛かった。
なんとか横撃を身体を捻りながら短槍の柄で防いだが、今度は反動を利用して逆回転しつつガードの空いた方への攻撃、それすら何とか防ぐと今度は手首を捻って柄を回転させて下からすくい上げてきた!
「がっ!」
俺は短い悲鳴を発して後ろに吹き飛んだ。
すくい上げられた石突きの部分が、強かに俺の腹部を強打したからだ。
「ほう? なかなかじゃな。いささか未熟な動きじゃが儂の四連撃を三つまで躱したな?
しかも最後の一撃、喰らう前に後ろに飛び、威力を相殺しおったわ」
いや、この爺の槍術は攻撃と攻撃の合間が極端に短いし、一連の動作が流れるようで無駄がなさすぎるんだよ!
なんだよこれは!
俺は必死に呼吸を整えようとしていたが、初撃を受けただけで全身から滝のように汗が流れ落ち、心臓は早鐘のように鼓動を刻んでいた。
短槍を持つ両手は、凄まじい衝撃を受けてジンジン痺れている。
「ほれ、機会をやるぞ? 突いてみんか?」
誘っているのかよ! 勘弁してくれ。今の攻撃を受けただけで『参りました!』と言いたいぐらいだ。
俺は覚悟を決めて心を無にした。
同時に俺は、魔将ゼノスに放ったとのと同じ、三連撃を放ったが……。
二撃目で木の短槍はポッキリ折れ、三撃目はただ虚しく空を切った。
「ほほほほほ」
爺の笑い声と同時に何か大きな衝撃を受けた俺は、そこで意識を手放した。
『シェンファ! シェンファ! シェン……』
薄れゆく意識のなかで、アルシェが必死に叫ぶ声だけが俺の脳裏にこだましていた。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(7/30)は、【語り終えたあと】をお届けします。
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