第十三話 新たな援軍
ラルシュに秘密を告げた翌日、俺は彼女たち一行と別れて街道を西へと進んだ。
事前にラルシュが書いてくれていた地図によれば、彼女たちと別れた街から馬で五日ほど進んだ先に国境があるらしい。
それに従って四日ほど進んだが、実際の距離は地図上の縮尺とは全然違っていた。
「しかし……、せっかく用意してくれたことに文句を言って悪いが、ラルシュには全く画才がないな。
本来ならさっきの町で八割以上進んでいるのに、この地図で見たら現在地はまだ半分だぞ? 距離感が無茶苦茶だよな? 街や山を示す絵も個性的過ぎるし……」
『仕方がないですわ。本来は聖域の地図などありませんもの。聖域の秘密を守るため、聖王国は地図の作成を禁じていますから。それに……、あの子は『画伯』ですもの』
いや……、それってアレだろ?
絵の才能がある人物に対する呼称と言うよりは、想像を絶するほど絵が下手、いや、独創的すぎる人に使う意味だよな?
その言葉をアルシェは何故知っているんだ?
『わ、私も絵は上手い方ではないので……、ね』
慌てて取り繕ってももう遅いぞ!
実はアルシェがダダ漏れの天然娘であることは、もう何度も思い知らされたからね。
俺は敢えて話題を変えることにした。
「ところでさ、さっきの町を出るとき、『一人旅は危険だから同行する商隊を待つべき』と言われたが、どういう意味だ? こんな場所に魔王軍や魔物が出るとでも言うのか?」
『先の魔王が世界に侵攻を始めてから十年近くになるわ、その上でさらに強い魔王が出てきて一年経つもの、各国の軍は最前線に出ているし、治安はずっと悪くなっているの』
「なるほど、魔王軍や魔物はいないが、心に『魔』を宿した人間が出現するということだな?」
あり得る話だよな。
長く続く戦乱で人々の心は荒み、生活に困窮する者も出てくるだろう。そうなれば治安は荒れ、山賊まがいの行為が横行する様になっても当然だ。
『そうなの、本来は聖王国が一番安全なのだけどね。逆に今は一番豊かで安全だから狙われやすいの。
この国にも兵士はいるけど、守っているのは神殿やそれが有る大きな街だけ』
それ以外は我関知せずって感じか? 露骨すぎるよな。
しかも碌な地図もないから連携も何もあったもんじゃないし、山賊や野盗たちのやりたい放題ってか?
『一応だけど、四つしかない国境は厳重に封鎖されているわ。安全な聖王国に逃げ込もうとする人も多いけど、ほとんどの人が国境で門前払いよ』
「でも抜け道があったりするとか?」
『正解、神殿に多額の寄付をすれば国境を通れるし、普通の人は通れない、危ない道を抜けて入って来る人もいるもの。ただ入ったとしても、他の国の人は聖王国で仕事に就けない決まりだし、そもそもだけど豊かなこの国で暮らすには、何もかもが高すぎるのよね』
排他的なこの国では、不法入国者は山賊稼業でもしていかないと暮らしていけないということか?
一方で聖王国としても、安全な立地だから難民が入り込みやすい。なので敢えて彼らにとって暮らしにくい国とすることで、流入を防いでいると?
「では……、他の国の者は聖王国で暮らせないのか?」
『確か……、神殿に一人当たり金貨十枚を寄付すれば、巡礼の許可が下りて通行証がもらえるわ。
その間は仕事もできるし、永住は無理かもしれないけど、数年ぐらいなら……』
「それで神殿は儲けている訳か……、酷い話だな」
なんか……、ますます『奴ら』が嫌いになりそうだ。
一年で一万人が救いを求めて訪れると金貨十万枚(百億円)、十万人なら金貨百万枚(一千億円)だぞ?
有り得なくないか?
『それよりも今の話よ。多分だけどこの辺りは国境に近いし、そういった抜け道があるのかもしれないわ。気を付けてね』
このアルシェの言葉がフラグだった。
いつの間にか、付かず離れず後ろを付いてくる数人の人影が見えると、街道はいつしか山間の鬱蒼とした森に差し掛かっていた。
「アルシェ」
『うん、来ちゃったかぁ~』
いや、『来ちゃった』じゃねぇよ! そもそも俺はまともに戦ったことがないんだぞ?
なんちゃって槍騎士なんだからさ。
『山賊は死罪だし、襲われたら討伐が許可されているわ。今のシェンファなら彼らを八つ裂きにできちゃうけど、そうなると返り血を浴びて国境を通るのにも拘束されちゃうし……、町に立ち寄って討伐した事を説明するのも面倒だし……』
そっちの心配かよ!
そもそも俺は人を殺したこともないし、まして八つ裂きなんてしないからな!
ただ俺が一騎と見て油断したのか、前方では道を塞ぐように十数人の男たちが、森の中から街道にワラワラと出てきた。
「押し通るか?」
『ダメ、多分だけど馬で逃げないように、街道の前後に綱を張っていると思うわ』
「どうすれば?」
『やっちゃいましょう』
「やっちゃうって、そんな可愛い言葉で済む話じゃないぞ?」
『先ずは覆いを外して短槍が彼らにも見えるようにして。分かった人たちなら逃げてくれるわ』
「???」
訳が分からなかったが、以前にポーラスで買った短槍を覆う布を取り払い、それが見えるように右手に抱えながらゆくりと前に進んだ。
◇◇◇
俺が彼らの前に差し掛かると、一人の偉丈夫がゆっくりと前に進み出てきた。
「よう、兄弟」
ははは、兄弟と来たか、面白いな。
俺もちょっと乗ってみようかな?
「おう、兄弟」
「大層な槍と荷物を抱え、旅に難儀しているようだな? 俺たちが預かってやってもいいんだぜ?」
「気遣いは嬉しいが、どうやら俺には必要ないようだ」
「大人しく従ってくれれば、命まで取ろうとは思わねぇんだが?」
「因みに聞くが、わざわざ待ち伏せしていたのに、何故いきなり襲ってこなかった?」
『ねぇシェンファ、どうして呑気に話をしているの? 彼らに良く見えるように短槍を……』
アルシェ、ちょっと待ってくれ。
俺にも考えがあってのことだ。
「俺たちは無駄な殺しはしない。大人しく言うことを聞いてくれれば兄弟の命は助かる、俺たちの仲間も無駄死にしなくて済む、全員が得をすると思うが?」
「仲間が死ぬのは織り込み済か?」
「俺も元は兵士だったからな、その短槍を見れば分かるさ。槍騎士だろう? その落ち着きっ振りも、それなりに自信があるんだろう?」
「それが分かってなお、戦いを挑むと?」
『シェンファってば!』
アルシェは抗議の声を上げたが、俺はちょっと彼らに興味を持っていたからね。
もう少し話が聞きたい。
「ここで何人かは死ぬだろうな。だが……、それでも女子供たちは冬を乗り切れることができる。
槍騎士が持つ短槍には、命を張るだけの価値はあるさ」
『あちゃー。お薬が逆効果だったのね』
「どういうことだ?」
『そもそもゼロスさんの短槍は槍騎士を示す証、相当な腕前を示す証が柄に付いているの。
だから一目見ただけで強いと分かるし、普通なら恐れて襲ってこなくなるのよ』
なるほど、それでお薬か……。
確かに地下道の中でも、サドレスたちはこの短槍を見て一瞬でゼロスの物と理解していたしな。
言ってみれば戦国時代での皆朱の槍みたいなものか?
「この人数なら半数はやられるだろうな、だがなんとか半数は生き残れる、そういう意味だ」
いや……、俺はアルシェに聞いたのであってお前に聞いたのではない。
ただ、彼らが相当な覚悟を持って話し掛けて来ていることは理解できた。
「そこまでの者たちが何故山賊に身を落としている? 事と次第によっては面白いお前たちと、その家族を救ってやってもいいぞ?」
「???」
どうやら俺の言葉に戸惑っているのか?
目の前の男を始め、俺を取り囲んだ全員が唖然とした表情になっているしな。
「どうせ殺し合うんだ。その前にお前たちの話しを聞かせてくれないか?」
「「「「「……」」」」」
ダメか?
そう思った時だった。最初に話し掛けてきた男がゆっくりと口を開いた。
「兄弟……、あんたは中々面白い男だな?」
「誰だって事情はあるんだろ?」
「ははは、違ぇねぇな。俺たちは徴兵されて五年間、必死に魔王軍と戦ったさ。そこで半分も生き残れなかったが、な」
なるほど、それなりの修羅場を潜り抜けて来たのか?
だからこそ落ち着いているし、それなりに腕にも覚えがあるのだろう。
「だが! やっと故郷に帰ってみれば領主は残った家族に重税を課して贅沢三昧、税が払えぬ者は土地を奪われ身を売るしかないありさまだ。馬鹿馬鹿しくてやってられなくなってな」
「それで聖王国に逃げて来たら、ここでも碌な扱いを受けなかった訳か? 理不尽な話だよな。お前たちの気持ち、分らんでもないよ」
「ははは、話が分かる兄弟は俺も好きだぜ。おっと、気の良い兄弟のせいで俺もしゃべり過ぎたな。
その槍と馬、所持金の半分を置いて行ってもらおうか?」
「兄弟も面白いな。全部寄こせとは言わないんだな?」
「全部奪っちまったら、今度は兄弟が路頭に迷うだろ? 俺たちにも少しばっかりは情けはあるからな」
こいつら、益々面白いな。
山賊にさせておくのがもったいないぐらいだ。
「なら俺と賭けをしないか?」
「どういうことだ兄弟」
俺が笑ってそう言うと、彼は怪訝な表情になった。
というか俺は今、どうしてこうも余裕たっぷりで話しているんだろう?
ワクワクしている自分自身が俺には信じられなかった。
「全員と戦って俺が勝ったら、お前たちや女子供が当面は安心して暮らせるようにしてやるよ。
その代わり俺の言うことに従ってもらおう」
いや、ちょっと待て! 俺は何を言ってるんだ? 馬鹿じゃないのか?
この人数と戦って無事に済む分けがないだろう! 俺はまた、壊れてしまっているのか?
「俺たちが勝ったら?」
「俺の命と装備、全て持っていけ! 行くぞ?」
何だよ! 俺の根拠のない自信は?
もう訳が分からないぞ!
そもそも俺は戦い方すら知らないんだぞ?
歌舞伎町の時は勝手に身体が動いて……。
「お互いに後悔はなしだぜ、兄弟」
そう言うと彼らは、一斉に剣や槍を手に襲い掛かって来た!
後ろから来た男たちも含め、総勢で約十五人ってところか?
状況は最悪だが……。
俺は無意識に馬から飛び降りると短槍を回転させて縦横に振るい、彼らの武器に叩きつけ始めた。
何故か俺の身体は本能的に動き、しかも驚くべき膂力を振るいながら彼らの武器を跳ね上げていく……。
先頭の男が袈裟懸けに振るってきた剣を回転させた短槍で叩き折り、そのまま身体を捻って別の男が突き出した槍を柄の部分で払い、そのままの動作で身体を回転させて間合いに入り突き飛ばすと、次に最初の男を石突きで突き飛ばした。
更に短槍と身体を一体化させて回転しながら数本の槍を一気に薙ぎ払い……。
いつの間にか、そして呆気なく決着は付いていた。
「兄弟、アンタ化け物みたいに強い……、な」
そういって男が倒れた周りには、ひしゃげた槍や折られた剣など、彼らの所持していた武器が使い物にならない状態で散乱していたが、俺は返り血ひとつ浴びてなかった。
いや、そもそも俺は誰一人として斬っていない。
武器を無力化させたあと、ただ体当たりで突飛ばしたり、手加減した槍で撃ち払ったり、石突きで突いただけだからだ。
かく言う倒れた男も、どこか骨折しているかもしれないが、見た目だけはほぼ無傷だ。
「では約束は果たしてもらうぞ? お前たち、女子供を含めた人数は?」
「???」
「言っただろう? 面倒を見てやるって」
「ご……、五十人」
その返答を受けると、俺は懐中のベルトから各国共通大金貨を六枚ほど取り出し、腰に下げた金貨の袋に入れて彼に投げた。
「ど……、どういうことだ?」
「この中には大金貨六枚、金貨は十枚ぐらいは入っているかな? 先ずは金貨で食い物を買って身なりを整え、その後で神殿に寄付に行け。一人当たり金貨十枚だから大金貨五枚で足りる」
「は? はぁぁぁぁっ!」
「お前らは魔王軍と戦った経験があるんだろう? だから家族を含めお前たちを助ける代わりに、真っ当な生き方を与えてやるよ。巡礼者として寄付をすれば少なくとも数年は滞在できるし仕事もできる。
もし俺に感謝してくれるなら、残った大金貨一枚で装備を整え、兵となって今は聖都で修行している巫女様を守ってくれないか?」
「あ、いや……、そんな……」
「俺の名はシオンだ。巫女様か付き従う兵にこう言え。『ゼロスとの誓いを交わしたシオンに言われ、巫女様をお守りするため駆けつけました』とな。そうすれば雇ってくれるはずだ」
「シオンさま……、ゼロスさまの誓い……」
呆気に取られつつも、脳裏に刻み込むためかブツブツ繰り返す男を尻目に、俺は馬に跨って走り出した。
『ってかさ……、あんな人たちに大金貨を六枚もあげちゃっていいの?』
「ああ……、奴らは最後まで俺を殺そうとしなかった。互いに切り結んでいた時も殺気はなかったしな。
それに山賊なのに『殺しはしない』とか、『半分だけ寄こせ』とか、面白い奴らじゃないか」
『でも……』
「本来なら殺伐としたこの世界で、それでも奴らは人であろうとしていた。それに俺は、奴らが結構義理堅いと感じたので、それならばと思っただけだ。持ち逃げされたら俺の見る目がなかった。それだけのことだ」
あとは姫様を守る兵が十五人では少なすぎるからね。
しかも神殿が付ける兵は信用できない。そう考えると彼らの方が百倍もマシだ。
そう言うと俺は、ひたすら国境を目指して馬を走らせていた。
◇◇◇
シェンファと山賊たちの出会いの半年後、聖都で研鑽を積む巫女の元に奇妙な来客が訪れた。
取り次ぎに当たったサドレスは、ゼロスとシオンの名を称える精悍な顔つきをした彼らの口上に驚き、直ちに巫女ラルシュへ繋いだ。
そこで彼らは正直に、シオンとの出会いから、彼らが国を出奔した経緯、それらの全てを巫女に話した。
そして涙を流しながら告げた。
「こんな我らの命でも、お役に立てましょうか? 犯した罪の罰は甘んじて受けます。ですがその前にシオンさまのお言葉に従い、ご恩を返すために巫女さまの御前に参上しました」
この告白を聞いた巫女は、優しく笑みを浮かべてひれ伏す彼らの傍に跪いた。
「貴方たちが犯した罪は、共に魔王軍と戦うことで償いましょう。幸い私の加護は水、心を新たにして人々に尽くせば、水は貴方たちの罪を洗い清めて流してくれるでしょう」
そう言って彼らの手を取って迎え入れたといわれる。
奇しくも巫女姫であるラルシュは、シェンファに加護を与えた瀬織津姫が、水流によって祓い浄めを果たすという伝承に似た、優しい言葉で彼らに応えていた。
この日より巫女一行には、新たに二十名の者たちが加わったという。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(7/28)より新章に入ります。次回は【武門の家系】をお届けします。
どうぞよろしくお願いします。




