第十二話 真実の一端
ポーラスの町を出立した俺たちは、次にルリエラポルト聖王国では第二の都市となるカインを目指して進んでいた。
距離にして馬車で四日の行程だが、その途中で三か所ほど町に立ち寄って宿泊することになっており、これまで既に二か所での滞在を終えていた。
『シェンファ、そろそろ潮時かもね。カインにはそれなりの規模の神殿もあるから、明日はそこに宿泊することになると思うの』
それはマズいな。
下手に俺の身元を探られたくないし、そもそも神殿とはまだ関わりたくない。
「じゃあ、今晩がラルシェたちとも最後か?」
『そうなるわね。シェンファのことは、あの子なりに理解してくれたみたい。他の皆にも言い含めてくれたようだし、そこは安心できるかもね』
そう、アルシェが『安心』と言っていたのは、俺の立場のことだ。
テラスで初めて彼女とじっくり話した翌日、兵たちが俺を呼ぶ際に使っていた言葉は『神聖槍騎士シオンさま』から、単なる『シオンさま』に変わっていた。
どうやら彼女なりに何かを悟ったらしく、その日のうちに全員に通達したらしい。
曰く……。
『シオンさまのお立場は色々とご事情があるようです。尊敬の念はそのままに、神聖槍騎士さまとお呼びするのは控えた方が良いでしょう。特に神殿の方々や聖王国の上層部に対して、シオンさまの存在が露見しないよう努めねばなりません。大恩ある方にご迷惑をお掛けすること、私たちが足枷とならないように気を付けましょう』
といった話らしい。
彼女なりの気遣いが、ちょっと心に染みた。
『寂しい? せっかく仲良くなれたのに』
「ははは、俺にはアルシェがいるからね。ただ……」
そうは言うものの、彼女と居ると心の奥底から『何か』が強く訴え掛けて来ている気がした。
あの日に彼女と話して以降、俺はそれを明確に感じるようになった。
『まぁ、加護が共鳴する相手とはそんなものよ。そればっかりは仕方ないし、あの子も同じように感じていると思うわ』
そうなのか? ただ……、アルシェの言葉は少し寂し気だった気がする。
でも……、アルシェにも最愛の人が居るんだよな?
この話題には触れたがらないので、俺も敢えてスルーしているけどさ。
「ラルシュには今後のことも話してあるし、どうせ彼女も聖都に入ればオタと共に修行らしいからな。
幸い西の国、ゼルフィスだっけ? そこで使える紹介状も手に入ったことだしね」
そう、俺が西の国に行くと話したあと、ラルシュは幾通りかの手紙を認めてくれた。
なにより彼女はゼルフィス槍王国の第一王女でもある。
いざとなったら手紙は保険として十分に役立つだろうし、ゼロスの実家を訪ねるにも好都合だ。
『でもゼロスの家に行くとき以外は、紹介状を見せる気はないんでしょ?』
「基本的には、ね。万が一俺が『やらかし』たら、ラルシュに迷惑が掛かってしまう」
いつ俺の嘘が露見するとも限らないしね。
その時にラルシュは、自分も騙されたという立場になってもらわないといけない。
『確かにシェンファは基本的にぶっきらぼうだし、誤解を受けやすいものね』
当然だ。本来なら俺の対人スキルは人並み以下だ。
そもそも人付き合いが苦手だったから、お友達は常にラノベだったんだぞ?
「それに他人から見れば俺は、ブツブツ独り言(アルシェと会話)を言ってばかりの、怪しい男だからな」
『アハハハ、私も責任の一端を感じるわね』
「ただ、アルシェが居るからこの世界でもやって行けるんだ。見捨てたら泣くぞ!」
『ふふふ、嬉しい言葉のご褒美、ありがとうございます』
「それよりも、別れの前にラルシュにだけは『アレ』を伝えておこうと思うが……、いいか?」
『うん、良い判断だと思うわ。事前に伝えておくことで、あの子に釘を刺すもりでしょう?』
「そうだね。彼女が良かれと思って動いて、返って怪しまれると不味いからな」
『正直じゃないなぁ。そうすることで守ってあげるつもりだと、何故素直に言えないのかなぁ?』
「……」
そんな話を騎乗のまましていると、いつの間にかラルシュたちとは最後の夜になる、とある街の入り口に差し掛かっていた。
◇◇◇
俺は夕食の席で兵たちに、俺自身の事情で明日より別行動をすると告げたが……。
「承知しました。ですが、我らは生涯シオンさまのご恩を忘れません。次にお会いするときま……、あ、いえ! 何でもありません」
「我らも心得ておりまする。これが『今生の別れ』となること、『設定』とは言え名残惜しいものです」
「再会を楽し……、おっと失礼致しました。もうお会いすることはないと思いますが、この先もシオンさまのご活躍をお祈りしております」
お前ら、揃いも揃って含みのある言葉は何だよ?
誰もがみな、別離を惜しむ言葉を言っても、敢えてこの先を聞こうとしないし、まるで再会することにフラグを立てているようじゃないか!
既に兵たちが、何らかの口裏を合わせているみたいな態度に驚き、ふとラルシェを見ると彼女は悪戯っぽく笑っていた。
なるほど、彼女が裏で糸を引いていた訳か?
兵たちは既に言い含められていると?
まぁいい、表向きは『完全な別離』として後のことは暗黙の了解が成立していれば、俺も言うことは何もない。
◇◇◇
俺は最後の食事を楽しみ、そして宿に戻ったら談話室にて話があると、事前にラルシュには伝えていた。
「ラルシュ、呼び出して済まんな」
「ふふふ、シオンも私と別れることが寂しくなりましたか?」
「違うわ、俺にとってはお前は『保護対象』だからな。守るべき相手が、ちょっと心配なだけだ」
「酷いですわ、私はとても寂しく思っていますのに……」
そういってラルシュは少しだけ頬を膨らませたが……、何だよ、この可愛らしい態度は。
あの時以降、ずっとこうだから逆に調子が狂うんだよな。
自然と惹かれる『何か』はあっても、彼女はまだ中学生相当の子供だ。そっちの感情はないけどね。
「あ、いや……。少しは俺も、な」
「それに私を『お前』呼ばわりする方なんて、他にはいらっしゃいませんわ」
第三者がいる場では、俺も彼女を姫様からラルシュ様と呼ぶようになったが、二人の時はずっと『お前』と呼んでいた。
もちろんこれには俺なりの勝手な理由がある。
たまに間違ってラルシュをアルシェと呼んでしまいそうになるからだ。なんとなく似ている名前だが、似ていると意識してしまって以降、つい間違いそうになってしまう。
「無礼……、か?」
「シオンには『特別』に許可します。本当に特別ですよ。それで、何かご用件があると拝察しましたが?」
ああ、そうだった。
これを言うために呼び出したんだった。
「まず大前提として、お前はアメノ神殿で禁書を読み、禁忌とされたものを見てしまった。これに間違いはないか?」
「あ、はい……」
「そのことは絶対に言うな。無我夢中でやった結果、偶然に召喚できてしまった。そう言うことにしておけ」
「もちろんです。私も身を滅ぼしたくはないですもの」
「ここからは他言無用の話なので、ラルシュは覚悟して聞いてほしい」
俺はそういうと、あからさまに表情と声のトーンを変えた。
俺が敢えて『お前』と呼ばず『ラルシュ』と呼んだ意味を彼女は理解したのか、黙って、そして大きく頷いた。
「禁忌とされたものは他にもまだある。この世界に不都合な、そして世界が歪んだ原因となる情報が禁忌には記載され、それは欠片として各地に分散され隠されている。お前が知ったのはそのひと欠片だけだ」
「そ、そんな!」
ラルシュは絶句して息を呑んだ。
そもそもアメノ神殿に残されていた禁忌ですら、彼女の想像を越えた内容だったのだから……。
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アメノ神殿に秘匿された禁忌事項
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ひとつ、召喚門と転移門に関する禁忌
・召喚の手順は定められた順序に則り、特に表と裏は決して違えてはならない
・召喚門は誤った手順で開くと転移門として異界に接続することがあり、そこへの入り口を開いてしまう
・転移門を開くには対価として、『満ちていない時』に応じた膨大な魔力が必要となり、時にそれは巫女の命を脅かすものとなる
・転移門は救世主を招くことができないが、異界へと渡ることはできる
ひとつ、異なる理による禁忌
・異界は世界の理が異なる地、そのためこの世界の者は力を失い弱体化し、異界から来た者は強化される
・転移門が異界と接続されると、此方と異界は時の理が大きく乱れる。異界に渡った者は、いつの間にか百倍の速さで経過する時の流れにより、帰るべき時代を失う事がある
・異界と接続している世界を繋ぎ続ければ、この地より膨大な力が異界に流出し、ひいては世界の破滅を招くことにも繋がる
ひとつ、異界より渡ってきた者に対する禁忌
・巫女との絆なしに異界から渡って来た者は、『異形のモノ』となる
・門を渡った『異形のモノ』は世界に害悪をもたらし、人の世を滅ぼす魔王の眷属となるべく、邪悪な意思と力を持つ
故に、異界との門は十二の時が満ちた召喚の時のみに使用し、それ以外は決して異界と繋いではならない
故に、身を亡ぼす恐れのある異界には、決して渡ってはならない
故に、この世界の安寧のため、魔王やその眷属となる『異形のモノ』をこの世界に導いてはならない
故に、万が一異界より渡って来た『異形のモノ』は、直ちに討ち滅ぼさねばならない
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「一つの欠片でさえ不用意に知れば身を滅ぼす。それが他にも有ることを知れば、『奴ら』は確実に知った者を抹殺する」
「そんな恐ろしいことを、私に教えるのですか?」
確かにその指摘は正しい。本当なら知らない方がいいのだから。
守りたいと言っておきながら相反することと受け取られかねないよな。
だが、敢えて教えるのには理由がある。
「申し訳ないと思っているが、俺は本当の意味でラルシュを守りたい。そのためには知っておく必要のある秘密もあるんだ」
「わかりましたわ」
「禁忌を知りそれを隠す連中、この国の聖王や神官たちを始め各国の上層部を決して信用するな。
彼らは巫女と救世主を、使い捨てにしているのかも知れない」
「私は……、一応王女ですけど、その話を知りませんでしたよ?」
「どこまでの上層部が知っているかは分からない。でも今の話で、少なくともラルシュが知らなかったことは確認できた」
「まぁ! 私は試されましたの?」
「それは謝るけど、少なくとも国王は知っているはずだ。だから絶対に信用するな」
「お父さまが……」
俺はこの時、壊れていた俺が見た悪夢、その光景を思い出さずにはいられなかった。
あの時に取り乱した『彼女』は、国王らしき人物に取りすがり、泣いて何かを訴え叫び続けていた。
だがあの国王は一顧だにしなかったし、最後は『彼女』にまで手を掛けた。
それが未来の現実なのかは分からない。ただこれから先は同じ流れにさせたくない。
「この件は俺も慎重に調べてみる。だけどラルシュは、奴らの甘い言葉に決して惑わされるな」
「わ、分かりました……」
「因みに俺が歪んだ、といったのはこの世界の立場からではないけどね。ただ俺は、何の罪もないのに『異形のモノ』とされ、今もなお虐殺され続けている人々、そんな事が二度とない世界にしたい。
それだけだ」
「そんな酷いことが……」
「これだけは誓う、俺はラルシュを助け魔王を倒す。ただ倒したのち、ラルシュの未来と向こうの世界の人たちも救いたい。そのために行動する」
「私の……、未来?」
「魔王を倒した救世主と巫女、その後はどうなるんだ? 彼女たちも救われるのか?
どうして魔王は倒しても倒しても出現するんだ? 魔王は生み出されるべくして生み出されたとは思わないか? この秘密が残された禁忌の欠片にある、俺はそう思っている」
「やっぱりシオンは……」
ラルシュは何かを言いたげだったが、敢えて口を押えて自身を制した。
ただ俺自身は、彼女が真実を知った上で未来を選択してほしいと思っている。
「信じるかどうかの判断はラルシュに任せるよ。この先でどんな決断をしても、俺は恨まない」
「もう……、当たり前のことですわ。私はシオンさまの言葉は全て信じています。これまでもそうだし、これからもずっと……」
確かにそうだよな。
何故か彼女は俺の言葉を素直に聞いてくれ、そして信じてくれている。
アルシェが全肯定と言っていた言葉通りに……。
「これらのことを踏まえ、俺からラルシュにお願いがある。オタは……」
「オタ……、ですか?」
あ、しまった。ずっとオタと心の中で呼んでいたし、アルシェとの会話でも既に共通言語となっているからな。
それに……、何度か本人にも『オタ』と呼んでいたこともあったし。
まぁ、俺自身がオタの名前すら知らないのだから、これも仕方ない。
「救世主候補の名前だ。俺が勝手に向こうの世界の流儀で名付けたんだけどね。
話を戻すがオタには『死んでも姫様を守れ』と伝えているし、オタもそう動くと思う。ラルシュはオタが懸命に取り組んでいる限り、オタを守ってやってくれないか?」
あ……、ついオタを連発してしまった。
もしかして、ラルシュに刷り込んでしまったか?
「守るとは……、どういう事でしょうか?」
「力で守るんじゃなくて、言ってみればこの世界の悪意から守ってやってほしい。そして何よりオタの力になるのはラルシュの気遣いや励まし、ちょっとした言葉を掛けることだ。それだけでオタは奮起するし、挫けないと思う。それが結果的にラルシュを守ることになると思う」
まぁ、明確な根拠はないんだけど、『大きなお友達』であるオタにとって、ラルシュはモロにストライクゾーンのはずだ。
リアル王女様、美少女、魔法少女、世界を救う巫女……、そっち系の人間にとってラルシュは『激推し』となる要素のオンパレードだからね。
「私達の都合でオタさまを、無理やりこの世界に招いてしまった事、とても申し訳なく思っています。
身勝手な言い分と分かっていますが、オタさまは私のできる限りお守りしようと思っていました」
ごめんオタ……、アルシェに続いてラルシュにも『オタ』が定着してしまったみたいだ……。
これは100%俺のせいだけどさ。
「俺からラルシュには、ひとつだけ……」
「ひとつだけ?」
「俺を信じて約束してくれたラルシュに、俺も自分の抱える真実のひとつを話しておきたい。
俺の名は真実シオンだが、こちらの世界での名はシェンファと言うらしい。詳しいことは知らんけど、な」
「そ、そんな……」
この話の前段として、アルシェから言われていたことがあった。
もしラルシュが俺の言葉を信じ受け入れようとしたなら、シェンファの名を伝えて欲しいと。
『本当なら私がずっと独占したいのですけどね。そろそろ……、必要かもしれないもの。未来のために……。まぁ……、信頼してくれたことに対するご褒美よ!』
はっきり言ってアルシェが何を言いたかったのか、今も俺は理解できない。
ただそれは彼女の意思だ。そして俺は勝手に、真の仲間になった証と思うことにした。
「魔王と同じ名で……、驚いたか? でも俺は魔王ではないぞ?」
「わ、分かっているわよ。でも……、わ、私は何も変わりませんよ」
「思いっきり動揺しているけどな」
「い、いつもシオンは意地悪よね」
そう言ってラルシュは笑ってくれた。
その顔は、かつて俺が夢で見た『彼女』、もうおぼろげな記憶しかない彼女の表情に何となく似ている気がした。
「意地悪なんじゃない。『ある人』いわく、俺は『ツンデレ』らしいからな。個人的にはデレた覚えはないが」
「ツン、デレ……、何ですかそれは?」
「俺もよく知らん」
「アハハハ、シオンは意外と面白い人なんですね」
そう言ってラルシュは大きく笑った。
さっきのどこが面白いんだ? 俺には全く理解できんが……。
何はともあれ、俺とラルシュは決意を新たにし、それぞれの道へと進む覚悟を決めた。
共通の秘密を抱えた仲間として……。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(7/27)は、【新たな援軍】をお届けします。
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