第十一話 彩られた虚言
何はともあれ、色んな意味でこの世界を訪れた初日に起きた危機は全て回避できた。と……、思う。
兵たちの不安は解消できたし、姫様にも言いたいことは言えた。多分だが、その後の様子を見ているとこの先は大丈夫そうだった。
あの後で彼女は自身の部屋を恐縮する兵たちに強引に譲り、交代で湯船で身体を温めるように指示していたし、何故か宿屋も改めて彼女に最上級の貴賓室を融通してくれた。
俺たちに十分な金貨があると思ったこともそうだが、町一番の商会のオーナーが直々に姫様を訪ねて来て、内々の贈り物をしてきたことも大きい。
結局のところ俺やオタも、商会が手配してくれた上級の部屋に入ることになってしまったし……。
そして夕食は、町一番の料理店が貸切られていた。
「こちらはお邪魔にならないよう、お食事の間は貸し切りにさせていただき誰も入らぬように申し付けております。ですがお食事後は、ご挨拶に参る者たちとの面会を許可いただきたく……」
なんか商人らしいな。ちゃっかりお膳立てが整っているし。
巫女様と救世主、そして神聖槍騎士のご一行を歓待する場を商会が取り仕切っているしさ。
「皆さまのご厚意には感謝いたします。もちろんですわ、内々にではありますがご挨拶させていただきます。
ただ私たちはまだ旅の途中、大義を果たす前にさしたるお礼もできず心苦しいばかりですが……」
姫様も本来のお姫様らしく、堂々と対応していた。
やはりこういう所は場慣れしているのか?
そして食事が始まったのだが……、そこで小さな問題が起こった。
そもそもだが俺は巫女様一行の部外者、しかも余計な話はしたくない。なのでもっともらしい理由を付けて席を離れた位置にしてもらうよう依頼していたのだが……。
俺より先に姫様の方からも『序列に関係なく車座で卓を囲み、みなと食事を共にしたい』との依頼が入っていたらしく、頭を悩ませた関係者はテーブルの上座、そのお誕生日席に姫様を、その左右に俺とオタを配置していたのを急遽変更し、俺だけ対面のお誕生日席に配置していた。
だが……、先ずオタが『師恩殿の隣には私が!』と言って俺の右手に勝手に座り、左手の席は兵たちで取り合いになったが、結局はサドレスが座り、更にその隣をサドレスと一緒だった二人が占めた。
結果的に一番の上座だった姫様の周辺が、最も人気のない席になってしまった。
『あらあら~』
「お、俺のせいじゃないぞ!」
いや……、なんでこうも俺と姫様が拗れるよう、事態が次々と進むんだ?
食事が盛り上がる中、対面で少しムッとした姫様の視線が、俺には痛かった。
『シェンファ、あれって……、いいの?』
「いや……、それは……」
今度は宴もたけなわとなった頃、俺の言葉を真に受けたオタが早速行動に出たからだ。
オタは姫様を始め、兵たちの席をひとりひとり順に回って、相手には通じない感謝の言葉を述べながら酒を注いで回っていたが……。
『日本の宴会じゃねぇんだよ!』
思わず俺は心の叫びを上げてしまった。
もちろん兵たちは皆、恐縮して引きつった顔をしていたのは言うまでもない。
そんな食事も終わり、商会に率いられた関係者が挨拶に入ったところで気が気でない時間も終わり、やっと俺は胸を撫でおろしていた。
そんな時だった。
挨拶の隙を狙っていたのか、俺は姫様から唐突に話しかけられた。
「神聖槍騎士シオンさま、後ほどお話がありますので戻ったら宿屋のテラスに……、いいですか?」
いや、それって「いいですか?」ではなく、「必ず来なさいよ」だよね?
表情を消していたものの、姫様の目にはそんな圧があった。
「あ、ああ、承知した」
俺はそう答えるしかなかった。
絶対に……、怒っているよね? でも何度も言うが俺のせいじゃないぞ!
『でも彼女、食事の間は何かを言いたげに、ずうっ~とシェンファを見ていましたよ。ちょっと妬けちゃうくらいに』
いやいや、そんな可愛い話じゃないと思うぞ。
それにアルシェの言葉も、こころなしか棘がないか?
◇◇◇
そして……、その時がやってきた。
俺がテラスの人払いと飲み物の手配を宿の主人に依頼して待っていると、入浴を済ませた後なのか多少後ろ髪が濡れた姫様が、商会からの贈り物らしい服に着替えて現れた。
「先ずはシオンさまには本日のこと、私への諫言を含めて深く御礼申し上げます。馬車のこともそうですが、サドレスからも預けていただいた金貨のことを聞きました。重ねて御礼申し上げます」
「あ、いや……。逆に変に恐縮されると怖いな、姫様から『さま』呼ばわりされると此方も恐縮してしまう」
いきなり文句を言われると思っていた俺は、余りにも予想外の言葉を受け少したじろんでしまった。
なので何とか、この言葉を返すだけで精一杯だった。
ただ丁重な言葉の裏腹に、彼女の視線は鋭いままだ。
「ではここからは……。商会の件も貴方が仕組まれたことよね? それはそれで感謝しておりますが、手回しが良すぎないかしら?」
うわっ、この状況、ちょっと居心地が悪いぞ。
真っすぐに見つめてくる彼女の目には、猜疑の色が満ち溢れていた。
「一体貴方は何者なのかしら?」
いきなり直球かよ! 手厳しいな。
「既に知っていると思うが?」
そう言うと姫様は不敵に笑った。
まるで俺の嘘を見抜いているとでも言いたげに……。
「私はアメノ神殿の神聖槍騎士は全部知っていますわ。アメノ神殿以外でも、神聖槍騎士であればそれなりに、ね。だけど貴方のことは一向に見覚えありません。
それに……」
「それに?」
「神聖槍騎士となられる方々は、元より身分も高く尊大で浮世離れしており、権威に胡坐をかかれているような方々ばかりですわ。ある意味では、私よりもずっと傲慢で世間知らずですもの。あのような立ち回りができるような、立派な方々ではありませんわ」
まずいな……。
彼女は巫女の立場でアメノ神殿に居たからこそ、下っ端の兵たちとは違い、神聖槍騎士ともそれなりに交わりがあったのだろう。
だから良く知っていると?
その上で彼女の言葉振りからして、神聖騎士には良い感情を抱いていないようだ。
逆に言えばそれだけ彼らは悪目立ちしていた、と言うことか?
「俺は変わり者でね。奴らとはずっと一線を画していたのだよ」
そう言った瞬間、彼女はクスリと笑った。
ほう、こんな表情もするのか?
「シオンさん、貴方は凄く優秀な方ですけど、抜けていることもあるのですね。そもそも神聖槍騎士の方々が、ご自身を『俺』と言われることはありませんし、異界の言葉を理解できるはずもありませんわ。
しかも救世主さまのあの変わりよう、そろそろ私にも『全てを』お話し下さっても良いのではありませんか?」
そっか、彼女は言葉が理解できないと安心して、ずっとオタとしゃべっていたしな。
その後の食事の席では、オタとしては必死に頑張っていたのだろうが、やり過ぎだったのは否めない。
『シェンファ、最初の説明を思い出して』
最初の説明? あ、そうか!
俺はアルシェのアドバイスに飛びついた。
「俺も色々と訳ありでね。俺が過去に神殿で『やらかした』ことは以前に話したと思うが?」
「ええ、それは確かに」
「俺は前代の巫女、そして彼女の救世主と共に魔王と戦った者だ」
「はぁ? そんな事が……」
ここで一気に彼女のすましていた表情が崩れた。
いけるか?
「俺は『やらかした』せいで、うっかり異界に流された。そしてたまたま、当代の巫女様が『やらかした』お陰で戻って来れたと言う訳さ。そもそも百年以上も前の話じゃ俺の事も記録に残っていないし、ことは神殿の不祥事だ。闇に葬られていてもおかしくはないさ」
「でも百年以上も……」
「向こうと此方では世界の理が違うように、時の理も違うという話は知っているか?」
これもたまたまアルシェから聞いた話だが、虚言を彩るには絶好のネタだ。
此方で百年でも向こうではたった一年しか過ぎていない。ただ……、これにも色々と条件があるらしいが、敢えて此処はスルーだ。
「でもその話は本当なのですか? 誰も計測した者はおりませんが?」
そう、姫様の言葉は正しい。
そもそもだが、どうやって計測するんだよって話にもなるしね。
ただ、概算ではあるが今回のことで実証された。
「事実として、少し前に門から此方に戻った姫様たちに追いつくのに、全力で走っても数時間も掛かったよ。逆に魔将ゼノスは俺の直後に入ったと思うが、追いついて来れなかった」
「確かにそうですが……。でも私は……、今の貴方から強い力を……」
そう言って姫様は下を向いた。迷い、後悔、困惑、どれもが入り混じったような表情で。
何が言いたいんだ?
『当然のことだわ。ちょっと悔しいけど彼女はシェンファの巫女だもの。強く『惹かれる』のは当たり前だもん』
惹かれる? 俺にか?
そんな事は有り得ないだろう?
『彼女はシェンファの言葉には素直に従ったでしょ? これは彼女の加護がシェンファの加護に共鳴し、召喚すべき相手だっていう証拠なの。彼女の意思に反しても、無意識にシェンファを全肯定してしまうのよ』
「あの人(救世主)もそうよ! 貴方と話してから驚くほど変わってしまい、まるで別人よ。あの騒動のあと、『今後は何があっても姫様を守ります』と言って、改めて誓ってきたのよ?」
ちっ。そもそもの話、オタは真っすぐすぎるんだよ!
俺は腹黒く動けって言ったじゃないか!
「良い傾向じゃないか? 候補者が正式な救世主と認定されるよう、せいぜい尻を叩いてやるといい。
ちょっと……、手に余っていたんだろう?」
そう言うと姫様は少し下を向いたが、やはりそうだったんだな。
そもそもだけどさ、アラサーのおっさんが中学生年代の少女に我儘言って困らせるって……。
あり得ない話だろうが!
「それで……、貴方はこの先も、私たちと一緒に来てくれるのよね?」
なんか素直にそう言われると後ろ髪惹かれるけどな。
ただそうも言っていられない。彼女を守るためにも。
「俺は魔将ゼノスに敵わなかった。もう少しで殺られるところだったよ。たった一年ちょっと向こうに行っていただけでこの体たらくだ。お前たちが本格的に魔王軍と戦うまで、俺は俺で自身を鍛えなおす。そして……、必ずお前を助けに行くよ」
「はいっ!」
そう言うと姫様は、本当に嬉しそうに返事をしてくれたが……。
なんだこの素直さは。ちょっと可愛いな。
もっとも、俺が中学生相手にときめくことや、特別な感情を抱くことはないけどな。
『油断できませんわ、あと数年もすればシェンファのストライクゾーンに……』
おいっアルシェ! 余計な茶々は入れないでくれ。
そもそもストライクゾーンなんで言葉、どこで覚えたんだよ!
「ところでゼロスの最後について、私にも聞かせてもらえますか?」
「ああ、ゼロスは姫様たちが逃げ伸びることができるか、向こうでも無事に脱出できるか、その二つを最後までずっと心配していたよ。そして彼は……」
『お願いします。姫様は我らに残されたひかり……』
「俺が姫様を守ると誓ったあと、最後にそう言うと笑って逝ったよ」
「ゼロス……、私は最後まで彼に心配を掛けて……。私もこの場で誓います。ゼロスの願いに応え、この世界を必ず救う、と」
涙を流しながら姫様はそう言って前を向いた。
「ああ、そして俺もゼロスの願いに応じ、姫様を守ると約束する」
そう言うと姫様は涙を流しながら笑った。
あれ? なんか凄く可愛いな。こんな笑顔もするのか?
『女の涙、そして零れんばかりの笑み、これは……、侮れませんわ』
いや……、ちょっと感動的なシーンだぞ?
茶々を入れないでほしいな。やっと姫様とも和解できそうなのに……。
「これからは私を姫様ではなくラ・アルシュ……、ラルシュとお呼びください。これが巫女たる運命を受け入れた私に授けられた名です」
そうなのか? ラ・アルシュって向こうの世界では箱舟って意味だよな?
向こうの世界から世界を救う救世主を導く箱舟、言いえて妙だよな。
もしかしてこの言葉も、かつて『渡り者』と呼ばれた者たちが残した言葉なのかもしれないな。
「今日は何から何まで、本当にありがとうございます。改めて御礼申し上げます。
あと最後に一つだけ、今後はシオンさまを全面的に信じる者として申し上げますが……」
ここまで言ってラルシュはクスリと笑った。
なんだ……、この含みのある笑いは?
しかも彼女は再び、俺のことを『貴方』ではなく『シオンさま』と呼んでいるし。
「百年以上向こうにいらっしゃった方が、魔将ゼノスの名をご存じのはずがありませんわ。魔王シェンファに率いられ、彼らが現れたのは一年前ですもの。
この辺りの筋書きは、ご一考される必要があるかと……」
「そ、それは……」
「あともう一つ、禁忌を知るものとして申し上げますが、時の理が狂うのは門が繋がっている間のみ、そう記されています。ですので百年も前の方が、『今もそのように若いお姿でいらっしゃるはずがない』、神殿の上層部ならその様に思うはずですわ」
『ああああっ!』
確かにそうだ。そこもまた思いっ切り話が矛盾しているし、アルシェは『お約束』の反応を見せていることだしな。
「では私はこれで失礼いたします。お休みなさいませ」
そう言ってラルシュは、俺の言葉も聞かず席を立ったので、俺は満面の笑みで立ち去る彼女を、ただ茫然と見送るしかなかった。
「……」
『あちゃー、バレてるわね』
最後は締まりが悪くなったが、少なくとも彼女は今後、俺の味方となったようだ。
それだけは十分に分かる、大きな前進となった一日だった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(7/26)は、【真実の一端】をお届けします。
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