第十話 ユウシャに託すこと
オタはずっとヘタリ込んだまま、目の前で繰り広げられていたやり取りを呆然と眺めていた。
そして姫様たちの問題が片付いた後、俺は改めてオタに向き直った。
「なぁ、お前には今俺の話している言葉が分るよな?」
「「「「「???」」」」」
周囲の者たちは不思議そうな顔をしていたが、オタだけは怯えた顔で頷いた。
そりゃそうだろう。敢えて俺は日本語で話しているのだから。
「俺が敢えて、向こうの言葉で話すのはお前の名誉のためだからな。今後『ユウシャ』として人々から期待され、賞賛を受けるお前の名誉を貶めたくは無いからな」
「ボ、ボクは……」
「返事には気を付けろよ。お前の言葉は今の姫様も理解できるからな。お前もパートナーから見損なわれたくはないだろう?」
俺の言葉にオタは無言で怯えながら、カクカクと首を上下に振った。
そう、アルシェの話によると『間違い』で連れてこられたオタには、今後は死に物狂いの努力を重ねてもらい、最低限でも姫様を守れるぐらいにはなってもらわないといけない。
これ自体が遠く果てしなく遠い目標にも思えるが……。
「お前がラノベの知識から、自身がとんでもないチートを得た状況にイキってしまう気持ちも分かる。
だが大前提としてこの世界はお前が考えているほど甘くはないぞ」
「なっ! なんでお前がそれを」
「本来ならこの世界の住人である俺が、日本語を話せていることで想像が付かないか? お前はこの異世界への転移者、だが俺は此方の世界から現代日本に異世界転生した者だからな」
これはもちろん大嘘だ。だがオタならそれを都合よく理解してくれると思っていた。
案の定、転生者という言葉に一瞬だけオタの目が輝いたからね。
「まずこれだけは覚えておけ。俺たちはこの世界にとって異物だ。本来なら向こうの世界から来た俺たちは『渡り物』や『異形のモノ』と言われて忌避され、直ちに殺されるような存在らしいぞ」
「そ、そんな……」
それを聞いたオタは真っ青になっていた。
当然だよな。今までは『世界を救う使命を受けた勇者』と思い込んでいたのだから……。
「お前はこの世界で『救世主』と認められるよう、必死に努力して本物の力を身に付けなければならない。
姫様にとって今のお前は救世主だが、この世界ではあくまでも『候補』に過ぎない」
「まさか……、お前もその『候補』なのか?」
「違う、俺は巫女によって招かれておらず、ただの異物だ。救世主になりようがない。俺はお前たちが救世主になるのを支えることしかできない」
(まぁ、本当なら候補らしかったけど、今はもう違う)
なんだ? オタは明らかに安心した様子になったが……。
俺がライバルになるとでも思っていたのか?
「だが今の俺たちは弱い、まだ弱すぎるんだ。歌舞伎町に居た魔王の配下、魔将ゼノスにも完敗するし、魔王と戦えば瞬殺されるぐらいに、な」
「そんな……、ボクは、い、嫌だ!」
もちろん俺だって嫌だ。
魔王に殺されるのもそうだが、このまま日本に戻って犯罪者扱いされるのもごめんだ。
「だがもう後戻りはできないぞ? 嫌だと言って逃げていれば、いずれこの世界から抹殺されるだけだ。
そんな運命に巻き込んでしまい、申し訳なくは思っているが……」
これは本心でもある。
そもそも何の加護のないオタが、あの場面で俺に縋り付いてこなければ……。
俺があの時、すっ転んでいなければオタは過酷な運命を強いられることも無かった。
「俺だって殺されたくないさ。魔王にも、この世界にも、な」
「ボ、ボクだって……」
「そのため俺は、お前たちを安全な場所まで送れば、自分を鍛えるために巫女の一行から離れる。
世界を生き抜く力を、魔王に打ち勝つ力を得るように死に物狂いで努力するつもりだ」
「な、ならボクは?」
「この先でお前には『師匠』が付くらしい。その下で懸命に励め! 俺と同じく命懸けで、な」
そう、姫様を護るためには、チートの力を持つオタにも強くなってもらわねばならない。
少なくとも、俺が代わって守れるようになるまでの間は……。
「ボクを元の世界に帰してくれ、勇者なんてなれなくても構わない!」
その気持ちは分かるよ。俺だってそうだからな。
自分たちを受け入れない世界を、命懸けで救わなきゃならないなんて、理不尽極まりない話だからな。
「それができれば、真っ先に俺が帰っているさ」
(これも嘘だけどね。俺には真の目的が他にもあるし)
オタは絶望した表情になって震えていた。
薬が効きすぎたか?
だけど彼には、本当に死にもの狂いになって努力してもらわなければならない。
「努力すればお前は強くなるよ。かつて巫女に選ばれて世界を渡った者たちも、ずっと魔王に勝利して来た。
彼らも元は俺たちと同じ一般人だ。それに姫様は優秀な巫女だそうだ。その姫様が選んだお前を、お前自身が信じて努力しろ」
(ごめんオタ、これにも嘘が散りばめられている)
そもそも巫女が選ぶのは、素養がある者だけだ。
そしてオタには選ばれるべき素養がなく、そもそもだが選ばれてすらいない。
だからこそ俺が、陰ながらオタと姫様を支援する。そのためにオタは必要だからだ。
「我ながら……、酷い嘘だな。自分の腹黒さが嫌になる」
オタに聞こえないよう、俺は小さく呟かずにはいられなかった。
結局のところ、俺は俺でオタを利用しようとしているのだから、この世界の奴らと変わらない。
『でもシェンファは、今できる中で唯一の、そして最善の道を言っているに過ぎないわ。結局のところオタさんは勝利する以外、生きる道がないもの』
少しだけ……、アルシェの言った言葉に救われた気がした。
「俺も必死に努力して強くなり、いずれお前たちが魔王と戦う前に合流する。だからお前も頑張れ!
それだけが俺たちに唯一残された道だ。覚悟を決めてくれないか?」
オタはずっと戸惑っているが、当然の話だよな。
座して殺されるか、それとも生き残る可能性に賭けて必死に戦うか。
どっちも死ぬ確率が高く、僅かな可能性しかないのだから……。
「オタ、せっかくお前が夢に見た世界に来たんだ。本当に勇者になるため頑張ってみろよ。
どの物語でも勇者は初めから強くはない。何度も危難を乗り越えて強敵に打ち勝ち、勇者と呼ばれるに相応しい力を手に入れるのだろう? 俺たちに付いてこい」
「は…、い」
「ありがとう。覚悟を決めてくれたお前には、二つのことを言って置きたい」
そう、これが敢えてオタに日本語で語り掛けた真の目的でもある。
俺たちはこの世界を信じてはいけない。
「ひとつ、今後お前に付けられる師匠は、師でありながら監視者でもある。決して油断するな!
彼らは此方の世界の側の人間であること、弱いと判断されれば見捨てられること、強すぎると思われれば恐れられること、この三つを胸に深く刻み細心の注意を怠るな」
これはアルシェから聞いた話を、俺なりに理解した結果だ。
この世界の人々、特に権力者は本質的に俺たちを受け入れていない。もし大きな力を持てば、それはそれで恐れられ、排除されてしまう。
もし俺たちが『真実』を知れば、彼らに牙を剥くのは自明の理だ。きっと彼らはそれを恐れている。
「はい」
「ふたつ、これから先、お前は何が何でも姫様を守れ! 絶対に、だ! この世界で唯一、お前を信じ最後まで守ってくれるのは、あのお姫様だけだ。そして姫様の立場を強化し味方を増やすことは自身の利になる。今後は個人の『力』だけでなく打算や戦略で動く『軍師』になれ!」
今日の様なことで、姫様の足を引っ張るなんてもっての外だからね。
「それに姫様の配下は、自分の配下と思って労わってやれ。腹黒くてもかまわない、彼らが力ではなく心によって心服するよう考えて行動しろ。それがやがてお前にとって最強の盾となる。人々から尊敬されてこそ真の勇者だからな」
「はい!」
実のところオタが好きそうな言葉を敢えて散りばめてみたが、案の定それに乗ってくれた。
意外とオタもチョロいのか?
それとも俺もオタも同じ属性だから、作戦が見事にはまったのか?
『ふふふ、シェンファは若い頃から人を率いる才能があったのね~。見ていて惚れ惚れしたわ』
いや……、俺はラノベで見た主人公の言葉や振る舞いを真似ただけだし、不思議なことに勝手に心に浮かんだ言葉を話しただけだ。
こんなもの俺の本質でもなんでもないぞ?
「師匠、私は何年ぐらい師匠をお持ちすれば?」
「そうだな……、早くても二年、遅ければ五年ぐらいは……」
(アルシェの話だと、本格的に魔王と戦うにはそれぐらいの時間が必要らしいからな)
いや、ちょと待て! 今オタは何て言った?
なんで俺がオタの師匠なんだよ! どう見ても奴は三十前後、俺よりもずっと年上だぞ!
「た、頼むから師匠はやめてくれ! それに変な気を遣うな、怪しまれるだろうが!」
ここで姫様が怪訝な顔をしていたからね。
オタの話す言葉は姫様も理解していると言ったっだろうが!
「では今後はシオン殿のことを、我が『師』であり『恩人』でもあることから、『師恩』殿とお呼びして敬意を示したく……」
「……」
しまった、曲がりなりにもコイツは立派なオタだ。
こういう小技も好きなのだろう。
兵たちが俺をシオンと呼んでいたのをちゃっかり聞きとって、文章の意味は理解できなくとも名前だけは発音で理解していたのか?
もしかしてオタは、割と地頭は良いのか?
これも俺が『憂者』や『融資者』を広めたしっぺ返しか?
満足気に笑うオタを見て、俺は心の中で盛大に頭を抱えていた。
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明日(7/25)は、【彩られた虚言】をお届けします。
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