第九話 知らねばならないこと
仁王立ちになった俺は、怒りと恥辱にまみれながらも気丈に睨み返してくる姫様と、無様に地べたにへたり込んで怯えるオタを見下ろした。
正直言って姫様には思うこともあるが、本人なりに必死に何かをしようと努力していることは認めている。
世間知らずでお姫様な振る舞いや言動も、本人が本物のお姫様なのだから仕方ない。
だがオタは別だ。
一行が街道に出た時から、俺はオタに思うところがあった。
そもそもの話、生まれながらに王族で巫女に祭り上げられた姫様と違い、オタは生粋の庶民だろうが!
あの深い雪の中で道を作ってくれた兵たちに感謝することなく、『さっさと温かい飲み物を持ってこいよ』とか『いつまで俺を歩かせる気だよ』とか言って、事あるごとに偉そうに悪態を付いていたよな?
兵たちが言葉の意味を理解できていない事がせめてもの救いだけど、それでも彼らだって態度で分かるぞ!
空気を読んで恐縮していた彼らに、『コイツら全く使えねぇよな』って捨て台詞を吐いてたよな?
俺はしっかり聞いてたし、当然だけどお前の言葉を理解していたからな!
ここに来てから更に増長していたし、その様子は目に余るものだった。
「まず姫様、お前はゼロスが金貨を管理していたことは知っていたんだよな?」
「あ、当り前よ、そんなこと!」
「じゃあそのゼロスが居なくなって、お前の我儘を誰が、どうやって叶えるんだ? 彼らが金貨の湧き出す壺でも持っているとでも思ったのか?」
「わ、私は、我儘なんて……」
「王族として当然のこと、そう言いたいのだろう? お前が王宮や神殿で過保護に扱われている時はそれでもいい。だが、今は状況が違うと分かっているのか?」
「そんなこと分かって……」
「いや、分かったつもりかもしれないが、何一つ分かっちゃいないんだよ」
「何で貴方がそんな事を言えるのよ!」
「そのセリフが出てくるからだよ。兵たちがどうして困っていると思う? それはお前が非常識で理不尽な要求をしているからに他ならない。そんな中でも彼らはお前を責めることもなく、自分たちが不甲斐ないと恐縮し、必死にお前の要求に応えようとしている。何故だ?」
「それは私が……」
「そうされる資格があるとでも? そもそもお前たちはこの世界のために何をした? まだ何もしていないだろう? 人はお前を姫様や巫女様と呼んで丁重に扱うのは何故か、その意味を理解しているか?」
「もちろんこの世界を……、だから私も応えるため必死になって……」
「そうだ、期待されているからだ。でも、期待されているだけだ。まだお前は何もできていない。
他者から崇められるのは、それなりに何かを背負い、何かの使命を果たしているからだ。
だからこそ彼らは、自身の命を賭して守ろうとしてくれるんだ。ただ、それを当然のこと思っていたら終わるぞ?」
「私だって救世主を……」
「それもただの『候補』だろう? まだ聖王から救世主として認定される力もなく、今は忌み嫌われるただの『渡り人』だぞ? そんなコイツを導かねばならない立場のお前が、悪い見本を示しコイツを増長させてどうする?」
「な、何でそれを貴方が……」
ははは、ここで改めて姫様の顔色が変わったな?
やはり彼女も知っていた、ということだな。
「俺を誰だと思っているんだ? 神聖槍騎士だぞ、知っていてもおかしな話じゃないだろう」
(まぁ本当は、事前にアルシェから聞いていたから、だけどね)
「……」
「因みに聞くが、さっきの食事もこの宿も、ゼロスが居ないのにどうやって用意したと思っているんだ?
お前はそのことを考えたことがあるか?」
「……」
まぁ、お姫様がお金の心配なんてする必要がない立場なのは分かるよ。でも、今はそんな事を言っている状況ではない。
「彼らは自身の所持金を持ち寄り、なんとかお前たちの食事や宿を工面しているんだぞ。
そもそもだが、一介の兵士たちがお姫様と同じ暮らしができる程の大金を、持ち歩いていると思うのか?」
俺の言葉を受け、姫様は表情を変えて兵たちを見回したが、彼らは俺の無礼を咎めることもなく、ただずっと項垂れたままだっだ。
それは俺の言った事が事実と認めているのに等しい。
「そ、そんな……」
やはり彼女は何も考えていなかったのだろう。
今更ながら、それが分かったのか彼女は動揺していた。
「彼らは時に自身の命を投げ出してまで、お前を守ってくれるだろう。だが……、そんな彼らに対して、お前はこれまで何をしてきた? これからも続く過酷な戦いの中、どうやって彼らに報いて行くつもりだ?」
「わ、私は……、どうすれば……」
そう言って素直に聞いてくると言うことは、意外と俺の話も響いているのか?
俺はてっきり『アンタなんかに言われたくないわよ!』と言われると思っていたのだが……。
「簡単なことだよ。彼らに感謝し、自らが泥を啜ってでも全力で彼らを守ってやることだ。
それがお前に期待し、命懸けで守ってくれる彼らに対する礼儀だ。なのに、お前自身が些細な我儘で彼らから金銭を巻き上げてどうする?」
「そんな……、つもりは無かったの……」
「そんなつもりは無くても、結果的にそうなっているだろう。知らなかったじゃない、知っておかなければならないことなんだ。お前はそんな事すら知らない自分自身を、恥じなければならない」
「……、はい」
「あの寒い雪道で、雪をかき分けて道を切り開いてくれた彼らに対し、お前ができることは幾つもある。
感謝の言葉を掛かること、労いの言葉を掛けること、宿があるなら暖かい部屋や風呂を彼らに用意して英気を養わせることだ。簡単な事とは思わないか? そんな些細なことで、彼らは報われるんだ。だがお前の指示は真逆だったんだよ」
「わ、私は……」
「それと……、お前はもう少し物事を深く考えた方がいいな。お前たちは少人数だ、魔王軍以外にも事情を知らぬ野盗に狙われることもあるだろう? そんななか、少ない護衛で目立つ馬車や白馬で移動してどうする? 襲ってくださいと言っているようなものだぞ?」
「あ……」
俺の好きな三国志演義でも、諸葛孔明と並んで天才軍師と評された龐統が、目立つ白馬に乗っていたがために『落鳳坡』で狙い撃ちされ、敢えなく命を落としたという逸話もある。
それを思い出して引用させてもらったのだけどね。
「そもそも白馬や馬車を用意するにも金がかかるし、そんなものが今日の明日で整うと思う方が世間知らずだと考えた方がいいな」
「はい……」
「資金が必要であれば、助力を願い頭を下げるのではなく、持っている奴に自ら進んで出させるようにしたら良いのじゃないか? ちゃんと頭を使えば、彼らは喜んで道中の費えを負担してくれるぞ」
(実際にアルシェはそうしたしね)
「そんな事が……」
「できるさ、先ほどは俺自身がこの町でそれをして来たばかりだからな」
「えっ?」
「戦いでは守られるだけの立場でも、それ以外では頭を使って守ってやる側になるんだ。
そして彼らの声、諫言は耳が痛いことでもちゃんと聞いてやれ。その上で良く考えて判断しろ。
そんな事すら言えない雰囲気を作ったのは、お前自身の責任だ」
「私は……、そうだったの?」
そう言った姫様は、おずおすと周りの兵たちに視線を向けたが、兵たちは否定しなかった。
ただ口々に……。
「申し訳ありません」
「我らが至らぬばかりに」
「本来なら我らが……」
そんな事を言って、自分たちを責めていた。
それを見て姫様は完全に事情を理解したのか、泣きそうな顔になった。
「そうなのね……、本当に、本当にごめんなさい」
彼女はそう言うと兵たちに頭を下げていたが……、それができるのかよ!
なかなか潔いな。
俺ならこういった指摘を受けても、彼女のように素直になれないと思う。
「これまでの行い、知らなかったことを改めて詫びる必要はないさ。ただ、知るべきことがあると分かった今後は、彼らのことも考えてやってくれないかな? 当面の問題である移動手段と必要な費えは俺の方でなんとかするさ」
「え?」
「まぁ、正確にはなんとかしたので、遠慮なく受け取ってほしい」
「ええええ?」
これこそがアルシェの指示で、あの商会に『依頼』してきた内容だ。
『多分だけどあの子たち、これからの移動にも苦労すると思うの。私たちも『救世主』の名前を借りた訳だし、これぐらいはしてあげないと、ね』
アルシェは笑った様子でそう言っていた。
それをもっともな話だと思い、アルシェの言った通りに俺は動いていた。
そこで買い物を済ませたあと再びあの商会に戻り、自身の乗馬の手配を依頼した。
次に目立たない馬車(但し内装だけは十分に豪華に)と人数分の馬、そして彼らに必要な水樽や携行食など、諸々の必要備品を一括で手配するよう依頼していた。
「今後の旅に必要な金貨は代表者に預けておくので、安全を考えお前たちで再配分してくれないか?
全員が金貨を分散して持てば安全だと思う。サドレスを含む三人はこちらに。ベルト(金貨を隠す)は所持しているかな?」
「「「はっ!」」」
その返事を受けて俺は、周りから見えないように一人当たり各国共通大金貨を一枚づつ、金貨を十枚ずつ、サドレスだけには追加で神聖王国大金貨を一枚握らせた。
「「「こ、これは!」」」
「この先も姫様を守ってやってくれ。馬車と馬は既に支払いを済ませて用意させている。今渡した金貨には、お前たちへの俸給や褒賞も含まれているから、それも定期的に姫様からお前たちに与える様にしてくれ。
必要経費として、お前たちが姫様を守るために必要な装備品を整える費用もここから出してくれ」
そう言って俺は彼らに片目を瞑ってみせた。
実のところ、本来なら俺が彼らの宿に立ち寄った目的は、内々に金貨を渡してこのことを伝えるためだった。
先回りして彼らの今後を心配していたアルシェの願いに応じて……。
「感謝を、神聖槍騎士シオンさまには、この上なき感謝を。先ほどからのお言葉にも感銘しておりましたが、この上で更にここまでお気遣いいただくたは! 我ら一同、身命を賭して姫さまをお守りすると、ここで改めて誓わせていただきます!」
サドレス平伏して叫んだかと思うと、何故か男泣きを始めてしまい、続いて二人が、そして残った十二人も一気に平伏して肩を振るわせ始めた。
よほど……、彼らは苦労していたんだな。
指揮官だったゼロスや、苦楽を共にしたであろう仲間を失ったこともあるしな。
『ふふふ、さっそくシェンファはあの子を導いてくれているわね。言葉たまけでなく、早速自分が言った言葉を実践してみせたのだもの。今の彼らの様子を見て、『あの子』の顔つきが変わったわよ』
そうなのか?
言われてみると、姫様の頬にはうっすらと涙が滲んでいた。
まぁ俺がこんな偉そうなことを言えたのも、アルシェの導きがあったからだけどね。
俺自身は大層な人格者でも、こんな偉そうな事を言える立場でもないんだから。
ただ不思議なことに、何も考えていないのに自然と言葉が心の奥底から出てきただけだ。
さて! 今度はオタだな。
奴への説教は、ちょっと頭が痛いんだけどな……。
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明日(7/24)は、【ユウシャに託すこと】をお届けします。
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