第八話 教育的指導
ひとときの幸せな気持ちも、心穏やかに過ごせた時間も長くは続かなかった。
もちろんそれを見事にブチ壊してくれたのは、例の如くお姫様とオタだったけどね。
俺は必要な買い物や依頼を済ますと、予めサドレスから聞いていた彼女たちが宿泊する予定の宿を訪れた。
そこで……。
「おい、どういうことだ?」
宿屋の一階、中に入った飲食スペースで見たものは、何かに怒っているのかテーブルに座って不機嫌にまくし立てている姫様と、その反対側では興味なさそうにテーブルの上に足を乗せ、ふんぞり返っているオタ。
そして困った様子の兵たちだった。
「!」
俺の言葉に気付いたサドレスと他にもあの時の二人が駆け寄ってきたが、どうやら三人とも青い顔をしており、何かしらの問題が発生していることだけは理解できた。
「何があった? 遠慮せずに包み隠さず教えてくれないか?」
「その……」
「サドレス、途中までとは言え俺も同行する立場として言わせてもらう。余計な不和を抱えたまま出立するのは返って姫様に危機を招き、忠義に反するぞ?」
「は……、はい。これは我らが至らぬせいで姫様のお心を煩わせてしまったことが原因です。
そもそも我らは、姫様をお世話するに十分な金貨を所持していなかったことが原因でして……」
世知辛い話だよな、何をするにも先立つものが必要。これはこの世界に限ったはなしではない。
だが……、彼らはそんなに不用意なのか?
それってもしかして……。
「もしかして、それらをゼロスが管理していて、彼が肌身離さず持っていたとか?」
「はい、念のためゼロスさまの他に、分散してあと三人が所持していたのですが、彼らも皆も彼方で……。そのため今は、我ら全員の所持金を持ち寄って対応しているのですが、なんとも……」
あちゃー、そうなると一行は十七人、食事にも事欠く状態ってことか?
やはりアルシェの懸念は正しかったな。
「それは難儀なことだな。それが原因で何があった?」
まぁ、ある程度は想像が付くけどね。
だからこそ、俺はアルシェの依頼で、もう一度あの商人の所に立ち寄ったんだし。
「第一に、姫さまがこの先の移動は、馬車または騎馬にての移動を望まれましたが、それはもっともな事とは思いつつ、乗り合い馬車や通常の馬車ならまだしも、姫様に相応しい格式ある馬車となると手配が難しく……」
手持ちも無いのに無理だわな。
それに格式ある馬車なんて、常識的に考えて今日の明日で手配できる代物じゃないだろう?
「馬車が無理なら、せめて全員が騎馬でとの仰せでしたが……、残念ながら今の我らには十八騎もの馬を手配する伝手もなく……」
ここでもう一人の兵も参加してきた。
それにしても十八騎?
彼らは十五人に姫様とオタで十七名だが、俺の分も当然のことして考えてくれているのか?
「騎馬を利用するにしても、姫様は巫女でいらっしゃる以前に我が国の王女殿下、騎乗されるなら当然のこととして白馬を所望されまして……」
あらら、三人目が参加してきたか。
金もないのにミエだけは張らせろと?
いや、そもそもだけどお姫様は金の事など考えていないだろうな?
「第二に、……」
まだあるのかよ!
「此方の宿では浴室付きの部屋を所望されまして……、それは王宮や神殿でも毎日湯浴みされていたので当然のことなのですが、姫様だけでなく勇者様も、と……」
『私から補足すると、そもそも浴室付きの部屋なんて高級宿にしかありませんわ。仮にこの宿に有っても、当然だけど彼らの所持金を全て持ち寄っても無理な話だと思うわ』
だよな……。俺だって気持ちはわかる。寒い中を延々と歩いてきたしな。だが……、それは彼らも、だ。
それにオタめ、お前は毎日風呂に入らなくても問題ないだろうが!
「我らも宿に交渉し、何とか一部屋だけは……。ですがそれでも二部屋は如何ともし難く」
いや、二人目の君! 交渉で確保しただけでも凄いと思うよ。
それでおそらく、すっからかんになったと思うけどさ。
「ですがそれも最上級の部屋ではありませんでした。どうやらお二方ともそれが気に入らないご様子で……」
三人目の君! そもそも金もないのに最上級の部屋を望む馬鹿には、君たちの方が怒っていいからね。
俺が許す!
オタも調子に乗っていやがるな……。先ほどまで可哀そうと思っていた気持ちは一気に吹き飛んだぞ。
「そして三点目ですが……」
くそっ、まだあるのか! 度し難いな……。
「我らはこの町の商人や有力者から支援を仰ぐべき、そう申し上げたのですが、『此方から願い出るなど物乞いのような卑しき振る舞いは以ての外』と、この点について一番ご立腹されておりまして……」
それはやりきれないな。
彼女には庶民の俺からすると窺い知れない、王族としてのプライドがあるのだろうけどさ。
商人を上手く利用したアルシェとは大違いだな。
「本来ではこう言ったことはいつも、ゼロス様がそれとなく姫様をお諫めされていたのですが……」
二人目の君、それが今回の問題の本質だよね?
だがゼロス……、護衛の他にそんなこともしていたのか?
姫様のお守りで、ずっと気苦労が絶えなかったんだな?
「我らは一介の槍士に過ぎず、王女殿下である上に巫女様でもあるお方に対し、どうお話して良いかも分からず困り果てておりまして……」
三人目の君の気持も分かる。一介の兵が王女殿下に意見なんてできる訳がないよね?
それで理不尽な我儘に、彼らはずっとサンドバッグ状態で叩かれていた訳か?
「どうかシオンさまより……」
「シオンさま、何卒あの時のように……」
「ここはシオンさまのお力に縋るしかなく……」
そう言って、まるで捨てられた子猫のような目で俺を見てくるけどさ……、どうすればいいんだ?
俺が入ったら、余計にややこしくならないか?
また『無礼』なことをブチまける結果になりかねないし……。
それともアレか?
一度は彼らの前で『教育的指導』をやったから、まさか今回も期待されているのか?
実は彼らも、内心では胸がすく思いだったとか?
だから俺が戻るなりすっ飛んで来たとか?
『シェンファ?』
ああ、分かっているよ。前回は俺も大人気なかったと……。
今回は穏便に……。
『教育的指導ですわ』
「は? そっちかよ! でも……、いいのか?」
「今回は我らもシオンさまに無礼なことは致しません!」
「シオンさまのお心のままに!」
「シオンさまにお縋りするしかなく!」
いや、君らに言ったんじゃないぞ!
しかもキミタチ、合計六回も言ってはならないことを言ったんだよ?
『シェンファ、王宮と神殿の狭い世界でしか生きて来なかったあの子が、常識を知らないのは無理のないことなの。でも……、このままじゃダメ。それを教えてくれる人が居ないし、この先では『知らない』で済まされる話でもないの』
「分かった。俺なりに努めて穏便に話してみる」
『はい♡』
「「「はいっ!」」」
じゃあ、やるしかないか……。
更に俺と姫様の関係は最悪になるだろうけど、仕方ないよな?
◇◇◇
俺が宿の食堂の中に入っても、姫様は俺に目もくれることなく、恐縮する兵たちに不機嫌な顔で何やら話していた。
「なら、結局どうするの? ゼロスが居なければ何も出来ないってこと?」
「アレだけ寒い中歩いてきた事だし、風呂で温まって当然だよね〜。ボクが風邪でも引いたらどうするの? 責任取ってくれるのかなぁ」
オタもまた、調子に乗って姫様を煽っていた。
そもそもお前が余計な事を言うから、姫様も後に引けなくなっているんじゃねぇのか?
「ちょと話があるんだが……」
「「……」」
無視かよ!
姫様は俺の顔を見るのも嫌なのか、視線を明後日の方向に向けたままだし、オタは完全に俺の存在を無視しているかのようだった。
「彼らが抱えるやむを得ない事情を知った。なのでそれを知ってもらいたい。もちろん俺も、もできる限り……」
「なら勝手にそっちでやってくれるかな? ボクはこの世界に招かれた勇者だよ? それに応じた扱いを頼むよ」
興味なさげに俺を見ようともしないオタはふんぞり返ったまま、姫様もそっぽを向いたままだった。
もう……、いいよね?
「お前ら、いい加減にしろ!」
ここで俺は、彼らに態度を改めさせたく、軽くテーブルを叩いたつもりだったが……。
食堂には物凄い音が鳴り響いた。
「「「「「!!!」」」」」
「ヒイっ!」
「ブヘッ!」
おかしいな? せいぜいバン! と大きな音をさせるだけのつもりだったのだけど、目の前にあった分厚い天板の頑丈な六人掛けテーブルは、見事に真っ二つに割れてへしゃげていた。
姫様は真っ青になって驚き、テーブルに足を乗せていたオタは無様に椅子から転げ落ちた。
まずいな……、やっちまったか?
でもこうなった以上は後には引けないよな。
先ず俺は、ベルトのポーチから一枚の金貨を取り出すと、真っ青になって震えていた宿屋の店主らしき男にゆっくりと投げた。
「済まない。これは迷惑料として取っておいてくれ。足らなければ後で追加する」
(ホントにごめんなさい。後で改めて詫びに行くし、足らなければ追加します)
そう言うと、怯えた顔の店主はカクカクと何度も頷いてくれた。
それを確認して、俺は改めて二人に向き直った。
「お前たちは何も見えていないんだな? 正直言って哀れを通り越して呆れさせられたよ。
少しは今の自分たちが置かれた状況を理解しろ! このままだと、いずれお前たちの周りから人が居なくなるぞ?」
「な、なによ! また無礼を働くつもりですか?」
「ま、また、暴力かよ!」
「最初に言っておくが、俺がお前たちに手を挙げることはないし、今みたいなこともしない。
人として……、最低限の礼儀を守ってくれるなら、な」
(俺もただ、テーブルを叩いただけのつもりだったし)
「これから俺の言うことは、世間知らずの馬鹿に常識と上に立つ者としての心掛けを問う諫言、見知らぬ世界で自身の置かれた立場も知らずイキリ倒している、危うい奴への忠言だ。将来の成長を思っての教育的指導だから、無礼には当たらない」
「くぅっ……」
「なんだ、と!」
姫様は思うことがあるのか、悔し気な表情を浮かべていたが、オタは真っ赤になって怒っていた。
もちろん俺は、オタに対する部分だけは敢えて日本語で言っていたからね。
さて、ここからどうしようか?
本来なら優しく注意喚起しようと思っていたのだけどな。もちろんオタにはハナから手厳しく言うつもりだったけどね。
緊迫した雰囲気のなか、俺はこの先どうするかを考えながら、慎重に話し始めた。
最後までご覧いただきありがとうございます。
明日(7/23)は、【知らねばならないこと】をお届けします。
どうぞよろしくお願いします。




