正しい資質(ザ・ライトスタッフ)⑦
さて。ババアの話だと、ヒゲハゲ将軍はオレに宇宙船の操縦訓練をするつもりらしい。宇宙船が完成するまで、普通はどれくらい時間がかかるもんなのか? 訓練に要する日数は? つい元の世界の常識が思い浮かぶが、相手は非常識な連中だ。心の準備だけはしておこう。
「とにかく、いっぺん顔出してくるわ」
昨晩と同じメンバーでちゃぶ台を囲み、ガパオ風鶏そぼろ丼を食いながらオレはそう言った。酸っぱ辛い東南アジア風の味付けには程遠いが、丼ものは楽に作れてメルに好評のメニューだ。
「わかりました。情報屋さんの方はいかがでした?」
「解読は問題ない。他は問題しかねえが、明日までに終わるって言ってたな」
「明日ぅ!? そ、そんな短時間で解読できるものなんですか?」
ローラは素っ頓狂な声を上げるが、そもそも暗号の解読作業に必要な時間なんかオレが知るもんか。あいつは変態で専門家なんだから、頭の配線がオレらと違うんだろ。
「はあ…変態なんですか」
「ただの変態じゃねえ、とびっきりの、だ」
そこまで言ってから気付いた。オレが港に行って、そのまま訓練漬けになったら誰が狂気の館と化した若旦那のところに行くんだ?
「お話を伺う限り、すごく気が進みませんけど…私が行くしかありませんわね」
ため息を堪えて、ものすごく嫌そうにララが言う。だが、それは悪くない考えだ。もし不幸な事故が起きてくれたら、きっとイシカリ周辺は平和になる。自警団はララの偉業をシャンパンで祝い、表彰されるに違いない。ワンチャン銅像まであるかもわからんよ。
「はあ…おとぎ話の魔王かドラゴンですわね。遺言状でも書いて出立しましょうか」
さっき堪えたのはギリだったのか、ララは若干顔を青くして息を漏らす。うむ、人間諦めも必要だ。ローラが行った日にゃ性犯罪待ったなし。ララなら暴行傷害だろうが、この場合は被害者になるより加害者になった方がマシだ。
「武運長久を祈る。ララに星の導きがありますように」
「イケニエを憐れむような目で見ないでくださいます!?」
チッ、即座にフラグをへし折ってくるとは…こやつ出来るな。まあいい、無事に済むならそれが一番だ。
そうしてバカ話に興じていると、雨が小降りになってきた。これなら濡れずに港まで行けるだろう。オレは自室で着替えと裁縫道具を詰めたツーリングバッグを担いで玄関を出る。メルの服も作らにゃならん。
「んじゃ行きますか」
「うん。しょーぐんのとこ、久しぶりだねえ」
ヒゲハゲ軍団が根城にしているスクラップヤードは、釣りをした漁港と湾を挟んで反対側になる。漁港は漁船と漁師が水揚げされた魚の箱を岸に上げ、仲買人と思しき連中が群がって賑やかだ。一方、スクラップヤードは船の墓場といった雰囲気で陰気に静まっている。
普段は漁港側とは別の意味で騒々しいのに、何事かと思いつつクルマを走らせると…理由は到着後すぐ分かった。連中は大小合わせて、十棟以上並ぶボロい倉庫のいちばんでかい『零』号棟の中にスシ詰めになってやがる。
ヒゲハゲ軍団は少数の例外を除いて全員スキンヘッドにサングラス。身長こそオレと同じ程度だけど、汗臭い筋肉ダルマの身体を揃いのツナギに包み、一人の例外なくヒゲだ。
その形はサンタクロースみたいなやつ、リンカーンみたいなやつ、三つ編みにしたりリボンで結ったりと、ここだけは個性的。
そいつらが、体育館四つ分より広い倉庫で軍隊的な几帳面さで整列し、足を肩幅に開いて両手を腰の後ろに回す『休メ』の姿勢でピクリとも動かず…オレに背を向けて立っている。
「なんだぁ…こりゃあ…」
これまで見知った連中の姿とは似ても似つかない。そこら中で酒飲んで、どっかで拾ってきた適当な金網とか鉄板で肉焼いて食ってたろお前ら? 使い道なさそうなクマ避け道具だの漁網射出機だの作って、テストだとか言って爆発させて、腹抱えてゲラゲラ笑ってたろお前ら!? それが整列とか、どうしちまったんだ!
あまりの異様さに、つい物陰に隠れてしまう。
息を殺して、そろそろと中の様子をうかがうと…奥の方に生真面目な顔を作ったハカセが壇上のマイクスタンドの前に立っていた。
《総員、傾注ッ! リヒトホーフェン中将より、訓示をいただく!》
ガリッとノイズが鳴り、ハカセの気張った声がスピーカーから響く。軍団は踵を鳴らして姿勢を正し、ぴたりと揃った敬礼をする。
《休め。諸君、仕事だ。それも、極めて喜ばしい仕事だ。鼻クソのような水上船でも、ゴミのような惑星間貨物船でもない》
答礼を返した将軍は内心の喜色を隠そうともせず、これまでの仕事内容を挙げてはこき下ろす。造船って大事な仕事じゃねえのか? だが、そんな疑問を無視して訓示は続く。
《諸君、戦闘艇だ……諸君! 戦闘艇だッ!! 小さく、素早く、強力な火砲を備えた戦闘艇だッ! 概要は別途説明するが、これは我々『技研』が提唱し、マヌケな軍上層部に拒絶された……小型重武装、高速戦闘艇の初号機建造である!》
おお、と軍団にどよめきが走る。待ってくれ、どんどんハードル上がってねえか? オレの気のせいか? 最初はそこそこ速くて、そこそこ武装してる小型船をイメージしてたんだけど、小型以外の要素って全部エスカレートしてねえか?
《さらに喜ばしいことに、我らが同胞・ハインリッヒの弟子として諸君らも良く知る、ハナ垂れ小僧のガンマが依頼主である。彼の状況はすでに説明した通り、海賊どもに平和な日常を脅かされ、危険に晒されている。諸君、これを看過するか!?》
「「「否、否、否!!!」」」
《よろしい。ならば諸君、同好の士を地球政府にゆだねるか!?》
「「「否、否、否!!!」」」
《ならば諸君、金星のロバ耳どもに少年を引き渡すか!?》
「「「否、否、断じて否!!!」」」
《よろしい諸君、ならば我ら三百余名の心は一つである! あえて問う、我ら技研の信念とは何ぞや!?》
「「「趣味、自由、新兵器ッ! 予算なんざ、知ったことか!!」」」
ウオオオオ、とヒゲハゲ軍団は訓示からアジ演説を経由して、とうとう暴言に至った将軍の言葉で盛大に燃上する。
言ってやった、とばかりに満足げな将軍に代わって再びハカセが登壇する。そして白衣の襟を直しつつ、早口にまくしたてる。
《それでは作戦概要を説明する。納期は一週間、他の業務はすべて停止とする。仲間外れも貧乏クジもなし。作業班は昼夜二交代制とし、居残りを認める。設計班から図面が出次第、作業に取り掛かり、部品ごとに組み立てるものとする》
一週間で宇宙船を作る、という無茶苦茶な納期に耳を疑った。カムイ運輸の装甲機関車は修理だったけど、あれだって二週間かけたんだぞ。オレと親方の二人でやったとはいえ、いくら総がかりで取り組んでも、ゼロから作ってそれはブラックすぎる。
それなのに、こいつらは文句どころか歓声を上げるばかりだ。よほど普段の仕事が不満なのか?
《なお、作業中の飲酒と焼肉については、これを許可するッ! 酒と肉がナシで最高の仕事ができるか諸君!? できるわけないだろう! 我らドワーフ、火酒と肉があればこそ!》
拳を突き上げ肩を組み、雄叫びのボルテージが十倍に膨れ上がる。
《当番は酒屋と肉屋および漁港に急行し、食料を確保せよ。各班長は集合し、打合せを行う。他は作業準備に取り掛かれ。以上、解散!》
敬礼を交わし、回れ右したヒゲハゲ軍団三百人。全員がグラサンの奥で血走った目を業火のごとく燃やし、世紀末じみた奇声を吠えながら『零』号棟から飛び出していく。
「ヒャッハー! 肉ゥ! 肉だァ! 売り渋るなら、肉屋ごと焼肉のタレに漬け込んじまえ!」
「ウッシャア! 酒だあァ! 酒屋も問屋も買い占めろォ!」
「野郎ども、あっちの漁船ごと買い付けるぞォ! 歯向かう奴は金貨で黙らせろォ!」
トラックやボートで突撃する様子を見るに、あれは買い出しではない。地域の食糧事情に挑戦するのでもなく、もはや押し寄せる暴徒の群れだ。金を払う気があるだけマシだろうが……竜巻に吹っ飛ばされたみてえに空っぽの店で、呆然とする人たちの顔が目に浮かぶ。
これ一週間続いたら、イシカリ周辺どころかサヴォロの店先から酒と肉と魚が消えるんじゃねえのか?
「おや、そこにいるのはガンマじゃないですか。はっはっは、時間より前に出頭するとは感心ですね」
気付くとハカセに後ろを取られていた。朗らかな笑い声に、なぜか汗が噴き出す。
「時間が惜しいので手短に。本日は建造予定の戦闘艇について、軽く解説するだけですから安心してください。ですが、明日は早朝から訓練と講義のフルコースになります。楽しみでしょう? 訓練は将軍から直接ご指導いただけますよ。講義については、不肖この僕が受け持ちます。一緒に頑張りましょうね!」
ぽん、と置かれた手に『逃がさねえぞ』という意志を感じてならない。
「まずは夕食まで解説しましょうか。僕の研究室に行きましょう」
待って? 先にもっと色々することあるよね? ほら、挨拶回りとか部屋割りとか、親睦会とか。ね?
「必要ありません。そもそも、技研のメンツなんか顔見知りじゃないですか。部屋割りもいらないですよ。どうせ寝床なんか決めても無駄ですから」
「無駄って、どういう…」
「簡単です。寝床は寝るためのもの。だったら寝なければいい。一週間くらい、若いんですから問題ありません」
「問題ありまくるわボケェ! 宇宙に出る前にオレをお星さまにする気かァ!?」
暗黒ブラック企業も裸足で逃げ出す暴論をさらりと吐くハカセ。中身はともかく身体は児童福祉法に守られてしかるべきオレに、あまりにもあまりな仕打ちだ。
魂の叫びに等しい抗議に対して、ハカセは鼻で笑って返答の代わりとばかりにオレを担いで歩き出す。
「人間そう簡単に死にません。一週間で君を軍のパイロット並みに鍛えるんですから、無茶だろうが無理だろうが、死なない限りガンガンやります。死んで地獄に行くのと、生きて地獄を見るのと、どっちがマシですか?」
カレー味のウンコと、ウンコ味のカレーと同じくらい、どっちも選びたくない。
「ガンちゃん、がんばれ!」
くそう、メルお前…他人事だと思いやがって!
「メル、君はガンマの相棒だと聞いています。ならば、彼の相棒にふさわしい役目を果たすべきですよ」
「え?」
「そうですね…君はガンマが訓練してる間、みっちり航法を仕込んであげましょう。太陽系の端から端までの約九十億キロ、どこからでも、どこへでも行けるようになりましょう。そうしたら、ガンマはもっと訓練できます」
我ながら名案ですね、とオレを担いだまま機嫌よく歩調を上げるハカセ。
「メル…」
「ガンちゃん…」
「「オレ(あたし)たち、どうなっちゃうんだろう」」
ハカセの研究室になっているカマボコ型の建物を眺め、オレたちは暗澹たる思いでため息をついた。
次回は新しいエピソードになります。
また、少々思うところがありまして第二章完了から投稿ペースを
毎日更新から変更しようと考えております。推敲する時間が欲しい。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより
シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより
素晴らしい作品に敬意をこめて。