キャプテン・ノーフューチャーの誕生①
あれから七十八時間が経過した。
三日ではなく、七十八時間だ。寝てねえから一日が終わらねえ。
明るい内は訓練で、暗くなったら講義の時間。
「それでは、今回の講義はここまで。二時間の食事休憩後、ガンマは訓練に。メルは引き続き航法の講義です」
ハカセがテキストをパタンと閉じ、それを合図にオレたちは会議机に倒れ伏す。
「……もうダメ。ほんともうダメ…」
「…殺せ…もう殺してくれ…」
十時間の訓練または講義を受け、二時間の食事休憩を取るというサイクルで過ごしていると、何もかもどうでも良くなってメシのみが生きる活力になる。
「…メル、メシ行こうぜ。食わないと持たねえ」
「しくしく、お肉ばっかり…トマト食べたぁーい。ピーマンもニンジンも残さないから、野菜食べたいよう」
おお…メルの好き嫌いが強制焼肉生活で解消したのか……確かに、ここにある食材は肉ばかりで野菜はモヤシとニンニクとニラのみ。そして調理方法は焼くか炙るか焦がすのみ。茹でる、煮る、蒸すといった文化はここに存在しない。
朝焼けのスクラップヤードは、ずっと続く祭りの最中にあった。
オレの宇宙船…戦闘艇は倉庫群の中で一番でかい『零』号棟で建造中だ。三分割された船体の骨組みが並び、数十人のヒゲハゲ軍団が溶接の閃光と火花の中で働いている。
天井の梁からホイストクレーンでぶらさがる装甲外板や、推進ノズルと思しき円錐形の部品が次々と別の作業場から運ばれてくる様子は圧巻の一言に尽きる。
初日のレクチャーで戦闘艇の外観を含めた性能諸元は聞いていたが、バラバラの骨組みから完成形を想像するのは難しい。
「おなかすいたよぅ。早く行こう?」
「あ、悪りぃ」
食事当番からどこの部分なのかも判然としない肉塊を受け取り、そこら中にある炭火コンロで酒盛りを続ける連中に交じって焼いて、食う。支給されたボウイナイフで肉塊を適当に削いで、刃先に突き刺して炭火で炙るのだ。
サバイバル番組で見るような光景に、当初メルは嫌がって食おうとしなかった。だが、二十四時間後の食事休憩になると、手掴みで焼けた肉を食うようになっていた。
そして今では自作のナイフと串でガツガツ食っている。うちのメルちゃん、たくましくなっちゃった。(工具)箱入り娘だったのに、ワイルドな焼き肉系女子か…良いのか悪いのか。
「ふう、おなかいっぱい。ごちそうさまでした…ガンちゃん、抱っこ!」
早々と食い終わったメルは、地べたに胡坐かいて肉を炙るオレの膝に乗って抱っこ要求ポーズをする。まだ食ってんだけどオレ。
「ん!」
寝る間もねえし、ゆっくりできるのがメシ休憩だけだからって、お前ここに来て甘えん坊になってねえか? メシ食い終わるまで懐ん中でも入ってろ。
ツナギの胸元を開けると、狭いだの汗臭いだのぶうぶう文句を言いつつメルがもそもそ入ってくる。文句垂れるくせに、一度入ると猫の子みてえに丸まってご機嫌だ。
あ、メルお前シャツで口と手ぇ拭きやがったな!?
「んふふふ♪」
メルに遅れること十分ほどでメシを食い終わり、朝日で温まってきたコンクリートの地べたで大の字になる。今の時間は陸からの風が吹くので潮風でベタつくこともなく、爽やかな気分だ。あと一時間くらい、このままでいよう。
だが。
一時間はダラっと休憩するつもりだったのに、気が付くと拷問器具のような椅子に括られた挙句、荷揚げ用のクレーンに吊られていた。何が起きた!? メルがツナギん中に入ってるぞ!
「食後の運動に、特別なブランコを用意してやったぞ。喜べ」
知らなかった。
ブランコって、拷問の名前だったのか。
喜びって、強制されるものだったのか。
訓練で『身体を限界までいじめ抜く』のは、スポ根マンガか軍隊の特殊部隊だけじゃなかったんだなあ。いままで気のいい爺さんだと思っていたヒゲハゲ将軍の赤ら顔が、もう地獄の赤鬼にしか見えねえ。
「これから行う訓練で、お前には重力加速度で失神しないよう慣れてもらう。まずは上からの加重だ。始めろ」
『はわぁ…寝ちゃったぁ…ガンちゃんまだ時間だいじょうぶなの?』
大丈夫じゃねえ。時間より、もっと大事なやつが大ピンチだ。
ガコン、と音がしてクレーンが揺れ、ワイヤーの先に括られたオレは前後に振られる。悲鳴を噛み殺して耐えていると、振り幅は徐々に大きくなってついに回転に転じる。気休め程度の耳当てを通して風切り音がごうごうと鳴り、ゴーグルをした目は空と海の区別がつかないほどに回転する。
《どーだ楽しいかぁー? そろそろ本番だから、歯ァ食いしばれよ!》
うるせえ馬鹿野郎、と怒鳴ってやりてえが歯を食いしばるのに忙しくて声なんか出せない。足の方に血が下がって、頭がクラクラする。これ知ってるぞ、ブラックアウトだ! 戦闘機のパイロットが空戦中になるっていうアレ!
『きゃああああああ!?』
《おお、なかなか頑張るじゃねえかガンマ。ほれほれ、まだまだ行くぞガハハハハ》
『ガンちゃん、目が回るよぅ!』
耐Gスーツを着ない場合、訓練していない人間は六Gくらいでブラックアウトするという。背骨が圧し潰されて、ただでさえチビなのに背が縮んだらどうしてくれるんだ畜生! 言いがかりでも八つ当たりでも、怒ってアドレナリン出して血圧上げねえと、意識飛ぶぞこれ! ケツの穴締めて、下っ腹に力入れろメル!
『あたしお尻に穴ないよ!?』
「どこでもいいから締めろォ! この程度で泣き入れるオレ様じゃねェぞクソっ垂れェ!」
《ガッハッハ! 小僧め、よう吠えた! 褒美にもっと回してやろう!》
「やってみろ馬鹿野郎! 貧弱なクレーンがぶっ壊れても、知らねえからな!!」
回転するたび天地が入れ替わるけど、せめて将軍の憎ッたらしいツラを睨みつけてやる。オレは歯を食いしばることを止めて、身体が地面に向かうたびに将軍のヒゲ面めがけて悪口を言いまくる。
何分経ったか分からねえが、ブン回されるうちに少しずつコツも掴めてきた。ケツの穴締めて、息を吸って止め、ちょっとだけガマンしてから吐くと楽だ。そしてメルが右手に戻ると苦しさも目まいも、どうってことねえ感じになった。
「これも、月の姉ちゃんたちの『ご褒美』なのかね?」
『わかんないけど、平気になっちゃったね!』
余裕が戻ると、ブンブン回る景色も愉快だ。メルも袖まくりした右手から出てきて、絶叫マシンを楽しむように歓声を上げる。
しかしまあ、貨物船から荷揚げするクレーンで耐G訓練とは無茶苦茶なことを…と、オレが括られてる椅子に取り付けられたワイヤーを目で辿る…これ、ワイヤーほつれてねえか?
いやいや待て待て。このワイヤー、現在進行形でプツプツ切れてねえか? オレの脚より太いけどさ、なんかもうヤバい感じになってねえか?
「おい将軍、これ止めろ! ワイヤーちぎれるから止めろ!」
《ご機嫌だなガンマ! いいパイロットになるぞぅ!》
聞こえてねえのかハゲ!? パイロットになる前に、お星さまになるっつーの! どうする? どうする!? そうだ、脳内スイッチ!
脳内会話モードでも、ブン回されている速度を静止に近付けるのは難しいらしい。体感で時速八十キロで走るバイクの走行風が、そよ風程度まで緩和されるってところ。
「なーに? 楽しかったのにぃ」
「それどころじゃねえぞ。椅子吊るしてるワイヤーが持たねえ、すぐにでもブッ千切れそうだ」
二人で頭上のワイヤーを見上げ、メルがうひゃっと声を漏らす。
「このままだと、どっちに放り出されるのか分かんないね」
そう。上に放られるなら良いが、横と下に向けて投げ出されると…海か地面に激突するまでの対処時間が短い。そこで確認と対策を相談したい。
「メルのワイヤーって、荷揚げクレーンのワイヤーの代わりになれそうか?」
「…無理かなあ。ほんのちょっとなら頑張れるかもだけど…」
静止状態ならいざ知らず、遠心力マシマシの今いきなり試したくねえよな。じゃあ、プランBだ。
「椅子からの脱出タイミングはオレが計る。メルは今のうちに、空気を目いっぱい取り込んでおいてくれ」
クレーンのワイヤーは、もうかなりヤバい。あいつが遠心力に負けて、オレたちを放り投げるまでもう僅かだ。将軍かクレーン担当が気付いて、いまから止めても間に合わねえ。
「ガンちゃん、もう空気ぱんぱん!」
メルがそう言うのと、間延びしたワイヤーの断末魔が聞こえるのは同時。そして、脱出タイミングもドンピシャ!
「今ッ!!」
革のシートベルトをボウイナイフで切ると、オレたちは花火みてえに打ち上げられる。ゴーグルの縁がめりこんで、頬っぺたが風圧に煽られる。
月に降下した要領だ。右手をまっすぐ伸ばし、左手で支えて身体の重心に添わせる。真下の海は朝日にきらめくが、あれに叩きつけられちゃたまらねえ。高度は五十メートルってとこだ。着水まで、せいぜい一秒。
「メル、空気ッ!」
「たあ!」
右手のひらにノズルを作り、圧縮空気を吹き出す。反作用で落下速度をいくらかでも削げれば上等。それより、海面の表面張力を壊すのが目的だ!
もっと出せ、もっともっとだメル!
「ふぬーっ!!」
勢いよく水撒きしてるホースみてえに、右腕が圧に負けて暴れ出しそうだ。ここでミスると肩が脱臼するんじゃねえか!?
すでに視界は白く泡立って飛び散る飛沫で埋め尽くされ、水面も何も見えない。外から見れば、さぞ盛大な水柱が立っているだろう。
「もういい、噴射停止だメル!」
「はふぅ!」
噴射を止めた途端、水が押し寄せてオレたちは波に飲まれる。ゴーグル越しに見る海中も、ジャグジーみてえに泡だらけ。こっちで初めての海水浴にしちゃあ、風情がねえな。
「ぷはー!」
海面に上がって、やたら強い潮の香りの空気を吸い込んでゴーグルを上げる。岸壁を見ると、将軍と野次馬連中が山盛りになってやがった。
「どんなもんだ! オレたちゃ無事だそ、ざまァ見ろ!」
「ざまーみろー!」
仰向けになって浮かび、両腕を突き上げて吠える。
ウオオ、と岸壁から歓声が上がり、最初に飛んできたのは浮き輪だった。そして、次に飛んできたのは―—
「機材に塩水ぶっかけやがって!」
「コンロの火が消えた!」
「酒がまずくなった!」
罵声と食いかけの肉と骨、ついでに酒瓶だった。
上等だ。テメエら全員まとめて海のモクズにしてやらァ!
結局、その日の訓練は中止となって乱闘と焼肉大会で終わりになった。
なお、将軍は乱闘の際に縛り上げられ、まだクレーンに吊るされている。ざまあみろ。
宇宙飛行士の訓練風景って、映像だと面白いんですけど文章だと…やっぱり地味なので。
もうちょっとアレコレ書きたい気持ちもありましたが、眠くなるからね。仕方ないね。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより
シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより
素晴らしい作品に敬意をこめて。




