キャプテン・ノーフューチャーの誕生②
乱闘後の焼肉大会が一段落しても、簀巻きになった将軍とハカセは自警団から説教喰らってるらしく、講義は中止になった。どうやら漁港の方から苦情というか通報があったらしい。そりゃそうだ。
そんなわけで、降って湧いた自由時間。
フリーダムと言う名の、黄金にも等しいそれをどのように満喫すべきだろうか———そう思っていた時期が、オレにもありました。
「おらおらァ! 手が止まってんぞガンマぁ!」
オレたち、ただいま絶賛コキ使われ中です。
戦闘艇の組み立て現場で、オレは溶接のスパッタ(火の粉)を浴びまくってツナギが焦げて穴だらけ。溶接用の黒丸の遮光メガネしてても、バチバチやる閃光は容赦なく目に刺さるから涙が止まらねえ。
「ほれ、そこ押さえてろ! いくぞーっ」
「目がぁぁ!」
一方、メルは湯水のごとく使われる各種のボルトとリベットの補充にてんてこ舞いだ。
「おぉいメルぅ! M12が足りねえぞー!」
「おとなり倉庫から、さっき持ってきたばっかりだよ!?」
「馬鹿野郎、そっちはM14だっつーの! あとリベットもあるだけ持って来いよ!」
「ひーん!」
組み立て途中の戦闘艇は、初見だと鉄骨で作られたクジラの骨格模型か飛行船の骨組みって感じだった。全長は二十メートルくらいで、アメフトとかラグビーのボールや、あっちのスイカみてえな形だ。
そして帆船で言うところの竜骨にあたる部分に、直径一メートルの円筒が組みこまれるスペースが作られている。ここにはハカセ率いる開発部門が『虎の子』とか『とっておき』と呼ぶ主砲が載るらしい。
どんなものなのかは講義で説明を受けているが、さっぱり理解できてねえ。現物を見れば多少は分かるかと思ったが、武器だの操縦室の椅子だのを取り付ける艤装作業は船体がある程度まで出来てから行うそうだ。
「……やっぱ、でけえな」
海賊の着陸船と大差ないサイズだけど、エンジンや武装が載る部分を差し引くと居住区画は狭いくらいだ。それでも、新幹線の先頭車両より二回り以上大きい。これだけの大きさがあっても、惑星間を航行する宇宙船としては超小型サイズになる……らしい。
「また見惚れてんのかぁ? 船は女だって言うけどよ、そっちばっかり見てたらメルちゃんが妬くんじゃねえのか?」
「いやあ…でけえなって思ってさ。これに乗るんだよな、オレ」
溶接担当のシュタイナーは今更かよ笑うけど、真下から見上げると相当にでかい。星間警察の船や、海賊船〈モンケン〉号よりずっと小さいけど、オレが乗って操縦すると思うと不安になるくらい、でかい。
「へへへ、なんだよガンマ。怖気づいたか?」
「ワクワクするぜ。なんせ、この船はオレがキャプテンだ。ビビってられるかよ」
「へん、可愛げのねえガキだぜ」
「うるせえ、次はどこ溶接すんだよシュタイナー? キャプテン様が手伝ってやるんだから、ありがたく思え」
ニヤリと遮光メガネ越しに笑ってやると、シュタイナーはふざけて敬礼を寄越す。
「アイアイ、キャプテン。お次は便所のドア枠でごぜえやす」
「そいつは最重要区画だな」
「まったくだ」
ギャハハハハ、と下品極まる馬鹿笑いをしながらオレたちは作業を進める。メルにゃ聞かせられねえジョークを飛ばし、焦げ穴だらけのツナギからバチバチ入ってくるスパッタでいくつも火傷を作って仕事を進めるんだ。
しんどいけど、やっぱり何かを作るのは最高だ。それが自分の船となれば、この上なく楽しい。
あんまり楽しいので、時間が経つのを忘れて作業しちまった。そして、ふと気付くとオレの手には溶接棒が握られている。親方から溶接の仕方は教えてもらって時は、あんまり上手にできなかったけど……けっこうイケてるんじゃねえかこれ?
「おう、中々いいビード出してんじゃねえか。こんだけ溶接すりゃ上達も早えぇな。コツ掴んだろ?」
ところどころ焦げたヒゲを撫でながら、別の溶接担当がニカっと笑う。シュタイナーも寄ってきて、俺が教えたんだから当然だと胸を張る。
「親方の仕込みがいいんだよ」
「ハインツのか?」
「ああ。そうだ、親方って今どうしてるのか知らねえか?」
ここまでの話が濁流みてえに急だったとはいえ、薄情な弟子は今の今まで親方の事を忘れていたのだ。ここにいるなら、詫びの一つも言いに行きたい。
「ハインツの奴なら推進系だから四番倉庫だ。確か補機を組んでる班だったかな…あいつは夜勤だから、もうすぐ出番になると思うぜ」
「すまねえ、シュタイナー。オレちょっと親方に話してえことあるんだ! 行っていいか?」
「とっとと済ませて戻って来いよ? どこも手が足りねえからって、持って行かれちゃたまんねえや」
ニヤつく二人へ礼の代わりにサムアップを送り、船体を支える足場の階段を飛び降りてメルを探す。ぐるりと見渡せば、ボルトの詰まった箱がよちよち歩いてるのですぐ分かった。
「メル、親方んトコ行くぞ。来い!」
「え!? ちょ、ガンちゃん、きゃあ!」
ボルトの箱ごと持ち上げて、目を白黒させるメルを頭に乗っける。箱は置き場の方に放り込んで、オレは教えてもらった倉庫に走った。すでに日がとっぷりと暮れたスクラップヤードは、あちこちで晩飯の焼肉と酒盛りで騒々しい。
その中を縫うように走って百メートル以上離れた四号倉庫に辿り着くと、そこは自衛隊の戦闘機でも余裕で出入りできるくらい扉が大きく開け放たれていた。親方の姿を探すが、いかんせん似たようなカッコの連中ばかりで見分けがつかねえ。
なんてこった。ここに来てから、薄々そう思ってたけど…一人なら無茶苦茶キャラが立つヒゲハゲだけど、ここまで群れると記号になっちまって逆に没個性だ。ヒゲの形がバラバラでも、全体で見ると実に…紛らわしい。
「どこだ親方…あれか?」
「親方、あの人よりお腹大きいよ。あっちじゃない?」
「あいつより親方のがモサっとしたヒゲだなあ…仕方ねえ、誰かに聞こう」
晩飯を済ませたのか、酒瓶片手に煙草をくわえて太鼓腹をポンポン叩いてるヒゲに尋ねると、あっちだと倉庫の奥の方をアゴで指す。できるだけ作業の邪魔にならないよう、すみっこの方をソロソロ歩いて進むが——どうしてもエンジンに気を取られちまうなあ。
ロケットともジェットとも違う、全体的にはコーン型のパーティ帽みたいな形状だ。それが四つ重なっていて、先に行くほど小さくなっている。こんな形は海賊船でも星間警察でも見たことがない。
そして目を凝らすと重なってるパーティ帽は…金属というより素焼きの陶器みてえな質感で、表面に文字か記号っぽい模様がびっしり描かれている。
「なんだぁ…ありゃ」
「エーテルの制御刻印に決まってる。この馬鹿見習いめ、やっと来たか」
思わず口を突いて出た疑問に、むすっとした声が答える。
「いやあ…ご無沙汰してます親方」
「無断欠勤の大馬鹿野郎、どんだけ心配したと思ってやがる。こっち来やがれ」
そう言って、親方はのしのしと倉庫の奥に進んでいく。
「なあメル。親方、酒臭かったか?」
「ううん、お酒飲んでないみたい」
普段の親方なら、絶対にありえねえ。歩くビア樽が、周りみんなが飲んだくれてるのに素面だなんて、ちょっと考えられない。ニセモノか幻じゃねえかと半分本気で疑いつつ、後をついて行くとドラム缶によく似た何かの装置が並んでいる。
「こいつがお前の船に載せる姿勢制御装置だ。全部で十六ある」
ドラム缶をのぞき込むと、これもコーン状の円錐形だ。エンジンにも描かれていた、制御刻印というヤツに似た模様がこっちにもある。
「制御刻印って言ってたけど、どういう仕組みなんだ?」
「宇宙にも地上にも、濃度の差はあるがエーテルは存在する。それは分かるな?」
ボロい椅子に腰かけた親方は、オレにも座れと合図する。木箱の上に胡坐をかいて、メルを頭から降ろすと親方は頷いて続きを話してくれた。
ハカセの講義によると、物質としてのエーテルは大昔に発見されていたが、科学の進歩とともに大気圏外にも存在していることが確認された。その質量は、これまで考案されたどんな方法でも測れなかったらしい。ただ、重力に引かれるから質量がまったくゼロではないだろう、とも言ってたな。
「物質的な特性よりも、一番の特性は……意思を伝達し、活性化することで物質干渉を起こすってところだ。こいつは魔法使いの専売じゃねえぞガンマ。技術者や研究者の方が、ずっと進んでる。刻印もその一つだ」
魔法使いはエーテルを「マナ」や「オド」や「氣」だとか、その流派や地域で別々の名で呼んでいたそうだ。しかし流派が異なっても、技術の中身を解いていくとエーテルを活性化して物質干渉を発生させるプロセスに変わりなかった。
呪文や手印、呪符など様々な方法がある中で、親方は修理屋として開業する前は刻印術を得意とする技術者だと言う。
「刻印術ってのはな、要は魔法の呪文を彫金で書き込むんだ。タガネとハンマーで、コツコツな。それだけじゃあ、もちろんタダの模様だけどな」
親方がドラム缶———スラスタの表面に手を添えて、何か呟くと刻印が薄く光って風が噴き上がる。そよ風程度の風量だけど、プロペラやスクリューの類で吹かせたものとは違って真っすぐ噴射されている。
「親方、あんた魔法使いなのか?」
「金星の奴らじゃあるまいし、自分だけで魔法なんか使えねえさ。でもな、刻印があればこうやって、俺でも楽に魔法を使うことができる。すげえだろ」
やたら細かい模様を山ほど刻み込んだ、大がかりな装置を必要とする代わりに少ない力で特定の魔法を行使できる。それが刻印術らしい。スリングショットが使ってたマニ車みてえな道具も、それなんだろうか?
「障壁だけに特化した装置か? そういう物もあるな。融通は利かねえが、道具なんかどれもそういうもんだ。それにな、お前には使わせなかったが…こういう使い道もある」
親方はツナギの胸ポケットから、一本のドライバーを出してオレに放って寄越す。一見してただのドライバーだけど、握りの部分に刻印が彫られている。
「そいつは俺のお気に入りでな。摩擦増加の刻印で、潰れたネジでもナメずに回せる」
「すげぇ!! 親方、あんた天才だよ!」
サビたり潰れちまったネジは、本当に修理屋泣かせだ。それを手間なく回せるなら、元の世界のネジザウルス以上の福音と言うべき、夢の工具! 日曜大工からガチ機械屋まで、みんな欲しがるに決まってる。神か!?
「……なんか、初めてお前に尊敬された気がする」
「尊敬なんてもんじゃねえ、崇拝でもまだ足りねえ」
そのヒゲ面にキスの雨を降らせるのも、やぶさかではない。この感動を熱く語ると、親方は微妙に嫌そうな顔をする。
「刻印術のすごさを分かってくれるのは良いけどなあ…お前ときたら、スラスタとかエンジンよりドライバーかよ」
「そりゃそうだ。オレぁ【修理屋】ハインツ親方の見習いだからな。機械屋さんでも魔法使いでもねえから、そっちじゃピンと来ねえよ」
「けっ、仕事放り出して面倒事に首突っ込みやがって。半人前が修理屋名乗ってんじゃねえや。やいガンマ、俺ぁもう二週間飲んでねえぞ」
二週間の断酒、だと…? どんなもんだ、と胸を張る親方に思わず疑いの目を向けてしまう。
「お前が勝手に早上がりした日から、一口たりとも飲んでねえ。だから、賭けは俺の勝ちだ」
そうだ。オレと親方は、一週間の断酒ができなきゃオレを見習いから一人前として扱って、給料を上げるという賭けをしていた。
「ちぇ、負けちまったのか。じゃあ、まだ当分見習いか」
「そうだ。お前が一丁前なんざ十年早えぇ。こき使ってやるから、面倒事なんか片付けて…戻ってこい」
話は終わりだ、と親方はボロ椅子から立ち上がって背を向ける。そんなガラじゃねえけど、鼻の奥がツンとして自然に頭が下がる。申し訳なさと有難さが胸に溢れて、奥歯を噛み締めねえと情けない声が漏れそうだ。
「ガンちゃん、良かったね」
ああ、オレはいい親方を持った。
親方、このドライバー…宝物にします。
そして、必ず戻ってきます……それまで、どうかお元気で。
「おう、忘れてた。ドライバー返せ」
くるりと振り返って、親方は自然に手を出す。
はあァ!? ここは旅立つ弟子に、師匠が不器用に餞別を贈るって流れだろ!?
「あァ? 寝言ブッこいてんじゃねえぞお前。俺のお気に入りだっつったろ!? 半人前にゃ過ぎた道具だ! ドライバーとメガネレンチのセットが欲しけりゃ、新品用意しとくから……戻ってこい」
「……わかったよ」
ドライバーのグリップを親方の厚い手のひらに乗せて、オレはその場を後にした。せっかく良い話で終わりそうだったのに、空気読まねえゲロヒゲ親方だぜ。なんだよメル、何がおかしいんだ。
「なんでもない!」
素直じゃねえって言いたいんだろうが、男同士にゃそういうのは要らねえんだよ。軽口と憎まれ口と悪口でいいんだ。それで十分、あとは余分だ。
「そういうものなの?」
そういうモンなの。言葉以外のモンで伝わるんだ。
だから、あれでいい。
いまひとつ納得いかないと首をひねるメルを肩に乗せ、倉庫を出たオレたちの真上には半月になりかかった双つ月が光っていた。
もうすぐ、また宇宙に出る。戻れるのは…いつだろう。
書きながら、親方のドライバーが欲しくなった…
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより
シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより
素晴らしい作品に敬意をこめて。




