正しい資質(ザ・ライトスタッフ)⑤
遅かったーっ!
右手からぴょんと机の上に飛び乗ったメルが期待に満ちたまなざしを変態に向ける。
「き、き、君が…メルちゃん?」
「うん! あたしメルだよ!」
いまのメルはツナギを腰で縛って、だいぶ昔に流行ったチビTみたいになったシャツを着てる。急に大きくなったから、仕方ないとはいえ…腹出しちまうのはオレ的にNGだ。この変態に見せるのは、まったく気が進まねえ。
「ガンマ! ああガンマ! 友よ! 僕は今、例え様もなく高揚しているよ!」
そうか…良かったな。お陰さんでオレは言葉にできねえくらい落胆してるよ。
こぼれそうに目ん玉かっ開いて、バカみてえに大口開けて、ついでに鼻の穴までおっ広げてやがる。高揚っつーか、大興奮だ。
「ふおぉ…メルちゃん…君が【星の娘】……いつか星になるって、本当なのかい?」
「わかんない。でも、おねえちゃんはお月様だよ!」
もう、好きにしてくれ…話が漏れたらコンクリ抱かせて沈めるか、コスプレ衣装を全部燃やされるか、嫌いな方を選ばせてやる。おい、メルに巻き尺なんか当てて何してんだ。
「知れたこと。採寸だッ! ラフなツナギの下半身に、身体の線がぴたっと出る上半身というコントラストの妙…やるなガンマ、君の熱いメッセージは確かに受け取った! これは挑戦状だ! ボーイッシュな女の子にグッと来るなんて、君ってやつはまったく僕のライバルに相応しいよ!」
誰がライバルだ誰が。いつからそんなポジションになってたんだオレは。
話がカケラも通じねえ…同じ言葉を使っているのに、こいつは彼岸にいるのか。そしてメル、お前はお前で、なんでまんざらでもない風に求められるままポーズ取ってんだ?
「来たァ! 来たぞッ! インスピレイションが僕の脳髄にほとばしっている! この幼い肉体の魅力を余すところなく引き立て、未成熟なエロチシズムを最大限に発揮するのは…ッ! ゴチックな装飾などではなく、むしろ虚飾を排した素朴で簡素な…そう、キャミワンだ! 無警戒に晒される肩の曲線! 肩ひもを直す仕草によって、ほのかに漂うつぼみのような色香…ッ!!」
熱弁する扇動家もドン引きする内容の妄言だ。誰かこのメガネ何とかしてくれ。保健所に連絡したら引き取ってくれねえかなあ。とりあえず殴ったら元に戻るかなあ。
「ワンピースだったら、もうガンちゃん作ってくれたよ?」
メルが首をかしげて、ぽそりと呟いた。
その一言で変態は雷に打たれたみてえにビクリと震え、サビついたギアよりもギシギシと首を向ける。おい、こっち見んな。
「なん…だと…? ガンマ、君は…すでに…僕の領域まで到達していたのか…?」
そんな領域に足を踏み込んだ覚えはない。人外魔境どころか完全に異世界じゃねえか。あ…ここ異世界だ。いや、そうじゃなく。
「その若さで僕と並び立つ才能…ふふふ…参ったね。君に嫉妬してしまいそうだ…脱帽だガンマ。今日のところは君の勝ちさ…」
なんでオレは勝ったことにされたんだ? てか、良い話っぽくまとめないでほしい。ホント人の話聞かねえなあんた。ムダにサラサラな髪をかき上げても絵にならねえんだから、気取ってんじゃねえよ面倒くせえな。
「じゃあ、とっとと暗号を解読してくれ。ヒマじゃねんだよ」
「よかろう。僕の脳髄はいま、澄み渡った青空の如く聡明だ。乱数はどれも三ケタ…最初の数字は二と三と四だけ使用されている。これはたぶん、金星・地球・火星だ。それぞれの言語で残りの二ケタを文字表にあてはめて、数列を文字に変換するんだろうね。そして使用されている数字には二が多い。こういうのは注意して徹底しないと母語が多くなるもんなんだよ。金星人の作った乱数で間違いないかな」
どこが澄み渡ってんだよ。この世の終わりみてえな落雷祭りに流星雨の間違いじゃねえのか。何を言ってるのか断片的にしか理解できねえオレを放り出して、若旦那は乱数表の数字をノートに書き殴る。
そして別の紙に猛然と見たこともない文字の表を二枚と地球の文字表を作って、瓶底メガネを額まで上げると取り憑かれたように鼻っ面を擦りつけて数字を睨む。
「…こうだろ、それならこうだ。換字? いや、違う…ほら、思った通りだ…ふふ、ふふふふっ…そうかあ、君はアーバレストって言うんだねえ。ごきげんよう、アーバレスト。さあ、君の全部を僕に教えておくれよ…」
ガチムチのアーバレストが変態の魔手で裸に剥かれて犯される! そんなショッキングな絵面が脳裏をよぎり、ゾッとする。これ以上ここにいるのは、色々な意味でムダだし危険だ。
「じ、じゃあ明日また来るからよ。よろしく頼むわ…」
ぽかんとしているメルをひっ掴んで、返事を待たずに小屋から退散する。外は結構な雨足だが、完全に彼岸の住人と化したあいつを鑑賞するより濡れネズミになった方が百倍マシだ。
「はじめてお話したけど、変わった人だねえ…」
あれを見て、そんな穏やかな表現で済むあたりメルの人物評ってのも大概だなあ。これまでオレから離れられなかったから教えるの忘れてたけど、よく知らない人について行ったらダメだからな? お菓子とか服を買ってあげるとか、そういう人には気を付けるんだぞ?
「そうなの?」
そうなの。小さい子は袋に詰められて遠くに連れて行かれるぞ。こわいぞ。
「ガンちゃんは行かないの?」
……微妙に返答に困るな。オレもチビだし、気を張ってないタイミングで大人に殴られたら気絶くらいしそうだ。自分の心配もしなきゃならねえとは、先が思いやられる。
「二人まとめて袋に入れられたら、そん時は悪者に後悔させてやるだけだ。ともあれ、帰ろうか。濡れちまうけど、こればっかりは仕方ねえ」
バイク乗り的に雨は嫌いだが、長距離を走るわけじゃない。濡れて困る物は持ってないし、たまにこういうのも乙なもんだ。スピードを上げると、顔にバチバチ当たる雨粒が痛快だ。このままバラトの商店街まで走って、食い物でも買って帰ろう。
商店街で食い物やメルの服を作る生地なんかを買い込むと、クルマのささやかなラゲッジは満杯だ。口を開くと雨が飛び込んでくるので、オレは黙ったままだがメルはひっきりなしにあれこれ話しかけてくる。
『ガンちゃん、しらない馬車がとまってるよー?』
そう言われてゴーグルの水滴を拭うと、確かに下宿の玄関先には見慣れないワゴン型の馬車が停まっている。見慣れないのは間違いないが、やたら物々しい金網だのリベット打ちされた鉄板だのを見る限り…持ち主の見当はつく。
馬車というより、護送車か右翼の街宣車と呼んだ方がしっくり来るんじゃねえかな。後ろから乗り込むタイプらしい箱型の車体は窓が全て金網でカバーされ、外側は木の上に鉄板で補強されている。あれじゃ重たくて、引っ張る馬が気の毒だ。
見た目ですでに反社会的なオーラが漂っているが、車体の側面に描かれたマークが拍車をかけている。
「…お花?」
まあ、花だ。花には違いないけど…海賊旗みてえに、交差したコンビレンチの上にエーデルワイスが乗ったエンブレム。ご近所の頭痛の種。定食屋の上得意にして酒屋の恋人。そして永遠の問題児。ご存知ヒゲハゲ軍団に間違いない。
でも、どうして連中がウチに来るんだ? 港のスクラップ置き場で愉快なガラクタ作って、その都度吹き飛ばしたり暴発したり爆破したりと忙しいんじゃねえのかあいつら。
「おひげの人? しょーぐんさんいるの?」
「どうかねえ。まあ、とにかく中に入ろう」
ラゲッジから買い込んだ物を両手に抱え、足で戸を開けて玄関に入ると…イシカリの変態んとこと同じく、こっちでも興奮した怒鳴り声が響いている。なんだよ今日はそういう日なのか? オレが知らないだけで、本日この日は強制参加の毎年恒例エキサイト祭りなのか?
「だからぁ! タダでやれとは誰も言ってないじゃないですか! 報酬は戻ったら必ず支払うと何度も言ってるでしょう!?」
ばしん、とスネアのような音とソプラノの声。こりゃローラかな。
「それが他人に物を頼む態度と言っている! なんじゃあ、その上から目線! 金星のロバ耳どもは礼儀の一つも知らんのか!」
どかん、とバスドラのような音とバスの声。こっちは…将軍か?
ばしん、どかん。
ばしんばしん、どかんどかん。
どかばしどかばし、どどんばばん。
めちゃくちゃにドラム叩いて、がなりあう不協和音が下宿中にビリビリ響いてやがる。ババアがキレそうなもんだが、どうして放ったらかしにしてるんだ?
発信源になっているババアの部屋のドアを開けると、ボリュームが増して耳をふさぎたくなる。
「こりゃ何の騒ぎだ?」
「まあ…御覧の通りです」
ドアの脇で我関せず、と表情と気配を消していたララの肩をつついて呼ぶ。すると、なんとも苦い顔でよく分らねえ事を言う。口喧嘩の真っ最中なのは見りゃわかる。何が原因なんだ? ヒゲハゲ将軍とハカセが下宿に来るのは初めてだし、ローラがキレてんのはエロ本のことバラされた時だから二度目だ。
「えーと…ちょっとだけ、お話がこじれてますの…」
「ケイ=ララさん。情報は正確に伝えないと、ガンマが誤解しますよ?」
ララと同じく、苦虫をまとめて噛み潰した顔のハカセもこっちに来た。ハカセは常時真っ赤に日焼けしたみてえな肌のヒゲハゲ軍団にあっては色白な方だ。
頭はスキンヘッドに剃り上げてるが、ヒゲは昔のオレみてえな短いアゴヒゲだけ。横長の楕円フレームのグラサンは額に上げて、薄い茶色の目を出している。つまり、ヘアスタイル以外は一般人に近い。
「ハカセ、あんたも来てるなんて今日は何の話だい?」
「あの神官さんは宇宙船がご入用だそうでして。メーア姐さんの紹介だから出向きましたが…どうにも我々を下に見たがっていらっしゃる。将軍がお怒りになるのも仕方ないかと」
「はかせ、久しぶり! 元気だった?」
荒くれ、というイメージ通りのヒゲハゲ軍団の中で、ハカセは柔らかい話し方をする人でメルも懐いている。今も右手から出てきたメルと握手して笑ってる。
「ええメル、久しぶりです。ずいぶん大きくなりましたねえ、成長期ですねえ」
そうじゃねえと思う。一般人に近いけど、やっぱりどっかズレてんな。
「それで、なんでまた宇宙船が欲しいってんだ? あの着陸船があるじゃねえか」
「あれで金星まで行くのは無理ですもの。着陸船で行けるのは凪いだ衛星軌道が精一杯で、そこから先は、きちんとした船じゃないと自殺行為ですわ」
そういうもんなのか。ゴムボートで外海に漕ぎ出すようなもんなのかな?
「そうですね。その想像で間違いありません。魔法障壁も術式装甲もなしで惑星間航行をするのは不可能に近い。そもそも食料を積む容量がありませんしね」
「なるほどね…そういや、ローラたちは地球までどうやって来たんだ?」
「定期航路の旅客船で来ましたわ。でも、今は状況が違いますし…航海の間、私一人で女官長を守り切れません」
ふむ。確かに旅客船で移動する場合、乗客の中に暗殺者が紛れている可能性を考えると面倒だ。相手がいつ仕掛けてくるか分からねえし、メシに毒を盛られたり寝てる間にブスリ、というのだって十分にあり得る。
「星間警察に警護を依頼するのはどうなんだ?」
「地球の政府に招かれているなら可能ですが、いまの私たちは外交身分を持たない状況ですのよ。なので、身分を明かすと普通に旅客船に乗るより面倒事になりますわ…」
「まあ、それで神官さんは渋々、我々に宇宙船を売れとお申し付けになったわけですよ。そこで…いまの状況なんですね」
「売れ、売らねえってか?」
「ええ。神官さんは我々を野蛮人だと仰る。買ってやるから感謝して売れ、お前たちの乗り物など信用できないから、代金は金星まで無事に戻れたら支払ってやる。と、こうですよ」
お話になりませんね、とハカセは肩をすくめて首を振る。
なんとまあ。そりゃ、まったくもって話にならねえ。どんだけ上から目線で思い上がってんだ。困ってんなら「売ってください」って言うのが普通じゃねえのか?
「お恥ずかしい限りですわ……私が交渉すると言ったんですが、神殿脳が見事に出まして…」
あー…アレか。大航海時代のヨーロッパ人が、植民地の人間に対するような態度。田舎もんだの野蛮人だのって見下してんのか…なんだかなあ。人種差別ってのか? 優越種ってのか? くだらねえ。
「しょーぐんとローラちゃん、ケンカしてるの?」
「うーん、文化と価値観の相違といったところでしょうか。ボスもある程度その辺は弁えてるはずなんですが…あそこまで居丈高に出られると、ね」
「面目ございませんわ…私からお詫びしても、あの方は聞いてくださいませんし…」
しゅんと小さくなるララに、ハカセは苦笑いだ。二人とも面倒な上司を持って大変だねえ。だが、そういう事ならいい考えがある。
オレの宇宙船を作るんだ。それも、とびっきりのやつを!
荒ぶる変態でしたが、いよいよ宇宙船の話に入ります。
ここまで話が進んだなあ…なかなか感慨深い。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより
シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより
素晴らしい作品に敬意をこめて。




