正しい資質(ザ・ライトスタッフ)④
なんか胸の辺りがくすぐったくて、身をよじると「むがー」「ふぬー」とくぐもった声がする。それで目が覚めて、身体を起こすとフラフラになったメルが出てきた。どうも寝返りでメルを押し潰したらしい。すまん。
「ぺったんこになるかと思った…もう朝ぁ? せっかく楽しかったのに…」
楽しい? ああ、いい夢見てたのか。悪い事しちまったな。
ともあれ、目が覚めた。時間は…六時前か。それじゃあ、水浴びして稽古しようかね。
着替えて下宿の庭に出ると、今朝は薄曇りで涼しい風が吹いていた。空気に湿気の匂いが混ざっているから、この後で雲が厚くなるなら雨になるか? その前にイシカリのジャンク屋で用事を済ませてえな。
槍を振り、型をなぞるのはいつも通りだ。だが実戦を経験したせいか、動作の中に隠されていた意味がわかるようになる。次の攻撃への予備動作や崩しだとか、受け流しと反撃が一つの動作で行われている。
奥が深いというのは、きっとこういうことなんだろう。漫然と型を追うのではなく、動きに隠された意味を汲み上げて理解し、自分の技術に組み入れる。
自分の身体がどう動いて、どこまで動けるかが頭上のカメラで見てるように把握できる。槍の長さを含めた攻撃範囲、今の身体能力で踏み込める間合い、技術と小細工を足した戦闘力。それがすっきり整理できた気分だ。
「おなかすいたよガンちゃん。ごはんにしよう?」
「そうだな。オレも腹ペコだ」
何度か深呼吸して、槍を右手に戻す。手ぬぐいで顔を拭きつつ玄関を潜ると、奥の部屋からローラが出てきた。身支度は済んでいるものの、低血圧っぽい不機嫌顔だ。
「…おはようございます…」
蚊の鳴くような声、ってのはコレのことだな。ちゃんと寝られなかったのか? 枕が違うと寝付けないとか、そういう人いるよな。
「…いえ、そうじゃなくて…寝具に問題はなかったんですけど…ララが…」
「ララが?」
「ガンマさんに負けて、よほど悔しかったみたいで…寝言がひどくって…」
同性で護衛だもんな。同じ部屋で寝るのはおかしなことじゃねえが…ひどい寝言かあ。大体想像できちまうのが、何とも言えんな。オレから何か言うと逆効果だろうし、リベンジ受けて負けたら貞操の危機だ。見えてる地雷を踏む必要もあるまい。
「そうか、力になれなくてごめんな。じゃっ!」
槍捌きより数段鮮やかな危機回避ムーブを決め、台所で朝食の支度をする。とはいえ、昨日は食材を買ってないので白飯と漬物、炙った干物がある程度だ。壁の振り子時計は八時になろうとしている。さっさと食って作業場にクルマ取りに行かねえとな。
「急がなくていいから、ちゃんと噛んで食えよ?」
「もごっご」
メルは大きくなって一口で食える量が増えたらしい。それは良いが、だからってリスみてえに頬張るこたぁねえだろうに。聞くだけ野暮だが、どこに入ってんだか。
部屋でツナギに着替えて洗面所で歯を磨き、身支度を整える。今日みたいなに急ぐ時だけは、ヒゲが生えてねえのが有難いな。あと、耳の後ろから加齢臭がしねえのも地味に嬉しかったり。ビバヤング。
「うし、行くぞメル」
「はーい。ごちそうさまでしたっ!」
ララとババアはまだ起きてこないので、まだ本調子が出ないローラに昼頃には戻るとだけ伝え、メルを抱えて玄関を出る。五日も野ざらしだったが、自転車も問題ない。作業場まで、それなりに急いで走ると十分もせずに到着だ。
親方は飲んでなければ、だいたい九時前後に出勤してくる。だが、ほぼ毎日飲んでるから十時を過ぎることもザラだ。今日はどっちだろう? 一週間は飲むなと言ったが…きっとオレがいねえから、これ幸いと飲んだくれてんだろうな。
そんな事を考えながら自転車を裏に停め、作業場の正面に回ると張り紙がしてある。
『しばらく休みます。探さないでください』
…なにがあった。殴り書かれた文字からは、まるで傷心旅行に出ちまいそうな雰囲気をバリバリ感じる。気になるが、今は先に済ませることがある。
親方の事は気にかかるが、それでもシャッターを開けて〈銀の弾丸〉号を引っ張り出すと、目的がどうであれ気分が上がっちまう。排気マフラーから威勢よく白煙が吐き出され、スロットルを開ければご機嫌だ。どんだけ簡単にできてんだオレ。
さて、行くか。
作業場のカギを締めて、ポケットの中に解読を依頼する紙とメダルが入っていることを確認してイシカリへ向かって走る。走行風の中に湿気の匂いを濃く感じる。空を見上げても、どうも嫌な雲行きになりそうな気がする。
路肩に植えられた防風林のカラ松並木を駆け抜け、二十分ほど走ればガラクタと鉄クズがが山と積まれた目的地が見えてくる。
このジャンク屋は、元々鉄クズを集めて鉄屋で再利用するための一時保管場所として作られたらしい。それを先代がただ鋳潰すだけでなく、部品として使えるものを売る商売を始めた。機械部品の供給がとぼしい田舎では、利用頻度は低いが需要はそこそこあるのだ。
オレも親方に連れられて、修理車両に使える部品を探し回ったもんだ。油混じりの泥にまみれてるが、それが錆止めになって結構お宝が見つかるんだよな。
それにしても、ここの三代目…あの変態が情報屋だとはねえ。
「やあ、来たね。久しぶりじゃあないか、ガンマ。元気そうで何よりだ」
見るからに不健康そうな生っ白い肌。ぼさぼさの黒い長髪を首の後ろで適当に縛って、瓶底メガネをかけた痩せ男。やたらとフレンドリーというか、馴れ馴れしいこいつが最初は苦手だった。スカしやがって、何を話しても知ったような事を言いやがる。
「よう、若旦那。お陰さんでぼちぼちやってるよ。今日の用件はババアから聞いてるかい?」
しばらく仕事だけの付き合いだったが、実は飛行機好きだという事が分かってから仲良くなった。空に憧れるのは男として当然のロマンだ。もっとも、こいつが好きなのは牽引プロペラでオレは推進プロペラの先尾翼機。他人から見りゃ同じようなもんだが、オレたちにとっちゃ魚とイルカくらい違う。
「まあね。オモテの商売じゃないから、僕の部屋で話そうか…まったく面倒な話さ」
事務所に使ってる掘っ立て小屋同然の平屋ではなく、ガラクタで作った要塞のような家…と言っていいのか悩む建物に向かう。このガラクタは、見る目がある奴なら分かるが飛行機の部品ばかりだ。いつか自分で作るときに備えて、使えそうなジャンクを取り置いているらしい。
星型エンジンまで作れないこの世界では、プッシュロッド方式の水冷直列四気筒のエンジンが最高峰。それのクランクケースだの、ヘッドカバーだのがハンターが猛獣の首を飾るように壁に並んでいる。
「さてと、それじゃあ…早速だがブツを見せてくれよ。仕事の話はさっさと済ませたい」
「同感だ。こいつだよ…こっちがババアからの話にあったもの。それと、こっちがその仲間から手に入れたものだ」
「ふむ、乱数暗号だねえ。こうやってパッと見ただけで、いくつか同じ数列がある。それが特定の文字または単語なのか、通信に使う符丁なのか、はたまたダミーなのかは解読しないと何とも言えないけどね。二種類の入手先から得た乱数暗号に同じ数列がある。これは手がかりとして有望だ」
「…情報屋ってのは頭の痛くなる商売らしいな」
「僕にはエンジン組み立てる方が大変だと思うけどね。手が汚れない分、暗号をいじくり回す方が楽だよ。で、入手先については教えてもらえるのかな?」
ずり落ちてきた瓶底メガネを押し上げて、若旦那はにっこりと笑う。
「構わねえけど、それが手がかりになんのか?」
「そりゃそうさ! 僕くらいになると、暗号の作り方から使う人間の顔まで分かる。ああ、これは比喩だ。ほんとに顔が分かるなら千里眼の魔法使いだからね、はっはっは! そういや、魔女っ娘の衣装が出来上がったんだよ。スカートの丈は下着がチラつくくらいに短くて…」
「まてまてまて、そっちの話は後にしてくれ」
「そうかい? いい出来なんだけどなあ…まあいいや。じゃあもう、さっさと行こうか。君たちが入手した暗号って、先日この辺に来た余所者の海賊くずれか、その関係者から奪ったものだろ?」
つまらなさそうにアゴを掻いて、紙巻きタバコを取り出す。マッチを擦ってぷかぷかと煙を吐くこいつは、当然のことのように続ける。
「この辺で僕が知らない事なんかないよ。いくら隠れてたって、誰の目にも触れないなんてことはありえない。それが余所者で、頭が悪いなら特にそうだ。マオーイで君が会った金星人だって、あれだけ堂々と聖印掲げてんだもの。三か月以上前から所在は知ってたよ」
目的までは知りようがなかったけどね、と煙を吐き出してタバコをもみ消し、また新しいのを咥えて火をつける。そうだった。こいつ、話に興が乗るとチェーンスモークするんだった。
「だから君の下宿に賊がカチこんだのも、返り討たれたのも知ってる。話を聞いた時は、さすがに驚いたよ。化け猫屋敷に殴り込むバカは、この辺じゃあ二十年くらい前から絶滅してるんだ。ただ…まさか、君まで戦えるとは思ってもみなかった」
ふう、と天井に煙を旨そうに吐いて情報屋は首をかしげてオレの表情を伺う。どうせまだ喋り足りねえんだろ? いいから続けろよ。
「ふふ、君とこんな話をするとは思わなかったからね。君は聞き上手だよな、実に素晴らしい…さて、続きだ。金星の神官について僕はちょいと調べた。すると、中々興味深いことがわかった。何だと思う?」
「オレが聞きたいのは、暗号の解読にどれくらい時間がかかるのか。それだけだよ」
「つれないなあ。よその星の偉い坊さんが、わざわざド田舎まで来るんだよ? それも随員もほとんどいない。それだけ人員と情報を絞らなきゃいけない事って何だろう? 僕はもう知りたくて仕方なかったよ。そして、ひとつの推論を立てた」
指を一本立てて、思わせぶりな態度だ。芝居っ気も外連味も嫌いじゃねえが、どうしてこいつのはイラつくんだろうか。アレか。ドヤ顔か。
「金星人の宗教ってね、面白いんだよ。あそこは大昔に古王朝って先史文明があったらしい。それは【惑星霊】って神様に愛されている自分たちは、選ばれし種族だとか言って他の星で相当好き勝手してたんだ。魔法使いも多かったそうだね。でも、彼らは突然に滅んだ」
「オレは歴史談義しに来たんじゃねえよ。何が言いてえんだ?」
「まあまあ。聞いて損はないと思うよ? なんせ、こいつは君の話だ」
にんまりとメガネの奥で目を細めて、またタバコに火をつける。いい加減部屋の中が煙でいっぱいなんだけどな。オレも前は吸ってたけど、この身体になってからは禁煙してんだよ。
「滅んだ原因は学者に任せるとして、大事なのは今の教義だ。あそこの神殿じゃあ、いまも【惑星霊】を崇拝してる。そして、彼らは【星の娘】を探してるんだ。それを得たものは、やがて星を手に入れるんだとさ。夢のある話だと思わないか?」
「そうかもな」
「この話に辿り着いて、おとぎ話じゃないかって思った。だけど今回の依頼を受けて、そのおとぎ話は事実なんじゃあないのか? 僕はそう直感したよ。そのカギは、君の右手が握ってる。これは比喩じゃなく、ね」
金星の神官は、君か、その『右手』に関わる何かを探していたんだ。
ずりさがった瓶底メガネに隠れてた情報屋の目はそう言った。オレの背中まで見通すように細められ、心臓が嫌な跳ね方をする。
「へへへ、どうだい図星だろ。僕はね、人を見る時に靴と手を見るんだ。そう難しい話じゃない。種明かしすると簡単なんだ。君の左手は普通に汚れてるけど、右手は修理工にしちゃあ綺麗すぎる。右利きなんだから工具持ったり油に汚れたり、使い込むよな。それが無いんだよ。おかしいだろう? 君の右手が義手で、毎日取り換えているみたいだ」
「それは…ほら、手袋してるからよ」
「どうにも下手な言い訳だなあ。君がお人好しなのは知ってるけど、二十人からの海賊くずれ相手に大立ち回りした挙句、宇宙まで付き合ってやるほどじゃあない。だから、僕はこう思うんだよ…【星の娘】は君が握ってる、ってね」
「聞いたら、後悔するぜ」
こいつもエディと同じだ。興味本位かどうか知らねえが、ほいほい首突っ込んでいい話じゃねえ。
「後悔? こりゃまた、ガンマにしちゃあなんとも娑婆い脅しだね。それが僕を思ってくれての事だとしても、その反応は肯定してるのと同じこと。だから、君が来るまでに後悔はし終えてんのさ。僕だって命は惜しいからね、君と心中する気はないけど…相当ヤバい状況だろう?」
次のタバコに火をつけて、若旦那は肩をすくめて見せる。馬鹿野郎め。どうしてそんなに頭が回りやがんだよ。
「別に後ろ暗いこたぁしてねえよ。降ってくる火の粉を払っただけで、オレは普通に暮らしてえんだ」
「君に降ってくるのは、たぶん火の粉じゃあない。一歩間違えたら火の雨だ。ごらんよ、あんな雨ん中を濡れずに家まで帰れるかい? それができるなら、僕もこんな面倒な話なんかしないよ」
ガラクタが重なって見通しの悪い窓から、いつのまにか降りだした雨が見えた。オレとメルの先には、それほどの危険があるのか。それは、オレたち二人でかいくぐれるものなのか。ララに勝てるようになっても、それだけで切り抜けられるのか。
「…あんたに得がねえ話だ」
「確かに、商売上の得なんか銅貨一枚もないだろうねえ。普通の商人なら、誰だってそう考える。だけどね、僕は情報屋なんだよ。噂話を集めて、つぎはぎして、千個のガラクタみたいな話の中から一個の商品を作ることが仕事さ。修理屋のガンマと似てるだろう?」
「似てねえよ。ここでガラクタ漁ってるけど、それで一台作ろうって夢見てんのはあんただけだ。もういい加減にしてくれ。オレの右手に【星の娘】がいるとして、あんたはそれをどうしたいんだ?」
「見たい」
「はあ?」
「見たいんだよ。そんなのが本当にあるなら、是非ともこの目で見たい。野次馬根性だって思うかい? でもね、人間は好奇心のしもべなのさ。僕が飛行機が好きで、自分で作った飛行機で空を飛びたいと思ってるのも好奇心だ。女性の曲線の秘密を解き明かしたい。誰かの秘密を自分だけ知ってニヤニヤしたい。だから、金星人が欲しがってる【星の娘】も見てみたい」
「見てどうすんだよ」
「見るだけさ。ホントに娘なら、素敵に可愛らしい服を着せたいけどね。そのうえで、僕を蔑んだ目で見てくれるなら…これ以上望むものは無いよね…」
無いよねって、それオレに言ってんのか? 悪いが、そのロマンにゃ乗っかれねえわ…この変態、どこまで本気なんだ。
「どこまでも、だよ。この商売を親父から継いで、僕は世の中のウソとインチキとイカサマを嫌って程見てきた。うんざりさ。ヘドが出る。だから、僕は自分に嘘をつかないことにしてるんだ。見たい、知りたい、着せたい。そして、蔑まれたい…羞恥と困惑と嫌悪の混ざった女性の目に、どうして僕はこうまで惹かれるんだろう!? 君も分かるだろう!?」
「わかるかボケェ! お前にメルは絶ッ対ぇ見せねえ!! 教育に悪いにもほどがあるわ変態がァ!」
いかん、エキサイトする変態に釣られて、つい口走ってしまった…やべえ。こいつ、目が尋常じゃない。満面の笑みに怪光線でも出しそうにギラつくメガネ…地雷、踏んだな…
「メルちゃん! いい名前だ! 覚えやすいのに可憐な響きで、教育に悪いって言うからにはまだ幼いんだね!? 幼女だ! 僕の守備範囲は大海原の如く広いぞ! いかなる女性をも愛で、かつ嫌われる自信があるッ! いうなれば…これはアガペーさ…」
「こきやがれ変態。ただの歪んだエロスだろうが」
「なんだよう、もう少し乗ってくれないとつまんないだろ。盛り上がろうよ。そしてメルちゃんに会わせてくれよう」
「気安くメルの名前呼ぶんじゃねえよ。本当に馴れ馴れしいなぁ…なんだよ。会わせなきゃ仕事しねえとか言う気か?」
「仕事と趣味は分けてるから、それはない。だけど、ガンマ。僕って人間を誤解してもらっちゃ困るんだ。僕は情報屋である前に、趣味人なのさ。趣味の喜びなくして何の人生か? より良い人生から、より良い仕事が生まれる。これは数少ない人生の真理だ」
「それで?」
「メルちゃんに会いたいなあ。趣味の喜びがないと、僕は悲しくて仕事が手につかないよ」
結局、会わせなきゃ仕事しないってことじゃねえか。
「そんなことはない。ただ、解読に要する時間が年単位になるだけさ」
「会わせたら?」
「今週中と約束しようじゃないか。服を作らせてくれるなら、明日までに終わらせよう」
「このド腐れ野郎…」
頭痛がしてきたぞ。選択の余地が無いじゃねえか…どうしたもんか。
ちらりと右手を見ると、服と聞いてうずうずしてるメルの気配が。
「ねえねえ、お洋服作ってくれるの!?」
あーっ!! バカメル、なんて早まったマネを!
君のような勘のいい変態は嫌いだよ(白目)
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより
シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより
素晴らしい作品に敬意をこめて。




