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異世界江戸転移小説「怪しい旅人たちと関所代官」  作者: 伝説の男前


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第53話 飛脚、再び―三年ぶりの便りと、通した者たちのその後

とよが新しい草鞋の音を立てて去ってから、半月が過ぎた。


その半月、関所は、少し、変わった。


何が変わったのか、はじめ、直也には、うまく言えなかった。


弥生が、鼻歌を歌うようになった。


山本が、裏の空き地で組む真似をするのを、田中が、笑わなくなった。


田中が、旅人の名を、呼ぶようになった。


「甚兵衛どの。荷は、これで全部でございますな」


以前の田中は、「これで全部か」と言った。


名を、呼ばなかった。


呼ばなくても、務まるからだ。


それが、変わった。


直也は、そのことに、十日ほどしてから、気づいた。


気づいて、何も言わなかった。


言わないほうが、いい気がした。


二月の末。


まだ寒い日だった。


昼過ぎ、街道の向こうから、一人、歩いてきた。


痩せた男だった。


背が高く、痩せている。歩幅が、異様に広い。そして、速い。


その歩き方に、直也は、見覚えがあった。


「代官殿」


田中が、目を細めた。


「あれは……飛脚でございますな」


「そうだな」


直也は、そう答えた。


そして、立ち上がった。


男が、近づいてきた。


そして、関所の前で、足を止めた。


直也は、その顔を見た。


三年ぶりだった。


だが、すぐに、わかった。


「藤原どの」


直也は、そう言った。


男の顔が、ほころんだ。


「……覚えておられましたか」


「忘れません」


直也は、そう答えた。


「毎晩、読んでおりますので」


藤原忠太は、痩せていた。


三年前も痩せていたが、今は、それより痩せていた。


頬が、こけている。


そして、目が、落ち着いていなかった。


三年前、この男は、静かだった。平安の飛脚として、千年近くを歩いてきた者の、静けさがあった。


今は、その静けさが、薄れていた。


「通行を、お願い申し上げ候」


忠太は、そう言って、手形を差し出した。


古い言葉遣いは、変わっていなかった。


「藤原どの」


直也は、手形を受け取らずに、そう言った。


「今日は、通行ではございますまい」


忠太の目が、上がった。


「……なぜ、そう思われる」


「西から来て、西へ帰る飛脚は、おりません」


直也は、そう言った。


「あなたは、東から来られた。この関所は、東の者が西へ行くための関所です。……それなのに、あなたは、荷を持っておられない」


直也は、そう言った。


「飛脚が、荷を持たずに来る。それは、届けに来たのではなく、伝えに来たということです」


忠太は、しばらく、直也を見ていた。


そして、肩の力を、抜いた。


「……敵いませぬな」


「三年、やっておりますので」


「三年で、そこまで」


忠太は、そう言って、少し、笑った。


「三年前は、それがしのほうが、少しは上手でござったが」


「上手でしたね」


直也は、そう答えた。


「あのときは、ずいぶん、参りました」


奥の部屋に、上げた。


弥生が、粥を持ってきた。


「痩せすぎ」


弥生は、そう言って、忠太の前に、椀を置いた。


「食べなさい。話は、あと」


忠太は、驚いた顔をした。


「……かたじけない」


「いいから」


忠太は、粥を食べた。


食べ方が、速かった。三日ほど、まともに食べていない食べ方だった。


直也は、その向かいに座って、待った。


椀が、空になった。


弥生が、無言で、二杯目をよそった。


それも、空になった。


三杯目で、忠太は、手を止めた。


「……もう、結構でござる」


「まだあるわよ」


「いや、これ以上は、体が驚き申す」


忠太は、そう言って、椀を置いた。


そして、はじめて、まともに、息をついた。


「代官どの」


「はい」


「まず、詫びを申し上げねばなりませぬ」


忠太は、そう言って、頭を下げた。


「……なにを」


「それがしが、話しました」


忠太は、そう言った。


「この関所のことを。あなたのことを。……そして、帳面のことを」


直也は、動かなかった。


「帳面のこと」


「はい」


忠太は、そう言った。


「三年前、それがしがここを通ったとき、あなたは、まだ、あれを書いておられなんだ」


忠太は、そう言った。


「書き始められたのは、その後でござる。それを、それがしは、後から、別の者から聞き申した」


「誰からです」


「ユスフ・アブディと申す者から」


直也は、その名に、反応した。


「ユスフどのが」


「はい」


忠太は、頷いた。


「一年半ほど前、堺で会い申した。あの者が、それがしに言いました。『あの関所の代官は、帳面に書いてくれた』と」


忠太は、そう言った。


「『わしの罪を、わしの外に、書いてくれた』と」


忠太は、そう言った。


「あの者は、泣いておりました」


直也は、目を伏せた。


「それがしは、それを、他の者にも、話しました」


忠太は、そう言った。


「飛脚でござるゆえ。……話を運ぶのが、それがしの仕事でござる」


忠太は、そう言った。


「そして、それが、よくなかった」


「藤原どの」


直也は、そう言った。


「その前に、一つ、お伺いしてよろしいか」


「なんなりと」


直也は、少し、間を置いた。


そして、聞いた。


「あなたは、飛脚として、各地を回っておられる」


「はい」


「では、ご存じでしょうか」


直也は、そう言った。


「私が通した者たちが、その後、どうなったかを」


忠太の顔が、止まった。


「……お聞きになりたいか」


「聞きたい」


直也は、そう答えた。


「三年、一度も、知りませんでした」


直也は、そう言った。


「通して、去っていって、それきりです。どこへ行ったのか、何をしたのか、生きているのか、死んでいるのか。……一つも、知りません」


忠太は、しばらく、黙っていた。


そして、こう言った。


「よいものも、悪いものも、ござる」


「どちらも、伺います」


「……承知」


忠太は、そう言って、膝を正した。


そして、語り始めた。


「白石律どの」


忠太は、そう言った。


「薬を持っておられた、女の医者でござる」


「はい」


「生きておられます」


直也は、息を吐いた。


自分でも、驚くほど、深い息が出た。


「薬は、二月で尽きたそうにござる」


忠太は、そう言った。


「十一を、三つの宿場で、配り切られた。……代官どのに、『最適ではないやり方で使う』と申されたそうな」


「言われました」


「その通りに、なさった」


忠太は、そう言った。


「今は、伊勢のあたりにおられる。産婆をなさっておるとか」


「産婆」


「はい」


忠太は、頷いた。


「薬はもうない。器具もない。手だけでござる。……それでも、あの方が取り上げると、子も母も、死なぬそうにござる」


忠太は、そう言った。


「『数えるのをやめた』と、申しておられたと聞きました」


直也は、その言葉を、聞いた。


そして、しばらく、動けなかった。


「……そうですか」


「はい」


「よかった」


「ヨハネスどの」


忠太は、次に、そう言った。


「切支丹の」


「はい」


「生きておられます。長崎の近くに」


忠太は、そう言った。


「十字は、首から外して、埋めたそうにござる」


「埋めた」


「はい。畑の隅に。……掘り返してはおらぬそうな」


忠太は、そう言った。


「今は、子どもらに、字を教えておるとか。ただの手習いでござる。教えの話は、一切、なさらぬそうな」


「……信仰は」


「わかり申さぬ」


忠太は、そう答えた。


「ただ、こう申しておられたと聞きました。『毎朝、字を書いておる。それで足りておる』と」


直也は、頷いた。


「足りているなら、よいです」


「ダニエル・オルセンどの」


忠太は、そう言った。


そこで、少し、間が空いた。


直也は、その間で、悟った。


「……亡くなりましたか」


「はい」


忠太は、そう答えた。


「二冬前でござる」


忠太は、そう言った。


「大坂で。風邪をこじらせたと聞き申した。五十七、八でござったか」


直也は、目を閉じた。


「最期は」


「舞台の上ではござらぬ」


忠太は、そう言った。


「宿の一間で、一人でござった。……ただ、看取った者が、おり申す」


「誰です」


「弟子でござる」


忠太は、そう言った。


「大坂で、小さな一座に入られて、二年、若い者を教えておられた。その弟子が、三人ほど、いたそうな」


忠太は、そう言った。


「今も、その一座は、あの方の型を使っておるそうにござる。裾の割れ方が、他と違うと、評判だとか」


直也は、その言葉を、聞いた。


そして、少し、笑った。


笑ってから、目頭が熱くなった。


「……渡りましたか」


「渡ったようでござる」


忠太は、そう答えた。


「本人は、渡らぬと申しておられたそうにござるが」


「言うでしょうね」


直也は、そう言った。


「あの人は、そういう人です」


「橘為時どの」


忠太は、続けた。


「講釈師の」


「はい」


「まだ、歩いておられる」


忠太は、そう言った。


「江戸で、一度、見かけ申した。……七人と語っておられました」


「七人と」


「はい」


忠太は、頷いた。


「ただ、一つだけ、変えておられた」


「何をです」


「話の終わりに、こう付け加えるようになったとか」


忠太は、そう言った。


「『されど、この話は、後の世に作られたものにて、真のことは、誰も知り申さぬ』と」


直也は、その言葉を、聞いた。


そして、深く、頷いた。


「……上手いですね」


「上手うござる」


忠太は、そう言った。


「客は、そこで、ぞっとするそうな。それがまた、受けておるとか」


「ギオルギどの」


忠太は、そう言った。


「あの、大きな」


「はい」


「わかり申さぬ」


忠太は、そう答えた。


「一年半ほど前に、東で見たという話を聞いた切りでござる。……その後の消息は、掴めておりませぬ」


「そうですか」


直也は、そう答えた。


「探しますか」


「いいえ」


直也は、そう言った。


「知らないままで、けっこうです。……あの人は、どこかで、誰かと組んでいるでしょう」


そして、忠太は、最後に、こう言った。


「……田代義久どの」


直也の背が、伸びた。


「人買いの」


「はい」


忠太は、そう答えた。


その声が、重かった。


「栄えておられる」


忠太は、そう言った。


「西国に、三つ、口入屋を構えておる。表向きは、口入屋でござる。中身は、違い申す」


忠太は、そう言った。


「若い者を、集めておる。集めて、送っておる。……三年で、大きゅうなり申した」


直也は、何も言わなかった。


「代官どの」


「はい」


「これは、あなたのせいではござらぬ」


「私のせいです」


直也は、そう答えた。


「私が、通しました」


「通さねば、どうなり申した」


忠太は、そう聞いた。


「捕らえて、役所に突き出せば、あの者は死に申した。それでよかったと、お思いか」


直也は、しばらく、答えなかった。


そして、こう言った。


「よかったかどうかは、わかりません」


直也は、そう言った。


「ですが、私が通したことで、なつという子が、売られました」


直也は、そう言った。


「五日後に」


忠太の目が、動いた。


「……なつ」


「十四でした」


直也は、そう言った。


「その姉が、半月前に、ここへ来ました。三年、歩いておりました」


忠太は、しばらく、黙っていた。


そして、頭を下げた。


「……存じませなんだ」


「知らなくて、当然です」


直也は、そう答えた。


「私も、三年、知りませんでした」


行灯に、火が入った。


外は、もう暗くなっていた。


「藤原どの」


直也は、そう言った。


「はい」


「では、本題を伺いましょう」


直也は、そう言った。


「あなたは、帳面のことを話したのが、よくなかったと言われた」


忠太は、頷いた。


「はい」


「誰が、それを聞きましたか」


忠太は、粥の椀を、見ていた。


そして、顔を上げた。


「……我らの中に、それを欲しがっておる者がおり申す」


忠太は、そう言った。


「そして、その者は、もう、こちらへ向かっております」

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