第26話 流通と悪―密貿易人が問う複雑な倫理の本質―
エドワード・ドレイクを逮捕してから、直也は、その夜、眠ることができなかったます。
複雑な悪。その言葉が、直也の心に、深く突き刺さっていました。
人身売買は「確実な悪」です。だが、武器の売却は「必ずしも悪ではない」かもしれません。毒物の流通は「悪いのか、それとも医療用途もあるのか」。その問いは、一概に答えることができません。
その複雑さが、直也を、深く悩ませていました。
その夜、直也は、エドワード・ドレイクのもとを訪ねることにしました。
エドワード・ドレイクは、窓際に座って、月を見つめていました。その姿勢は、これまでの転移者たちと同じだ。だが、その背中には、「深い確信」が感じられました。
「眠れませんか」
直也は、聞きました。
「眠れない。眠りたくない。ここで眠ることは、我の事業を放棄することになる」
エドワード・ドレイクは、そう答えました。
「…あなたを逮捕したことは、正しかったのか、わかりません」
直也は、その言葉を述べました。
「…なぜですか」
エドワード・ドレイクは、穏やかに聞きました。
「なぜなら、あなたの『悪』は『複雑』だからです。人身売買は『確実な悪』です。だが、武器の売却は『誰が購入するのか』により『正当性が変わる』のです。毒物の流通は『医療用途もあり』『一概に悪とは言えない』のです」
直也は、その言葉を続けました。
「…では、あなたの『悪』をどのように判断すればいいのですか」
「簡単です」
エドワード・ドレイクは、その言葉を述べました。
「我は『流通を担当している』だけです。『誰が購入するのか』『その購入品をどう使うのか』。それは『我の責任ではなく、購入者の責任』です」
エドワード・ドレイクの言葉は、冷徹です。
「では、人身売買についても『同じ論理』なのですか」
直也は、その問いを発しました。
「そうです」
エドワード・ドレイクは、素直に答えました。
「人間を販売する。その人間の運命は『購入者に委ねられる』。我は『流通の仲介者』に過ぎません。その人間が『どのような扱いを受けるのか』。それは『我の責任ではない』」
その時点で、直也は、気づきました。
エドワード・ドレイクは、「責任を完全に回避している」のです。その回避は、「精巧に構築された論理」によって、可能になっているのです。
「…あなたは『責任を回避している』」
直也は、その言葉を述べました。
「そうです」
エドワード・ドレイクは、素直に認めました。
「我は『責任を回避している』。『流通の仲介者であり、最終的な使用者ではない』という立場により、我は『責任を回避できる』。それは『悪い』ことですか」
その問いは、直也の心を揺さぶりました。
「…では、あなたを逮捕することは『正しい』のですか」
直也は、その問いを自分自身に向けました。
「…わかりません」
直也は、最後に、その言葉を口にしました。
「あなたの『責任回避』は『精巧に構築された論理』です。その『精巧さ』の中には『完全な嘘がない』のです。すべてが『部分的には真実』なのです」
直也は、その言葉を続けました。
「だから、あなたを『逮捕する権利』を、我は『持たない』」
その時点で、エドワード・ドレイクは、口を開きました。
「…では、あなたは『何をするのですか』」
「…あなたを『見守ります』」
直也は、その言葉を口にしました。
「『見守る』ではなく『並んで存在する』と言うべきですが、あなたの『複雑な悪』に対して、我ができることは『見守る』ことだけなのです」
その時点で、エドワード・ドレイクは、笑いました。
「…わかりました」
エドワード・ドレイクは、そう言いました。
「あなたは『本当に『何者でもない者』なのですね。『判断する能力を持たない者』。その『能力の喪失』の中で、あなたは『見守る』。…それは『見守る』のではなく『放棄している』のではありませんか」
その言葉は、直也の最後の砦を、完全に破壊しました。
その日の昼。
エドワード・ドレイクは、許可証を手に、関所を通った。
その時、エドワード・ドレイクは、直也に一言だけ言った。
「あなたは『何者でもない者』です。その『何者でもなさ』の中で『見守る』ことは『責任放棄』です。その『責任放棄』の中で、多くの悪が『存在し続ける』のです」
直也は、その言葉に、何も返さなかった。ただ、エドワード・ドレイクの背中を見送った。
エドワード・ドレイクは、昼間の光の中を、去っていった。その背中は、「密貿易の新しい時代を切り開く者」の背中のように見えた。
その日の夜。
直也は、関所帳を開いた。
その中に、エドワード・ドレイクの名前を書くことにしました。「江口源蔵」。その名前で。
エドワード・ドレイクという本名を、「江口源蔵」という別の名前で、江戸時代の記録に残すのだ。
直也は、その夜、月を見つめていました。
江戸時代の月だ。
直也は、その時、気づきました。
自分は『何者でもない者』として『見守る』ことが『責任放棄』であることを、ようやく認識したのです。
その『責任放棄』により、多くの悪が『存在し続ける』のです。
その認識の中で、直也は、毎晩、苦しむことになるでしょう。
その苦しみこそが、直也の『責任の形式』なのです。




