第25話 密貿易の秘密―国を股にかけた商人の矛盾―
その女性が関所を去ってから、三ヶ月が経った。
その三ヶ月の間に、直也は、「何者でもない者として並んで存在する」という立場に、深く沈み込んでいました。
その立場は、極めて奇妙なものです。代官という身分を持ちながら、何者でもないという認識を持つこと。その矛盾の中で、直也は、毎日を過ごしていました。
その矛盾こそが、直也の今の立場を規定していました。
午前8時。
新しい旅人が、関所にやってきた。
その人物は、60代前半の男だ。顔は、日焼けしている。その日焼けは、長年、外で仕事をしてきた者のそれだ。着物は、豪華だ。帯も、最高級だ。足元の草履も、新しく、高級だ。
つまり、この男は、相当な富を持っている。その富は、「正当な商売」からではなく、「別の何か」から得られているものに見えます。
護衛がついている。若い男たちが、十人。その護衛たちは、質の良い着物を着ており、武器を隠し持っているように見えます。
「通行を願う」
その男は、許可証を差し出しました。その声は、低く、沈着だ。その声の中には、ある種の「自信」が感じられました。
直也は、その許可証を受け取りました。
許可証は、整っています。だが、その許可証は、一つではなく、複数です。その複数の許可証は、異なる国家から発行されたものに見えます。
「複数の許可証ですか」
直也は、その許可証を見つめました。
「そうです。複数の国から、複数の許可証を持っています。各地へ、商品を配送する商売をしているため、複数の国を通過する必要があるのです」
その男の返答は、正当に見えます。だが、その正当さの中には、わずかな「嘘」が感じられました。
直也は、その許可証をより詳しく見ました。
その許可証は、形式が異なっています。その異なっている部分は、「印鑑の位置」「記載されている言語」「許可される商品の種類」です。
「複数の国を通過する。…その理由は何ですか」
直也は、聞きました。
「商品の配送です。各国が必要とする商品を、各地から集め、各地へ配送する。その流通を担当するのが、我の商売です」
その男の説明は、合理的です。だが、その合理性の背後に、何か「隠された目的」があるように見えます。
「では、あなたの本当のお名前は」
直也は、その問いを発しました。
「…」
その男は、答えなかった。その沈黙は、認めるものです。
「では、関所の奥に来ていただけますか」
直也の声は、いつもの穏やかなものです。だが、その穏やかさの中には、「確実な正体」への直感が感じられました。
その男は、わずかに微笑みました。
「わかりました」
その男は、素直に同意しました。だが、その同意の中には、「何か別の計画」があるように見えます。
関所の奥の部屋で、その男は座らされました。
田中と山本が、同席しています。だが、その男の護衛たちは、外に待たされています。
「あなたの本当の身分は何ですか」
直也は、聞きました。
「…密貿易商人です」
その男は、素直に答えました。
「複数の国の規制を無視して、禁止品を含む商品を、各地で密貿易します。その取引により、膨大な利益を得ています」
その男の告白は、率直です。その率直さは、「自分の行為が『犯罪である』ことを知りながら、それを肯定している」ことを示していました。
「禁止品。…どのような品ですか」
「…様々です。武器。毒物。そして、人間。人身売買も、我の密貿易の一部です」
その男は、その言葉を述べました。
その時点で、直也は、気づきました。
この男は、田代義久(人身売買組織のボス)と、同じような「悪」を担当しているのです。だが、この男の場合、その「悪」は、より「広範で複雑」です。
「あなたの本当の名前は」
直也は、聞きました。
「…エドワード・ドレイク。21世紀のイギリスで、国際的な密貿易組織の首領として働いていました。その技術を用いて、この江戸時代に来ました」
その男は、そう名乗りました。
「エドワード・ドレイク。…では、あなたを逮捕します」
直也は、その言葉を口にしました。
その言葉は、これまでのような「迷い」を伴っていません。その言葉は、「確信」を伴っていました。
だが、その確信の理由が、直也自身には、わかりませんでした。




