第23話 京からの亡命者―皇族の血筋を持つ者の秘密―
妻が関所を去ってから、二ヶ月が経った。
その二ヶ月の間に、直也は、「苦しみを通じた責任」という新しい立場に、ようやく慣れ始めていました。
その「苦しみ」は、毎晩、直也を襲いました。「見守ることで悪を許しているのではないか」という疑問。「自分の立場は本当に正しいのか」という問い。その疑問と問いの中で、直也は、毎晩、苦しんでいました。
その苦しみを、直也は、「責任の形式」として受け入れることにしました。
午後4時。
新しい旅人が、関所にやってきた。
その人物は、40代後半の女性だ。顔は、貴族的だ。その貴族的な顔立ちは、「単なる富から来たものではなく、血統から来たもの」に見えます。着物は、質の良い旅人のそれだ。帯も、上等なものだ。だが、そのいずれもが、「隠そうとしている高い身分」を完全には隠せていません。
その女性は、京からの旅人に見えます。その京からの旅人という印象は、その女性の言葉遣いと姿勢から来ているものです。
「通行を願う」
その女性は、許可証を差し出しました。その声は、柔らかく、上品だ。その声の中には、ある種の「疲労」が感じられました。
直也は、その許可証を受け取りました。
許可証は、整っています。江戸の商人の印鑑が押されています。その商人の名前は、「京都呉服商館」だ。それは、ありふれた名前だが、許可証の形式は、正しい。
「商いですか」
直也は、聞きました。
「はい。京より、呉服を配送する商いをしております」
その女性の返答は、即座です。だが、その返答の中に、わずかな「作られた感」があります。その女性は、「呉服商」ではなく、「別の身分」を隠しているのだ。
直也は、その女性を見つめました。
その顔立ちは、「単なる商人」では説明できません。その顔立ちは、「血統の高さ」を示しています。
「あなたの本当の身分は何ですか」
直也は、その問いを発しました。
「…」
その女性は、答えなかったません。その沈黙は、認めるものです。
「では、関所の奥に来ていただけますか」
直也の声は、いつもの穏やかなものです。だが、その穏やかさの中には、「確実な正体」への直感が感じられました。
その女性は、観念したようです。素直に、直也の後に続きました。
関所の奥の部屋で、その女性は座らされました。
田中と山本が、同席しています。
「あなたの本当の身分は何ですか」
直也は、聞きました。
「…」
その女性は、答えなかった。その沈黙は、より深くなっています。
「あなたの顔立ちから、あなたが『高い血統を持つ者』であることが、わかります。その血統は、『単なる富から来たもの』ではなく、『政治的な地位から来たもの』に見えます。…あなたは、皇族ですか」
直也の指摘は、鋭かったです。
その時点で、その女性は、口を開きました。
「…はい。皇族です」
その女性は、最後に、その言葉を口にしました。
「京都で、皇族として生きていました。ですが、ある政治的事件により、皇族の身分を失い、京から逃げることになりました」
その女性の告白は、これまでの転移者たちとは全く異なっていました。
「京から逃げた。…あなたは、転移者ですか」
「…わかりません」
その女性は、奇妙な返答をしました。
「わかりません。あなたは、『転移者』と言うのですか。『亡命者』と言うのですか。『逃亡者』と言うのですか。…その全てが、重なっているのです」
その女性の言葉は、深い混乱を伴っていました。
「では、あなたの本当の名前は」
直也は、聞きました。
「…皇族の身分を失ったので、『本当の名前』も失ったのです。今、私は『何者でもない人間』です。『京都の皇族でもなく、江戸の商人でもなく、どこにも属さない人間』です」
その女性の言葉は、極めて悲しみに満ちていました。
その悲しみは、「身分を失った悲しみ」ではなく、「自分自身を失った悲しみ」に見えました。




