第21話 妻と再会―内閣総理大臣が関所に現れた時―
田代義久が関所を去ってから、一ヶ月が経った。
その一ヶ月の間に、直也は、「見守る者」としての立場の矛盾に、深く直面していました。
田代義久という「確実な悪」を「見守る」という判断。その判断が、本当に正しいのか。その判断により、多くの人間が苦しむことになるのではないか。
その疑問が、毎晩、直也の眠りを妨害していました。
午後2時。
新しい旅人が、関所にやってきた。
その人物は、50代前半の女性だ。顔は、知性に満ちている。眼には、政治的な経験が刻まれている。着物は、質の良い旅人のそれだ。帯も、上等なものだ。足元の草履も、新しい。
つまり、この女性は、相応の地位を持つ人物だ。その地位は、「経済的なもの」ではなく、「政治的なもの」に見える。
護衛がついていない。一人での旅だ。
その女性は、関所に近づくと、直也と眼が合った。
その瞬間、直也は、この女性が「誰であるのか」を、直感的に知りました。
その顔。その眼。その姿勢。全てが、直也に、深い記憶を蘇らせました。
「…妻」
直也は、その言葉を口にしました。
その女性は、静かに微笑んだ。
「久しぶりね。直也」
その女性は、そう言いました。その声は、直也が知る声だ。21世紀で、毎日聞いていた声だ。
「あなたは…」
直也は、言葉を続けることができませんでした。
「転移者です」
妻は、素直に答えました。
「21世紀の日本で、内閣総理大臣をしていました。その後、ある組織の指示により、この江戸時代に転移してきました」
妻の言葉は、シンプルだ。その言葉には、何の隠蔽もない。
「なぜ、あなたが、この関所に」
直也は、その問いを発しました。
「あなたに、会いたかったから」
妻は、その言葉を述べました。
「あなたが、どのような判断をしているのか。どのような立場に立っているのか。それを知りたかった」
「…では、許可証を」
直也は、その言葉を口にしました。
妻は、許可証を取り出しました。その許可証は、質の良い布に包まれています。その布を解くと、中から、許可証が現れました。
その許可証は、確かに、江戸時代のものだ。その形式は、正しい。だが、その印鑑が、奇妙だ。その印鑑には、「内閣官房」という、21世紀の官庁を示す名前が刻まれている。
「この許可証。…何ですか」
直也は、その許可証を見つめました。
「21世紀の日本の公文書です。ですが、江戸時代の許可証に見えるように、偽造されています」
妻は、素直に答えました。
「あなたは、転移者です」
直也は、確認のために、その言葉を口にしました。
「そうです」
妻は、その言葉を認めました。
「では、関所の奥に来ていただけますか。色々と、確認したいことがあります」
直也の声は、いつもの穏やかなものだ。だが、その穏やかさの中には、「妻との再会による動揺」が感じられた。
妻は、静かに頷いて、直也の後に続きました。
関所の奥の部屋で、妻は座らされました。
田中と山本が、同席しています。彼らは、妻を見て、何も言いませんでした。だが、その表情には、「何か重要な訪問者が来た」という認識が見えます。
「あなたの本当の身分は何ですか」
直也は、聞きました。
「内閣総理大臣です。21世紀の日本で、5年間、その職にありました」
妻は、素直に答えました。
「その後、ある組織の指示により、この江戸時代に転移してきました。その目的は、『あなたの判断を観察する』ことです」
「…『我の判断を観察する』。どういう意味ですか」
直也は、その問いを発しました。
「つまり、あなたが、この江戸時代で、どのような判断を下すのか。その判断が、この時代にどのような影響をもたらすのか。その全てを、観察するために、私はここに来たのです」
妻の言葉は、深い。その深さは、「政治的な調査」の色合いを持っていました。
「では、あなたは、我を逮捕するのですか」
妻は、その問いを発しました。
「我は、転移者です。その転移は、違法なものです。あなたが、我を逮捕することは、当然です」
その時点で、直也は、気づいました。
この女性は、妻であり、同時に、「政治的な目的を持つ転移者」なのだ。その政治的な目的が、何であるのか。直也には、推測することしかできません。




