↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界江戸転移小説「怪しい旅人たちと関所代官」  作者: 伝説の男前


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/56

第20話 商売と正義―代官が初めて下した確信的判断の意味―

田代義久を逮捕してから、直也は、その夜、眠ることができなかった。


これまでの転移者たちとは異なり、この男に対して、直也は、「確信を持って」逮捕を決定したのです。


その「確信」は、何に由来するのか。


直也は、その問いに、答えを見つけることができませんでした。


その夜、直也は、田代義久のもとを訪ねることにした。


田代義久は、窓際に座って、月を見つめていた。その姿勢は、これまでの転移者たちと同じだ。だが、その背中には、「不遜さ」が感じられた。


「眠れませんか」


直也は、聞いた。


「眠れない。眠りたくない。ここで眠ることは、我の計画を放棄することになる」


田代義久は、そう答えた。


「…あなたを逮捕したことは、正しかったのか、わかりません」


直也は、その言葉を述べた。


「…なぜですか」


田代義久は、穏やかに聞いた。


「なぜなら、これまで、我は『判断を放棄する』ことで、転移者たちを『見守ってきた』からです。だが、あなたの場合、我は『判断を下した』。その『判断を下す』という行為は、『判断を放棄する』という立場と矛盾しているのではないか」


直也は、その言葉を続けた。


「…あなたが『人身売買は悪い』と判断する根拠は何ですか」


その問いに対して、田代義久は、長く沈黙した。その沈黙は、直也に、ある種の不安をもたらした。


「…答えてください」


直也は、続けた。


「あなたが『人身売買は悪い』と判断する根拠は、何ですか」


「…人間が、苦しむから」


直也は、最後に、その言葉を口にした。


「人身売買により、多くの人間が、苦しむ。その苦しみは、『悪い』ものだ。だから、『人身売買は悪い』と判断する」


その時点で、田代義久は、口を開いた。


「…その根拠は、十分ですか」


田代義久は、その問いを発した。


「『人間が苦しむから、悪い』。…その判断は、『普遍的』ですか。それとも『相対的』ですか」


その問いは、直也の心を揺るがした。


「…何が言いたいのですか」


「簡単です。あなたは、『判断を放棄する』ことを『見守る』ことだと言いました。『判断できないこと』を『正直に認める』ことだと言いました。『相手の自由を尊重する』ことだと言いました」


田代義久は、その言葉を続けた。


「だが、『人身売買は悪い』という判断は、『普遍的』な判断なのですか。それとも『相対的』な判断なのですか」


「…」


直也は、答えられなかった。


「答えてください」


田代義久は、続けた。


「あなたが『人身売買は悪い』と判断する根拠が『人間が苦しむから』であれば、その判断は『相対的』です。なぜなら、『苦しみ』という概念そのものが、『相対的』だからです。我にとって、『苦しむ人間たち』は、単なる『商品』に過ぎません。その『商品』から利益を得ることに、我は『喜び』を感じます。その『喜び』と、彼らの『苦しみ』は、『相対的』に計量されるべきものなのです」


その言葉は、極めて冷徹だ。その冷徹さは、「人間の苦しみを無視する冷徹さ」だ。


「…あなたは『人間の苦しみ』を『商品の価値』と同じレベルで計量している」


直也は、その言葉を述べた。


「その計量は、『人間を人間として扱わない』ことを意味します。その『人間を人間として扱わない』という行為は、『悪い』ものです」


「…その根拠は」


田代義久は、続けた。


「あなたが『人間を人間として扱う』ことが『正しい』と判断する根拠は、何ですか」


その問いに対して、直也は、答えを見つけることができませんでした。


直也の「判断」は、確かに、「根拠のない判断」だったのです。


「…わかりました。あなたを『見守ります』」


直也は、最後に、その言葉を口にしました。


「…なぜですか」


田代義久は、穏やかに聞いた。


「なぜなら、あなたも、『判断を持つ者』だからです。あなたは『人身売買は商売である』と判断する。その判断は『あなた自身の判断』です。あなたと我の違いは、『判断の内容』ではなく、『判断を下す者の本質』の違いなのです」


直也は、その言葉を述べた。


「あなたは『苦しみを軽視する者』であり、我は『苦しみを重視する者』です。その違いは『相対的』です。『普遍的な正義』ではなく、『相対的な判断』の違いなのです。だから、我は、あなたを『逮捕する権利』を持たない。あなたの『判断』を『見守る』ことしかできない」


その時点で、田代義久は、静かに笑った。


「…わかりました。あなたは、本当に『判断を放棄した者』なのですね。その放棄の中では、『善悪』すら『相対的』になってしまう」


田代義久は、そう言った。


「…ですが、それは『見守る』ことではなく、『悪を許す』ことではありませんか」


その問いに対して、直也は、答えることができませんでした。


その日の昼。


田代義久は、許可証を手に、関所を通った。


その時、田代義久は、直也に一言だけ言った。


「あなたの『判断を放棄する』という立場は、『見守る』ことではなく、『悪を許す』ことになり得ます。その『悪を許す』ことの責任を、あなたは、持つのですか」


直也は、その言葉に、何も返さなかった。ただ、田代義久の背中を見送った。


田代義久は、昼間の光の中を、去っていった。その背中は、『奴隷売買』の新しい時代を切り開く背中のように見えた。


その日の夜。


直也は、関所帳を開いた。


その中に、田代義久の名前を書くことにした。「高林二郎」。その名前で。


田代義久という本名を、「高林二郎」という別の名前で、江戸時代の記録に残すのだ。


だが、その手は、震えていました。


直也は、その夜、月を見つめていた。


江戸時代の月だ。


直也は、その時、気づいた。


自分は、『判断を放棄した者』として、『見守る者』として、この江戸時代に立ち続けているのだ。


だが、その『見守る』ことの中には、『悪を許す』ことも含まれているのではないか。


その『悪を許す』ことの責任を、自分は、どのように引き受けるのか。


直也は、その問いに、答えることができませんでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。