↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界江戸転移小説「怪しい旅人たちと関所代官」  作者: 伝説の男前


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/56

第11話 野菜と過去―八百屋に偽装した少年時代の影―

Pierre が関所を去ってから、一ヶ月が経った。


その一ヶ月の間に、直也は、五人の転移者を見送った。彼らは皆、何事もなく関所を通されたのだ。その事実は、直也の内部に、ある種の重みをもたらしていた。その重みは、安定とも不安とも言いがたい、複雑な感情だ。


午後2時。


新しい旅人が、関所にやってきた。


その人物は、40代前半の男だ。顔は、太く、血色も良い。肉体は、よく鍛えられている。見た感じは、江戸時代の八百屋か、あるいは農業に従事する者だ。護衛がついている。若い男が一人。その護衛は、質の良い着物を着ていない。つまり、この男は、金持ちではない。ただの八百屋だ。


「通行を願う」


その男は、許可証を差し出した。その声は、低く、圧倒的だ。その声の中には、ある種の威圧感が感じられた。


直也は、その許可証を受け取った。


許可証は、整っている。江戸の青物商人の印鑑が押されている。その商人の名前は、「山田八百屋」だ。それは、ありふれた名前だが、許可証の形式は、正しい。


「八百屋ですか」


直也は、聞いた。


「そうです。江戸から各地へ、野菜を配送する商売をしております。特に、高級野菜の配送が専門です」


その男の返答は、即座だ。その内容も、確かだ。許可証の印鑑も、問題はない。


だが、直也は、その男の言葉に注目していた。


「高級野菜」という表現。江戸時代の八百屋が、このような言い方をするか。確かに、する。だが、その言い方の中に、何か現代的な「品質管理」的な響きがある。


さらに、その男の態度だ。その男の立ち振る舞いは、八百屋のそれではなく、むしろ、ある種の権力者のそれだ。その男は、自分が「提供者」であることを、完全に自覚している。その自覚が、その態度に現れている。


「ところで、その高級野菜とは、どのような品々ですか」


直也は、続けた。


「…」


その男は、答えなかった。


「新鮮な野菜です。毎日、江戸から配送します」


その返答は、わずかに遅れて出てきた。その遅延は、記憶を作るための間だ。本当にはない知識を、その場で作ろうとしている間だ。


直也は、その矛盾に気づいた。同時に、この男も、転移者であることを確信した。


だが、それと同時に、直也は、何かを感じた。


その男の顔を見つめていた時、直也の脳裏に、古い記憶が蘇り始めたのだ。


中学校。1997年。教室。


「おい、直也。今日もお前、昼食の弁当がカビ臭いな」


その声は、その当時の直也に、深い傷を与えていた。その声と共に、周囲の笑い声。その笑い声が、毎日、毎日、直也の心を蝕んでいた。


その声の主は、誰か。


直也は、その男の顔を見つめた。


顔は、太く、血色も良い。その顔は、確かに、30年前の「いじめっ子」の延長線上にある。


「…あなたの本当のお名前は」


直也は、その問いを発した。その声は、かすかに震えていた。


「…」


その男は、答えなかった。


「答えてください」


直也の声は、一段強くなった。


「…佐藤」


その男は、その言葉を述べた。


「佐藤…」


直也は、その名前を繰り返した。


「佐藤健太」


その男は、続けた。


その名前を聞いた瞬間、直也は、その男が、確実に、自分の中学時代のいじめっ子であることを認識した。


佐藤健太。直也を毎日いじめていた男。直也の弁当を隠したり、便所に落としたり、学校の帰り道で殴ったりしていた男。その男が、30年後の江戸時代に来ていたのだ。


「では、関所の奥に来ていただけますか」


直也の声は、冷徹だった。


その男は、観念したようだ。素直に、直也の後に続いた。


関所の奥の部屋で、佐藤健太は座らされた。


田中と山本が、同席している。


直也は、その男を見つめた。その視線の中には、これまでの五人の転移者との対話の中には、なかった「感情」が見える。


「あなたの本当の身分は何ですか」


直也は、聞いた。


「…21世紀の日本から来た」


佐藤健太は、答えた。


「我は、暴力団の幹部です。江戸時代に来て、その組織力を用いて、この時代の支配的立場を得ようとしている」


佐藤健太の告白は、これまでの転移者たちとは異なっていた。その告白には、組織人としての明確な目的がある。


「暴力団。…では、あなたは、こここの江戸時代で、暴力を振るうつもりですか」


「そうです」


佐藤健太は、素直に答えた。


「この時代の秩序を破壊し、我が組織の支配を確立する。その支配の下で、この時代を支配するつもりです」


その時点で、直也は、気づいた。


この男は、転移者たちの中で、最も「直也個人」に対して、危険な存在であるということを。


Jacob は、権力を求める者だった。だが、その権力は、「この江戸時代」に限定されていた。


Shunya は、利益を求める者だった。だが、その利益は、「経済的な」ものだった。


Claude は、美しさを求める者だった。だが、その美しさは、「盗む行為の中」に限定されていた。


Pierre は、苦しみから脱出を求める者だった。だが、その脱出は、「理想的な」ものだった。


だが、佐藤健太は、違う。この男は、直也に対して、「個人的な害をもたらす可能性」を持っている。


いや、もっと正確に言えば、この男は、直也の「過去」を、この江戸時代に持ち込もうとしているのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。