↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界江戸転移小説「怪しい旅人たちと関所代官」  作者: 伝説の男前


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/56

第10話 理想の名の下に―革命思想家が問う正義と判断の限界―

Pierre の問いの後、直也は、その夜、眠ることができなかった。


Pierre を逮捕するという決定は、正しいのか。だが、それと同時に、別の疑問が生まれていた。もし、Pierre を通したら、どうなるのか。その通すことが、本当に正しいのか。


その夜、直也は、Pierre のもとを訪ねることにした。


Pierre は、窓際に座って、夜空を見つめていた。その姿勢は、Claude のそれと似ていたが、その背中には、Claude にはなかった「硬さ」が感じられた。


「眠れませんか」


直也は、聞いた。


「眠れない。眠りたくない。ここで眠ることは、我の使命を放棄することになる」


Pierre は、そう答えた。その答え方は、Jacob や Claude や Shunya のそれとは全く異なっていた。


「…なぜ、あなたは、僕を一人にしてくれたのですか」


Pierre は、窓から目を離して、直也を見た。


「逃げられるチャンスをくれるとは、これまでの代官とは違う判断ですね。本当なら、我は、牢に入れられているはずです」


「そうですね」


直也は、Pierre の隣に座った。


「ですが、あなたが逃げるとは思いませんでした。あなたは、ここに留まることを選ぶと思った」


「…なぜ」


「あなたの眼を見ていたから。あなたは、既に、ここにいることを受け入れている。逃げようとしていない。その眼を見れば、わかります」


Pierre は、その言葉に、静かに頷いた。


「…そうかもしれません。我は、逃げたくない。あなたという人物に、直面したいと思う。Jacob から聞いていた。40代のニート代官。転移者を見分ける眼を持つ者。その者が、どのような判断を下すのか、見たいと思う」


Pierre の言葉は、率直だった。


「…あなたは、テロリストです。人命を奪う計画をしている。なぜ、そのようなことをしたいのですか」


直也は、その問いを発した。


「…現在の世界が、苦しいから」


Pierre は、その言葉を述べた。


「21世紀の世界は、苦しい。少数の権力者が、多数の人間を支配する。その支配の下で、人間たちは、不自由で、不平等な生活を強いられている。我は、その苦しみを見てきた。そして、その苦しみを終わらせたいと思った」


Pierre の言葉は、理想主義的だった。


「だから、テロ行為をするのですか」


「そうです。テロ行為は、権力構造を混乱させる。その混乱の中で、新しい秩序が生まれる可能性がある。その可能性に賭けて、我は、テロ行為をする」


「その『新しい秩序』が、本当に良いものである、という保証はありますか」


直也は、その問いを発した。


「…ありません」


Pierre は、素直に答えた。


「その新しい秩序が、より良いものになる可能性は、50パーセント。より悪いものになる可能性も、50パーセント。我は、その50パーセントの可能性に賭けているのです」


Pierre の言葉は、ある種の潔さを持っていた。その潔さは、Jacob や Claude のそれとは異なっていた。この男は、自分の行為が「賭け」であることを、明確に認識していたのだ。


「では、あなたがテロを行った結果、無実の人間たちが死ぬことになる。その死について、どう考えますか」


直也は、その問いを発した。


「…それは、やむを得ないことです」


Pierre は、その言葉を述べた。


「現在の秩序の下で、すでに多くの人間が、苦しんで死んでいます。その苦しみの死から、人間たちを救うためには、新しい秩序が必要です。そのための変化の過程で、何人かの人間が死ぬことになるかもしれません。ですが、その死は、より大きな救済のための代価なのです」


Pierre の論理は、確かに一貫していた。ですが、その一貫性の中には、極めて危険な考え方が隠れていた。


「その『より大きな救済』という考え方は、権力者たちも、同じことを言います」


直也は、その言葉を述べた。


「『国家のために、個人は犠牲になるべき』『秩序のために、犯罪者は処罰されるべき』『効率のために、弱者は切り捨てるべき』。全ての権力者が、『より大きな目的のために』と言って、個人の犠牲を正当化します。あなたも、同じことをしているのではありませんか」


Pierre は、その言葉を聞いて、長く沈黙した。


「…そうですね」


Pierre は、最後に、その言葉を口にした。


「我も、同じことをしている。『理想のために』という名目で、個人の犠牲を正当化している。…ですが、我には、他の選択肢がない。現在の秩序は、本当に苦しい。その苦しみを終わらせるためには、秩序を破壊する必要があります。そして、秩序の破壊には、必ず、何かの犠牲が伴う。その犠牲を承知で、我は、テロ行為をするのです」


Pierre の言葉は、ある種の絶望を伴っていた。その絶望は、Jacob や Claude のそれとは異なっていた。この男の絶望は、「理想と現実のギャップ」に由来するものだ。


「…では、あなたを逮捕することは、本当に正しいのですか」


直也は、その問いを自分自身に向けた。


「あなたを逮捕すれば、あなたのテロ行為を、一時的に止めることができます。ですが、あなたの理想や、あなたの苦しみが、消えるわけではない。別の形で、別の時代で、別の誰かが、同じことをするかもしれない。…では、あなたを逮捕することが、本当に解決になるのか」


直也は、その問いに、答えを見つけられなかった。


翌日の朝。


直也は、決断を役人の田中と山本に知らせた。


「昨日のテロリストは、通す」


田中の眼が、信じられないほどの驚きで大きくなった。


「代官殿。…あの者は、確実に、この江戸時代で、暗殺を計画していたのに…」


「そうですね」


直也は、その言葉を遮った。


「ですが、考えました。あの者を逮捕することが、この関所の役割であるのか。あるいは、あの者を通すことが、この関所の役割であるのか」


直也は、その言葉を続けた。


「あの者のテロ行為は、確実に、この江戸時代の秩序に影響を与えるでしょう。だが、その影響の大きさは、あの者の行動次第です。我が判断では、あの者は、この江戸時代では、何もしないと思う」


田中は、その言葉に、疑問の表情を浮かべた。


「…なぜですか」


「あの者は、理想家です。その理想と現実のギャップに、苦しんでいる。その苦しみの中で、あの者は、本当にテロを行うだけの気力を持っているのか、わかりません。だから、通します」


直也は、その言葉と同時に、自分の判断が、どれほど根拠のないものであるか、自覚していた。だが、その根拠のなさこそが、人間的な判断なのだ。


その昼、Pierre は、許可証を手に、関所を通った。


その時、Pierre は、直也に一言だけ言った。


「ありがとう。あなたの判断は、正しかったのか、間違っていたのか、それは時間が証明するでしょう。だが、少なくとも、あなたは決定した。その決定が、あなたの判断の根拠を問い直させた。…その問い直しが、人間的であると、感じます」


直也は、その言葉に、何も返さなかった。ただ、Pierre の背中を見送った。


Pierre は、昼間の光の中を、静かに去っていった。


その日の夜。


直也は、関所帳を開いた。


その中に、Pierre の名前を書くことにした。「中村商太」。その名前で。


Pierre という本名を、「中村商太」という別の名前で、江戸時代の記録に残すのだ。


直也は、その夜、月を見つめていた。


江戸時代の月だ。


直也は、その時、何かに気づいた。


自分は、この江戸時代で、「判断を下す者」になっていたのだ。


その判断は、常に根拠がなく、常に不完全だ。だが、その不完全さの中に、人間的な真実があるのだ。


直也は、その月の下で、待ち続けることにした。


次の転移者が、この関所に到達する日まで。


そして、その時ごとに、直也は、判断を下し続けるのだ。


不安を伴いながら。


だが、その不安こそが、人間的な判断の証拠なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。