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旅立ちと追放の日の誓い

「……見事な手際だったぞ、小僧」


 静まり返る広場に、脳内からネビュリムの愉悦に満ちた声が響く。だが、クライドは木剣を収めると、広場の石壁にめり込んだまま動かないカリムから、冷ややかに目を逸らした。


勝利の余韻など微塵もなかった。

そこにあったのは、昨日まで彼を侮蔑していた村人たちが浮かべる、剥き出しの「恐怖」と「嫌悪」だけだった。


「ひ、ヒィッ……! 悪魔だ……! 冥狼の呪いに魅入られた悪魔が出たぞ!」

「カリムを……あの一撃で……」

「来ないでくれ! 近寄るな、穢らわしい!」


昨日までの嘲笑は消え去り、代わりにクライドへ向けられたのは、過剰な拒絶。


誰一人として、彼の積み重ねてきた努力や、勝ち取った結果そのものを正当に「評価」しようとする者はいなかった。彼らが恐れているのはクライドの意志ではなく、ただ「冥狼」という禁忌の影に過ぎない。


(……ハッ、分かっていたことじゃないか)


クライドは胸の内で悔しさを押し殺し、冷たく吐き捨てる。


この閉鎖的で、冥狼のことを知ろうともせず光に縋るだけの狭い村でどれほど力を示そうと、彼らが自分を「一族の英雄」と認めることなど永遠にない。ここに留まっていては、どれだけ強くなろうと『出来損ない』の枠組みから出られないのだ。


「そこまでだ、クライド」


重々しい声が広場に響き渡り、人波が左右に割れた。

現れたのは、一族を束ねる老族長――ガラハドだ。その背後には、村でも最強と謳われる戦士たちが、実体化した白銀の天狼を伴い、クライドを取り囲むように刃を抜いている。


ガラハドは倒れ伏すカリムを一瞥し、次いでクライドの右腕に刻まれた漆黒の紋章へ、深く刻まれた皺の奥から冷酷な視線を向けた。


「立ち入りを禁じられた書庫へ足を踏み入れたうえ、忌むべき冥狼と血を交わし、そればかりか、同胞に牙を剥くとは……。クライド、お前は一族の誇りを完全に捨て去ったのだな」

「誇り、か」


クライドは鼻で笑った。そもそもこの騒動の原因は、先に拳を振り上げたカリムにある。だが、そんな言い訳をしたところで、村の連中や目の前にいる頭の硬い族長には聞き入れてもらえないだろう。


「十五の誕生日に天狼に拒まれ、年下にすら打ち負かされていた時、あんた達は俺に一度でも誇りなんてものを残してくれたか? 『出来損ない』と蔑み、雑用係として踏みにじっていたのはそっちだろう」

「世迷い言を! 試練を乗り越えられぬ者に与える恩寵など、この一族にはない!」


ガラハドの怒声とともに、周囲の戦士たちが一歩間合いを詰める。殺気立った天狼たちが、クライドへ向けて低く唸りを上げた。


だが、クライドの背後にゆらりと立ち上る漆黒の霧――ネビュリムの放つ死の圧力を前に、白銀の狼たちは、それ以上踏み込むことができないようだった。


その光景を見たガラハドは、苦虫を噛み潰したような表情で、静かに手を挙げた。


「……本来ならば、一族の掟に従い、その首を撥ねて冥狼の呪いを断ち切るべきところ。だが、その禍々しい力を宿したお前と戦えば、我が村にも無用な血が流れる」


ガラハドは蔑みと切り捨ての意思を込めて、クライドに言い放った。


「立ち去れ、出来損ない。今この瞬間をもって、お前を追放する。二度とこの聖域にその汚らわしい足を踏み入れるな。……それが、一族からお前への唯一の餞別だ」

「二度と帰ってくるな」


その言葉が広場に重く落ちた。


周囲の村人たちからも、示し合わせたように冷ややかな視線と罵声が浴びせられる。


「出ていけ! 呪われた悪魔め!」

「一族の面汚しが!」

「外の世界で野犬のようにたれ死ぬがいい!」


手のひらを返したような、あるいは最初から変わらない冷酷な排斥。


しかし、クライドの心は不思議なほど穏やかだった。彼の胸にくすぶっていた「認めさせたい」という思いは、すでにこの狭い村を飛び越え、より大きな野望へと昇華していたからだ。


「言われなくても、こんな泥沼に留まるつもりはないよ」


クライドは背を向け、村の出口へと歩き出した。

誰も追ってはこない。ただ、背後から突き刺さる無数の冷ややかな視線と、拒絶の気配だけが彼を見送っていた。


村の大門をくぐり、木々の隙間から見慣れた故郷の景色が小さくなっていく。


『ククク……潔いものだな、クライド。未練はないのか? お前を虐げた奴らを全員殺し尽くすことも、今の我らの力なら容易かったのだぞ?』


脳内でネビュリムが愉悦を交えて語りかけてくる。


「そんなことをして何になる」


クライドは右腕の紋章を見つめ、不敵に口元を歪めた。


「あの狭い箱庭で威張っている連中を殺したところで、俺が『英雄』になれるわけじゃない。……俺はいつか、逃げも隠れもできないくらい有名な大英雄となってやる。そしてあの村で俺を出来損ないと罵った連中に『帰ってきてくれ』と泣きつかせてやるのさ」


一歩、また一歩と踏み出すごとに、命を削る代わりに手に入れた強大な闇の魔力が、彼の全身を駆け巡る。


「村の奴らは、俺が外で惨めに野垂れ死ぬとでも思っているだろうな。……だからこそ、見せてやるのさ。天狼の加護など無くとも、忌み嫌われた冥狼の力とこの剣だけで、世界の頂点に立つ姿をな」


クライドの放つ決意に同調するように、右腕の黒い紋章が妖しく輝いた。


『ハハハ! 言ったな、小僧! 良いぞ。お前の決意がどれほどのものか、我が見定めてやろう』


背後に広がる冷酷な故郷を完全に捨て去り、少年は広大な外の世界へと足を踏み入れた。

掲げた右腕の紋章が、これから始まる血と栄光の道を照らすかのように、黒く妖しく脈打っていた。

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