師弟
蒼夜と美月が千紗と話していた頃、第五師団の三個連隊に民間人救出の命令が発令された。
第十四遊撃旅団に属する蒼夜たちは、横浜基地での待機を命じられていた。
「蒼夜さん、今日も修行つけて貰っていいですか?」
救出部隊が出立した翌日、焔が蒼夜に焔が蒼夜に稽古を頼んできた。蒼夜は読んでいた本から顔を上げ、焔を見上げた。ちなみにタイトルは「今更聞けない大人の常識」だ。
「また、ですか」
「はい!お願いします!」
人にものを教えるのは苦手だから、やはり面倒くさい。横でスマホを弄る陸に目を向ける。
「ご指名だぞ。教えてやれって」
陸は画面から顔を上げずに蒼夜を促す。
蒼夜は本を閉じ、道連れを探した。
一馬が目を輝かせながらこちらを見ている。立川に配属されてから一馬は良く、蒼夜に対戦を申し込んでいる。
「一馬さん、来ますか?」
「はッ!お供させて頂きますッ!」
元気の良い返事だ。蒼夜は焔に向き直り、言った。
「一馬さんの動きは正統派な剣術です。参考になりますよ」
三人は以前と同じ、基地の空き地へ向かい、木刀を構える。
一馬と焔は横並びに、蒼夜に対峙していた。
「二人とも、行きますよ。あ、一馬さん、魔法は無しですからね」
「え、わ、分かってますよ」
魔力を練っていたのは魔力検知で分かっている。だが、それには目をつぶり、木刀を構えた。
先に焔と一馬が動いた。左右からの挟撃。
蒼夜は残像を残すほどの速さで後退し、振り下ろされた木刀を踏み、一馬の胸部を切っ先で軽く押す。
「はやッ!」
一馬が悔しそうに言いながら後退。一馬が後退すると、焔は木刀を上げ柄の鍔側を右手で、先端を左手で持ち、テコの原理を利用して振るう。
蒼夜は木刀の腹を使い受け流し、焔の腹部に蹴りを打ち込む。
「ぐほっ!」
焔はうめき声を上げて倒れた。
「実戦でもそんな風に倒れるのですか?」
挑戦的な声で蒼夜は二人を煽る。二人は立ち上がり、木刀を握り直す。
「まだまだぁ!」
焔が楽しそうに叫んだ。二対一の剣劇は激しさを増し、蒼夜の実戦的稽古は続いた。
昼前にはすでに一馬と焔はヘトヘトになり、地面に転がっていた。
「あー、コンクリートも熱いっス」
「ほんとですね。まだ八月だし、真夏の日差しがきついです」
全身から吹き出す汗を地面のコンクリートに垂らしながら一馬と焔が伸びる。蒼夜は涼しい顔で立って二人を見下ろしていた。
「一馬さん、前にも言いましたけど、剣で受ける時に無意識に前のめりになっています。威力を受け流しながら受け止める練習をしましょう」
「了解、っす」
一馬の返事を聞いて、蒼夜は焔へ視線を移す。
「焔さんは……」
一瞬、考えて言葉を探す。
「両手で扱う剣術は正統派ですね。一馬さんを参考にしたんですか?」
「え、はい。ダメだったでしょうか?」
「いえ、今の方が合っていそうです。今後は一馬さんと稽古してください。ある程度慣れたら俺と再度稽古しましょう」
まずは一馬の太刀筋を覚えさせ、基礎を盤石にさせる。それから蒼夜と戦わせ、実力を付けさせる。
「はい……!」
焔は疲労の浮かんだ顔に、強くなれるという希望を滲ませた。
――その日の夜。
蒼夜は一人、真剣を振っていた。
戦争が始まってから増設された隊舎。その屋上に、鋭い音が鳴り響く。
屋上へ続くドアが開いた。
「昼は後輩の教育で、夜は自分の鍛錬か。偉いな蒼夜」
ドアを開けたのは東堂だった。手には二振りの木刀を持っている。
「東堂さん。お疲れ様です」
軍刀を腰の鞘に納め、敬礼をする。
「どうだ、俺と一戦やるか?」
東堂からの申し込みは初めてだった。これまで一度も剣を交えたことがない。
「是非、お願いします」
「おう、全力でやろうぜ」
東堂から木刀を受け取り、蒼夜は構えた。綺麗な正眼の構えだった。
「本気で打ち込んでこい」
「はい」
「魔力も使って良いぞ」
「え……?」
「久しぶりに全力で剣を振りたい気分だからな」
いつもと違う東堂の目は蒼夜を見ているようで見ていなかった。
蒼夜は地面を蹴り、木刀に魔力を込めて上段から振り下ろす。
目の前から東堂が消えた。
だが、魔力探知で完璧に東堂の位置を把握している。
背後。
木刀の軌道を横へ逸らす。
身体を反転させ、背後へ回る。
そのまま一閃を放った。
だが、その木刀の切っ先は東堂には届いていなかった。確かに探知で把握した場所に木刀を振ったはず。
「どう、して⁉」
「どうした、蒼夜?」
一瞬の隙を東堂は見逃さなかった。
振りかぶった木刀の内側へ身体を潜り込ませ、柄で蒼夜の脇を狙う。
咄嗟に一歩退くが、間に合わなかった。
木刀を持っていない手のひらが、蒼夜の腹を強打する。
掌底突き。
肺から空気が強制的に吐き出され、後方へ吹き飛ぶ。
屋上の冷たいコンクリートに転がり、痛みに耐えて起き上がる。
「さすが、実戦経験豊富な蒼夜だな。すぐに立つか」
「……」
冷や汗が蒼夜の頬を滑り落ちる。
ゆったりとした足取りで距離を詰める東堂に、蒼夜はあえて一歩踏み出す。
正眼で構え、息を吐く。
黒い魔力が蒼夜の周囲を渦巻き、吹きあがるように頭上まで昇る。
「相変わらず馬鹿みたいに魔力を持っているな」
東堂はそれを見て呟く。
「俺は魔力を使わない。来い、蒼夜」
東堂の首から垂れるチェーンに吊るされた紫石は沈黙したように月光を反射させているだけだ。
蒼夜は眉を顰め、胸元の紫石を輝かせる。
「せめて、魔法障壁だけでも展開されては?」
超高等技術である魔法障壁。東堂は使えると踏んで言う。
「不要だ。来い。真の剣術を教えてやる」
蒼夜は踏み込み、目にも留まらぬ速さで東堂の眼前に肉薄する。
――紫石術式、黒陽斬――。
両の手で柄を握る純粋な斬撃。だが、莫大な魔力を込め、切り口を消し飛ばす斬撃。
東堂はその様を眉一つ動かさずに見る。
そして、僅かに木刀を振り、蒼夜の魔力を消し飛ばした。
真っ黒な魔力が蒼夜の木刀から剥されるように消え失せ、残された木刀は東堂の木刀の上を転がされ、蒼夜の体ごと東堂の体の後ろへ飛ばされた。
「何がッ⁉」
何が起きたのか蒼夜の頭では理解出来なかった。
そして背中から地面に叩きつけられた。
「ごふッ!」
本能的に目を開き動こうとするが、眼前に東堂の木刀の切っ先が向けられていた。
「はぁはぁ。参りました……」
「どうだ?真の剣術は」
東堂は蒼夜に手を貸し立ち上がらせながら問う。
「何が起こったのか理解できませんでした。魔力探知で位置を正確に把握していたのに…」
「ああ、あれは単純な技術だよ。魔力の大半を俺の一歩前に集めて位置を偽造したんだ」
「そんなことが……」
そんなことが可能なのか。初めて知った。
「最後の魔力を消し飛ばしたのは?」
「魔法を消し飛ばすためには魔核を壊すよな?」
高度な技術である魔核の破壊。敵が遠距離から放つ魔法を消し飛ばす技だ。
「剣に乗せた魔力も同じように消せるんだよ。知らなかったろ?」
「はい……」
蒼夜は木刀を握る手に目を落とす。
この世界には、まだ知らないことが溢れている。
「まあ、剣に纏わせた魔力を吹き飛ばすには、それなりの観察眼と相手の魔力操作の癖を知らないと出来ないけどな」
なんという技量だろうか。技術体系への理解も、それを実戦で使いこなす技量も蒼夜のそれを遥かに超えていた。
「なぜ小隊の皆に教えないのですか?」
「あー、そうだな。皆強いけど、これを理解できる領域にいるのが、まだ蒼夜だけだからかな。陸はだいぶ惜しいところまで来てるけど」
「東堂さんって、師匠がいたのですか?」
「俺の師匠?誰だったと思う?」
東堂が笑って聞き返す。
「分かりません」
「桧垣一佐だよ」
まさかの答えだった。桧垣一佐。立川で蒼夜に夢の大切さを教えてくれた人物。思わず東堂の目を見てしまった。
「立川で戦死される前に、お前に剣を教えたいと仰っていた。だから弟子である俺が教えようと思ってな」
「まさか桧垣一佐が……」
夜空を見上げた。教えられたのは、夢だけではなかったようだ。
「お前は隻眼だ。剣士として圧倒的に視野が狭い。魔力探知で補ってもそれを知る敵が現れたらさっきみたいになる。しばらく魔力探知は稽古では使わず片目に慣れろ」
「はい」
東堂は蒼夜を見据えて頷く。
「とりあえず部屋に戻ろう。救援部隊から増援要求があれば俺らも行くかもだし休むぞ」
東堂の言葉が終わった瞬間、空が昼のように明るくなった。
遅れて落雷のような、地面を揺らす音が夜空に広がる。
「何だ⁉」
東堂の声が聞こえる。反射的に腕で目を覆う蒼夜は目を細めて西の空を見る。空へと噴き上がった光が、徐々に細くなっていく。
光と音の差から、遥か遠くで起きたものだと分かる。しかし、その正体は分からない。
「魔族の魔法……?」
基地全体が騒がしくなる。
司令庁舎だけでなく、周囲の隊舎にも次々と明かりが灯る。
屋上から見下ろすと、士官たちが足早に行き交っていた。
「蒼夜」
インカムに手を当てた東堂が、唖然とした表情で言った。
「救援任務についていた三個連隊、八千五百人が全滅した」




